第70話 若手有望株と、突然の王都依頼
中型オークの腹に、刀がずぶりと沈んだ。
「――っ!」
骨に当たる手前で、刃を引き抜く。
勢いを殺さずに一歩横へ跳ぶと、すぐ横をユイの槍兼薙刀が風を切った。
「《スラスト・インパクト》!」
突き上げるような刺突が、オークの顎を跳ね上げる。
よろめいた首筋に、俺の追い打ちの一閃。
鈍い音とともに、中型オークは地面に崩れ落ちた。
「最後の一体、仕留めたわ」
少し離れたところから、クレハの声。
振り向くと、木の幹に背中を預けるように、
ゴブリンサイズの小型オークが三体まとめて転がっていた。
足元には、焼け焦げた土と、煙の残り香。
「爆薬、効いてるな」
「うん。“逃げる道、残しながら痛い目”って、ドルガン、言ってた」
「ちゃんと加減してるんだね……えらい」
ユイが槍をくるりと回して構えを解く。
俺たちは互いに目を合わせて、同時に息を吐いた。
「中型一体、小型五体。……依頼分、達成です」
「お疲れ」
「終わり」
森の中の空気は、以前よりずっと軽い。
ミルダを脅かしていたオークキングはもういない。
残っているのは、こういう“普通の脅威”だけだ。
それでも、ラグナスの周辺を守るには、こういう掃除の積み重ねが必要になる。
(Cランクになったって言っても、やることの基本は変わらない、か)
ただ――今の俺たちは、前よりずっと“楽に”動けている。
互いの位置、癖、タイミング。
視界の端で確認するだけで、次に何をするか分かるようになってきた。
「よし、とりあえず解体と証拠部位の確保、やっちゃおうか」
「了解」
「ナイフ、出す」
そんなふうに、自然と仕事が進んでいく。
Cランク冒険者・アキト、ユイ、クレハ。
――ラグナスのギルドで、そう呼ばれるようになってきたのも、最近の話だ。
◇ ◇ ◇
「おかえり、Cランク三人組ー」
「ただいま帰りました……その呼び方、もう定着ですか?」
「定着してるね。諦めなさい」
ギルドに入った途端、ミリアさんの声が飛んできた。
大きなカウンターの向こうで、書類を捌きながらこっちを見ている。
「オーク討伐、依頼通り?」
「中型一体、小型五。討伐証明も持ってきました」
俺は袋から耳と牙を取り出し、カウンターに並べた。
ミリアさんが手慣れた仕草で数を確認する。
「数もランクも条件クリア。はい、達成ね。
はいはい、最近ほんと安定してるじゃない」
「ありがとうございます」
横でユイがほっと息をつき、クレハは無言で頷いた。
「“Cランク昇格から短期間で、中型オーク安定討伐”っと……」
ミリアさんがメモを走らせる。
「ボルグさんも喜ぶね。“若手有望株”が着々と育ってるって」
「……その言い方、なんかくすぐったいんですけど」
「事実でしょ?
ほら最近、“ラグナスの三人組、王都の方にも名前が行ってるらしいぞ”って噂、聞いてない?」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
「王都に、ですか?」
「うん。オークキングの件の報告書は王都ギルド本部にも行ってるし。
“辺境の支部に、妙に伸びてる新人がいる”って話題にはなってるみたいよ」
「……マジですか」
全然実感がない。
俺たちはまだ、日々の依頼でいっぱいいっぱいのつもりなのに。
「だからって、調子に乗っちゃだめよ?」
ミリアさんが笑いながら釘を刺す。
「“若手有望株”ってラベルは、褒め言葉でもあり、プレッシャーでもあるんだから」
「肝に銘じておきます」
俺が頭をかくと、ユイも真面目な顔でこくりと頷いた。
「でも、そういう話を聞くと……
“もっとちゃんとしなきゃ”って思いますね」
「うん。“守れる範囲”も広がってきたし」
クレハは短く言って、俺たちを見る。
「ラグナスも、ミルダも。
“守ってきた場所”、増えた」
「……そうだな」
なんだか、少しだけ胸が温かくなった。
◇ ◇ ◇
報酬を受け取り、掲示板をちらっと見てから、
今日はここまでにしようかと話していたとき。
ギルドの扉が勢いよく開いた。
「やっほー! ラグナスのみんな、元気――って、あっ」
聞き覚えのある明るい声。
振り向くと、荷物の多い旅装束の少女が両手を振っていた。
「秋人! ユイ! クレハちゃんも!」
「ニナ?」
「ニナさん!」
思わず声が揃う。
キャラバン商人の娘、ニナ。
最初の護衛依頼で一緒に旅をして以来、何度かラグナスを行き来している“準レギュラー”だ。
「久しぶり! 三人とも、なんか雰囲気変わったね?」
ニナが駆け寄ってきて、じろじろと顔を覗き込んでくる。
「強そうになったっていうか、“ちゃんと冒険者の顔”っていうか」
「久しぶりです、ニナさん。お元気でしたか?」
「もちろん! あ、敬語やめてって前にも言ったよね?」
「……あ、はい。じゃあ、ニナ」
「よろしい!」
ニナが満足そうに頷き、ユイとクレハにも抱きつく勢いで挨拶していった。
「ユイもクレハちゃんも、なんかキリッとしてきた?
