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第69話 ミルダ村、ここまでとこれから



 砦に戻ると、ちょうど交代の見張りが城壁の上を歩いていた。


「戻ったか!」


 門のところで、ゴルドさんが手を振る。


「おかえり、Cランク三人組!」


「だからその呼び方は……」


「悪くねぇだろ。で、どうだった?」


「詳しい話は、中でまとめていいですか」


「おう、司令官殿も待ってる」


◇ ◇ ◇


 簡易の会議室。

 粗末な机の上に、村長さんが広げた地図と俺たちのメモが並ぶ。


「では、ミルダ村の現状を報告します」


 俺は椅子から立ち上がり、ひとつ息を整えた。


「まず、オークの残党らしき気配は見当たりませんでした。

 代わりに、森の縁にジャッカルウルフの小さな群れが一つ。

 村に近づいてきていたので、一度痛い目を見せて追い払っています」


「ふむ……」


 司令官が顎に手をやる。


「“完全に安全”とは言えんが、“大きな脅威は去った”と見ていいだろうな」


「はい。それから──」


 ユイとクレハのメモを借りながら、続ける。


「住居は、ほぼ無傷と言っていい家が二軒。

 補修すれば使えそうな家が三軒ほど。

 そのあたりを中心に、“共同宿舎”や物資置き場にできると考えています」


「ほう……無傷の家が残っておるのか」


 村長さんが目を見開いた。


「全部、潰されたわけではなかったのじゃな」


「はい。

 それと、畑の一部に──」


 村外れに生き残っていた小さな芽のことを話す。


「完全に踏み荒らされた部分も多いですが、

 端の方は根や芽がまだ生きていました。

 そこを起点に、土を整え直せば、“全部やり直し”よりはだいぶマシになると思います」


「……そうか」


 村長さんの肩から、目に見えて力が抜けた。


「全部、終わってしまったのだと思いこんでおった……。

 まだ、生きておるものがあったか」


 少し潤んだ目で、俺たちを見る。


「井戸も無事でした。水は濁り気味ですが、“まったく使えない”ほどではありません。

 エルナさんに確認してもらえば、浄化や補強の方針も立てられると思います」


「……十分じゃ」


 司令官が満足そうに頷いた。


「“ゼロからの開拓”ではなく、“壊れた村の再建”で済むということだ。

 これなら、帰還計画を具体的に進められる」


◇ ◇ ◇


「さて、問題は“いつ誰を戻すか”だな」


 簡単な昼食を挟んで、再び卓を囲む。


 司令官が地図を指で辿りながら、兵士に指示を出した。


「まずは兵数名と、村の若い者を数人、先遣隊として出す。

 ミルダで共同宿舎を整え、物資置き場の準備。

 危険箇所がないかの再確認も含める」


「わしら年寄りが戻るのは、それからじゃな」


 村長さんが頷く。


「ひとまず、足腰の立つ若い者に先に汗をかいてもらおう」


「その先遣隊に、お前たちも同行してもらえるか?」


 司令官が俺たちを見る。


「砦の兵だけでは、“村人の目線”がどうしても足りん。

 前にミルダの避難を手伝ったお前たちの方が、村の連中も話しやすいだろう」


「もちろん、お受けします」


 俺はすぐに頭を下げた。


「ありがとうございます、司令官さん」


「エルナにも連絡を出しておく。

 ラグナスのギルドにも、“ミルダ再建の支援依頼”として正式に上げるつもりだ」


「ギルドが動けば、他にも手伝いたいっていう冒険者が出てくるでしょうしね」


 ユイが小さく笑う。


「“オークに壊された村を立て直す”って、

 きっと、ただの依頼以上の意味があると思います」


「そうだな」


 司令官が満足げに頷いた。


「“壊されたまま”の場所を放置しないことも、

 この辺境を守る上で大事なことだ」


◇ ◇ ◇


 その日の夕方、俺たちは再びラグナスへ戻った。


 ギルドでは、ミリアさんが腕を組んで待っていた。


「はいはい、お帰り。

 ミルダの件、報告お願い」


 砦で話したことを、そのままかいつまんで伝える。


 ミリアさんは、真面目な顔で一言一句逃さず書き留めていった。


「……よし。

