第61話 村を守る準備
村長の案内で、俺たちはミルダ村をぐるりと一周することになった。
畑、井戸、家並み、家畜小屋。
前に来たときと同じ風景のはずなのに、今日は見る視点が少し違う。
(ここが“戦場になるかもしれない場所”だって目で見てるんだよな……)
そんなことを考えながら、俺は一歩後ろから村長の背中を追いかけていた。
「ここが、村の入口じゃな」
簡素な木柵と、小さな門。
“門番”と呼ぶには申し訳ないくらいの、見張り台が一つある。
「前に、お前さんたちが追ってきた連中も、ここを通って行った」
「そうですね」
あのときは夜で、必死で走ってて、正直あまり周りは見ていなかった。
今こうして見ると、門の両脇にある家や納屋の位置も、だいぶ印象が違う。
「秋人くん、どう?」
ユイが、横から小声で訊ねてきた。
「……門の前で、全部受け止めるのはやめた方がいいな」
「やっぱり?」
「ああ。ここ、門を抜けるとすぐ広場だろ」
門の向こうには小さな広場があって、その先に家が並んでいる。
「“ここで壁作って守る”ってやり方もあるけど……
もし突破されたら、そのまま家の中に雪崩れ込まれる」
「うわ、それは嫌」
「だから、門の外と、この広場に行く前に“細い場所”を作りたい」
そう言って、門の外側の道と、脇の畑の境目を見回す。
「例えば、この辺に木の杭を立てて、わざと“通れる道”を狭くするとか。
“広いところで殴り合う”んじゃなく、“狭いところで待ち構える”方が、こっちの数が少ない分だけ有利になる」
「なるほど、兵法っぽい」
「じいちゃんから腐るほど聞かされたからな……」
“狭いところで一人ずつ倒せ”“敵に囲ませるな”──そんな言葉が頭の中で蘇る。
◇ ◇ ◇
「この道は?」
村長が、畑の横の細い道を指さした。
「村の裏の林につながっておる。
子どもらが遊びに行くときも、よくここを通る」
「ここですね」
クレハが、きゅっと目を細める。
「“避難路”は、この道」
村長だけでなく、俺たちの方を見る。
「村の中をぐるっと回るより、
一直線で森の手前まで行ける」
「そうだな。
オークが本気で来たら、村の中をうろうろしてる余裕はない」
俺は膝を折って、土を指先で掬った。
土の柔らかさ、地面の凸凹、左右の畑との段差。
逃げる人間と追うオークがここを通ったときの動きを、頭の中でシミュレーションする。
「ここを“逃げる道”にして……」
指で、道の真ん中をなぞる。
「その両側。
ちょっと外れたとこに、“足を止める罠”を仕込むのはどうだ?」
「いい」
クレハが即答した。
「逃げる人は真ん中を走る。
オークは“広がって追いかける”から、横の罠にひっかかりやすい」
「さっき言ってた“逃がす罠”ってやつね」
ユイが、道の真ん中と端を見比べる。
「子どもや老人でも走れるくらいには、真ん中を平らにしておいた方がいいかな?」
「そうだな。
村の人にも、“ここの真ん中を通る”って覚えてもらわないと」
「じゃあ、子どもたちにも“避難ごっこ”で練習してもらおう」
ユイの口調は、もう“避難訓練を仕切るお姉さんモード”になっていた。
◇ ◇ ◇
午前中は、ほぼ“地形確認ツアー”で終わった。
村の裏手の小さな丘、畑と畑の間の細い道、家畜小屋の裏の抜け道。
その一つひとつに「ここで時間を稼げる」「ここは通らせたくない」と、印をつけていく。
昼食を簡単に済ませたあと、いよいよ具体的な準備に取り掛かった。
「じゃ、役割分担ね」
村の広場。
俺たち三人と“風切り熊”、それに村長たちが集まっている。
「秋人くんと風切り熊さんたちは、村の柵と“受け止める場所”の整備」
ユイが指を折りながら言う。
「クレハは、避難路とその周辺に“逃がす罠”の準備。
わたしは村人さんたちと一緒に、“避難の練習”と簡単な応急処置の確認」
