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第67話 ミルダへ、ただいま


 ミルダ行きの朝は、変に早く目が覚めた。


 まだ空は薄暗くて、宿の廊下もひんやりしている。

 それでも、身体のどこかがそわそわしていて、もう一度寝る気にはなれなかった。


(……完全に遠足前の小学生だな、これ)


 自分で自分にツッコミを入れつつ、静かに起き上がる。


◇ ◇ ◇


 装備の最終チェックを終えて一階に降りると、

 すでにカウンターにはマリーさんがいた。


「おはよう、秋人」


「おはようございます、マリーさん。早いですね」


「そっちこそ。

 でもまぁ、“見送る側”は早起き、って決まってるからねぇ」


 そう言いながら、テーブルにパンとスープを並べてくれる。


「ユイとクレハは?」


「もうすぐ降りてくるよ。

 あの二人、“秋人の出発には絶対遅れない”って顔してたからね」


「なんか恥ずかしいこと言われてません?」


 苦笑していると、階段から足音がした。


「おはよう、秋人くん」


「おはよう」


 ユイはきっちり結んだポニーテールで、いつも通りきれいに整っている。

 クレハは、寝癖ひとつないボブに軽いストレッチをしながら降りてきた。


「ふたりとも、おはよう。ちゃんと寝られたか?」


「そこそこ。ちょっと楽しみで早く目が覚めちゃったけど」


「同じく」


 素直組である。


◇ ◇ ◇


 朝食をかき込んで、荷物を背負い直す。


「じゃ、行ってきます」


「いってらっしゃい」


 マリーさんが、いつものように笑って手を振る。


「ミルダの人たちに会ったら、よろしく言っておいてね。

 帰りに寄れるようになったら、うちからの差し入れも持たせるから」


「はい、そのときは必ず」


「無茶し過ぎないようにねー。

 ……って言っても、無茶するんだろうけどさ」


「出来るだけ“必要最小限の無茶”にしておきます」


「それを無茶って言うんだよ」


 マリーさんのツッコミを背中で受けながら、宿を出た。


◇ ◇ ◇


 ギルド前の広場には、すでに人影があった。


「秋人さん!」


 手を振ってきたのは、ノアだった。


「おはよう、ノア」


「おはようございます。今日、出発の日ですよね」


「ああ。わざわざ見送りか?」


「はい……どうしても、ちゃんと挨拶したくて」


 ノアは少し緊張した顔をしている


「ミルダの件、ギルドで話を聞いて……

 秋人さんたちみたいに“誰かを守る依頼”に、いつかボクも行きたいって思ったんですけど、

 今はまだ、その前にやらなきゃいけないことが多いなって」


「……そうか」


 自分でちゃんと分かってるのは、いい傾向だ。


「だから、ボクはラグナスで出来ることを頑張ります。

 ちゃんと魔法も練習して、いつか一緒に行けるようになりたいので……

 その、帰ってきたら、また教えてください」


「もちろん」


 自然と笑みが浮かんだ。


「戻ってきたら、また一緒に訓練しよう。

 そのときは俺だけじゃなくて、ユイとクレハにも教えてもらえよ」


「はい。よろしくお願いします」


 ノアが深く頭を下げる。


「じゃあ、行ってくる」


「行ってらっしゃいませ。……お気をつけて」


◇ ◇ ◇


 ギルドの前を通りかかると、

 開店準備中の扉から、ひょいっと顔が覗いた。


「おーい、Cランク三人組ー」


 ミリアだ。


「もう呼び方それで固定なんですか」


「定着してきたから諦めなさい。

 ミルダ行き、もう出るんでしょ?」


「ええ、今から」


「向こうの人たちに、『ギルドもちゃんと気にしてるよ』って伝えといて」


 ミリアが、軽く書付けをひらひらさせる。


「正式な文書は砦経由のやつだけどさ。

 “ラグナスのギルドから”って口頭で言うだけでも、向こうの安心材料になるから」


「分かりました。ミリアさんの名前も添えておきます」


「やめろ、“ギルドのミリアが見てる”とか言われると妙なプレッシャーかかる」


 そんなやり取りに、ユイとクレハがくすっと笑う。


「じゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい。なんかあったら、必ず報告に戻ってきなさいよー」


