第7話 青い灯火亭と部屋割り戦争
「さて、とりあえず登録も済んだしな」
ギルマスとの初顔合わせも終わって、ガルドが大きく伸びをした。
「お前ら、今日泊まる宿は決まってんのか?」
「いえ、まだ……」
ギルドカードを眺めてニヤニヤしていたところだった。
「金もそんなにないんだろ?」
「はい。というか、ほぼゼロです」
正直に白状する。
「ウルフの素材は?」
「あ、耳と牙が──」
クレハが腰のポーチから、きっちりまとめられた素材を出した。
ミリアがそれを受け取り、手早く確認する。
「フォレストウルフ三体分ですね。状態も悪くないです」
カウンターの奥で帳簿をつけ、ちゃっちゃと計算して──
「では、合計で銅貨24枚になります」
「おお……!」
初めてのこの世界のお金だ。
掌にざらりとした感触。
まさに「コイン」って感じの重み。
「三人で8枚ずつ、って感じかな」
ユイが俺の手元を覗き込みながら言う。
「それと、ガルドさんたちへのお礼も……」
「気にすんな」
ガルドが手を振った。
「ウルフ倒したのはお前らの実力だ。それに、こっちも道中助かったしな。相殺ってことでいい」
「……ありがとうございます」
本気で頭を下げる。
「ただまあ、その銅貨24枚じゃ、長居はできねえな」
ユークが苦笑する。
「安宿でも一泊銅貨2〜3枚はするし」
「そこでだ」
レナがニヤッと笑った。
「“青い灯火亭”って宿がある。飯はうまいし、冒険者もよく使う。とりあえずそこを拠点にしな」
「青い灯火亭……」
ちゃんと名前のある宿だと、一気に「拠点」って感じが出る。
「場所、教えますね」
ミリアがカウンターの下から、ラグナスの簡単な地図を出してくれた。
「ギルドを出て右に進んで、二つ目の角を左。しばらく行くと、青いランタンが吊るされた建物が見えるので、そこです」
「ありがとうございます」
「ふふ。新人さんがどんな顔で帰ってくるか、楽しみにしてますね?」
その笑顔がちょっと意味深に見えたのは気のせいかな。
◇ ◇ ◇
ギルドを出て、教えられた通りに通りを進む。
昼前くらいの時間帯で、人通りも多い。
パン屋の前では子どもが群がっているし、露店では野菜や果物が並んでいる。
「なんか、普通に“暮らしてる人たち”の街だね」
ユイがぽつりと言う。
戦いとか魔物とかより、生活の匂いの方が強い。
「……いい匂い、する」
クレハが、パン屋の方をちらっと見る。
「お腹空いた?」
「少し」
「俺も」
「私も」
三人そろってお腹の主張が始まりそうなので、急いで宿を目指す。
しばらく歩くと──
「あ、あれじゃない?」
ユイが指さした先。
木造二階建ての建物の前に、青く塗られたランタンが吊るされていた。
扉の上には、小さな看板。
【宿屋 青い灯火亭】
「ここだな」
ごくりと喉を鳴らして、扉を開ける。
◇ ◇ ◇
中は、思ったよりも明るかった。
木の床。
手前は食堂になっていて、いくつかのテーブルと椅子。
奥にはカウンター。そこに、ふくよかな女性が一人、帳簿を付けていた。
「あら」
俺たちを見ると、女性──女将さんらしき人が顔を上げる。
「見ない顔だね。新しい冒険者かい?」
「はい。今日登録したばっかりで……」
「ラグナス冒険者ギルド所属のアキト、ユイ、クレハです」
ギルドカードを見せると、女将がニッと笑った。
「そりゃめでたいね。ようこそラグナスへ。
あたしはマリー。この“青い灯火亭”の女将だよ」
やっぱりマリーだ。
声と笑顔に「おかん感」が滲み出ている。
「部屋、空いてますか?」
「一応確認するけど、三人で一部屋かい? それとも……」
