表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/112

第60話 ミルダからの「お願い」



 ギルドの作戦室は、いつもより少しだけ空気が重かった。


 大きな地図が机いっぱいに広げられていて、赤や黒の印がびっしり付いている。

 その周りを、ボルグさん、ミリア、数人のベテラン冒険者たちが囲んでいた。


「──じゃあ、全体の概要はもう一度おさらいしておくぞ」


 地図の端を押さえながら、ボルグさんが低い声で言った。


「オークの巣そのものは、数日後に“本隊”が叩く。

 騎士団、それなりのランク以上の冒険者──リゼやドルガンもそっちに回る」


 赤丸で囲まれた森の窪地が、あの“見てしまった”場所だと、ひと目で分かった。


「その間に問題になるのが二つ。

 一つは“オークが先に嗅ぎつけて、周りの村を荒らしに来ること”。

 もう一つは、“巣を潰したあとに散った連中が、逃げ場を求めて村に流れ込むこと”だ」


 ボルグさんは、森から伸びる線を指でたどりながら、いくつかの小さな×印を指した。


「そこで、“周辺村の護衛と避難誘導”が必要になる。

 ──秋人たちの仕事は、ここだ」


 指先が止まった場所には、見覚えのある地名が書かれていた。


「……ミルダ村」


 思わず、声に出していた。


 ユイも、クレハも、同時に息を呑む。


「そうだ」


 ボルグさんは頷いた。


「ギルドと領主のほうで協議した結果──“ミルダ村だけは、前に関わったお前らに任せたい”って話になった」


「領主さまが?」


 ユイが少し首をかしげる。


「エドガー様が、だ」


 横でミリアが補足する。


「前の人身売買の一件で、ミルダがどんな目に遭ったか、あの人たちも知ってるからね。

 『今度こそは絶対に守りたい』って、すごく強く言ってたよ」


 クラリスの顔が、頭に浮かんだ。

 あの時、門のところで会った、少し世間知らずっぽいけど真っ直ぐな領主の娘。


(……領主側からも、“守りたい村”に入ってるんだな)


