第72話 旅支度と、長距離依頼の心得
パーティ名が決まった翌日。
ラグナスの街は、いつも通りの朝のざわめきに包まれていた。
でも、俺の胸の中だけは、少しだけ落ち着かない。
(フロンティア・ライン、か……)
自分で付けたくせに、まだ口に出すとむず痒い。
「――秋人くん、聞いてる?」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「もー」
頬を膨らませるユイの手元には、メモとインク壺。
「長距離の旅支度リスト、いま整理してるんだからね?
ちゃんと意見出して?」
「悪い悪い。今どこまで話した?」
「えっと――」
ユイがメモを読み上げていく。
「まず、個人装備。
・武器(メイン+サブ)
・防具(軽装の上に、マント兼雨具)
・着替え三日分
・簡易裁縫道具
・応急薬と包帯
・非常食」
「そこまでは普通だな」
「で、ニナからのアドバイス追加分。
・街道の地図とルートの目印
・宿場町の情報メモ
・多少の銀貨を分散して持つこと
・交渉用に、清潔な服一着」
「最後のやつ、なんか商人っぽいな」
「“見た目で舐められると損するからねー”って」
ニナらしい。
「あとリゼからのやつが――」
ユイが、もう一枚のメモを引っ張り出す。
「・無理に魔力を使い切らないこと
・一日に“全力戦闘”を何回までやるか、自分の限界目安を把握すること
・野営のとき、寝る位置と交代制の見張り
・“何かおかしい”と感じたら、いったん立ち止まって相談すること」
「リゼさんっぽい……」
「“魔法剣士は、剣も魔法もあるからって万能だと思うと、わりとすぐ死ぬわよ”って」
「物騒な教訓だな……」
でも、言ってることはものすごく真っ当だ。
「クレハからの希望リストは?」
「これ」
ユイがもう一枚、妙に黒っぽい紙を俺に渡した。
そこには、綺麗な字でこう書かれていた。
「追加爆薬、小型十個・中型五個……って多くない?」
「最初は“爆薬三十個”って書いてあったから、
わたしとミリアさんで減らした」
「三十!?」
「“荷馬車が吹き飛びます”って言ったら、ちゃんと減らしてくれたよ」
「……学習してるんだかしてないんだか」
視線を上げると、少し離れた席で、
クレハが黙々と紐を結びなおしていた。
腰のポーチには、すでにいくつかの小さな筒が見える。
「クレハ」
「なに」
「爆薬、中型五個は本当に必要?」
「必要」
即答。
「長距離。
“逃げ道作る”って、ドルガンに言われた」
「……ドルガンさんがそう言うなら、まあ」
たぶん、最低限に絞った結果がこれなのだろう。
◇ ◇ ◇
そのドルガン本人は、今ギルドの片隅でニナと話していた。
俺たちが旅支度リストと格闘しているのを横目に、
彼らは街道の地図を広げている。
「……で、ここが最初の宿場町」
ニナが指で地図をなぞる。
「ラグナスからだいたい一日半。
荷馬車の速度と、途中で魔物に遭ったりしたときのこと考えると、
最初の宿泊はこの手前の野営地あたりかな」
「夜営になるってことだな」
ドルガンが低い声で確認する。
「街道沿いに、昔の軍の野営跡がある。
そこなら周りの地形も把握してる。
……俺が一周見回っておけば、変な巣もない」
「頼もしいねぇ」
ニナが笑う。
「……3人には、内緒なんだよね?」
「ああ。
あいつらに“見えないところから守られてる”って感覚は、あまり覚えさせたくねぇ」
ドルガンは地図から視線を上げずに言った。
「“自分たちで守ってる”って実感があるからこそ、
前に進めるガキもいる」
「過保護じゃない?」
ニナがニヤリとする。
「過保護だな」
即答した。
そこだけは否定しないらしい。
「だが、今回は貨物が貨物だ。
盗賊ギルドが本気で狙ってくる可能性もある」
ドルガンは、野営予定地の周りを指で円を描いた。
「――“あいつらの背中にだけは、矢を届かせねぇ”
それが今回の俺の役目だ」
◇ ◇ ◇
