第6話 ラグナスの街とギルド登録
翌朝。
鳥の声と、誰かが薪をくべる音で目が覚めた。
焚き火はまだ赤く、鍋からはスープの匂いが漂っている。
ガルドたちはすでに起きていて、簡単な朝食の準備をしていた。
「お、起きたか新人ども」
ガルドがこちらを振り向く。
「おはようございます……」
寝起きの頭を振りながら起き上がると、
すぐ隣でユイも上半身を起こして大きく伸びをした。
クレハはというと、すでに身支度を整えて、焚き火の火をじっと見ていた。
「アキト、寝癖」
「あ、マジ?」
頭を触った瞬間、ユイが先に手を伸ばしてきた。
「はいはい、動かないの。ちょっとこっち向いて」
「子ども扱いしないで?」
「昔からやってるでしょ?」
指先でぴっぴっと髪を直される。
その様子を、レナとミリィがニヤニヤ眺めていた。
「いいねぇ青春だねぇ」
「レナさん、朝から声がうるさいです」
ユイがさらっと刺していく。強い。
◇ ◇ ◇
朝食を済ませ、焚き火を消して片付けが終わると、俺たちは街を目指して歩き始めた。
しばらく森の中を進むと、視界が開けていく。
緩やかな丘。その向こうに──
「……あれ?」
石造りの壁が見えた。
そこまで高くはないが、ちゃんとした城壁だ。
門の上には見張り台。その向こうには、赤茶色の屋根の家々が並んでいる。
「あれが、ラグナスの街だ」
ガルドが顎で指し示す。
「周りに森が多いからな。魔物避けと盗賊避けで、こうして壁をぐるっと囲ってる」
「うわ……ほんとにファンタジーの街だ……」
思わず感想がそのまま口から出た。
ユイも目を輝かせている。
「綺麗……。思ったより、ちゃんとした街なんだね」
「田舎の辺境にしちゃ十分だろ」
ユークが肩をすくめる。
「まあ王都に比べたら見劣りするけどさ。空はこっちの方が綺麗だよ」
門へと続く道には、荷馬車が何台か並んでいる。
行商人らしい一団。冒険者らしき集団。
入口前で、順番に何かのチェックを受けている。
「とりあえず、入城検問だな」
ガルドたちと一緒に列に並ぶ。
俺たちの番になると──門の上から顔を出していた男が、ひょいっと降りてきた。
「よお、ガルドじゃねえか。生きてたか」
「おう、グレン。なんだそっちこそ、まだ門番やってたのか」
ガルドと門番の男が軽口を叩き合う。
門番の男──グレンは、三十代くらい。
日焼けした肌に軽めの鎧。腰には剣。
いかにも「元冒険者です」って雰囲気だ。
「そっちの若いのは?」
グレンの視線が、こっちに向いた。
「新人さ。森で拾った」
「言い方ァ」
即座にツッコむ。
「……へえ。森で拾ったにしては、目が死んでねえな」
グレンは俺たちをじろじろ眺めてから、ふっと口元を緩めた。
「俺はグレン。この街の門番だ。とりあえず、身分証かギルドカードはあるか?」
「あ、えっと……それが、その……」
身分証もギルドカードも、あるわけがない。
どう言い訳しようか一瞬迷っていると、ガルドが先に口を開いた。
「この三人、俺が保証する。森の中で出会って、一緒にウルフ狩った。腕はある」
「ガルドの保証か……」
グレンが腕を組む。
「まあ、お前が言うなら大丈夫か。変な真似したら、分かってるんだろうな?」
「そのときは遠慮なく斬れ」
「物騒な会話しないでもらえます?」
慌てて口を挟むと、グレンがくつっと笑った。
「冗談だよ。──ラグナスへようこそ、お前ら」
門の脇に立っていた、若い門番が一歩前に出る。
まだ幼さの残る顔。きっちりした鎧姿。
真面目そうな目で、俺たちを見つめている。
「グレンさん、ちゃんと帳簿に名前を書いてもらわないと」
「分かってるって」
グレンが肩をすくめて、その若い門番を紹介した。
「こっちはリオ。新入りだ」
「リオです。入城者の記録を取りますので、代表者の名前をお願いします」
板とペンを構えたリオが、きっちりした口調で言う。
ここで、さっき決めた“異世界ネーム”の出番だ。