「おう、任せとけ」
斧使いのゴルドさんが、どんと胸を叩く。
「俺たちは“正面からぶつかる壁”には慣れてる。
門の外と広場の手前、しっかり固めてやるよ」
「助かります」
「忍びの嬢ちゃんの方は?」
「罠、任せてほしい」
クレハは、腰のポーチを軽く叩く。
「爆符、煙玉、影符、ワイヤー。
“通り道を残す罠”、ちゃんと考える」
「……よし」
村長も、少し緊張した顔で頷いた。
「村の者たちは、嬢ちゃん──ユイ殿の指示に従おう。
“逃げる練習”とやら、きちんと教えてくれ」
「はい、任せてください」
ユイはいつもの“先生モード”の笑顔を浮かべた。
「難しいことはしません。
でも、“ここに集まる”“この合図で走る”“ここではしゃがむ”──
そのくらいは、体で覚えておいてほしいです」
◇ ◇ ◇
俺は風切り熊の面子と一緒に、まず村の柵の補強から始めた。
「ここ、丸太一本抜けてるぞ」
「この辺の土、柔らかすぎねぇか?」
「斜めの杭を追加して、簡単には倒れねぇようにした方がいいな」
冒険者たちの動きは、手慣れていた。
俺は俺で、道場で教わった“簡易の柵と馬防柵の作り方”を思い出しながら、杭の角度や間隔を提案する。
「ここは、杭をちょっと内側に傾けて打ちませんか?」
「なんでだ?」
「外側から押されたとき、真っすぐより内側に傾いてた方が、力を分散しやすいんです。
それに、内側に倒れてきた杭を、こっち側から“踏み台”にして飛び越えることもできますし」
「なるほどな。攻める側と守る側、両方の使い方を知ってるってわけか」
ゴルドさんが、感心したように笑った。
「じいちゃん、こういうの好きで……
“防ぐ形は、攻める形にもなる”ってよく言ってました」
「いいじいちゃんじゃねぇか」
そう言いながら、ゴルドさんはごん、と杭を打ち込んだ。
柵を補強しつつ、門の前には“わざと道を狭めるための杭”も追加していく。
これなら、いざとなったときにそこだけ簡単に撤去して、避難路としても使えそうだ。
(“守るための形”と“逃げるための形”、両方考えないとな)
汗を拭いながら、そんなことを考えた。
◇ ◇ ◇
一方その頃、村の裏手の道では──
「ここ、“逃げる道”」
クレハが、村の子どもたちとしゃがみ込んでいた。
「真ん中、走る。
端っこ、走らない」
「なんでー?」
ちびっこが首をかしげる。
「端っこ、イタい。
真ん中、イタくない」
「やだ、こわい」
別の子が言うと、クレハが少しだけ首をかしげた。
「“こわい”は、いい。
“こわいから真ん中走る”って覚えれば、ちゃんと逃げられる」
そう言って、クレハは道の真ん中に白い粉で線を引いた。
「ここ、“安全ライン”。
この線より外、走らない」
「わぁ、線だ」
「あそびみたいだな!」
「そう、“遊び”。
“安全ライン鬼ごっこ”、する」
クレハは、わざと少しだけ口調を柔らかくした。
「合図したら、“線の上だけ”走って森の手前まで行く。
線から落ちたら──“鬼”」
「やるー!!」
何人かの子どもが一斉に手を上げる。
その様子を見ていた母親たちは、ほっとしたような、でもどこか複雑そうな顔をしていた。
(……でも、“怖い訓練”じゃなくて、“遊びの延長”で覚えてくれた方がいい)
クレハは、腰のポーチに入ったワイヤーと影符にちらりと視線を落とした。
(こっちは、“怖い方”をちゃんとやる)
真ん中の“安全ライン”から半歩ずれたところに、
目立たない高さでワイヤーを張る位置を頭の中で決めていく。
村人たちには見せない高さで、
オークだけが引っかかるような場所に。
◇ ◇ ◇
広場の方では、ユイが“避難訓練”をしていた。
「じゃあ、合図を出したら──」
ユイは両手を挙げて、大きな声を出す。
「“頭を手で守って、走れる人はここに集まる!”