◇ ◇ ◇


 教会の前も、ちょっとだけ足を止めるつもりだった。


 が──


「止まらなくていいわよ。どうせ寄るでしょって思って、外で待ってたから」


 扉の脇の影から、エルナさんが現れた。


「おはようございます、エルナさん」


「おはよう。今日はミルダ行き、だったわね」


「はい。砦経由で、村の様子を見てくるつもりです」


「治癒用の薬草と、簡単な聖水は持って行きなさい」


 エルナさんが、小さな袋を三つ差し出す。


「砦にも備蓄はあるけど、“現場で自分の手で使えるもの”は自分で持っておくべきだから」


「ありがとうございます」


 ユイが、両手で丁寧に受け取った。


「それから」


 エルナさんは、俺の方を見る。


「帰ってきたとき、“無茶はしましたけど、死にそうな無茶はしてません”って顔して帰ってきなさい」


「そのライン難しくないですか?」


「慣れなさい。冒険者ってそういう生き物だから」


 さらっと怖いことを言う。


「でも、本当に危なかったら──

 迷わず逃げるとか、諦めるとか、“そういう選択もきちんと出来ること”」


「……心に刻んでおきます」


「いい返事ね」


 エルナさんは少し微笑んだ。


「ミルダの人たちに、わたしからの言伝。

 “街で祈ってる人間もいるから、あまり思いつめないでください”って伝えて」


「はい」


◇ ◇ ◇


 最後に寄るのは、タツミさんの工房だった。


 工房の扉を開けると、金属を打つ音が一瞬止む。


「……来たか」


 タツミさんが、汗を拭いながら顔を上げる。


「おはようございます、タツミさん」


「おはよう。ミルダだって聞いた」


「もう情報が回ってるんですね」


「この街で生きてるなら、そのくらいはな」


 ぶっきらぼうだけど、それが普通のタツミさんだ。


「刀、見せてみろ」


「はい」


 腰から刀を外して差し出す。


 タツミさんは、鞘から少しだけ刃を覗かせ、光に当てて眺めた。


「……悪くない」


「ほんとですか」


「刃こぼれも酷くねぇし、無理な角度で振ってる傷も少ない。

 “変な見栄で受けにいってない”ってことだ」


「それ、褒め言葉ですよね?」


「褒めてる」


 短く言って、刀を返す。


「このまま使え。

 どうせそのうち、“今の秋人にはもったいねぇ”って言い出したくなる頃が来る」


「それ、楽しみにしておきます」


 俺が笑うと、タツミさんはわずかに口元を緩めた。


「ミルダ、ちゃんと見てこい」


「はい」


「“壊れた場所がどうなるか”も、“人間がどう立ち直るか”も、

 見て損するもんじゃねぇ」


 タツミさんの視線が、少しだけ遠くを見ていた。


 東の国で、何か似たような光景を見てきたのかもしれない。


「行ってこい。

 帰ってきたらまた、刀の振り方をしごいてやる」


「……手加減はほどほどにお願いします」


「すると思うか?」


「思いません」


 素直に諦めた。


◇ ◇ ◇


 街を出て、南へ。


 ラグナスの城壁が小さくなっていくのを背に、俺たちは街道を歩いていく。


 道は以前と同じ。

 でも、景色の見え方は少し違っていた。


「前にここ通ったとき、まだわたしたち準Cだったんだよね」


 ユイが、ふわっと笑いながら言う。


「“初めての大きめな依頼だー”って、ちょっと緊張してた」


「今もそこそこ緊張してるけどな」


「うん。“帰り道が保証されてる”わけじゃないですしね」


 サラッと物騒なことを言うが、事実だ。


 クレハは、道の脇の茂みをちらちら見ながら歩いている。


「前に“逃がす罠”試した場所、草が戻ってきてる」


「ちゃんと自然は復元するんだな」


「うん。

 人間より、早い」


 淡々と言うけど、どこか優しい響きがあった。


◇ ◇ ◇


 昼前には、灰色の小砦が見えてきた。


「おーい!」


 砦の門の前で、見慣れた鎧姿が手を振る。


「この声は……」


「ゴルドさん」


 近づいていくと、やっぱりあの斧使いだった。


「よく来たな、Cランク三人組」


「その呼び方、ここでも定着してるんですね……」


「悪いか?」


 ゴルドさんは豪快に笑う。


「ミルダの連中、聞いたら喜ぶぞ。

 “俺たちを守った冒険者が昇格した”ってよ」


「……それなら、悪くないです」


 否定しづらかった。


「砦の中に入るか?

