第59話 「守る仕事」と、いつも通りの三人
その日の午後も、結局やることは決まっていた。
「じゃ、私は教会」
「私は裏庭」
「俺は鍛冶場な」
言ってることはいつもと同じなのに、
胸の奥が少しだけ違う。
(“準Cランク”か……)
肩書が変わったからって、すぐに強くなるわけじゃない。
けど、“見える景色”はちょっとだけ変わった気がする。
◇ ◇ ◇
鍛冶屋街。
タツミの工房の扉を開けると、いつもの熱気と鉄の匂いが押し寄せた。
「入りますよー」
「勝手に入るな。……で、用ならさっさと言え」
「ツンデレですか?」
「殴るぞ」
口は悪いが、手はちゃんと止めてくれている。
それだけで、なんか安心するようになってしまった自分がいる。
「オークの件、聞きました?」
「ボルグから報告は受けた」
タツミさんは、炉の火を少し落としてからこちらを振り返る。
「巣を見て帰ってきたそうじゃねぇか」
「……何も出来ませんでしたけどね」
「出来ると思ってたのか?」
その一言は、思ったより優しかった。
「オーク村なんざ、俺が現役の時でも“ツレ次第で行くかどうか考えるレベル”だぞ」
「それ、だいぶやばいとこですよね?」
「当たり前だ。
だから、“見て帰ってきた”だけで充分だって言ってんだよ」
「……はい」
なんか、さっきから同じことばっかり言われてる気がする。
「で。お前は“これから何するつもり”だ」
タツミさんの視線が、俺の腰の刀を指した。
「オーク村の本隊は、騎士団とかBランク以上の人たちが潰しに行くらしいです。
俺たちは、その周りの村の護衛と避難の手伝いをすることになりました」
「ふん」
タツミさんは、少しだけ口の端を上げる。
「いいじゃねぇか。
“森の奥の化け物を倒す”のも大事だが、“手前で守る”のも同じくらい大事だ」
「……はい」
ミルダ村の顔を思い出しながら、自然と返事が出た。
「刀の方は、どうです?」
「オーク相手に二体斬って帰ってきて折れてねぇんだ。
現状文句ねぇよ」
そう言って、俺の刀を手に取る。
光にかざし、何度か角度を変えて眺めたあと──
刃先を指で軽く撫でた。
「ただ、“持ち主”が、まだこの刀の使い方を分かってねぇ」
「……また難しいこと言う」
「簡単な話だ」
タツミさんは刀を返してきた。
「この刀は、“人を斬るため”と“魔物を斬るため”と、どっちを優先して研げばいいと思う?」
「え」
急に言われて、詰まった。
「……両方、じゃダメなんですか?」
「中途半端に両方狙うと、“どっちも微妙”になる」
タツミさんの言い方は容赦ない。
「魔物は肉と皮と骨。
人間は骨と肉と、防具と関節」
「同じじゃないですか?」
「似てるけど、“狙う場所と斬り方”が変わる。
刀の重さ配分や、しなりの活かし方も変わる」
「…………」
昨日のオーク戦。
その前の人身売買団相手の戦い。
全部、頭の中で再生してみる。
「今の秋人は、“どっちの斬り方”を多くやってきた?」
「……魔物、ですかね」
「だろ」
タツミさんは、炉の火を少し強めた。
「だったら、“当面は魔物優先”で研ぐ。
人相手は、“急所を知ってる分、技術でどうにかする”方が早い」
「……はい」
そう言われると、妙に納得してしまう。
「オークの皮膚と筋肉は、今までの魔物より一段階硬ぇ。
だが、“斬れねぇほどじゃない”ってのは、お前が証明してきた」
それは、少しだけ誇らしかった。
「これからしばらく、“オークの皮膚を想定した藁束”を斬るぞ」
「そんなピンポイントな練習道具あるんですか?」
「今から作る」
さらっと言うなこの人。
「藁の密度を上げて、革を巻いて、油塗って重くする。