走れない人は、“近くの大人に助けてもらう”!」
子どもたちだけでなく、大人たちも真剣な顔で聞いている。
「この鐘の音がしたら、“逃げる準備”です」
村長の家の前に吊るされた小さな鐘を指さす。
「この笛の音がしたら──」
ユイは、腰につけた木笛を軽く鳴らした。
「“安全ラインを走って森の手前まで逃げる”です」
子どもが手を挙げた。
「途中で転んじゃったら、どうするの?」
「いい質問です」
ユイはにっこりと笑う。
「転んだら、“すぐに立つ”か、“四つん這いで前に進む”。
その場で丸くなって泣いてると、後ろの人も転んじゃう」
「怪我しちゃったら?」
「それでも、とにかく“前に進む”こと。
血が出てても、転んでも、
“安全な場所に着いてから”いくらでも治療できます」
ユイは、ちらりとエルナの教えを思い出す。
『生きてたら、治せる。
生きてないと、治せない』
あのとき言われた言葉が、今すごくよく分かる。
「みんなが怪我を少なくするための魔法は、わたしがなんとかします。
でも、“前に進むかどうか”は、みんなにしか決められません」
その言い方は、優しいけど、甘くはなかった。
「だから──
“逃げる練習”も、本気でやりましょう」
「……はい!」
子どもたちだけでなく、大人たちからも返事が返ってくる。
ユイは、その顔を一人ひとり見て、
胸の奥が少し暖かくなるのを感じた。
(秋人くんとクレハが前で戦ってる間、
わたしは絶対、後ろを崩さない)
そう心の中で繰り返しながら。
◇ ◇ ◇
日が傾き始めるころには、
村の柵の補強も、避難路の“安全ライン”も、ひと通り形になっていた。
子どもたちは、何度か“線の上だけ鬼ごっこ”を繰り返して、
だいぶ“真ん中を走る”ことに慣れてきている。
「はぁー……疲れた」
広場の端の井戸のところに腰を下ろして、俺は桶の水で顔を洗った。
「でも、いい感じだと思う」
ユイが隣に座る。
「子どもたち、“笛が鳴ったら走る”ってちゃんと覚えたし。
おばさんたちも、子どもを抱えて走る練習してくれた」
「こっちも、柵は前よりマシになったな。
風切り熊の人たち、マジで頼りになる」
「クレハは?」
「罠、半分くらい終わった」
クレハも、井戸の反対側にちょこんと座った。
「“オークが踏むと転ぶ罠”“オークが踏むと煙出る罠”“オークが踏むと足縛られる罠”──
“村人が踏んでも何も起きない罠”、考えるのちょっと楽しい」
「楽しんでんのかよ」
「“いい罠”ほど、味方は助かる」
クレハは当たり前のように言う。
「忍び、楽しいとか楽しくないとかで仕事決めない。
“役に立つかどうか”で決める」
「……かっこいいこと言った」
ユイが、少しだけ笑った。
◇ ◇ ◇
夜。
パン屋のおじさんの差し入れのパンとスープで腹を満たしたあと、
俺たちは村の外れで交代の見張りをすることになった。
空には、前より少しだけ星が多く見えた。
「前に来たときはさ」
小さな焚き火のそばで、ユイがぽつりと言った。
「“連れ去られた人たちを追いかける”側だったから、
あんまり考える余裕なかったけど」
「そうだな」
「今回は、“守る側”なんだな、って実感した」
その言い方には、嬉しさと、重さと、少しの不安が混じっていた。
「前はさ、“見つけたら殴る”で良かったけど」
「言い方」
「今は、“見つける前に逃がす”の方が大事っていうか」
ユイは、自分の手を見つめる。
「支援職って、そういう仕事なんだろうなって」
「……俺も似たようなもんだよ」
焚き火の火を見ながら、俺は言った。
「前は、勢いでどうにかなった。
今思えばかなり無茶だったけど」
「うん。今やったら、エルナさんにもドルガンさんにも全力で怒られるやつ」
「だろ?」
苦笑しながら続ける。
「でも今回は、“守る側の責任”ってやつをめちゃくちゃ感じてる。
“ここで線を間違えたら、この村の人たちが死ぬかもしれない”って」
「……それ、“ちゃんと怖がれてる”って意味で、いいことだと思う」
ユイの声は、穏やかだった。
「秋人くんがビビりすぎて動けなくなったら困るけど、
“何も考えずに突っ込む”よりは、ずっといい」
「お前、本当に辛口だよな」
「愛情表現だよ?」
「どこに愛情があるんだよ」
「全部」
「雑すぎる」
くだらないやりとりに、少し肩の力が抜けた。
隣で、クレハが静かに空を見上げている。
「クレハは?」
「……オーク村より、まだ“手の届く場所”だと思う」
短い言葉だけど、よく通った。
「オーク村、本体は……
今の私たちが行ったら、誰も帰ってこない」
「そうだな」
「でも、ミルダ村は……
“今の私たち”でも、守れるかもしれない」
クレハは、焚き火の光の向こうを見つめる。
「守れなかったら、きっと一生悔しい。
だから、“守れる準備”、ちゃんとしたい」
「……うん」
その言葉に、素直に頷けた。
(オーク村は、まだ遠い)
あの窪地の光景は、今でも頭の奥に焼きついている。
でも、その手前にあるこの小さな村は──
今の自分たちでも、手を伸ばせるかもしれない。
「じゃあ、明日も」
ユイが、薪を火にくべながら言う。
「“逃げる練習”と“守る準備”、全力でやろう」
「おう」
「うん」
いつもの三人の声が重なった。
焚き火の火がぱち、と小さく弾ける。
明日、オークが来るかどうかは分からない。
でも、来ても来なくても──
今日やった準備は、全部無駄にはならないはずだ。
そう信じながら、俺たちは交代で夜空を見上げ続けた。
つづく。