あ、でも可愛さはそのままだから安心して」
「ありがと……なのかな?」
「うれしい」
クレハは感情薄めの声で言うが、耳が少し赤い。
……分かりやすい。
◇ ◇ ◇
「で、今日はどうしたんだ? またラグナスに商品運んできたのか?」
落ち着いたところで尋ねると、ニナは「うん」と頷いた。
「それもあるんだけどね――今日は、もう一つ大事な用事があって」
「大事な用事?」
「秋人たちに、依頼。
出来れば、かなり大きめのやつ」
ニナの目が、いつもより少しだけ真剣になる。
その表情に、俺たちも自然と姿勢を正した。
「大きめ……って、どのくらい?」
「距離で言えば――王都まで」
王都。
その言葉に、胸の奥がきゅっと掴まれるような感覚が走った。
「王都までの、護衛依頼?」
「そう。
うちのキャラバンで、王都まで荷物を運ぶんだけど、
今回は“特に大切な荷物”があってね。
ギルドからも、“信頼できる護衛をつけろ”って言われてるの」
「そこで、俺たち、ってわけか」
「うん。
秋人たちのこと、ラグナスの人たちからすごく良く聞いてるから。
“あの3人なら任せられる”って、うちの父さんも言ってた」
「お父さんも?」
「うん」
ニナが笑う。
「“ミルダの件も、街の依頼も、ちゃんとやり遂げてる若手だ”って。
だから、出来れば秋人たちにお願いしたい」
「……」
王都までの護衛。
距離も長いし、危険も多いはずだ。
今までの“ラグナス周辺”とは、規模が違う。
ユイもクレハも、真剣な顔で考えている。
「報酬の方も、ちゃんと王都行きの相場で出すよ。
あと、王都ギルド本部での紹介状とか、商会としての推薦状も付ける。
秋人たちの実績になるように、出来るだけ用意するから」
「……そこまで?」
「だって、王都行きって、それくらいの価値あるでしょ?」
ニナはまっすぐ言った。
「私としても、三人には“もっと広い世界”も見てほしいしね。
もちろん、無理にとは言わないけど」
「秋人くん……」
ユイが俺を見る。
「どう、する?」
「秋人」
クレハも、じっと目を向けてきた。
俺は少しだけ息を吸って、考える。
(王都。
いずれは行くことになるんだろう、とは思ってたけど……
こんなに早く話が来るとはな)
危険は、きっとラグナス周辺より大きい。
でも、それ以上に得られるものも多いはずだ。
世界を広げるチャンス。
そして、“守るべきもの”の範囲をまた一段広げる機会。
「……まずは、ギルドとも相談させてくれ」
俺はニナに向き直った。
「いきなり“行きます”って返事をするには、
ちょっと大きすぎる話だから」
「うん、それでいいよ」
ニナはすぐに頷く。
「ボルグさんやミリアさんとも話して、
日程やルートも一緒に決めたいしね」
「ありがとう。
詳細は、あとでギルドの会議室で詰めましょう」
ミリアさんが横から割って入る。
「王都行きの護衛依頼なら、ギルドとしてもちゃんと段取り組むから。
秋人たちが受けるにしても、受けないにしても、
“その上で決める”ってことにしよう」
「お願いします」
◇ ◇ ◇
いったんその場を離れて、俺たちはギルドの裏手のベンチに腰掛けた。
「……どうする?」
「行きたい気持ちはある」
ユイが素直に言う。
「王都のギルド本部も見てみたいし、“今のわたしたちがどこまで通用するか”も知りたい」
「私も」
クレハも短く続ける。
「でも、“危ない匂い”もする。
大事な荷物、って、だいたいそう」
「だよなぁ……」
俺は空を見上げる。
ミルダのときだって、気づいたらオークキングとの総力戦に巻き込まれていた。
(今度は、“最初からデカい話”なのかもしれない)
それでも――逃げるだけなのは、たぶん違う。
出来ることと出来ないことをちゃんと見極めて、
それでも前に踏み出すのかどうかを決めるのが、今の俺たちだ。
「ボルグさんやリゼさんの意見も聞いてから、かな」
「そうだね」
「リゼ」
クレハが、ふいにぽつりと言った。
「リゼ?」
「“王都に用事ある”って、この前言ってた」
「ああ……」
そういえば、以前そんなことを聞いた気がする。
「もしタイミングが合えば、一緒に――」
「――その話、もう少し詳しく聞かせてもらえる?」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り向くと、壁にもたれかかるようにして、
銀髪のエルフ――リゼリア・フェルンライトがこちらを見ていた。
「王都行きの護衛依頼、ね。
いいところに声をかけられたじゃない」
彼女は唇の端を上げる。
「ちょうど私も王都に行く用事があるの。
よかったら――先生役として、一緒に行ってあげようか?」
その一言で、胸の鼓動が一段階跳ね上がった。
王都への道は、どうやら想像していた以上に、
賑やかで、厄介で、そしてきっと――成長に満ちた旅になりそうだ。
つづく。
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