第66話 Cランクと、次の一手
オークキングが倒れて数日。
ラグナスの街は、ようやく「日常」を取り戻しつつあった。
行き交う人の数は前より少し多く、
市場には「オーク肉入り煮込み」なんて期間限定メニューも増えている。
(……いや、食うんだな、オーク)
正直、あの姿を思い出すとあまり食欲は湧かなかったけど、
冒険者たちは「肉!肉!」「高たんぱく!」と嬉々として食べていた。
逞しい。
「秋人くん、ぼーっとしてると置いてくよ?」
「ああ、ごめんごめん」
肩を軽く小突いてきたユイの後ろを、俺は小走りで追いかける。
向かうのは、ギルド──
正式にCランクになってから、
初めて「次の依頼」を取りに行く日だ。
◇ ◇ ◇
「おっ、来た来た。うちの期待のCランク組」
ギルドに入ると、いつものカウンターの向こうでミリアが手を振ってきた。
「やめてください、その呼び方恥ずかしいんですけど」
「えー、じゃあ、“ミルダを守った三人組”は?」
「もっと恥ずかしいです」
頭を抱えたくなった。
周りの冒険者たちが、ちらちらとこっちを見てくる。
「あれが噂の……」「オークキング作戦のときの……」
ひそひそ声が聞こえるたびに、背中がむず痒くなる。
「はいはい、そこ。
ジロジロ見るなら、せめて酒一杯くらい奢ってあげなさい」
ミリアが周りに向かって軽く一喝すると、
冒険者たちは「へいへい」と肩をすくめてそれぞれの席に戻っていった。
「で、今日は?」
「そろそろ、次の依頼を……」
「はいはい、“Cランクとして最初の仕事”ね」
ミリアがニヤリと笑う。
「その前に──ほら」
カウンターの下から、小さな袋が三つ出てきた。
「これは?」
「新しいギルドカード用のプレート。
Cランク仕様」
金属製の小さなプレート。
今までより少しだけ色が濃く、縁に細い刻印が入っている。
「おお……」
手に取ると、妙に重みがあった。
物理的にも、精神的にも。
「はい、秋人。
Cランク冒険者プレート授与、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ユイもクレハちゃんもね。」
「前よりキラキラしてる」
クレハは、プレートを光にかざしてじっと見つめた。
「……重い」
「重い?」
「“持たされたもの”の重さ。
でも、“悪くない重さ”」
その言い方が妙にクレハらしくて、
俺はちょっと笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
「で、本題」
ミリアはプレートの登録作業をしながら、
壁の依頼掲示板を顎で指し示した。
「Cランクになったからって、いきなりBランク向けの依頼に手を出すのはやめなさいよ?」
「しませんよ」
「ほんとぉ?」
「……しませんよ?」
なんで二回言わされたのか。
「はい、じゃあ今日のおすすめ」
ミリアが、掲示板から数枚の紙を外してきた。
「一つ目。
『ラグナス近郊の魔獣調査兼討伐』。
Cランク向け、三人~四人推奨。
オークキングの残党じゃなくて、別系統の魔獣の様子見ね」
「ふむ」
「二つ目。
『南街道の商隊護衛』。
これもCランク以上。
人間相手(盗賊)の可能性あり」
「……人間相手、か」
あの人身売買の一件を思い出し、
胸のあたりが少しだけ重くなる。
「三つ目。
『灰色の小砦からミルダへの伝令兼見回り』」
「ミルダ」
思わず、声が揃った。
「砦で一時避難してるミルダ村の人たち、覚えてるでしょ?
あそこへの連絡と周辺の安全確認。
“オークの掃除は一段落したけど、完全に安全ってわけじゃない”からね」
「受けます」
反射的に口が動いていた。
ミリアが「でしょうね」と言いたげな顔で笑う。
「他の候補は見なくていいの?」
「見ますけど……まずはそれ、前向きに検討で」
「正直でよろしい」
ユイもクレハも、頷いていた。
「ミルダの子どもたちから、“また来てね”って手紙もらってたもんね」
「約束、守る」
クレハが、腰のポーチを軽く叩く。
あの木彫りの猫のお守り、ちゃんと中に入れてあるらしい。
◇ ◇ ◇
「で、どうする?」
ギルドの隅のテーブルに移動して、
三つの依頼書を並べる。
俺たち三人の前に、紙が三枚。
魔獣、護衛、ミルダ。
「個人的には、ミルダ第一候補」
「わたしも賛成」
「同じく」
まあ、そうなるよな。
「ただ──」
ユイが、護衛依頼の紙を指でつつく。
「南街道の護衛依頼も、ちょっと気になるんだよね」
「人間相手だから?」
「うん。
オークの件で騎士団が森側に人を割いてた間に、
街道沿いの盗賊が増えてるって噂、聞いたでしょ?」
「ああ、宿の客が話してたな」
「“人を守る”って意味では、
ミルダの件とあんまり変わらない気がするんだよね」
ユイは真剣な顔で続ける。
「わたしたち、“魔物相手”にはだいぶ慣れてきたけど……
“人間相手”は、まだあんまり経験ない」
「人身売買の盗賊団のときくらいだもんな」
あのときのことを思い出す。
ドルガンに、「殺すべき相手」と「殺さなくてもいい相手」の話をされた日。
「どこかで、ちゃんと“慣れすぎない程度に慣れておく”必要はあると思う」
