表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/112

第61話 村を守る準備



 村長の案内で、俺たちはミルダ村をぐるりと一周することになった。


 畑、井戸、家並み、家畜小屋。

 前に来たときと同じ風景のはずなのに、今日は見る視点が少し違う。


(ここが“戦場になるかもしれない場所”だって目で見てるんだよな……)


 そんなことを考えながら、俺は一歩後ろから村長の背中を追いかけていた。


「ここが、村の入口じゃな」


 簡素な木柵と、小さな門。

 “門番”と呼ぶには申し訳ないくらいの、見張り台が一つある。


「前に、お前さんたちが追ってきた連中も、ここを通って行った」


「そうですね」


 あのときは夜で、必死で走ってて、正直あまり周りは見ていなかった。

 今こうして見ると、門の両脇にある家や納屋の位置も、だいぶ印象が違う。


「秋人くん、どう?」


 ユイが、横から小声で訊ねてきた。


「……門の前で、全部受け止めるのはやめた方がいいな」


「やっぱり?」


「ああ。ここ、門を抜けるとすぐ広場だろ」


 門の向こうには小さな広場があって、その先に家が並んでいる。


「“ここで壁作って守る”ってやり方もあるけど……

 もし突破されたら、そのまま家の中に雪崩れ込まれる」


「うわ、それは嫌」


「だから、門の外と、この広場に行く前に“細い場所”を作りたい」


 そう言って、門の外側の道と、脇の畑の境目を見回す。


「例えば、この辺に木の杭を立てて、わざと“通れる道”を狭くするとか。

 “広いところで殴り合う”んじゃなく、“狭いところで待ち構える”方が、こっちの数が少ない分だけ有利になる」


「なるほど、兵法っぽい」


「じいちゃんから腐るほど聞かされたからな……」


 “狭いところで一人ずつ倒せ”“敵に囲ませるな”──そんな言葉が頭の中で蘇る。


◇ ◇ ◇


「この道は?」


 村長が、畑の横の細い道を指さした。


「村の裏の林につながっておる。

 子どもらが遊びに行くときも、よくここを通る」


「ここですね」


 クレハが、きゅっと目を細める。


「“避難路”は、この道」


 村長だけでなく、俺たちの方を見る。


「村の中をぐるっと回るより、

 一直線で森の手前まで行ける」


「そうだな。

 オークが本気で来たら、村の中をうろうろしてる余裕はない」


 俺は膝を折って、土を指先で掬った。


 土の柔らかさ、地面の凸凹、左右の畑との段差。

 逃げる人間と追うオークがここを通ったときの動きを、頭の中でシミュレーションする。


「ここを“逃げる道”にして……」


 指で、道の真ん中をなぞる。


「その両側。

 ちょっと外れたとこに、“足を止める罠”を仕込むのはどうだ?」


「いい」


 クレハが即答した。


「逃げる人は真ん中を走る。

 オークは“広がって追いかける”から、横の罠にひっかかりやすい」


「さっき言ってた“逃がす罠”ってやつね」


 ユイが、道の真ん中と端を見比べる。


「子どもや老人でも走れるくらいには、真ん中を平らにしておいた方がいいかな?」


「そうだな。

 村の人にも、“ここの真ん中を通る”って覚えてもらわないと」


「じゃあ、子どもたちにも“避難ごっこ”で練習してもらおう」


 ユイの口調は、もう“避難訓練を仕切るお姉さんモード”になっていた。


◇ ◇ ◇


 午前中は、ほぼ“地形確認ツアー”で終わった。


 村の裏手の小さな丘、畑と畑の間の細い道、家畜小屋の裏の抜け道。

 その一つひとつに「ここで時間を稼げる」「ここは通らせたくない」と、印をつけていく。


 昼食を簡単に済ませたあと、いよいよ具体的な準備に取り掛かった。


「じゃ、役割分担ね」


 村の広場。

 俺たち三人と“風切り熊”、それに村長たちが集まっている。


「秋人くんと風切り熊さんたちは、村の柵と“受け止める場所”の整備」


 ユイが指を折りながら言う。


「クレハは、避難路とその周辺に“逃がす罠”の準備。

 わたしは村人さんたちと一緒に、“避難の練習”と簡単な応急処置の確認」


「おう、任せとけ」


 斧使いのゴルドさんが、どんと胸を叩く。


「俺たちは“正面からぶつかる壁”には慣れてる。

 門の外と広場の手前、しっかり固めてやるよ」


「助かります」


「忍びの嬢ちゃんの方は?」


「罠、任せてほしい」


 クレハは、腰のポーチを軽く叩く。


「爆符、煙玉、影符、ワイヤー。

 “通り道を残す罠”、ちゃんと考える」


「……よし」


 村長も、少し緊張した顔で頷いた。


「村の者たちは、嬢ちゃん──ユイ殿の指示に従おう。

 “逃げる練習”とやら、きちんと教えてくれ」


「はい、任せてください」


 ユイはいつもの“先生モード”の笑顔を浮かべた。


「難しいことはしません。