その問いかけの途中で──
「別でお願いします」
「別がいいです」
ユイとクレハが、息ぴったりで言った。
「お、おう」
マリーが一瞬だけ目を丸くする。
「……どういう別?」
「アキトと私で一部屋、クレハは別で──」
「アキトと私で一部屋。ユイは別で」
二人の意見がキレイに真っ二つに割れた。
「ちょっとクレハさん?」
「ユイの方こそ」
「なんで当然のように秋人くんと同室前提で話してるの?」
「こっちのセリフ」
「え、ちょっと待って落ち着け二人とも」
わーっと両側から出てくる主張を、必死で手で制する。
「まず俺に決定権がないのがおかしいよな?」
「「あるわけないでしょ(ない)」」
方向性は違うのに、そこだけハモった。
マリーがカウンター越しに肩を震わせて笑っている。
「あはは……あんたたち、面白いねえ」
「ごめんなさい、お騒がせして」
ユイが我に返って咳払いする。
「普通に──女子二人で一部屋、アキトは一人部屋、でいいです」
「それなら異論ない」
クレハもすっと引き下がった。
(むしろそれ以外の選択肢が地雷臭しかしなかった)
心の底からホッとする。
「はいはい、決まりだね」
マリーが笑いながら帳簿をめくる。
「二人部屋が一つと、一人部屋が一つ。ちょうど空いてるよ。
一泊、二人部屋は銅貨4枚、一人部屋は銅貨2枚。夕食と簡単な朝食付き」
「……結構安いですね」
「冒険者相手の宿だからね。長期滞在も多いし、ぼったくったりしないよ」
マリーがウインクしてくる。
「ただ、その代わり──」
少しだけ真面目な顔になった。
「夜、門限だけは守りな。街に戻れなさそうなときは、無茶して外で野営しないこと。
怪我して戻ってきたら、怒りながらでもちゃんと看るけどね」
「……はい」
その言い方が、なんだか懐かしい感じがして、胸が少しだけ温かくなった。
祖母に似ている、って言ったら怒られるかもしれないけど。
「ママー!」
奥の方から、元気な声が聞こえた。
くるっとそっちを向くと、エプロン姿の少女が駆けてくる。
明るい色の髪をゆるく結んで、瞳はぱっちり。
年は……中学生くらいかな?
「あ、新しいお客さん?」
「そうだよ。冒険者の新人さんたちさ」
マリーが少女の頭をぽんと叩く。
「うちの看板娘、リナ。掃除と配膳と、たまに食べすぎそうなお客の注意役」
「リナです! よろしくお願いします!」
リナがぴょこんと頭を下げた。
「お兄さんたち、今日から泊まるの?」
「うん。しばらく厄介になると思う」
そう答えると、リナの目がきらっと光った。
「じゃあ、お兄さんたちがどれくらい強くなるか、毎日チェックするね!」
「チェックって何」
「生きて帰ってくるかどうか、ってこと」
笑顔でさらっと怖いこと言った。
「大丈夫です、ちゃんと帰ってきます」
ユイが即座に言う。
「ね、アキトくん」
「そのつもりだよ」
「アキトが死にそうになったら、私が守る」
クレハの言い方があまりにも自然で、リナが「おお〜」と感心した声を上げる。
「なんか……モテモテだね、お兄さん」
「やめてそういう雑なまとめ方」
顔が少し熱くなるのを誤魔化しながら、鍵を受け取った。
◇ ◇ ◇
案内された部屋は、シンプルだけど清潔だった。
木の床に、しっかりしたベッド。
小さな机と椅子。
窓からは、ラグナスの通りが少し見える。
「……ちゃんとしてる」
荷物を置きながらつぶやく。
異世界に来てから、まともな屋根の下で寝るのは初めてだ。
それだけで、ちょっと泣きそうになるくらい安心する。
隣の部屋で、ユイとクレハの声が聞こえる。
「こっち、ベッド二つか」
「どっちが窓側?」