反復してるうちに、“刃の通り方と止め方”が身体で分かる」
「……了解です」
結局、やることは地味な素振りと斬り込みだ。
でも、その地味さが一番怖くて、一番強くなるってのは、もう分かってる。
◇ ◇ ◇
一方その頃、教会。
「──つまり、こういうことになります」
エルナさんは、机の上に簡単な図を描いていた。
ラグナス。
オーク村。
そして、その間と周辺にある、小さな村や集落。
「オーク村を潰す作戦の際に、一番気をつけないといけないのは、
“散ったオークが周囲の村を襲うこと”と、“避難途中の人たちが狙われること」です」
「……それを、わたしたちが守る役目に」
「そう」
ユイは、真剣な顔で図を見つめた。
「あなたたちだけで全てを守れるとは思っていません。
騎士団も、他の冒険者も動きます」
「はい」
「でも、“ミルダ村とその周辺”に関しては、
あなたたちが一度救った場所でもある」
ミルダの名を出した時、
ユイの胸の奥にあの日の光景が蘇る。
鎖を外した子どもの手。
泣きながら笑っていたお母さん。
小さな村の井戸と、パンの匂い。
「“一度目は救ったけど、二度目は見捨てた”なんて、
そんな話にしたくないでしょう?」
「……はい」
喉の奥から、自然と声が出た。
「そのために、支援と守りの魔法をもう一段階仕上げましょう」
エルナさんは、ユイの手に軽く触れる。
「オーク村を直接潰すのは、今のあなたたちにはまだ早い。
でも、“オークに狙われた人たちを守る”なら──」
「出来るかもしれない、です」
「そう。
そのための支援職ですから」
ユイは、槍を握る手に力を込めた。
(秋人くんとクレハが前で戦ってる間、
わたしは、絶対後ろを崩さない)
それが、今自分に出来る最大値だ。
◇ ◇ ◇
酒場の裏では、今日もドルガンが木にもたれかかっていた。
「来たか、忍び娘」
「来た」
クレハは、いつものように無言で隣に立つ。
裏庭に張られた簡易の木人形と、地面に刺さった目印の杭。
その周りに、細いワイヤーや影の跡がうっすら残っている。
「昨日のオーク村、どうだった」
ドルガンは煙草のようなものに火をつけながら言った。
「……悔しい」
クレハの答えは、短くてまっすぐだった。
「“忍び込んで鎖を切って逃げる”頭の中の絵は浮かんだ。
でも、実際やったら死ぬって分かった」
「それが分かるだけで上等だ」
ドルガンは煙を吐き出す。
「忍びってのはな、
“出来ることと出来ねぇことの線引き”を間違えた瞬間に死ぬ」
「……うん」
「だから、昨日お前がやった一番の仕事は、“引き際を覚えたこと”だ」
「引き際」
「そうだ」
ドルガンは、クレハの頭をぽん、と軽く叩いた。
「で、今日からやるのは“引いたあとのこと”だ」
「引いたあと?」
「オーク村本体は騎士団に任せる。
お前らの出番は、その手前の村や道だ」
地面に簡単な線を描く。
「村の入口。
避難経路。
追ってくるオークが通りそうな場所」
線のいくつかに、×印が付けられる。
「ここに、“止める罠”と“逃がす罠”を両方仕掛ける」
「……両方?」
「そうだ」
ドルガンは煙を踏み消した。
「今までお前に教えてきたのは、“敵を止める罠”が中心だろ」
「うん」
「これから教えるのは、“味方を逃がすための罠”だ」
クレハが瞬きをする。
「例えば、“追ってくるオークの足を止める罠”と、
“村人が通っても発動しねぇ罠”は別物だ」
「……たしかに」
「その区別をちゃんとつけて、
“逃げ道は絶対に殺さねぇ罠”を張るのが、今回の仕事の肝だ」
ドルガンの目が、少しだけ真面目になる。
