第65話 Cランクと、帰る場所
オークキング討伐の翌朝。
砦の空気は、戦いの緊張が抜けて、代わりにどっと疲れが広がっていた。
「ふあぁぁ……」
砦の壁の上で、俺は遠慮なくあくびをした。
昨日はほぼ一日中、丘の上で迎撃態勢+ちょこちょこ戦闘。
夜は戦勝会で、結局寝たのはかなり遅かった。
「秋人くん、口開いてる」
「うるさい。お前だって目の下クマすごいぞ」
「女の子にクマ指摘するの失礼だと思いません?」
「じゃあその槍で刺さないでください痛い」
ユイの槍の柄が、こつんと俺の脇腹を小突いてくる。
隣では、クレハが柵の上にちょこんと座って、
まだ薄暗い森をじっと眺めていた。
「……もう、オークの匂い、薄い」
「ああ」
俺も、鼻をひくつかせてみる。
昨日までのあの、鼻に張りつくような獣臭と血の匂いは、確かに薄くなっていた。
「“王様”がいなくなった群れは、しばらくバラバラになる。
掃討は続くけど、“大きな波”はもう来ない」
「エルナさんがそんなこと言ってたね」
ユイが肩を竦める。
「というわけで、今日のわたしたちの仕事は──」
「ラグナスに帰って、報告と書類と、あと怒られることだな」
「怒られるの前提なんだ」
「ボルグさんには怒られないと思うけど、
エルナさんには“無茶してないでしょうね”ってすごい目で見られる未来しか見えない」
「それ、怒られてるのとあんまり変わらないよ?」
◇ ◇ ◇
午前中には砦を発ち、
俺たちはラグナスへ戻る隊列に合流した。
ミルダの人たちは、まだ砦に残っている。
しばらくは兵と一緒に暮らしながら、森の様子を見て“帰るタイミング”を計るらしい。
(あの村に、どういう形で戻ることになるんだろうな)
帰り道の街道を歩きながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
「秋人くん?」
「ん?」
「ちょっと顔、寂しそう」
「そうか?」
「ミルダの子どもたちの顔、思い出してるでしょ」
「……まぁ、ちょっとな」
うっかり図星を刺された。
「戻って来られるよね?」って聞かれた顔が、
まだ頭の中に残ってる。
「戻れるよ」
前を歩いていたクレハが、ぽつりと言った。
「“オーク村”は潰した。
森の掃除も、ボルグや騎士たちが続ける。
時間はかかるけど、“戻る場所”にはなる」
「そうだといいな」
「……そうなるように、なってる」
クレハの言い方は、妙に断定的だった。
「ドルガン、こういうの何回も見てきたって言ってた。
“壊れた村だって、帰ろうとする人がいれば、ちゃんと戻っていく”って」
「……あの人が言うと、説得力あるな」
殺しの現場も、守れなかった場所も、山ほど見てきた人だ。
その上での言葉なら、信じていい気がする。
◇ ◇ ◇
ラグナスの門が見えてきた頃には、
俺たちの足取りもだいぶ軽くなっていた。
「おーい!」
門の前で、見慣れたおじさんが手を振っている。
「グレンさん!」
「よぉ、無事に帰ってきたな!」
門番のグレンさんが、俺たちの肩をばんばん叩いてくる。
「森からオークの群れが出てきたって噂聞いたぞ。
お前らもその辺で暴れてきたんだろ?」
「暴れてきたっていうか、“逃げてくるやつを足止めしてた”って感じですけど」
「それを暴れるって言うんだよ」
グレンさんは豪快に笑った。
隣で新人門番のリオが、じっとこっちを見ている。
「……お帰りなさい」
「ただいまです」
「負傷者なし、ですか?」
「はい。
こっち側は、全員無事です」
「……よかった」
リオの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
こういう小さな“ただいま”が増えていくのは、悪くない。
◇ ◇ ◇
ギルドに顔を出すと、
案の定、カウンターの向こうでミリアがニヤニヤしていた。
「おかえり、英雄様たち」
「その呼び名やめてください」
「もう酒場で定着しつつあるけど?」
「やめてください!!」
思った以上にダメージが大きかった。
「まぁまぁ、いいじゃない。