 変な実感が湧いた。


「もちろん、お前らだけで全部どうにかしろとは言わねぇ」


 ボルグさんが続ける。


「中堅どころのパーティも一組、一緒にミルダへ行く。

 現地での守りは協力してやれ」


「どのパーティです?」


「“風切り熊”だ」


「ああ」


 ユイが小さく頷く。


 何度か依頼で顔を合わせたことのある、斧と盾がメインの四人組だ。

 豪快そうに見えて、意外と防衛戦が得意な人たち。


「こっちとの連携は、今までの依頼でも取れてる。

 “前衛の壁役”としては申し分ねぇよ」


「……はい」


「秋人たち、お前らは“ミルダ村の事情を知ってる側”として、現地の案内と避難経路の構築、それからオークの足止めと迎撃」


「迎撃も普通にやるんですね」


「当たり前だ。

 全部避けられるわけじゃねぇからな」


 ですよね、としか言えない。


「出発は明日。

 今日は準備と、ミルダまでの道の“罠ポイント”の確認に使え」


 そう言って区切ると、ボルグさんは地図の一角を指で軽く叩く。


「……最後に一つだけ言っとく」


 視線が、俺たち三人に真っ直ぐ向いた。


「“オーク村は潰せなかった”って顔で行くなよ」


「……」


「お前らがミルダに行くのは、“今回こそ守るため”だ。

 その顔で行け」


 喉の奥の重い塊が、少しだけ溶けた気がした。


「……はい」


 ちゃんと前を見て返事する。


 ユイもクレハも、横でしっかり頷いていた。


◇ ◇ ◇


「──ってわけで」


 作戦室を出たところで、ミリアがふにゃっと笑った。


「“あんたたちにしか頼めない仕事”ってことだからさ」


「それ、簡単に言いますね……」


「簡単に言ってるように見えるだけだよ?」


 ミリアは肩をすくめる。


「ギルドはさ、“誰でもいい仕事”は誰に回してもいいけど、

 “あの人たちがいい仕事”は、ちゃんとその人たちに回さなきゃいけないんだ」


「……“あの人たち”って、わたしたちですか?」


「そう」


 あっけらかんと言われて、一瞬言葉が詰まった。


「前にミルダを助けたのも、あんたたち。

 あの村の人たちの顔を思い浮かべて動けるのも、あんたたち。

 だから、今回もお願いね」


「……はい」


 今度は、素直に返事が出来た。


◇ ◇ ◇


 翌朝。

 ラグナスの門の前は、いつもより少し賑やかだった。


「おーい、おまえら!」


 大盾を背負った大男が、斧を肩に担いで手を振る。


「久しぶりだな、“三人組”!」


「ゴルドさん、お久しぶりです」


 “風切り熊”のリーダー、ゴルド。

 後ろには片目に傷のある弓使い、金髪ポニテの女戦士、無口そうな魔法使いが並んでいる。


「聞いたぜ。オーク村を見てきたんだってな」


「見ただけなんですけどね……」


「見て帰ってこれただけで十分だ」


 ゴルドさんは豪快に笑った。


「“オーク村の情報持ってきた三人組”って話、もう酒場で何回も聞いたぞ」


「話、広がるの早くないですかこの街」


「ギルドと酒場の情報網なめんなよ」


 横でユイが小さく苦笑している。


「今回のミルダの件、こっちは“村の壁役”で前に立つ。

 お前らは村の中と周りの地形に詳しいんだろ?」


「だいたいは」


「なら、お互い得意なとこでやろうや」


「お願いします」


 短く握手を交わしたあと、視線が自然と道の先を向く。


(……ミルダ、か)


 前に来たときより、

 少しだけ自分の足取りがしっかりしている気がした。


◇ ◇ ◇


 街道を歩きながら、俺とクレハとユイは少し前に出て、道の周りを見回していた。


「この辺り、前も通ったよね」


「うん。

 あのときは、“連れていかれる側”を追いかけてた」


 クレハが、木立の間をじっと眺める。


「今回は、“逃がす側”」


「ドルガンさんに言われた、“逃がす罠”って……」


「避難ルートの途中で、追ってくるオークの足だけ止めるやつ」


 クレハは、腰のポーチを軽く叩いた。


「村人が通っても、絶対に引っかからない高さと位置に仕込む。

 “逃げ道は生かしたまま、追う足だけ殺す”」


「言い方は物騒だけど、やろうとしてることは優しいよね」


 ユイが小さく笑う。


「優しい?」


「だって、“逃げ道を残す罠”って、すごく支援職っぽい発想だなって」


「……支援忍び?」


「そう、それ」


 クレハが少しだけ首をかしげたあと、ぽつりと言う。


「それ、ちょっといい」


「命名:支援忍びクレハ」


「やめろ、なんか恥ずかしい」


 そんな他愛もない会話をしながらも、足元と周囲の地形はきっちり見ていた。


 森から道へ降りてくる獣道。

 小さな崖、浅い溝。

 “ここに煙幕”“ここに影縛り”“ここにワイヤー”と、頭の中で印を付けていく。


(……ここなら、村人を先に行かせて、後ろを俺たちが押さえる形にできる)