昼前、俺たちはタツミさんの工房にいた。
「王都まで、ねぇ」
タツミさんは、俺の刀を受け取りながら低く唸った。
「だいぶ遠くまで行くようになったじゃねぇか」
「まだ、行くって決めたばかりですけどね」
「決めたなら行け」
鞘を半分抜いて、刃を光に当てる。
「……悪くねぇ。
中型オーク相手に、そこまで無茶な振り方もしてねぇ」
「タツミさんに“悪くねぇ”って言われるの、だいぶ嬉しいんですけど」
「調子に乗るなよ。
王都に行きゃ、見た目だけ派手でろくでもねぇ武器が山ほど並んでる」
「ろくでもねぇって……」
「見た目に惑わされんなよ」
タツミさんは、刀を返しながら言った。
「“刃が返ってこない”“柄が手に馴染まねぇ”“重心が変に軽い”
そういう武器は、だいたい『誰かに見せるため』に作られてる」
「見せるため……」
「“殺し合いに使うため”じゃなくてな」
その言葉には、妙な重みがあった。
「お前の刀は、少なくとも“戦うため”のバランスはしてる。
王都の店で何か欲しくなっても、それだけは忘れんな」
「肝に銘じておきます」
◇ ◇ ◇
「ユイ、槍貸せ」
「はい」
隣の台では、ユイの槍兼薙刀が分解されていた。
タツミさんは、刃の付け根をじっと見つめる。
「……改造後の使い方、慣れてきたか?」
「だいぶ。
突くときと払うときで、手の位置を少し変えるようにしました」
「悪くねぇ」
そう言ってから、柄の表面を軽く叩く。
「長距離なら、“立ったまま突き立てて杖代わり”にもなる。
先端の刃だけに頼るなよ。
武器は“持ち主の生活を支える道具”だ」
「“生活を支える”……」
「そういう使い方してると、いざって時にも裏切らねぇ」
その言い方がタツミさんらしくて、ユイは少し笑った。
「ありがとうございます。
ちゃんと、返ってきたらここに持ってきますね」
「壊すなよ」
「壊さないように守るのが、私の仕事です」
「ならいい」
◇ ◇ ◇
「クレハ、こっち」
工房の隅では、クレハが短剣と小さな金属筒を並べていた。
「爆薬、多い」
「減らせって言ってるんだけどね」
ユイが苦笑する。
「タツミさん的には、どう思います?」
「……」
タツミさんはしばらく黙って、金属筒を一つ取った。
重さを確かめ、蓋のかみ合わせを眺め、
小さく頷く。
「よく出来てる。誰が作った?」
「クレハです」
「ふぅん」
タツミさんは、クレハをちらりと見る。
「使い方、間違えんなよ。
爆薬は、“敵を吹き飛ばすため”より、“逃げ道を作るため”に使え」
「ドルガンと、同じこと言う」
「アイツがそう言ったんなら、なおさらだ」
タツミさんは、爆薬の個数をざっと眺めてから言った。
「個数は……このくらいでいい。
ただし、“全部を一度に使うな”。
途中で補充もしねぇんだろ?」
「うん。
減ったら、“帰るまでが任務”って感じで我慢する」
「それが出来るなら、持っていけ」
そう言われて、クレハの顔が少しだけ明るくなった。
「ありがと」
「礼は帰ってきてから言え」
◇ ◇ ◇
工房を出ると、夕方の空がうっすら赤くなり始めていた。
「装備チェック、完了っと」
ユイがメモに大きな丸をつける。
「個人装備は、だいたいこれでいいかな。
あとは、ニナのキャラバンのほうの荷物だね」
「荷馬車側の準備も、明日見に行こう」
「うん」
俺たちが頷き合っていると、
路地の影から、ひょこっとニナが顔を出した。
「あ、ちょうどいいところにいるじゃん」
「ニナ?」
「キャラバンの積み込みの最終チェックするからさ、
良かったら一緒に来てくれない?」
「今から?」
「今から。
“護衛の視点で見たときに不安な積み方”とか、
そういうの、秋人たちの目でも見てほしくて」
「……そういうのもあるのか」
「あるよー。
“重い荷を上に積んで、急ブレーキでひっくり返りました”とか、
“視界が悪い位置に箱置いて、死角から盗賊に襲われました”とか」
「それは、嫌だね」