 じゃ、“ミルダ村再建支援依頼”として公示する準備するわ」


「そんなに早く?」


「早い方がいいでしょう。

 “壊されたまま”の話って、放っておくと街全体の空気も重くするからね」


 さらりと、でも重いことを言う。


「それに──」


 ミリアさんは、ちらりとこちらを見た。


「“オークキングを倒した作戦の延長線上で、

 ちゃんと村も立ち直ろうとしてる”っていうのは、

 騎士団にも街の人にも、わりと大事な情報なのよ」


「……そうですね」


 勝ちっぱなしでも負けっぱなしでもない、“続き”の話。


「依頼の内容は?」


「砦からの派遣と、村の若い人たちが中心になる予定だから、

 冒険者の仕事は基本、護衛・安全確認・重労働の手伝いね」


 ミリアさんはさらっと言う。


「──で、第一陣の護衛兼サポートは、

 もちろんCランク三人組にお願いしようかなって」


「やっぱりそうなります?」


「当然でしょ?」


 ですよね。


◇ ◇ ◇


 それから、少し時間が経った。


 ミルダの再建は、一日や二日で終わる仕事じゃない。

 砦とラグナスを行き来しながら、

 俺たちも何度か「応援要員」として村に通った。


◇ ◇ ◇


 ──ある日は、柵作りの日。


「そこ、もう少し柱を埋めた方がいいかもしれません」


 俺が土を踏み固めながら言うと、

 隣の村の若者が汗を拭きつつ笑う。


「秋人兄ちゃん、よく分かるなぁ。

 なんか、こういうのも慣れてるのか?」


「前の世界で、こういう“獣避け柵”の話をちょっと聞いただけです。

 理屈はそんなに変わらないですよ」


 木の柱の土台に石を噛ませて、

 外側に倒れ込みにくいように角度を調整する。


「“オーク避け”までは無理でも、狼くらいなら、

 『ここから先は人の匂いが濃い』って覚えさせられますよ」


「頼もしいな!」


◇ ◇ ◇


 ──別の日は、畑の耕し直しの日。


「この辺り、土がまだ生きてるゾーンです。

 ここから広げていった方が、たぶん早いです」


 ユイが、芽の残っていた場所を中心に線を引いていく。


「“全部やり直し”って思うと心が折れちゃうから、

 “ここから増やす”って考え方で行きましょう」


「はは、確かに」


 村の女性たちが、汗を拭きながら笑う。


「“残ってるもんがある”って分かるだけで、気持ちが軽くなるわ」


 クレハは、黙々と大きな石をどかしたり、

 小さな穴に土を詰めたりしていた。


 子どもたちが真似して、小石を運んでくる。


「クレハ姉ちゃん、これもどかしたほうがいい?」


「うん。そこ、転ぶ」


「はーい!」


 妙に通る返事が返ってくる。


◇ ◇ ◇


 ──さらに別の日は、地下室の補強の日。


「ここ、本当に物資置き場にするんですか?」


 村の若者が、半壊した家の下を覗き込む。


「いいと思いますよ」


 俺は、梁を叩きながら答えた。


「上を直すのは大変ですけど、

 “地下の空間”はかなりしっかりしてます。

 壁を補強して、湿気対策すれば──」


「“雨のときの避難場所”にもなる」


 ユイが続ける。


「エルナさんも、“いざというときに集まれる場所は多いほどいい”って言ってました」


「じゃあ、ここは村の“守り柱”の一つってことか」


 若者が、嬉しそうに柱を叩く。


「名前つける?」


 クレハがぽつりと言う。


「地下物資避難所“おにぎり”とか」


「なんで……?」


「なんとなく。お腹すいた」


 妙なネーミングセンスに、その場が笑いに包まれた。


◇ ◇ ◇


 そうやって、何度か通って──


 季節が、ほんの少しだけ進んだ頃。


「だいぶ、形になってきたな」


 ある日の夕方、村の入口で立ち止まる。


 柵は新しく、前よりも頑丈になっている。

 畑には、若い緑が一面に広がり始めていた。


 村の真ん中の広場では、子どもたちが走り回っている。


 前と同じ場所に、新しく線が引かれていて──


「クレハ姉ちゃん、“線の上だけ鬼ごっこ”しよ!」


「いい。鬼やる」


「やる気満々だね?」


 ユイが、少し呆れたように笑う。


「秋人くんも、あとで参加してあげて」