 タツミに言われた“魔物優先”の斬り方を思い出しながら、

 オークの足と腰の高さを頭の中でラインに描いた。


◇ ◇ ◇


 やがて、見覚えのある畑と、低い柵が見えてきた。


「見えてきたね」


 ユイが少し息を弾ませながら言う。


 小さな村。

 前に来たときより、少しだけ柵がしっかりしている気がした。


 門のところには、慌てたように数人が集まっている。


「──本当に、来てくれたのか!」


 先頭に立っていたのは、前にも会った村長だった。


 その後ろから、パンの匂いと一緒に見覚えのある顔が現れる。


「兄ちゃん姉ちゃん!!」


 小さな影が、勢いよく走ってきた。


 前に拉致されかけていたあの子だ。

 以前より少しだけ背が伸びている。


「また来てくれたんだ!」


「うお、危ない」


 思わず抱きとめると、子どもは遠慮なく胸に飛びついてきた。


「痛い痛い、骨折れてないから大丈夫」


「折られてたの?」


「比喩だ比喩」


 横でユイが苦笑している。


「本当に……」


 パン屋のおじさんが、深く頭を下げた。


「また世話になることになるとは……

 あの時助けてもらっただけでも十分だと思ってたのに」


「いや、今回は“助けに来た”っていうか」


 言葉を探して、少しだけ息を吸う。


「前みたいに“事件のあと”じゃなくて、

 “事件が起こる前に止めに来ました”って感じです」


「……オーク、というやつの、巣が出来たと聞いた」


 村長の顔は、前に見たときより少し皺が増えたように見えた。


「ここまで来る可能性があると」


「正直に言うと、ゼロではありません」


 ユイが、一歩進み出る。


「だからこそ、ここで“守る準備”をしておきたいんです。

 村を捨てろとは言いません。

 でも、もしもの時は“逃げる道”も作っておきたい」


「逃げる道……」


 村長が、少しだけ目を伏せる。


「村を置いて逃げるのは、正直なところ……抵抗もある」


「分かります」


 その気持ちは、本当に分かった。


 ここで生まれて、ここで生きて、

 畑と家と家族がある場所を捨てるのは、簡単な話じゃない。


「でも」


 クレハが、ぽつりと口を開いた。


「村は……壊れても、直せる。

 人は、壊れたら……直すの、むずかしい」


 静かな声だったけど、よく通った。


「だから、“逃げる練習”してほしい」


「忍びの子の言葉じゃねぇな……」


 ゴルドさんが小さく笑っていた。


「村の方々には、“逃げる役”をちゃんとやってもらう。

 俺たちは、“逃がす役”と“守る役”をやる。

 ──そういう分担ってことでどうでしょう?」


 ユイが、村長に問いかける。


 しばらくの沈黙。

 村人たちの間で、小さなざわめきが走る。


 その中から、一人の女性が前に出てきた。


 以前、子どもを抱いて泣いていたあの母親だ。


「……お願い、してもいいですか」


 震える声だった。


「前に、あの子を助けてもらった時……

 『生きててくれればそれでいい』って言ってもらったの、覚えています」


「あ……」


 ユイが、小さく息を呑む。


「また、助けてもらうことになるのかもしれない。

 それでも、生きて……生きてここに戻ってこられるなら。

 逃げる練習でも何でも、します」


 その言葉に、村長が深く目をつぶった。


 しばらくしてから、顔を上げる。


「……分かった」


 ゆっくりと頷く。


「村の者は、お前さんたちの指示に従おう。

 オークとやらが来る前に、“逃げる練習”とやらも、きちんとしておきたい」


「ありがとうございます」


 胸の奥の緊張が、少しだけほぐれた。


(……今回は、“間に合った”)


 まだ何も起きていない。

 だからこそ、今なら準備が出来る。


「じゃあまずは、村の中と周りをぐるっと見せてください」


 俺は刀の柄に手を添えながら、一歩前に出る。


「“どこで守って”“どこから逃げるか”。

 一緒に考えさせてください」


「うむ。案内しよう」


 村長が歩き出す。


 その後ろを、俺たち三人と“風切り熊”が続いた。


 前は“事件のあと”に歩いた村の道を、

 今度は“何も起きる前に”歩いている。


 まだ、畑にも、家にも、温かい生活の匂いが残っている。


(──この匂いを、守らないと)


 刀の柄を握る手に、自然と力が入った。


 今度こそ、“守るために”ここに来た。


 そのことが、少しだけ誇らしかった。


つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