 ちょうどミルダの代表も、さっきまで司令室に来てた」


「ぜひ、会わせてください」


◇ ◇ ◇


 砦の中は、前に来たときより少し落ち着いていた。


 積まれていた荷物も整理され、

 仮設テントの数も減っている。


(少しずつ、“避難生活”から“帰る準備”に変わってきてるってことか)


 そんなことを考えていると──


「あの……秋人さん?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向くと、ミルダの村長と、その隣に見覚えのある子どもたちが立っていた。


「村長さん!」


「おお、本当に来てくれたか……!」


 村長が、杖をつきながらゆっくり近づいてくる。


「砦の兵から、“秋人たちが来るらしい”とは聞いておったが……

 こうして顔を見るまでは、信じられんかったわい」


「約束しましたから」


 自然と、そう言葉が出た。


「“戻ってきます”って」


「……うむ」


 村長の目が、少し潤む。


「おお、秋人兄ちゃんだ!」


「ユイ姉ちゃんも!」


「クレハ姉ちゃん、ほんとに来た!」


 子どもたちが、一斉に駆け寄ってくる。


 あの「線の上を走る練習」をしていた子たちだ。


「あんたたち、走るときは前だけ見ろって教わったでしょ」


 ユイが、苦笑しながらそれでも膝を折って子どもたちを受け止める。


「でも今は、前に秋人兄ちゃんたちがいるから大丈夫!」


「……理屈のねじ曲げ方が上手くなってない?」


 嬉しいから否定しづらかった。


 クレハは、いつもの無表情のまま、

 そっと近づいてきた子どもの頭をぽんぽんと撫でている。


「猫の木、まだ持ってる?」


「持ってる。大事にしてる」


「よかった」


 短い会話なのに、ちゃんと距離が縮まっているのが分かった。


◇ ◇ ◇


「オークの方は、どうですか?」


 落ち着いてから、村長に訊ねる。


「騎士団と冒険者たちが、森の掃除を続けてくれておる。

 “もう大きな群れはおらん”そうじゃ」


「じゃあ、ミルダに戻るのも、そう遠くないですね」


「そうじゃな。

 砦の司令官殿からも、“そろそろ帰還計画を立ててもいい”と言われたところじゃ」


 村長は、砦の外の方角──ミルダの方向を見る。


「家は壊れたまま、畑もやり直し……

 やることは山ほどあるが、それでも“帰れる”と言われると、胸が軽くなる」


「戻れますよ」


 俺は、あの日も言った言葉をもう一度口にした。


「戻れるつもりがないなら、

 村長さんはあの日、あんなに頑張って避難ルートの話をしてませんから」


「……はっはっは。

 お主は、そういうところだけ妙に口が上手いのう」


 村長が、嬉しそうに笑った。


「ラグナスのギルドからも、“ミルダの様子を見てきてくれ”と言われています。

 戻る準備で必要なものや、危なそうな場所があれば、調べておきたいんです」


「頼もしい話じゃ」


 村長は頷く。


「では、わしが知っておる範囲で話そう。

 それと──出来れば一度、村にも足を運んで見てほしい」


「もちろんです」


◇ ◇ ◇


 砦の会議室の片隅で、

 俺たちは村長からミルダの現状を聞いた。


 オークに踏み荒らされた畑。

 一部崩れた柵。

 損傷の少ない家と、ほとんど全壊の家の差。


「全部、最初から作り直すのは難しい。

 だが、まずは“みんなで寝られる場所”と、“共同の食料庫”……

 そういう順番で考えておる」


「なるほど……」


 ユイが、メモを取りながら頷く。


「水は?」


「井戸は、幸い無事じゃった。

 ただ、周囲の土が抉れておる箇所もあるでな、補強が必要じゃろう」


「その辺りも含めて、実際に見に行ってみます」


 俺は地図を見ながら言った。


「危険そうな場所の確認も兼ねて」


「頼んだぞ。

 わしらが一緒に行くのは、もう少し先になるじゃろうからな」


◇ ◇ ◇


 会議を終えたあと、砦の上からミルダの方角を眺める。


「……行くか」


「うん」


「行く」


 三人で、自然と頷き合う。


 オークキングはもういない。

 群れの大半も、掃討されている。


 それでも、まだ森には残党もいるし、何が潜んでいるか分からない。


(でも今度は、“守るために走る”だけじゃない)


 守った場所がどうなったか。

 あの村が、もう一度「帰る場所」になれるのか。


 それを、ちゃんとこの目で見ておきたかった。


「Cランク冒険者・アキト、ユイ、クレハ。

 ミルダ村に──ただいま、言いに行きますか」


「うん、“ただいま”って言えるように」


「“おかえり”って言われるまで、ちゃんと見届ける」


 そんなふうに小さく笑い合いながら、

 俺たちは砦を出て、ミルダへ向かう道へと歩き出した。


つづく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


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