「いや、お前たちだけで十分じゃないか?」


「秋人くんが鬼役になったら、子どもたち全員“全力で逃げる練習”になるよ」


「物騒な練習法をさらっと提案しないでくれる?」


◇ ◇ ◇


 片付いた共同宿舎の前で、村長さんがゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「秋人よ」


「はい、村長さん」


「お主らには、本当に世話になった」


 村長さんは、深々と頭を下げた。


「避難のときも、オークのときも。

 その後もこうして、何度も顔を出してくれた」


「俺たちだけの力じゃないですよ。

 砦の兵も、ギルドも、エルナさんたちも──」


「それでも、お主らが“最初に走ってくれた”のは変わらん」


 村長さんは顔を上げる。


「ミルダは、もう大丈夫じゃ。

 これから先は、わしらと、ここに住む者たちの仕事よ」


「……そう、ですか」


 胸の奥が、少しだけきゅっとなる。


「もちろん、またいつでも顔を出してくれて構わん。

 “帰ってくる場所”でありたいと思っておるからな」


「その言葉、ありがたく受け取っておきます」


 心からそう思った。


◇ ◇ ◇


 村を後にする前、広場で子どもたちに囲まれた。


「秋人兄ちゃん、また来る?」


「ユイ姉ちゃん、次は一緒に畑手伝ってくれる?」


「クレハ姉ちゃん、また“影の中から出てくる遊び”して!」


「その遊び、名前からして怖くない?」


「楽しい」


 クレハ本人は満足そうだ。


「……ちゃんと仕事が落ち着いたら、また来るよ」


 俺は一人ずつ、頭に手を置いた。


「そのときまでに、ここの畑、もっと緑にしとけよ」


「うん!」


「柵も、もっと強くなるよ!」


「“線の上だけ鬼ごっこ”の新ルールも考えとく!」


「最後のは別にいいかな……?」


 笑い声と一緒に、夕陽が村を赤く染めていた。


◇ ◇ ◇


 砦を経由してラグナスへ戻る道。


 行きとは違って、帰り道は静かな会話が多かった。


「けっこう、やり切った感あるね」


 ユイが肩の力を抜きながら笑う。


「全部を直したわけじゃないけど、

 “自分たちの手が離れても大丈夫そう”っていうか」


「うん」


 クレハが頷く。


「“守った場所”が、“自分たちだけで立てる場所”になってきた」


「……あとは、見守る側に回る番か」


 俺は、振り返って遠くの森を見た。


 ミルダは、もう俺たちが四六時中気にしていなきゃいけない場所じゃない。

 でも、“帰ろうと思えばいつでも帰れる場所”になった。


(Cランクになって最初の大きな仕事は、

 もしかしたらここまで、なのかもしれない)


「秋人くん」


「ん?」


「次は、どこを守る?」


 ユイの問いかけに、俺は少しだけ考えてから答える。


「……ラグナスかな」


「街?」


「うん。

 ミルダみたいな村が、これ以上出ないように。

 “自分達の実力”を、ちゃんと強くしておく必要があると思う」


「装備とか、魔法とか、そういうの?」


「かもしれないし、違うかもしれない。

 でも、そろそろ“自分達の今後の事や街”のことを考えるタイミングなんじゃないかなって」


「秋人、たまに良いこと言う」


「褒めてるのか?」


「褒めてる」


 クレハが短く言う。


「“守る場所”、増やしていくの、好き」


「……なら、頑張らないとな」


 ラグナスの輪郭が、遠くに見え始める。


 あの街にも、守るべき日常がある。

 支えてくれている人たちもいる。


「ミルダ村、ここまで。

 ──次は、俺たちの拠点の番か」


 そんなことを考えながら、

 俺は刀の柄を軽く叩き、歩調を少しだけ早めた。


 ミルダの物語は、ひとまずここで一区切り。

 でも、俺たちの冒険と“守る仕事”は、まだまだ続く。


 次の一歩は、きっと──

 ラグナスという街そのものを、もっと強くするための一歩だ。


つづく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


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