 でも、“ここに集まる”“この合図で走る”“ここではしゃがむ”──

 そのくらいは、体で覚えておいてほしいです」


◇ ◇ ◇


 俺は風切り熊の面子と一緒に、まず村の柵の補強から始めた。


「ここ、丸太一本抜けてるぞ」


「この辺の土、柔らかすぎねぇか?」


「斜めの杭を追加して、簡単には倒れねぇようにした方がいいな」


 冒険者たちの動きは、手慣れていた。


 俺は俺で、道場で教わった“簡易の柵と馬防柵の作り方”を思い出しながら、杭の角度や間隔を提案する。


「ここは、杭をちょっと内側に傾けて打ちませんか?」


「なんでだ?」


「外側から押されたとき、真っすぐより内側に傾いてた方が、力を分散しやすいんです。

 それに、内側に倒れてきた杭を、こっち側から“踏み台”にして飛び越えることもできますし」


「なるほどな。攻める側と守る側、両方の使い方を知ってるってわけか」


 ゴルドさんが、感心したように笑った。


「じいちゃん、こういうの好きで……

 “防ぐ形は、攻める形にもなる”ってよく言ってました」


「いいじいちゃんじゃねぇか」


 そう言いながら、ゴルドさんはごん、と杭を打ち込んだ。


 柵を補強しつつ、門の前には“わざと道を狭めるための杭”も追加していく。

 これなら、いざとなったときにそこだけ簡単に撤去して、避難路としても使えそうだ。


(“守るための形”と“逃げるための形”、両方考えないとな)


 汗を拭いながら、そんなことを考えた。


◇ ◇ ◇


 一方その頃、村の裏手の道では──


「ここ、“逃げる道”」


 クレハが、村の子どもたちとしゃがみ込んでいた。


「真ん中、走る。

 端っこ、走らない」


「なんでー?」


 ちびっこが首をかしげる。


「端っこ、イタい。

 真ん中、イタくない」


「やだ、こわい」


 別の子が言うと、クレハが少しだけ首をかしげた。


「“こわい”は、いい。

 “こわいから真ん中走る”って覚えれば、ちゃんと逃げられる」


 そう言って、クレハは道の真ん中に白い粉で線を引いた。


「ここ、“安全ライン”。

 この線より外、走らない」


「わぁ、線だ」


「あそびみたいだな!」


「そう、“遊び”。

 “安全ライン鬼ごっこ”、する」


 クレハは、わざと少しだけ口調を柔らかくした。


「合図したら、“線の上だけ”走って森の手前まで行く。

 線から落ちたら──“鬼”」


「やるー!!」


 何人かの子どもが一斉に手を上げる。


 その様子を見ていた母親たちは、ほっとしたような、でもどこか複雑そうな顔をしていた。


(……でも、“怖い訓練”じゃなくて、“遊びの延長”で覚えてくれた方がいい)


 クレハは、腰のポーチに入ったワイヤーと影符にちらりと視線を落とした。


(こっちは、“怖い方”をちゃんとやる)


 真ん中の“安全ライン”から半歩ずれたところに、

 目立たない高さでワイヤーを張る位置を頭の中で決めていく。


 村人たちには見せない高さで、

 オークだけが引っかかるような場所に。


◇ ◇ ◇


 広場の方では、ユイが“避難訓練”をしていた。


「じゃあ、合図を出したら──」


 ユイは両手を挙げて、大きな声を出す。


「“頭を手で守って、走れる人はここに集まる!”

 走れない人は、“近くの大人に助けてもらう”!」


 子どもたちだけでなく、大人たちも真剣な顔で聞いている。


「この鐘の音がしたら、“逃げる準備”です」


 村長の家の前に吊るされた小さな鐘を指さす。


「この笛の音がしたら──」


 ユイは、腰につけた木笛を軽く鳴らした。


「“安全ラインを走って森の手前まで逃げる”です」


 子どもが手を挙げた。


「途中で転んじゃったら、どうするの?」


「いい質問です」


 ユイはにっこりと笑う。


「転んだら、“すぐに立つ”か、“四つん這いで前に進む”。

 その場で丸くなって泣いてると、後ろの人も転んじゃう」


「怪我しちゃったら?」


「それでも、とにかく“前に進む”こと。

 血が出てても、転んでも、

 “安全な場所に着いてから”いくらでも治療できます」


 ユイは、ちらりとエルナの教えを思い出す。


『生きてたら、治せる。

 生きてないと、治せない』


 あのとき言われた言葉が、今すごくよく分かる。


「みんなが怪我を少なくするための魔法は、わたしがなんとかします。

 でも、“前に進むかどうか”は、みんなにしか決められません」


 その言い方は、優しいけど、甘くはなかった。


「だから──

 “逃げる練習”も、本気でやりましょう」


「……はい!」


 子どもたちだけでなく、大人たちからも返事が返ってくる。


 ユイは、その顔を一人ひとり見て、

 胸の奥が少し暖かくなるのを感じた。


(秋人くんとクレハが前で戦ってる間、

 わたしは絶対、後ろを崩さない)


