表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/112

第66話 Cランクと、次の一手



 オークキングが倒れて数日。


 ラグナスの街は、ようやく「日常」を取り戻しつつあった。


 行き交う人の数は前より少し多く、

 市場には「オーク肉入り煮込み」なんて期間限定メニューも増えている。


(……いや、食うんだな、オーク)


 正直、あの姿を思い出すとあまり食欲は湧かなかったけど、

 冒険者たちは「肉!肉!」「高たんぱく!」と嬉々として食べていた。

 逞しい。


「秋人くん、ぼーっとしてると置いてくよ?」


「ああ、ごめんごめん」


 肩を軽く小突いてきたユイの後ろを、俺は小走りで追いかける。


 向かうのは、ギルド──


 正式にCランクになってから、

 初めて「次の依頼」を取りに行く日だ。


◇ ◇ ◇


「おっ、来た来た。うちの期待のCランク組」


 ギルドに入ると、いつものカウンターの向こうでミリアが手を振ってきた。


「やめてください、その呼び方恥ずかしいんですけど」


「えー、じゃあ、“ミルダを守った三人組”は?」


「もっと恥ずかしいです」


 頭を抱えたくなった。


 周りの冒険者たちが、ちらちらとこっちを見てくる。


「あれが噂の……」「オークキング作戦のときの……」


 ひそひそ声が聞こえるたびに、背中がむず痒くなる。


「はいはい、そこ。

 ジロジロ見るなら、せめて酒一杯くらい奢ってあげなさい」


 ミリアが周りに向かって軽く一喝すると、

 冒険者たちは「へいへい」と肩をすくめてそれぞれの席に戻っていった。


「で、今日は?」


「そろそろ、次の依頼を……」


「はいはい、“Cランクとして最初の仕事”ね」


 ミリアがニヤリと笑う。


「その前に──ほら」


 カウンターの下から、小さな袋が三つ出てきた。


「これは?」


「新しいギルドカード用のプレート。

 Cランク仕様」


 金属製の小さなプレート。

 今までより少しだけ色が濃く、縁に細い刻印が入っている。


「おお……」


 手に取ると、妙に重みがあった。

 物理的にも、精神的にも。


「はい、秋人。

 Cランク冒険者プレート授与、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「ユイもクレハちゃんもね。」


「前よりキラキラしてる」


 クレハは、プレートを光にかざしてじっと見つめた。


「……重い」


「重い?」


「“持たされたもの”の重さ。

 でも、“悪くない重さ”」


 その言い方が妙にクレハらしくて、

 俺はちょっと笑ってしまった。


◇ ◇ ◇


「で、本題」


 ミリアはプレートの登録作業をしながら、

 壁の依頼掲示板を顎で指し示した。


「Cランクになったからって、いきなりBランク向けの依頼に手を出すのはやめなさいよ?」


「しませんよ」


「ほんとぉ?」


「……しませんよ?」


 なんで二回言わされたのか。


「はい、じゃあ今日のおすすめ」


 ミリアが、掲示板から数枚の紙を外してきた。


「一つ目。

 『ラグナス近郊の魔獣調査兼討伐』。

 Cランク向け、三人~四人推奨。

 オークキングの残党じゃなくて、別系統の魔獣の様子見ね」


「ふむ」


「二つ目。

 『南街道の商隊護衛』。

 これもCランク以上。

 人間相手(盗賊)の可能性あり」


「……人間相手、か」


 あの人身売買の一件を思い出し、

 胸のあたりが少しだけ重くなる。


「三つ目。

 『灰色の小砦からミルダへの伝令兼見回り』」


「ミルダ」


 思わず、声が揃った。


「砦で一時避難してるミルダ村の人たち、覚えてるでしょ?