「お前、里では何教わった」
「“敵を殺す罠”と、“敵を捕える罠”」
「味方を逃がす罠は?」
「……教わってない」
「なら、ここで覚えろ」
ドルガンは木人形の周りに縄を張りながら言った。
「“殺し方”と同じくらい、“逃がし方”も覚えないと、
忍びとして半人前だ」
「……うん」
クレハは、腰のポーチに手をやる。
爆符、煙玉、影符、ワイヤー。
いつもの道具が、今日は少し違って見えた。
◇ ◇ ◇
夕方。
鍛冶場と教会と裏庭を一周したあと、俺たちは青い灯火亭のロビーで集合した。
「お疲れ」
「お疲れ」
「お疲れ」
とりあえず三人で形だけの乾杯(中身はただの水)をする。
「どうだった?」
「タツミさんに、“当面は魔物優先で刀を研ぐ”って言われた」
「なんか、秋人くんらしい」
「どういう意味だそれ」
「人より先に魔物殴ってそうって意味」
「否定できないのが悔しい」
「クレハは?」
「ドルガン、“逃がすための罠”って言葉使った」
「逃がす?」
「村人を逃がす道を残したまま、
オークの足だけ止める罠。
……そういうの」
ユイが、少しだけ目を丸くする。
「なんか、“らしい”ね」
「うん。
“殺すための罠”ばっかり教わってたから、
ちょっと新鮮」
「ユイは?」
「エルナさんに、また“線の引き方”って言われた」
ユイは、机に手で簡単な図を描いてみせた。
「オーク村とラグナスの間に、いくつか村があって……。
“ここに来るまでに、どれだけ被害を減らすか”って話」
「それが俺たちの仕事、ってわけか」
「うん。
オーク村は潰せなくても、
“村を守れた”って胸張れるようになるまで、頑張ろって」
その言い方が、なんか妙に心に残った。
◇ ◇ ◇
「そういえばさ」
水を飲みながら、ふと思い出したことを口にする。
「“準Cランク”ってことはさ」
「うん?」
「……ちょっとだけ、胸張っていいんだよな?」
自分で言って、自分で照れた。
「……いいと思う」
クレハが、即答した。
「“自分たちが弱い”って分かったうえで、
“今出来ることをやる”の、けっこう強い」
「それ、地味に名言じゃない?」
「……そう?」
「そうだよ」
ユイが、少し笑ってから、
すっと真面目な顔に戻る。
「わたしも、ちょっとだけ胸張る」
「ユイも?」
「だって、“守る魔法ちゃんと覚えたから、村を守る役目任せられますね”って言われたんだよ?」
「それは普通に褒め言葉だな」
「だから、“準Cランクの支援役”として、
ちゃんと仕事する」
その言葉に、俺も自然と頷いた。
「じゃあ、“準Cランクの前衛”として、
オーク村の手前のやつら、絶対通さないようにするか」
「“準Cランクの忍び”として、
敵の足と、道と、視界、全部ぐちゃぐちゃにする」
「言い方怖いな」
「でも頼もしい」
三人で顔を見合わせて、
ちょっとだけ笑った。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
ギルドの掲示板に、新しい紙が貼り出された。
【周辺村護衛および避難経路確保のための人員募集】
──ミルダ村含む数か所
その紙の端には、小さく書き込まれている。
【秋人・ユイ・紅葉パーティ 優先参加枠】
それを見上げながら、
俺は、ゆっくりと息を吸った。
(オーク村は、まだ遠い)
森の奥のあの窪地は、きっと今も煙を上げている。
でも、その手前に──
オークが通らせちゃいけない場所がある。
「……行こうか」
「うん」
「行く」
俺たちは、また三人で頷いた。
“いつかオーク村を潰しに行くための”、
最初の仕事が、ここから始まる。
つづく。