 そう心の中で繰り返しながら。


◇ ◇ ◇


 日が傾き始めるころには、

 村の柵の補強も、避難路の“安全ライン”も、ひと通り形になっていた。


 子どもたちは、何度か“線の上だけ鬼ごっこ”を繰り返して、

 だいぶ“真ん中を走る”ことに慣れてきている。


「はぁー……疲れた」


 広場の端の井戸のところに腰を下ろして、俺は桶の水で顔を洗った。


「でも、いい感じだと思う」


 ユイが隣に座る。


「子どもたち、“笛が鳴ったら走る”ってちゃんと覚えたし。

 おばさんたちも、子どもを抱えて走る練習してくれた」


「こっちも、柵は前よりマシになったな。

 風切り熊の人たち、マジで頼りになる」


「クレハは?」


「罠、半分くらい終わった」


 クレハも、井戸の反対側にちょこんと座った。


「“オークが踏むと転ぶ罠”“オークが踏むと煙出る罠”“オークが踏むと足縛られる罠”──

 “村人が踏んでも何も起きない罠”、考えるのちょっと楽しい」


「楽しんでんのかよ」


「“いい罠”ほど、味方は助かる」


 クレハは当たり前のように言う。


「忍び、楽しいとか楽しくないとかで仕事決めない。

 “役に立つかどうか”で決める」


「……かっこいいこと言った」


 ユイが、少しだけ笑った。


◇ ◇ ◇


 夜。


 パン屋のおじさんの差し入れのパンとスープで腹を満たしたあと、

 俺たちは村の外れで交代の見張りをすることになった。


 空には、前より少しだけ星が多く見えた。


「前に来たときはさ」


 小さな焚き火のそばで、ユイがぽつりと言った。


「“連れ去られた人たちを追いかける”側だったから、

 あんまり考える余裕なかったけど」


「そうだな」


「今回は、“守る側”なんだな、って実感した」


 その言い方には、嬉しさと、重さと、少しの不安が混じっていた。


「前はさ、“見つけたら殴る”で良かったけど」


「言い方」


「今は、“見つける前に逃がす”の方が大事っていうか」


 ユイは、自分の手を見つめる。


「支援職って、そういう仕事なんだろうなって」


「……俺も似たようなもんだよ」


 焚き火の火を見ながら、俺は言った。


「前は、勢いでどうにかなった。

 今思えばかなり無茶だったけど」


「うん。今やったら、エルナさんにもドルガンさんにも全力で怒られるやつ」


「だろ?」


 苦笑しながら続ける。


「でも今回は、“守る側の責任”ってやつをめちゃくちゃ感じてる。

 “ここで線を間違えたら、この村の人たちが死ぬかもしれない”って」


「……それ、“ちゃんと怖がれてる”って意味で、いいことだと思う」


 ユイの声は、穏やかだった。


「秋人くんがビビりすぎて動けなくなったら困るけど、

 “何も考えずに突っ込む”よりは、ずっといい」


「お前、本当に辛口だよな」


「愛情表現だよ?」


「どこに愛情があるんだよ」


「全部」


「雑すぎる」


 くだらないやりとりに、少し肩の力が抜けた。


 隣で、クレハが静かに空を見上げている。


「クレハは?」


「……オーク村より、まだ“手の届く場所”だと思う」


 短い言葉だけど、よく通った。


「オーク村、本体は……

 今の私たちが行ったら、誰も帰ってこない」


「そうだな」


「でも、ミルダ村は……

 “今の私たち”でも、守れるかもしれない」


 クレハは、焚き火の光の向こうを見つめる。


「守れなかったら、きっと一生悔しい。

 だから、“守れる準備”、ちゃんとしたい」


「……うん」


 その言葉に、素直に頷けた。


(オーク村は、まだ遠い)


 あの窪地の光景は、今でも頭の奥に焼きついている。


 でも、その手前にあるこの小さな村は──

 今の自分たちでも、手を伸ばせるかもしれない。


「じゃあ、明日も」


 ユイが、薪を火にくべながら言う。


「“逃げる練習”と“守る準備”、全力でやろう」


「おう」


「うん」


 いつもの三人の声が重なった。


 焚き火の火がぱち、と小さく弾ける。


 明日、オークが来るかどうかは分からない。

 でも、来ても来なくても──

 今日やった準備は、全部無駄にはならないはずだ。


 そう信じながら、俺たちは交代で夜空を見上げ続けた。


つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