第54話 オーク斥候討伐依頼
オークの話を聞いた夜から、三日。
訓練と依頼と筋肉痛と魔力切れで、時間はあっという間に過ぎていった。
タツミさんの地獄素振り。
リゼさんの魔力あり/無し交互メニュー。
エルナさんの「想定オーク戦ケーススタディ」。
ドルガンの“オーク役”との罠訓練。
ひとつひとつが、じわじわと身体の奥に刻み込まれていった。
そして──その朝。
「……ついに来たか」
ギルドの扉に貼り出された一枚の紙を、俺は見上げていた。
依頼ボードのど真ん中。
目立つ赤いハンコ。
【指名依頼】
──ラグナス近郊・オーク斥候群の調査及び殲滅
対象推定戦力:Cランク相当
推奨:Dランク上位〜Cランク冒険者パーティ
※ギルドによる監督者同行
「名前、ある」
横で、クレハが指先で紙の一部をちょん、と触った。
そこには、参加候補パーティの一覧が書かれていた。
【秋人・ユイ・クレハ組】
【カイル・セラ・ノア組】
【他2パーティ】
ちゃんと、俺たちの名前もそこにある。
「指名依頼って、こういう感じなんだ……」
ユイが、少し息を呑んだ声を出した。
普段の依頼と違い、“依頼書を取る”前から、
この紙の時点で「お前ら来い」と言われているのがよく分かる。
「行く?」
クレハが、当然のように聞いてきた。
「行かないって選択肢ある?」
「一応、命が惜しい人用にはあるんだろうけどな」
苦笑しながらも、答えは決まっていた。
「俺たちに逃げグセ付くと、今後全部ビビることになるしな」
「じゃあ」
ユイが一歩前に出て、紙に軽く触れる。
「この依頼、受けましょう」
◇ ◇ ◇
「よし、全員揃ってるな」
ギルドの奥の作戦室みたいな部屋。
丸いテーブルの周りに、四つのパーティが集まっていた。
俺たち。
カイル・セラ・ノア組。
見たことのある中堅っぽい二組。
前に立つのは、やっぱりこの人だ。
「ボルグさん」
「改めて説明する」
ボルグさんは、壁に貼られた地図を指さした。
「ラグナスから東に一日。
ここら一帯で、オークと思われる足跡や食い荒らしの痕跡が複数見つかっている」
赤い印がいくつか打たれている。
森の入口、獣道のそば、小川の近く。
「まだ“群れ”になってはいねぇが、
このまま放置すると、いずれオーク村が出来る可能性が高い」
「オーク村、ですか」
ユイが小さく繰り返す。
「オークが拠点作ると、周囲の村が全部被害にあう。
女と家畜を攫い、畑を踏み荒らし……まぁ、ろくなもんじゃねぇ」
カイルたちの顔が少し強張った。
「今回は“斥候の段階で潰す”仕事だ。
目的は二つ」
ボルグさんが指を二本。
「一つ、“斥候と思われるオークの群れを可能な限り殲滅すること”。
もう一つ、“オーク村の有無を確認し、あれば場所を特定して持ち帰ること”」
「……“潰す”まではやらないんですね、村は」
セラが訊ねた。
「Cランク試験に毛が生えた程度の連中に“オーク村潰して来い”なんて、さすがに言わねぇよ」
ボルグさんの目が笑っていない。
「もし本格的な拠点が出来てたら、B〜Aの仕事になる。
お前らは“その前の段階を潰す”のが役目だ」
「了解」
カイルが軽く敬礼みたいな仕草をする。
「あとは監督だが──」
ボルグさんが、部屋の後ろを顎でしゃくった。
「……」
「……」
「……」
視線を向けた先に、三つの影。
「……全員いるんですけど」
思わず口から出た。
壁にもたれて腕を組んでいるのは、ドルガン。
その隣に、銀髪をひとつ結びにしたリゼさん。
そして、椅子に座って静かにこちらを見ているエルナさん。
「運がいいと思うか、悪いと思うかはお前ら次第だ」
ボルグさんがニヤリ。
「ドルガンは“斥候&現地判断”。
リゼは“魔法・戦力評価”。
エルナは“治療と、撤退ラインの最終判断”。