「俺が代表で。名前は、アキトです」
「アキト……」
リオは、その音をゆっくり繰り返してから、カタカナっぽい文字で板に書き込んだ。
「同行者は?」
「ユイと、クレハです」
ユイとクレハも順番に軽く頭を下げる。
リオは三人の顔と名前をしっかり見比べてから、こくりと頷いた。
「……分かりました。問題なし。ようこそ、ラグナスへ」
グレンが門の脇に寄りかかりながら言う。
「まずはギルドだな。新人なら登録しとけ。街で動きやすくなる」
「ありがとうございます」
頭を下げて、俺たちは門をくぐった。
──ラグナスの街の空気が、ふわっと肌に触れる。
◇ ◇ ◇
中に入ると、石畳の通りがまっすぐ伸びていた。
左右には、木と石でできた家々。
パン屋らしき店からは焼きたての香り。
鍛冶屋の方からは、カンカンと金属音。
人の声。馬車のきしむ音。
どこかで子どもが走り回る足音。
(……ほんとに、別の世界に来たんだな)
改めて、そんな実感がじわじわと湧いてくる。
「なに、ボーっとしてるの?」
横からユイに肘でつつかれた。
「いや、なんかさ。こういうの、ゲームで見てた“スタートの街”って感じだなって」
「分かる。ちょっとワクワクするね」
ユイも目を輝かせている。
「クレハは?」
「……にぎやか」
クレハは、視線だけきょろきょろと動かしていた。
「匂いも音も、山の里と全然違う。……少し、好き」
その「少し」の言い方がなんか可愛くて、ふっと笑ってしまう。
「よし、寄り道したい気持ちは分かるが──」
ガルドがくるりと振り返った。
「まずはギルドだ。ルールと身分証がないと、この街じゃまともに動けねえ」
「ですよね」
俺たちはガルドたちの後をついて、通りを進んだ。
◇ ◇ ◇
通りを少し進んだ先に、ひときわ大きな建物が見えてきた。
二階建て。
入口の上には、剣と盾のマーク。
その下に──【冒険者ギルド・ラグナス支部】と書かれた看板。
「ここがギルドだ」
ガルドが扉を押し開ける。
中は、木の床と長いカウンター。
壁には依頼書らしき紙がずらっと貼られている。
手前は酒場兼食堂になっていて、何人かの冒険者が朝から飯を食っていた。
「うわ……それっぽ……」
思わず小声が漏れる。
「いらっしゃい──あ、ガルドさんじゃないですか」
カウンターの向こうから、明るい声が飛んできた。
栗色の髪を後ろでまとめた女性が、一枚の紙から顔を上げる。
「おかえりなさい。噂では、ちょっと無茶したって聞きましたけど?」
「おう、ミリア。無茶はしたが死にはしなかったさ」
ガルドが肩をすくめる。
「それより、新人を連れてきた。ギルド登録したいんだが」
ミリアと呼ばれた受付の女性が、こちらを見た。
茶色の優しげな瞳。
笑顔は柔らかいけど、目の奥は油断なくこちらを測っている感じがする。
「へえ……」
視線が、俺、ユイ、クレハの順に滑っていく。
「木刀と、その槍と……暗器?」
クレハのジャージ周りを見て、さらっとそう言った。
(バレてる……)
さすが情報通っぽい。
「森でウルフ三匹仕留めたって聞きましたけど?」
ミリアが笑う。
「ガルドさんの誇張ですか? それとも本当?」
「誇張なしで本当だ」
ガルドがあっさり答える。
「こいつら、木刀と稽古着でやりきった。まだ粗削りだが、伸びると思うぜ」
「……ふーん」
ミリアは、面白そうに目を細めた。
「じゃあ、期待しちゃおうかな」
そう言って、カウンターの下から書類を取り出す。
「改めまして、ラグナス冒険者ギルド受付のミリアです。
ギルド登録ですね? 代表の方は?」
「一応、俺が」
今後のことも考えると、ここは俺が出るしかない。
「アキトです」
「じゃあ、アキトさん」
ミリアが微笑む。
「この世界での冒険者としての基本ルールと、危なそうなことをしないでねってお約束。
それから、ギルドカード発行のための情報を、順番に確認させてもらいます」
そう言って、さらっと仕事モードに切り替わった。