“英雄様”って言っても、“オークキングを一人で倒した”とかじゃなくてさ」
ミリアが手元の書類をぱらぱらめくる。
「“自分の持ち場を守り切った英雄”って意味だから」
「……それは、ちょっとなら」
そういう意味なら、まだ受け止めやすい。
「で?」
ミリアが、ニヤニヤから“仕事モード”の顔に切り替わる。
「ミルダの避難護衛と、逃げオーク迎撃の詳細、報告お願い」
「はい」
俺たちは、交代で口を開いた。
避難の隊列。
途中の罠の位置。
追ってきたオークの数と、倒した数。
村人の怪我の有無。
ユイは回復と支援の状況を、
クレハは罠の内容と効果を、
それぞれ冷静に説明していく。
「ふむふむ……」
ミリアは、全部を抜け漏れなく書き留めていった。
「……はい、OK。
ボルグさんからの戦場報告とも、だいたい辻褄合ってる」
「ボルグさんのとこにも、伝令行ってたんですね」
「当然でしょ。
“本隊”と“外側班”の動きは、両方まとめないとね」
書類をまとめながら、ミリアがふっと笑う。
「それと──」
カウンターの下から、新しい紙を取りだした。
「これ、あんたたちの分」
「……なんです?」
「ギルドランク昇格通知。
“準C”から“C”へ。
正式に」
「えっ」
思ったよりストレートに来た。
「前に言ったでしょ?
“準Cで据え置くのは無理筋になってきた”って」
「いや、いずれはとは思ってましたけど……
こんな戦闘のすぐ後とは……」
「“こういう大規模作戦でどれだけ動けるか”って、
ランク査定にめちゃくちゃ響くからね」
ミリアは肩をすくめる。
「ミルダ護衛&避難成功。
逃げオーク迎撃成功。
そのうえでオークキング討伐作戦への貢献度は高い、って評価」
「……」
「簡単に言うと、“Cランク並の仕事を実際にやった”ってことだよ」
「……はい」
ようやく実感が追いついてきた。
「おめでとう、Cランク冒険者さん」
ミリアが、少し誇らしげに笑った。
ユイとクレハも、隣で小さく拍手している。
「ありがと……」
口から出た声は、自分でも驚くくらい弱々しかったけど、
胸の奥はじんわり熱かった。
◇ ◇ ◇
「Cランクねぇ」
ギルドからの帰り道、
通りの露店で水を買いながら、ユイがぽつりと言った。
「なんか、“冒険者らしくなってきたなー”って感じ」
「今までは?」
「“迷子の高校生三人組”」
「否定出来ないけど否定させてくれ」
異世界に来たばかりの頃を思い出して、頭を抱えたくなる。
「クレハは?」
「“里から逃げてきた見習い”」
「自分で言うな」
それはそれで否定出来ないのが悔しい。
「でも、今は──」
ユイが、少しだけ空を見上げる。
「“Cランク冒険者・アキト・ユイ・クレハ”って名乗っても、
そんなに嘘じゃない気がする」
「うん」
クレハも頷いた。
「“逃げるだけ”じゃなくて、“守って”“逃がして”“戦った”」
「……そうだな」
ミルダの村人たちの顔、
砦の兵士の笑顔、
オークキングが倒れた瞬間の空気。
全部が、少しだけ現実っぽく感じられる。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
教会に立ち寄ると、エルナが待っていた。
予想通り、腕を組んで仁王立ちで。
「……」
「……」
「……無茶、してないでしょうね?」
「しました」
「即答!?!?」
ユイの悲鳴が教会に響いた。
「いや、あの、
“出来る範囲での無茶”です」
「出来る範囲の無茶って何よ」
「ミルダの避難で、ちょっとギリギリの足止めとか……」
「……ふぅ」
エルナは、盛大に溜め息を吐いた。
「まぁ、生きて帰ってきてる時点で、“一線は越えてない”ってことでいいわ」
「はい」
「それと、報告はもう聞いてる」
エルナは表情を和らげた。
「“誰も死なせなかった”って。
それだけで、十分過ぎる成果よ」
「……ありがとうございます」
ユイが、一番ほっとした顔をしていた。
「それから、もう一つ」
エルナが、俺たちの方に手を差し出す。
「Cランク昇格、おめでとう」
「知ってたんですね」