「寝相そんなに悪くない方が窓側だよね」
「ユイ、寝相悪い?」
「悪くないよ?」
「疑わしい」
「なんで!」
女子二人のちょっとしたやり取りが、壁越しに聞こえる。
それが妙に家っぽくて、ふっと笑ってしまった。
(……ああ、ちゃんと“生活”始まったなって感じだ)
ショートソードを鞘ごと机の上に置いて、腰を下ろす。
窓の外には、行き交う人々の姿。
パン屋の前で、相変わらず子どもたちがはしゃいでいる。
「アキト、入る」
コンコン、と軽くノックしてから、クレハが顔を出した。
「どうぞ」
部屋に入ってきたクレハが、きょろきょろと室内を見回す。
「一人部屋、広い」
「女子二人部屋の方が絶対大変でしょ……」
「ユイ、さっきから荷物の整理しながら、“秋人くんが無茶しないためには”ってぶつぶつ言ってる」
「怖い情報ありがとう」
想像できすぎて逆に怖い。
「……アキト」
クレハが、少しだけ真面目な声で呼んだ。
「どうした?」
「今日の夜ご飯のあと、少し、訓練しよう」
その言い方は、命令じゃなく提案だった。
「訓練?」
「この街の外。森はさっきのより少しは安全。でも、油断すると死ぬ」
クレハは窓の外をちらっと見た。
「アキトの魔法。もっと慣れた方がいい。剣と、一緒に」
「……そうだな」
俺も真面目に頷く。
ショートソードの柄に手を伸ばす。
「剣も魔法も中途半端だと、どっちつかずで死にそうだし。
ちゃんと両方使えるようになりたい」
「手伝う」
クレハの声は相変わらず淡々としているけど、その奥に確かな熱があった。
「アキトが強くなったら、私も嬉しい」
「なんで?」
「主だから」
「だからその“主”設定いつの間に決まったの」
「もう決まってる」
即答だった。強い。
そこへ、またノックの音。
「秋人くん、入っていい?」
「どうぞ」
ユイが顔を出した。
「部屋、片づけ終わったよ。……何の話してたの?」
「訓練の話」
クレハが隠す気ゼロで答える。
「夜、アキトと一緒に剣と魔法の訓練」
「私もやる」
ユイは一秒も迷わなかった。
「秋人くんの近くで、“危ないこと”がないか見張るのも私の役目だからね」
「いや、それ訓練っていうか監視では」
「監視じゃなくて護衛」
「言い換えただけだよね?」
口ではツッコみながらも、正直心強かった。
二人が一緒なら、無茶したときに止めてくれる可能性も高い。
(……あれ、俺、もしかしてけっこう恵まれてない?)
命の危険は増えたけど、人の縁の意味では、たぶん前の世界より密度が濃い。
「じゃあ、今日は」
ユイが指を折って整理する。
「昼間は街を少し見て回る。
夕方前にギルドで簡単な依頼を一つ受けるかどうか判断。
夜はご飯を食べてから、軽めに訓練」
「……だね」
「うん、それでいい」
二人の視線が自然と俺に集まる。
その視線を受け止めながら、俺は笑った。
「──異世界一日目の午後、けっこうハードスケジュールだな」
「これからもっとハードになるよ?」
ユイがクスッと笑う。
「主には、ちゃんとついていく」
クレハも、いつもの調子で言う。
「誰が主だって?」
「アキト」
「否定させてくれ」
そんな他愛もないやり取りをしながら──
ラグナスの街での、本当の生活が始まろうとしていた。
剣と魔法の世界で、
ショートソードと、見習い魔法と、ちょっとヤバい二人のヒロイン候補と。
俺は少しだけ、胸を高鳴らせながら窓の外を見た。
その先に、どれだけの危険と、どれだけの面白いことがあるのかは、まだ分からない。
──でも、きっと悪くない。
そんな予感だけは、妙にはっきりしていた。
つづく