◇ ◇ ◇
年齢。名前。得意な武器。
ざっくりした出身地(「東の方の村」とごまかした)を答えていく。
ユイとクレハも同じように聞かれ、三人分の書類が埋まっていく。
「はい、ありがとうございます」
ミリアが確認を終えると、手元の水晶玉を軽く撫でた。
淡い光が、水晶玉の中で揺れる。
「これから、簡単な魔力反応の登録をしますね。
この水晶に順番に手をかざしてください」
「魔力、ですか」
「ええ。ギルドカードは、落としても他人が勝手に使えないように、持ち主の魔力と紐づけられてます」
なるほど、セキュリティカードみたいなもんか。
「じゃあ、まずアキトさんから」
言われた通りに水晶に手をかざす。
じんわりと、さっきファイアボールを撃ったときに似た感覚が指先から広がった。
水晶が、ぼうっと青白く光る。
「……へえ」
ミリアがほんの少しだけ驚いた顔をした。
「なにか?」
「魔力量、思ったより多いですね。見た目普通なのに」
「見た目普通は余計では」
軽くツッコむ。
「でも、その分変な無茶はしないでくださいね?」
「……気をつけます」
ユイも水晶に手をかざす。
柔らかな光が、さっきより穏やかに揺れた。
「ユイさんは、バランスがいい感じですね。身体も技も魔力も、全部そこそこ高め」
「嬉しい評価です」
ユイが微笑む。
クレハの番。
水晶に手をかざした瞬間、光が一瞬だけ揺らいで、
影のような黒い靄がふっと走った気がした。
「……」
ミリアが一拍だけ黙る。
「どうかした?」
「いえ。面白い魔力の流れだなって。……忍び系ですね?」
「分かる?」
クレハが少し目を丸くする。
「昔、そういう系統の人を見たことがあって」
ミリアはさらっと流してから、三人分の紙をまとめる。
「はい、お疲れさまでした」
奥から、金属製のカードが三枚運ばれてきた。
薄い板に、それぞれの名前と簡単な紋章。
そして、ギルドのマーク。
「これが、あなたたちのギルドカードです。
今は仮登録なのでEランク相当、“新人”扱いですね」
「おお……ほんとにカードだ……」
手の中で、ひんやりとした重みを感じる。
(ついに、なろう主人公の仲間入りみたいなアイテムが……)
ちょっとテンション上がる。
「これがあれば、ラグナスの中で大体のことはできます。
宿に泊まるにも買い物にも便利ですから、大事にしてくださいね」
「はい」
素直に頷く。
そのとき、奥の扉ががらりと開いた。
「おいミリア、新人が来たって聞いたが──」
低い声とともに、でかい影が現れた。
筋肉。傷だらけの腕。
片目に古傷。
軽鎧に大きなマント。
「ほら来た、うちのギルマス」
ミリアが苦笑混じりに紹介する。
「ラグナス冒険者ギルド・ギルドマスター、ボルグさんです」
ボルグが、俺たち三人をじろりと見た。
「ガルドが連れてきた、ってのは本当か?」
「ああ、本当だ」
ガルドが肩をすくめる。
「森でウルフ三匹。木刀と稽古着でだ。見込みはある」
「ほう?」
ボルグの片目が、興味深そうに細められる。
その視線に、思わず背筋が伸びた。
「アキト、ユイ、クレハ──だったな」
「は、はい」
「ラグナスは辺境だ。甘くはねえ。
だが、真面目にやるなら面倒は見てやる。死なねえ程度に頑張れ」
それが、ギルマスからの最初の言葉だった。
厳しいけど、変な嫌味はない。
俺は、自然と口元が引き締まるのを感じた。
「……よろしくお願いします」
そう言って、頭を下げる。
ユイとクレハも、横で同じように頭を下げた。
こうして──
俺たちは、ラグナスの“正式な冒険者”として、一歩目を踏み出した。
ショートソードと槍と暗器。
ギルドカード。
そして、よく分からないくらいでかくなりつつある、この世界での目標。
(……まずは、ちゃんと生き残るところからだな)
胸の中でそう呟きながら、
俺はギルドのざわめきを、少しだけ誇らしい気持ちで聞いていた。
つづく