 あそこへの連絡と周辺の安全確認。

 “オークの掃除は一段落したけど、完全に安全ってわけじゃない”からね」


「受けます」


 反射的に口が動いていた。


 ミリアが「でしょうね」と言いたげな顔で笑う。


「他の候補は見なくていいの?」


「見ますけど……まずはそれ、前向きに検討で」


「正直でよろしい」


 ユイもクレハも、頷いていた。


「ミルダの子どもたちから、“また来てね”って手紙もらってたもんね」


「約束、守る」


 クレハが、腰のポーチを軽く叩く。

 あの木彫りの猫のお守り、ちゃんと中に入れてあるらしい。


◇ ◇ ◇


「で、どうする?」


 ギルドの隅のテーブルに移動して、

 三つの依頼書を並べる。


 俺たち三人の前に、紙が三枚。

 魔獣、護衛、ミルダ。


「個人的には、ミルダ第一候補」


「わたしも賛成」


「同じく」


 まあ、そうなるよな。


「ただ──」


 ユイが、護衛依頼の紙を指でつつく。


「南街道の護衛依頼も、ちょっと気になるんだよね」


「人間相手だから?」


「うん。

 オークの件で騎士団が森側に人を割いてた間に、

 街道沿いの盗賊が増えてるって噂、聞いたでしょ?」


「ああ、宿の客が話してたな」


「“人を守る”って意味では、

 ミルダの件とあんまり変わらない気がするんだよね」


 ユイは真剣な顔で続ける。


「わたしたち、“魔物相手”にはだいぶ慣れてきたけど……

 “人間相手”は、まだあんまり経験ない」


「人身売買の盗賊団のときくらいだもんな」


 あのときのことを思い出す。

 ドルガンに、「殺すべき相手」と「殺さなくてもいい相手」の話をされた日。


「どこかで、ちゃんと“慣れすぎない程度に慣れておく”必要はあると思う」


「……うん」


 ユイの言うことは分かる。


「でも、全部一度にやるわけにもいかないし……」


「順番の問題」


 クレハが、三枚の紙をじっと見て言った。


「“今行くべき場所”と、“あとでも行ける場所”」


 その言い方が、どこかリゼに似ている。


「ミルダ、今でも砦にいる。

 街道の護衛、定期的に出てる。

 魔獣調査も、他の冒険者が候補」


「あー……」


 俺にも見えてきた。


「“今じゃないと行けない場所”ってほどじゃないけど、

 ミルダは『一段落した直後』に顔出した方がよさそうなんだよな」


「うん」


 ユイも頷いた。


「村の人たちの気持ち的にも、“今行く”のがいちばん喜んでくれそう」


「じゃあ、決まり」


 クレハが、ミルダの依頼書をちょん、と指で押さえる。


「“ミルダ行き”第一候補。

 護衛と魔獣は、そのあとでも依頼出る」


「よし」


 方向性は決まった。


「ミリアさんに、これで行きますって言ってくる」


「ついでに、報酬もちゃんと確認してきてね?」


「さりげなく現実的なお願い入れてくるな、お前」


「大事だからね? 生活費」


 異世界でも、金は大事である。


◇ ◇ ◇


「ミルダ依頼、受けるってことでいいわね?」


「はい」


 カウンターに戻ると、ミリアがさっそく登録作業に入った。


「出発は早いほどいいけど……

 今日は準備と休養に充てて、明日の朝出発が無難かな」


「そうですね」


 そのとき──


「あ、あのっ!」


 横から、聞き覚えのある声が割り込んできた。


「ノア?」


 小柄な少年──落ちこぼれ魔法使い志望のノアが、

 ゼェゼェ言いながら走ってきた。


「やっぱり秋人さんたちだ!

 Cランク昇格、おめでとうございます!」


「あ、ありがとう」



「もしかして、次の依頼決めてるとこですか?」


「うん。

 ミルダ村への伝令と見回りのやつを」


「ミルダ村……!」


 ノアの顔がぱぁっと明るくなった。


「話、聞いたよ。“オークから守った村”だって……!

 ボク、そういう“守る戦い”とか、すごく憧れる!」


「お、おう」


 目をキラキラさせているノアに、

 どう対応していいのか一瞬迷う。


「今はまだDランクだけど……

 いつかボクも、秋人さんたちみたいに“誰かを守る仕事”が出来るように、頑張る!」


「……だったら」


 気づいたら、口が勝手に動いていた。


「今度、簡単な依頼、一緒に行くか?」


「えっ」


「いきなりミルダとかじゃなくてさ。

 街の近くの雑用とか、小さい護衛とか。

 そういうのなら、ノアの魔法もきっと役に立つし」


「い、いいの!?」


 ノアの目が、さらに丸くなる。


「もちろん。

 ……ただし、ユイとクレハの許可が出たら、な」


「えっ、責任丸投げされたんだけど?」


「妥当」


 即答であった。


 ユイが小さくため息をつく。


「ノアくん、今度ね。

 “本気で誰かを守る”仕事をするときは、その前にちょっと訓練付き合ってもらうから」


「訓練?」


「うん。

 “前に出る人間の気持ち”と、“後ろから支える人間の気持ち”、

 どっちも少しだけ体験してからの方がいいと思うから」


 エルナとリゼとドルガンから言われたことを、

 ユイなりに噛み砕いた言い方だった。


「ボク、そういうの、ちゃんと教えてもらいたかった……!」


 ノアは、ほとんど涙目で頷いていた。


「よろしくお願いします!」


「うん。

 ──まずは、秋人くんたちがミルダから戻って来てからね」


 ユイの念押しに、ノアは「はい!」と元気よく返事をした。


◇ ◇ ◇


 ギルドを出る頃には、

 空はすっかり夕方の色になっていた。


「明日、また旅支度か」


「今回の距離は砦までだから、そこまで大変じゃないけどね」


「でも、“帰る場所”に行くんだよね」


 クレハが、小さく言った。


「ミルダ、“仮の家”だった砦から、“本当の家”に戻る準備、してる。

 私たちも、“ただの旅人”じゃなくて、“帰ってきた人”」


「……なんか、いいなそれ」


 “帰ってきた人”。


 冒険者として、いろんな街を巡ることになるだろうけど──

 「帰り先」と呼べる場所が増えていくのは、やっぱり嬉しい。


「じゃ、とりあえず今日のところは」


 ユイが両手を伸ばして、軽く背筋を伸ばす。


「装備の点検して、ご飯食べて、お風呂入って、早めに寝る」


「健康的だな」


「当たり前。

 “明日からまた全力で守る”んだから」


「うん」


 俺は、腰の刀をそっと撫でた。


 タツミの工房で預かってもらっている刀も、

 オーク戦のあとに点検してもらったばかりだ。


(Cランクになったからって、急に強くなったわけじゃない)


 でも、任されるものは確実に増えた。

 守らなきゃいけないものも。


「よし」


 気合いを入れ直すように、小さく頬を叩く。


「Cランク冒険者・アキト。

 “帰る場所”の様子を、見てきますか」


「うん。

 ユイも、“帰る場所の畑”でちょっとだけ筋肉痛になってくる」


「クレハ、“罠いらない村”になってるか、ちゃんと確認する」


「それもう、ほとんど観光じゃないか?」


 そんな他愛もないやりとりをしながら、

 俺たちは宿へと歩き出した。


 明日はまた、新しい一歩。

 でも、その先には──


 あの日守った村と、その人たちの笑顔が待っている。


つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