表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/112

第78話 出発、そして動き出す牙



 宿場町の朝は、ラグナスより少し賑やかだった。


 行商人たちの怒鳴り声、馬のいななき、

 パンを焼く匂いと、どこかの酒場から漏れる笑い声。


 ――それでも、砦や野営地に比べたら、圧倒的に「平和な音」だ。


「おはよ、秋人くん」


 階段を降りると、テーブル席でユイがパンをちぎっていた。

 髪はすでに高い位置でポニーテールに結われていて、

 身支度はほぼ完了している。


「おはよう。早いな」


「商人さんって朝早いでしょ? それに付き合う護衛はもっと早く、だよ」


「耳が痛い理屈だ……」


 向かいに座って黒パンをかじる。

 焼き立てで、中は思った以上に柔らかい。


「クレハは?」


「馬見てる。

 “今日の機嫌、悪くない”って」


「馬の機嫌聞いて分かるって、だいぶすごくない?」


「“匂いでちょっと分かる”って。

 秋人くんの寝不足も分かるって言ってたよ?」


「マジかよ」


 どこまで本気なのか分からないけど、

 クレハなら本当にありそうなのが怖い。


◇ ◇ ◇


 朝食を終え、荷物をまとめて宿を出る。


 宿の女将さんが、見送りに出てきてくれた。


「気をつけてね。

 あんたたちみたいな若いのが頑張ってくれてるおかげで、

 こっちも商売ができるんだからさ」


「また帰りに寄れるように、ちゃんと護衛こなしてきます」


 軽く頭を下げると、女将さんは満足そうに頷いた。


「ラグナスのギルマスに、ここのパンが好きだって伝えときな。

 “また買いに来るように”って」


「それ、完全に営業じゃないですか」


「商売人だもの」


 ニナと気が合いそうだな、この人。


◇ ◇ ◇


 宿場町の門を出るとき、

 門番の兵士がこちらに目を留めた。


「ラグナスからの王都行きキャラバンだな?」


「はい。ラグナス支部Cランク《フロンティア・ライン》、護衛任務中です」


 ギルドカードを見せると、

 兵士は頷きながら、少しだけ表情を引き締めた。


「西の森のほうで、盗賊の目撃報告が増えてる。

 この町から一日分くらい離れた辺りが一番危ない」


「やっぱり、そこですか」


「知ってたのか?」


「ラグナスのギルマスも、似たことを」


 兵士は小さく笑って、

 街道の先を顎で示した。


「“気を張りすぎて潰れるな。でも、油断はするな”。

 俺たちから言えるのは、それくらいだ」


「十分です」


 礼を言って、馬を進める。


 背後で門が閉まる音が、妙に重く響いた。


(ここから先は――)


 完全に「外」だ。


◇ ◇ ◇


 午前中の道のりは、驚くほど順調だった。


 森に入る前の草原地帯は、視界も良く、

 出てくる魔物も、小型のウサギ型魔獣や、

 遠巻きにこちらを見てすぐ逃げる狐くらい。


「昨日の狼たちのほうが、よっぽど厄介だったね」


 ユイが軽く笑う。


「でも……気配は、やっぱり“いる”」


 クレハがぽつりと付け足した。


「昨日よりも、“距離が近い”。

 でも、まだ歯は見せてない」


「こっちも“歯を出しかけてる”くらいで止めとけってことかな」


 刀の柄に軽く手を当てながら、

 俺は周囲を見渡した。


 街道は少しずつ森の中へと入り込み、

 左右の木々が密度を増してきている。


(……地形的には、そろそろ“やりやすい場所”だよな)


