表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/112

第77話 宿場町の夜、情報と油断



 宿場町の門をくぐった瞬間、

 体から力が抜けるのが分かった。


 石畳はところどころ欠けているけど、

 ちゃんと整備された通り。

 道の両側には、旅人向けの宿や酒場、馬具屋が並んでいた。


「着いたぁー!」


 荷馬車の上で、ニナが両手を広げる。


「やっぱり“屋根のある場所”はいいねぇ! 文明万歳!」


「文明って言い方どうなんだ、それ……」


 笑いながらも、心の底では同意していた。


 野営も嫌いじゃないけど、

 今日くらいは普通のベッドで寝たい。


◇ ◇ ◇


 まずは宿場町の小さなギルド支部に顔を出す。


 受付にいた若い男が、リゼとニナの顔を見るなり、

 慌てて姿勢を正した。


「リ、リゼリアさん!? それにニナさんも……!」


「やほー、元気?」


 リゼが軽く手を振る。


「ラグナス支部からの書類、届いてるでしょ?

 王都行き護衛隊、《フロンティア・ライン》とキャラバン一行通過ってやつ」


「はい! 確認済みです!」


 受付の男は慌ただしく書類を出し、

 俺たちのギルドカードを照合していく。


「ラグナス支部Cランクパーティ《フロンティア・ライン》……

 あぁ、本当に三人とも若い……」


「そこ、感想に年齢含めないでくれる?」


 ユイが苦笑気味に返す。


 でも、こうして正式に“パーティ名”を書類で見せられると、

 なんだか少し背筋が伸びる。


「盗賊の噂とか、最近の街道事情はどうですか?」


 俺が尋ねると、受付の男は表情を引き締めた。


「西側の森のほうで、ちょくちょく馬車襲撃の話が出てます。

 ただ、この宿場町のすぐ近くまでは滅多に寄ってこないですね」


「縄張りの問題?」


「たぶん。

 ここの駐屯兵と、それなりに腕の立つ冒険者が常駐してますから。

 “街の匂いが濃い範囲”にはあまり手出ししないみたいです」


「じゃあ、やっぱり狙うなら――」


「街を出て、半日以上離れたあたり、ですね」


 男は頷いた。


「“助けが来るのに時間がかかる位置”が、一番危ない」


「ですよね」


 頭の中で、街道の地図が自然と浮かぶ。


(砦から宿場町までが“前半戦”。

 宿場町から王都までが“本番”)


 その構図が、かなりはっきりしてきた。


◇ ◇ ◇


 ギルドでの手続きを済ませたあと、

 ニナが宿を手配してくれた。


「ここ! ここの宿のご飯、おいしいんだよ~。

 王都より絶対こっちのほうが好きだって断言できる!」


「その言い方、若干王都に失礼では?」


「事実だからしかたないよね?」


 案内された宿は、木造二階建てのこじんまりした建物だった。


 一階は食堂兼酒場、二階が客室。

 旅人と商人の声で、程よく賑やかだ。


「部屋割りは――」


 ニナが宿の女将さんと相談して、

 あっさり決めてしまう。


「秋人ひとり部屋、ユイとクレハが相部屋ね」


「えっ、俺だけ一人?」


「当然でしょ? 女の子と相部屋はまだ早い」


「“まだ”って何基準で言ってるんだそれは」


 女将さんがくすっと笑ってきた。


「ご飯は夕方の鐘のあとにお出しするよ。

 その前に風呂も順番で入っときな」


「お風呂……!」


 ユイの目が一気に輝いた。


「秋人くん、先入る? それとも――」


「いや、疲れてるなら先どうぞ。

 俺は荷物の整理してからでいい」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 そんなやり取りをして、それぞれ部屋へ向かった。


◇ ◇ ◇


 個室に入り、荷物を床に下ろす。


 硬いベッドでも、今は天国みたいに見える。

 腰に付けていた刀とポーチを壁際に立てかけ、

 軽く伸びをした。


「ふー……」


 一日分の汗と埃が、一気に意識にのぼる。


(風呂、ありがてぇな)


 ぼんやりしていると、

 廊下のほうから楽しそうな声が聞こえてきた。


「ユイ、背中流す?」


「えっ、クレハ? でも――」


「一緒に入るほうが、水、もったいなくない」


「……それは、そうかもしれないけど」


 なにやら微妙に危険な単語が聞こえた気もするが、

 男として立ち入ってはいけない領域だと判断して、

 静かに耳を閉じた。


(俺は俺で、あとでゆっくり入ろう)


◇ ◇ ◇


 しばらくして、廊下からノックの音。


「秋人くん、もうお風呂、空いたよ」


「おう、今行く」


 扉を開けると、

 風呂上がりのユイとクレハがいた。


 髪をタオルで拭きながら、

 いつもより少しだけリラックスした顔。


「どう?」


「最高」


 クレハが即答した。


「お湯、気持ちよかった。

 “生きててよかった”って感じ」


「そんなにか」


「そんなに」


 ユイが笑う。


「秋人くんも、ちゃんと温まってきてね。

 明日からまた、しばらく野営かもしれないんだから」


「了解。溺れない程度に浸かってくる」


「溺れたら怒るからね?」


 それはもう、怒られる以前の問題だと思う。


◇ ◇ ◇


 風呂から上がり、

 湯気の余韻が残ったまま食堂へ降りると――


「こっちこっち!」


 ニナが手を振っていた。


 テーブルの上には、香ばしく焼かれた肉、

 野菜の煮込み、ハーブの効いたスープ、

 焼きたてのパンが並んでいる。


「すげぇ……」


「砦のご飯も美味しかったけど、これはこれでまた……」


「ね! こういうのでいいの! こういうので!」


 ニナが力説する。


「王都のレストランとか、一回行ってみてよ。

 皿の上のソースが絵みたいになっててさ、

 “これ、どこからどう食べれば正解なの?”ってなるから!」


「それはそれで、ちょっと見てみたい」


「秋人くん、絶対困るタイプだよ」


「たぶんね」


 笑いながら、スープをひと口。


 素朴だけど、じわっと体に染みる味だ。


(こういうのが、一番落ち着くな)