ユイが苦笑する。
「じゃあ、行こうか」
「うん。行く」
◇ ◇ ◇
キャラバンの荷馬車が並ぶ広場は、
すでに荷物の山になっていた。
「これ、全部持っていくのか……」
「一部は途中の宿場町で降ろす分もあるけどね」
ニナが笑う。
「ほら、こっちが今回の“特に大事な荷物”ゾーン」
荷馬車の一台。その荷台の中央あたりに、
大きな木箱が数個、ぎっしりと固定されていた。
厚い鎖で縛られ、周りを他の箱で囲うように配置されている。
「こいつらは、砦経由で受け取る予定の品も含めて全部、
王都までまるっと運ぶやつ」
「砦で受け取る……」
ユイが小声で復唱する。
「オークキング関連の、何かですか?」
「さぁ、どうでしょう?」
ニナは、わざとらしく肩をすくめた。
「少なくとも、私の口からは言えないかな。
“高価なもの”とだけは、言っておくけど」
「高価なもの、ね」
俺は木箱と鎖をじっと見つめる。
(何が入ってるかはともかく――
狙われたら面倒なのは確実だな)
「護衛としては、“高価だから怖い”とかじゃなくてね」
ニナが、少しだけ真面目な声で続けた。
「“荷物は何でもいい、依頼主と荷と自分たちを無事に送り届ける”
そこに集中してくれれば、それで十分」
「……それは、ニナの父さんの言葉?」
「うん。
“商人と冒険者の役割は違うけど、守るべきものは似てる”ってさ」
「いい言葉だ」
本当に、そう思った。
「分かった。
中身に必要以上に想像膨らませ過ぎないで、
“護衛依頼をこなすこと”に集中するよ」
「頼りにしてるね、フロンティア・ライン」
その名で呼ばれると、まだ少しくすぐったいけど――
同時に、背筋が自然と伸びる。
◇ ◇ ◇
荷馬車の配置や、護衛の立ち位置を確認し終えたころ。
日が完全に沈み、街に灯りがぽつぽつと灯り始めた。
「じゃ、明日は最終確認して、明後日出発ってことで」
ニナが手を叩く。
「今日はゆっくり休んでね。
出発したら、途中で“ぐっすり寝られない夜”も出てくるだろうし」
「分かった。ニナも無理しすぎるなよ」
「誰に物言ってんのさ。
商人はね、無理してでも儲けるもんなんだよ?」
「ほどほどにしろよ」
「はーい」
軽い冗談を交わしながら、俺たちはギルドと宿へ戻った。
◇ ◇ ◇
夜。
宿の部屋で、荷物の最終チェックをしていると、
扉が静かにノックされた。
「秋人くん、入っていい?」
「ユイ? どうぞ」
扉を開けると、ユイが小さな袋を抱えて立っていた。
「これ、旅のお守り」
差し出された袋には、
ラグナスの教会でよく見る小さな飾り紐が付いている。
「エルナさんに、“旅路の加護”の祈りをかけてもらったの。
わたしの分と、クレハの分と、秋人くんの分」
「……ありがとう」
受け取った袋は、手のひらに少しだけ暖かい気がした。
「怖くない?」
ユイが、不意にそんなことを聞いてきた。
「王都行き。
“ちゃんとこなせるかな”って、不安だったりしない?」
「怖くないって言ったら嘘になるな」
俺は正直に答える。
「でも、“怖いからやめる”って結論には、
もうならなかった」
「……うん。わたしも」
ユイが、少し微笑む。
「“怖いと思えるうちは、大丈夫”って、
エルナさんも言ってた」
「それ、分かる気がする」
「だから、“怖いけど行く”ってことで、
一緒に頑張ろうね、リーダー」
「……その呼び方、じわじわくるな」
「慣れて」
くすっと笑って、ユイは部屋を出ていった。
残された静かな部屋で、
俺はお守り袋をしばらく指先で弄び――
「……よし」
荷物の一番取り出しやすい場所に、そっとしまった。
フロンティア・ラインとしての初めての長距離依頼。
王都までの旅は、もうすぐそこまで来ている。
怖さも期待も全部まとめて抱えて、
俺は灯りを吹き消した。
――明後日、出発だ。
つづく。
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