 高低差、見通し、隠れ場所。

 盗賊側から見れば、選択肢がいくらでもある区間だ。


◇ ◇ ◇


 やがて、街道の真ん中に――

 一本の倒木が転がっているのが見えた。


「……出た」


 ユイが眉をひそめる。


「これ、やっぱり“あるある”なんだね」


「倒木、ですか。自然に倒れた可能性もゼロじゃないけど……」


 ニナが荷馬車の上から身を乗り出す。


「どう見ても、真っ直ぐ“道の幅ぴったり”に倒れてるよね。

 自然にここにこんな都合よくは落ちないかな」


「問題は、“今すぐどかすべきかどうか”」


 俺は馬を止め、刀の柄から手を離さずに周囲を見た。


 倒木は、荷馬車一本分ほどの太さ。

 少し手間をかければ、人力でも動かせそうだ。


 だが――


「不自然なところ、ある?」


「……ある」


 クレハが即答する。


「木の根元、見て。

 切り口、きれいすぎる。斧か、ノコギリ」


「倒れた方向も、不自然ですね」


 ユイが付け足す。


「街道のど真ん中に沿うように倒れてる。

 “道を塞ぐために”置いた、って感じ」


「位置も悪い」


 クレハは、倒木の前方と後方を交互に見た。


「ここ、道の両側が盛り上がってる。

 “上から見下ろせる”」


「……なるほど」


 完全に「教科書に載せられそうな」罠地形だ。


「どうする、リゼ?」


「そうねぇ」


 リゼは肩を回してから、さらっと言った。


「“触らない”って選択肢もあるわよ?」


「触らない?」


「倒木ごと、迂回して森の中を抜けるとか。

 まぁ、それはそれで危険なんだけど」


「どっちも危険ってことですか……」


「そういうこと」


 リゼはわざとらしくため息をついた。


「“安全な選択肢”なんて滅多に落ちてないのよ。

 現実はだいたい、“マシなほうを選ぶゲーム”」


「うわぁ……身も蓋もない」


◇ ◇ ◇


 少し考えたあと、俺は口を開いた。


「……倒木は、どかす。

 ただし、“今すぐ全員で動かす”のはやめたほうがいい」


「うん」


 ユイが頷く。


「誰が倒木に近づいて、誰が周囲を見て、

 誰が荷馬車のそばに残るか。

 役割、ちゃんと決めよ?」


「俺とユイで、倒木まで歩いて確認。

 クレハは少し後ろから、木の上と左右の森を警戒。

 ニナの荷馬車のそばには、リゼと護衛たち」


「了解」


「了解」


「了解したー」


 それぞれの位置につき、ゆっくりと倒木に近づく。


 森の匂いが濃くなる。

 鳥の声が、一瞬だけ遠のいた気がした。


(……いるな)


 真上ではなく、左右、そしてもう少し奥。

 複数の視線が、こちらの出方を見ている。


 それでも、誰もまだ動かない。


 “こっちがどう動くか”を、最後まで確認しようとしている。


◇ ◇ ◇


「根元の切り口、どう?」


 ユイが小声で尋ねてくる。


 間近で見ると、倒木の切断面はさらに鮮明だった。


「やっぱり人為的だ。

 しかも、この太さをサクッと切る道具って時点で、

 そこそこ準備してる連中だな」


「時間かけて準備してるってことは、

 “ここを狙う気満々”ってことでもあるね」


「だろうな」


 倒木を一回見回し、踏み台代わりにそっと乗ってみる。

 特に仕掛けはない。


(倒木そのものには、罠仕込んでないか)


 それはそれで、逆に嫌な感じだ。


「どうする、秋人くん」


「……どかす。

 けど、“どかしきらない”」


「どかしきらない?」


「荷馬車がぎりぎり通れるくらいの隙間だけ作って、

 “あとはそのままにする”。

 完全に道をきれいにしてしまうと、

 “ここを獲物にする気満々の盗賊”のほうが、次に工夫してくる」


 何より――


「倒木があったってことは、

 “ここに罠を張ると便利だ”って地形ってことだからさ」


「……あぁ」


 ユイが小さく笑った。


「“その地形を、こっちが覚えておく”ってことだね」


「そういうこと」


◇ ◇ ◇


 倒木の端を、二人で持ち上げる。


 重さはあるけど、運べないほどじゃない。


「せーのっ」


「っと」


 道の脇へ、少し斜めになるようにずらす。


 完全にどかさず、あえて「通りにくい角度」で止めた。


 これなら、荷馬車は速度を落とせば通れるが、

 馬車ごと一気に突っ込むのは危険だ。


 逆に、盗賊側も「突っ込んで乗り越えてくる」ことはやりにくい。


「よし。戻ろう」


「うん」


 荷馬車のところへ戻ると、ニナがひょいっと親指を立てた。


「ナイス。

 全部片づけちゃうより、“なんとなく面倒なまま”残しとくほうが、

 後々ラクなこともあるんだよね」


「商人目線?」


「そう。

 “易きに流れたくなる場所”って、泥棒も好きだからさ」


「説得力あるな……」


◇ ◇ ◇


 倒木ゾーンを抜けてしばらく進むと、

 森はさらに深くなった。


 頭上を覆う枝葉。

 斑に差し込む光。

 街道は続いているが、左右の見通しはかなり悪い。


「ここから先が、“今日の本番”って感じね」


 リゼが声を落として言う。


「三人とも、魔力の残量とスタミナ、ちゃんと自分で把握しておきなさい」


「今のところ、半分以上は残ってる」


「わたしも。

 《守護の加護》は一回も使ってないし、

 支援魔法も温存できてる」


「爆薬も、まだバッグの中。

 “どこに何個あるか”、ちゃんと覚えてる」


 クレハの言葉には、妙な安心感があった。


「よし。

 じゃあ――」


 リゼが、ふと顔を上げた。


「――来るわよ」


◇ ◇ ◇


 それは、ほんの一瞬だった。


 耳に届いたのは、小さな「パキン」という音。

 木の枝が折れる、乾いた音。


 その直後――


 前方の街道に、土煙を上げて何かが転がり込んできた。


「馬車だ!」


 ニナが叫ぶ。


 古びた荷馬車が一台、横倒しになって転がり、

 道を塞ぐように止まった。


 中身は空。

 形だけの「障害物」だと、見ればすぐ分かる。


(さっきの倒木と、似た発想)