「教会の治癒師なめないで。
街の“命の出入り”には敏感なの」
そう言って、エルナは少し笑う。
「これから、もっと大変な依頼も増えるわよ。
でも、“全部受けろ”とは言わない」
「“全部は受けるな”の間違いでは」
「賢くなったわね」
エルナは、ユイの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「“自分たちに出来ること”と、“今はまだ出来ないこと”。
それをちゃんと見極めて、選びなさい」
リゼと似たようなことを言う。
この人たち、本当に同じ世界の人なんだなぁと妙なところで感心した。
◇ ◇ ◇
教会を出て、
宿屋「青い灯火亭」に戻る頃には、街はすっかり夕焼け色だった。
「おかえり!」
カウンターの向こうで、マリーが手を振る。
「オーク、なんとかなったみたいだねぇ。
みんな無事で、ほんとによかったよ」
「ただいま戻りました」
俺たちは、一斉に頭を下げた。
「今日はもう、“ごはん食べて寝る”だけにしなさいね。
……あ、でもその前に」
マリーが、奥から何かを持って出てくる。
「ミルダの人たちから預かりもの。
砦経由で届いたよ」
「え?」
渡されたのは、小さな布包みと、一通の手紙だった。
宛名には、三人の名前が並んでいる。
「秋人くん、読んで」
「お、おう」
慎重に封を開ける。
中からは、少し不器用な字で書かれた文章が現れた。
『アキトさん、ユイさん、クレハさんへ。
無事に砦まで連れてきてくれて、本当にありがとうございました。
子どもたちも、みんな元気です。
“線の上だけ走る練習”が役に立ったと、みんなで話しています。』
クレハが、すぐに「線の上」と聞いて小さく笑った。
『森のオークがいなくなったら、
またミルダに帰れるそうです。
そのとき、もしよかったら──
畑を耕すのを、手伝いに来てください。
あの子たちも、“また遊びに来てほしい”と言っていました。』
手紙は、最後にこう結ばれていた。
『今はまだ、砦が“仮の家”ですが、
ミルダは、私たちの“本当の家”です。
秋人さんたちの“帰る場所”にも、なってくれたら嬉しいです。』
読み終わる頃には、
喉の奥が少し、つまっていた。
「……」
「……」
「……」
三人とも、しばらく無言だった。
代わりに、マリーがそっと布包みを開いて見せてくれる。
中には、素朴な焼き菓子と、
小さな木彫りの動物がいくつか入っていた。
「ミルダの子どもたちが作ったんだってさ」
マリーが優しく笑う。
「“お礼とお守り”なんだって」
「……っ」
ユイが、目を潤ませながら木彫りを手に取った。
ぎこちないけど、ちゃんと猫の形になっている。
「クレハへの、だね」
「分かる?」
「“しっぽ長いし、耳とがってるし”」
「……うん」
クレハの声も、いつもより少し柔らかかった。
俺の手には、小さな木刀の形をしたお守り。
ユイのには、槍っぽい形をした木彫りが入っていた。
「……行くか」
木刀のお守りを握りしめながら、
自然とそう口から出ていた。
「オークの掃除がひと段落したら、
ミルダの再建、手伝いに」
「うん」
「行く」
ユイもクレハも、迷いなく頷いた。
(“冒険者だから、いろんな街を渡り歩く”ってのもいいけど)
ラグナスと、ミルダと──
ちょっとずつ、「帰る場所」と呼べるところが増えていくのも、悪くない。
「Cランク冒険者・アキト、ユイ、クレハ。
“帰る場所”の仕事も、ちゃんとやっていきましょうか」
ユイが、わざとらしく肩を竦める。
「“帰る場所”の仕事って何だよ」
「畑耕したり、柵直したり、パン食べたり、子どもと走ったり」
「最後のは仕事か?」
「重要なお仕事です」
「……まぁ、否定はしない」
クレハが、小さく木彫りの猫を撫でながら言った。
「“守った場所”に、もう一回行くの、
ちょっと楽しみ」
「だな」
ミルダの畑の匂い。
子どもたちの笑い声。
逃げる練習をしていた“安全ライン”。
あの村が、“もう一度笑える場所”になるなら──
俺たちCランク三人組の出番は、まだまだ続きそうだ。
つづく。