「……うん」
ユイの言うことは分かる。
「でも、全部一度にやるわけにもいかないし……」
「順番の問題」
クレハが、三枚の紙をじっと見て言った。
「“今行くべき場所”と、“あとでも行ける場所”」
その言い方が、どこかリゼに似ている。
「ミルダ、今でも砦にいる。
街道の護衛、定期的に出てる。
魔獣調査も、他の冒険者が候補」
「あー……」
俺にも見えてきた。
「“今じゃないと行けない場所”ってほどじゃないけど、
ミルダは『一段落した直後』に顔出した方がよさそうなんだよな」
「うん」
ユイも頷いた。
「村の人たちの気持ち的にも、“今行く”のがいちばん喜んでくれそう」
「じゃあ、決まり」
クレハが、ミルダの依頼書をちょん、と指で押さえる。
「“ミルダ行き”第一候補。
護衛と魔獣は、そのあとでも依頼出る」
「よし」
方向性は決まった。
「ミリアさんに、これで行きますって言ってくる」
「ついでに、報酬もちゃんと確認してきてね?」
「さりげなく現実的なお願い入れてくるな、お前」
「大事だからね? 生活費」
異世界でも、金は大事である。
◇ ◇ ◇
「ミルダ依頼、受けるってことでいいわね?」
「はい」
カウンターに戻ると、ミリアがさっそく登録作業に入った。
「出発は早いほどいいけど……
今日は準備と休養に充てて、明日の朝出発が無難かな」
「そうですね」
そのとき──
「あ、あのっ!」
横から、聞き覚えのある声が割り込んできた。
「ノア?」
小柄な少年──落ちこぼれ魔法使い志望のノアが、
ゼェゼェ言いながら走ってきた。
「やっぱり秋人さんたちだ!
Cランク昇格、おめでとうございます!」
「あ、ありがとう」
「もしかして、次の依頼決めてるとこですか?」
「うん。
ミルダ村への伝令と見回りのやつを」
「ミルダ村……!」
ノアの顔がぱぁっと明るくなった。
「話、聞いたよ。“オークから守った村”だって……!
ボク、そういう“守る戦い”とか、すごく憧れる!」
「お、おう」
目をキラキラさせているノアに、
どう対応していいのか一瞬迷う。
「今はまだDランクだけど……
いつかボクも、秋人さんたちみたいに“誰かを守る仕事”が出来るように、頑張る!」
「……だったら」
気づいたら、口が勝手に動いていた。
「今度、簡単な依頼、一緒に行くか?」
「えっ」
「いきなりミルダとかじゃなくてさ。
街の近くの雑用とか、小さい護衛とか。
そういうのなら、ノアの魔法もきっと役に立つし」
「い、いいの!?」
ノアの目が、さらに丸くなる。
「もちろん。
……ただし、ユイとクレハの許可が出たら、な」
「えっ、責任丸投げされたんだけど?」
「妥当」
即答であった。
ユイが小さくため息をつく。
「ノアくん、今度ね。
“本気で誰かを守る”仕事をするときは、その前にちょっと訓練付き合ってもらうから」
「訓練?」
「うん。
“前に出る人間の気持ち”と、“後ろから支える人間の気持ち”、
どっちも少しだけ体験してからの方がいいと思うから」
エルナとリゼとドルガンから言われたことを、
ユイなりに噛み砕いた言い方だった。
「ボク、そういうの、ちゃんと教えてもらいたかった……!」
ノアは、ほとんど涙目で頷いていた。
「よろしくお願いします!」
「うん。
──まずは、秋人くんたちがミルダから戻って来てからね」
ユイの念押しに、ノアは「はい!」と元気よく返事をした。
◇ ◇ ◇
ギルドを出る頃には、
空はすっかり夕方の色になっていた。
「明日、また旅支度か」
「今回の距離は砦までだから、そこまで大変じゃないけどね」
「でも、“帰る場所”に行くんだよね」
クレハが、小さく言った。
「ミルダ、“仮の家”だった砦から、“本当の家”に戻る準備、してる。
私たちも、“ただの旅人”じゃなくて、“帰ってきた人”」
「……なんか、いいなそれ」
“帰ってきた人”。
冒険者として、いろんな街を巡ることになるだろうけど──
「帰り先」と呼べる場所が増えていくのは、やっぱり嬉しい。
「じゃ、とりあえず今日のところは」
ユイが両手を伸ばして、軽く背筋を伸ばす。
「装備の点検して、ご飯食べて、お風呂入って、早めに寝る」
「健康的だな」
「当たり前。
“明日からまた全力で守る”んだから」
「うん」
俺は、腰の刀をそっと撫でた。
タツミの工房で預かってもらっている刀も、
オーク戦のあとに点検してもらったばかりだ。
(Cランクになったからって、急に強くなったわけじゃない)
でも、任されるものは確実に増えた。
守らなきゃいけないものも。
「よし」
気合いを入れ直すように、小さく頬を叩く。
「Cランク冒険者・アキト。
“帰る場所”の様子を、見てきますか」
「うん。
ユイも、“帰る場所の畑”でちょっとだけ筋肉痛になってくる」
「クレハ、“罠いらない村”になってるか、ちゃんと確認する」
「それもう、ほとんど観光じゃないか?」
そんな他愛もないやりとりをしながら、
俺たちは宿へと歩き出した。
明日はまた、新しい一歩。
でも、その先には──
あの日守った村と、その人たちの笑顔が待っている。
つづく。