◇ ◇ ◇


 飯の途中で、ニナが少し真面目な顔になった。


「そういえばさ。

 さっき、宿の親父さんから聞いたんだけど――」


「盗賊の話?」


 ユイがすぐに聞き返す。


「うん。

 “最近、王都から来る荷馬車が狙われることが増えてる”んだって」


「王都から?」


「そう。

 普通はさ、地方から王都に向かう荷物のほうが狙われやすいんだよね。

 でも今回は、逆方向もやられてる」


 それは、少し意外な話だった。


「なんでです?」


「さぁね。

 “王都の中で、何か品薄になってる物がある”とか、

“盗賊側に王都の内情に詳しい協力者がいる”とか、

 理由は色々考えられるけど」


 ニナは肩をすくめる。


「ただ一つ言えるのは――

 “王都絡みの荷物”は、とにかく狙われやすいってこと」


「……今回は、完全にそれですね」


 護衛対象は、オークキングの魔石。


 王都のオークションに出される予定の品だ。


(そりゃ、盗賊ギルドからしたら

 “夢の一発逆転宝くじ”みたいなもんか)


 胃のあたりが、じわりと重くなる。


「でも、ラグナス支部も砦も、ここも、

 全部ちゃんと情報共有してくれてる」


 ユイが少しだけ笑う。


「それに、ラグナスからここまでの道で、

 ある程度“相手のやり方”も見えた気がする」


「獣を使った探りとか、遠くからの視線とか?」


「そう。

 だから、“何も知らない状態”よりは、

 ずっとマシだと思う」


「……だな」


 少しだけ気持ちが軽くなった。


「とりあえず今日は、ちゃんと食べて、寝る。

 “明日も動ける体”を残しとくのが仕事だな」


「それが一番大事」


 クレハがパンをちぎりながら、短く言った。


◇ ◇ ◇


 食後。


 部屋に戻ろうとして、階段の途中でユイと鉢合わせした。


「あ」


「……あ」


 微妙に気まずいタイミングらしい。


「どうした? 部屋戻らないのか?」


「う、うん。

 ちょっと、秋人くんのところに――」


 そこまで言ったところで、

 後ろからひょこっとクレハが顔を出した。


「ユイ、なにしてるの?」


「ひゃっ」


 ユイが変な声を出す。


「い、いや、その……

 “明日の作戦の相談を少しだけしようかな”って」


「なら、三人でやる」


 クレハが、何の悪気もない顔で言った。


「秋人だけ、ずるい」


「ずるいって何が!?」


「作戦会議のこと」


「あ、うん、そっちの話ね!? よかった!」


 自分で言っておいて、何に安堵してるんだ俺は。


「じゃあ、秋人くんの部屋で、ちょっとだけ三人でいい?」


「もちろん。

 どうせ寝る前に頭の中で整理しようと思ってたし」


◇ ◇ ◇


 部屋に三人で集まり、

 簡単な“明日の共有”をした。


「宿場町を出た直後は、さすがに襲ってこないと思う」


 俺が言うと、ユイが頷く。


「うん。“街の匂い”がまだ強いからね。

 兵士や冒険者がすぐ駆けつけられる範囲」


「だから、“半日くらい進んだ辺り”が危ない」


 クレハが地図を指でなぞる。


「森、多い。

 丘もある。隠れる場所、いっぱい」


「盗賊ギルドが一番動きやすい場所ってことか」


「でも、向こうも“Sランクがいる”ことは分かってるはず」


 ユイが言う。


「だったら、“真正面からぶつかる”よりも、

 こそっと削ってくるタイプの攻撃が多いかもしれない」


「偽装故障とか、道塞ぎとか?」


「そう。

 馬を驚かせて荷馬車を止めさせてから、

 “やっぱりやめたほうがいいですよ?”って顔して近づいてくるとか」


「嫌な上級テクニックだな……」


 でも、確かにありそうだ。


「だから、明日は

 “荷馬車が止まる理由”を一つ一つちゃんと確認しながら進む。

 “本当に止まるべきかどうか”を、その都度判断する」


「うん」


「うん」


 短い打ち合わせを終え、

 クレハとユイが部屋を出て行く。


「じゃあ、今日はもう寝よっか」


「うん。“リーダー”、ちゃんと寝ること」


「……その呼び方、まだ慣れないな」


「慣れて」


 クレハがそう言い、

 二人は廊下の向こうへ消えていった。


 扉が閉まる音がして、部屋に静けさが戻る。


(明日か)


 ベッドに背中を預け、天井を見上げる。


 眠気はあるのに、頭のどこかは妙に冴えていた。


「……大丈夫だ。

 ちゃんと準備して、ちゃんと動けばいい」


 自分に言い聞かせるように呟き、

 目を閉じる。


 外から聞こえる宿場町のざわめきは、

 ラグナスとも、砦とも違う種類の音だった。


 明日、この街を出れば――

 そこから先は、本当に“王都へ続く線”上の戦いになる。


 俺たち《フロンティア・ライン》がどこまで通用するのか。


 それを試される一日が、もうそこまで来ていた。


つづく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