 ただし、こっちのほうが露骨で――

 同時に、準備も派手だ。


「止まれぇっ!」


 左右の森の中から、怒鳴り声。


 次の瞬間、矢が何本も、

 俺たちの周囲の地面や木の幹に突き刺さった。


 標的は、明らかに――荷馬車のすぐ手前。


「動くな! これ以上進んだら、馬と御者から蜂の巣だ!」


 男の声が響く。


 森の影から、外套姿の男たちが、じわじわ姿を現した。


 弓を構えた者、短剣を抜いた者、

 それぞれが位置取りをしながら、こちらを囲むように広がっていく。


「……来たか」


 俺は、静かに刀の柄を握った。


(ここまでやって、“ただの山賊”って顔じゃない)


 動きに迷いが少ない。

 互いの距離を測り合う位置取り。

 弓の構え方も、素人のそれではない。


 ――盗賊ギルド。

 おそらく、ここの一帯を仕切っている連中だ。


◇ ◇ ◇


 その中でも、一歩前に出てきた男がいた。


 ボロい外套。

 だが、その下に隠れている身のこなしは軽い。


「よぉ、ラグナスの三人組」


 にやり、とくたびれた狼みたいな笑み。


「噂は聞いてるぜ。“フロンティア・ライン”だったか?」


「……こっちの名前、知ってるんですね」


「仕事だからな。

 “どこの支部の、どこの奴らが、どの街道をいつ通るか”

 それくらいは調べておくさ」


 男は、視線を荷馬車へ滑らせる。


「そっちの銀髪エルフの嬢ちゃんは――言わずと知れたSランク。

 商人の小娘も、名前が売れ始めてる。

 護衛の腕も、それなり以上」


「あら、光栄ね」


 リゼが肩をすくめる。


「でも、褒めたところで“通してあげよう”とかは思わないわよ?」


「お互い様だ」


 男はあっさり言った。


「――“こいつは王都行きの特別な荷物だ”。

 お前たちも、それは承知の上だろ?」


 核心に触れられ、ニナの表情が少しだけ固くなる。


「中身をよこせとは言わない」


 男は、指先で「ひとつ」のジェスチャーを作った。


「ただ、その中身が入ってる箱を、こっちに渡してくれりゃいい」


「それをよこせって言うのを、“よこせとは言わない”って言うんですかね」


 ユイが冷静にツッコミを入れる。


「そうね、言い方の問題ね」


 リゼが苦笑した。


 だが男は、笑いもしなかった。


「――ここで全員死ぬか」


 わずかに顎を上げ、森の影に目配せする。


 その瞬間、さらに数人の気配が濃くなる。


「誰も死なずに帰るか。

 “箱一つ、失くしただけ”で済ませるか」


 男は、射抜くような視線をこちらに向けた。


「選べ」


◇ ◇ ◇


 喉が、かすかに鳴った。


 怖くないと言えば嘘になる。

 だが――


(この荷を守るって決めて、ここまで来た)


 ラグナスから出る前に交わした言葉。

 ボルグの手の重み。

 エルナのお守り。


 全部まとめて、胸の奥に押し込んだ。


「……選ぶまでもない」


 刀を少しだけ抜き、鞘に戻す。


 カチリ、と金属同士が鳴る音。


 それを合図にするように、一歩前へ出た。


「箱も仲間も、全部守って帰る。

 それ以外は選ぶ気ないです」


 静かに、はっきりと言う。


「さすが、“線を引く側の顔”になってきたわね」


 背後から、リゼの小さな独り言。


 ユイとクレハが、それぞれの位置に自然と散る。


「……そうかよ」


 外套の男は、しばらく俺の顔を見て――

 ふっと、笑みを消した。


「なら、“仕事”を始めるだけだ」


 手が、わずかに下ろされる。


 森の中で、弓弦の音が一斉に鳴った。


 矢が、雨のように放たれる。


 その瞬間――


「――《ガード・サークル》!」


 ユイの足元から、光の輪が弾けた。


 見えない壁が、矢の雨を弾く。

 甲高い音が連続して響いた。


 防ぎ切れなかった数本が、地面と木の幹に突き刺さる。


「《影走り》」


 クレハの姿が、ふっと薄くなり、左右の影へ散っていく。


「さぁて」


 背後で、リゼが剣を抜く音。


「Sランクの授業、開講の時間よ」


 その声に合わせて、

 俺は前へ踏み込んだ。


(守るって決めたんだ。

 だったら――)


 ここで引く選択肢なんて、最初からない。


 《フロンティア・ライン》と盗賊ギルドの、

 本気のぶつかり合いが始まった。


つづく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