……ついでに俺も行く」
「ボルグさんも!?」
「監督の監督も必要だからな」
贅沢すぎる布陣に、部屋の空気がざわめいた。
「言っとくが、“監督陣は極力手を出さねぇ”」
リゼさんが手をひらひらさせる。
「本当に死にかけた時だけしか動かないから、そのつもりでね?」
「むしろ、そのつもりでいてくれた方が助かるわ」
エルナさんが静かに付け加える。
「“いつでも助けてもらえる”と思っていたら、判断が甘くなるから」
「……はい」
その言葉に、自然と背筋が伸びた。
◇ ◇ ◇
作戦の大枠はシンプルだった。
・四パーティを二組ずつの班に分け、別ルートから森へ入る。
・班ごとにオークの痕跡を探し、遭遇した場合は基本的に自力で対処。
・オークが明らかに多数いる拠点を見つけた場合、無理はせず位置情報を持ち帰る。
・監督陣はそれぞれの班に最低一人は付く。
「俺たちの班、どうなるんです?」
「秋人たちとカイル組で一班。
そこにリゼとドルガンを付ける」
「一気に胃が痛くなったのは気のせいかな」
「成長するには、良いプレッシャー」
クレハがさらっと言う。
「もう一班は、中堅二組+エルナだな。
怪我人出てもその場で何とかなるだろ」
たしかに、後衛にエルナさんが居る安心感は半端じゃない。
「質問は?」
誰も手を挙げない。
怖さはある。
でもそれ以上に、“やると決めてここにいる”という空気の方が強かった。
「よし。
じゃあ各自準備して、昼過ぎにギルド前集合。
日が暮れる前に、目的地近くまで行くぞ」
◇ ◇ ◇
宿に戻って、俺たちはいつもの部屋で装備を確認した。
「よし……刀よし」
タツミさんが研ぎ直してくれた刀。
鞘から少しだけ抜いて、刃の光を確かめる。
(魔力を乗せなくても、“普通に斬れる刃”だ)
その信頼感が、手の中に重さとして伝わってくる。
「槍兼薙刀、よし。
弓も傷み無し。矢も予備含めてOK」
ユイは、槍を肩にかけ直しながら言った。
刃の根元には、タツミ謹製の追加刃。
前より少しだけ重いはずなのに、ユイの動きは軽い。
「クナイ、爆符、煙玉、ワイヤー、薬。
全部、よし」
クレハは、腰のポーチを何度も確かめている。
最近ポーチはひとつ増えた。
“オーク一体を止める用セット”が丸ごと入っているらしい。
「なぁ」
装備を締めながら、ふと口が勝手に動いた。
「もしさ」
「ん?」
「何かあって、俺が“紅風一閃撃つから援護してくれ!”って言ったら、
全力で笑っていいからな」
「なんで?」
「緊張しすぎて技名叫んでる自分を正気に戻したい」
「それはもう全力で笑うね」
ユイが即答した。
「でも、“当ててから”ちゃんと褒める」
「私も、“当たったらすごい”って言う」
「当たらなかったら?」
「……“次はもっとすごい”って言う」
その言葉に、不思議と胸の奥の緊張がほどけた。
「ありがと」
「どういたしまして」
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
ギルド前広場には、すでにカイルたちが来ていた。
「よー、来たな」
カイルが槍をくるりと回して肩に担ぐ。
「ついにオーク戦デビューですね」
「デビューって言い方やめよ?」
セラが即ツッコミを入れる。
「ノアは?」
「その……あの……」
ノアが、自分の杖を抱えながらおずおずと近づいてきた。
「その、今日、ぼく、足引っ張るかもしれないですけど……。
できるだけ、がんばります……はい」
「ノアくんの魔法、前よりずっと安定してきてるよ」
ユイが優しく笑う。
「私たちも、無茶はしないように頑張るから」
「……はい。
秋人さんたちがいると、ちょっと心強いです」
そう言ってくれるのは、普通に嬉しかった。
◇ ◇ ◇
監督陣も揃い、最後の確認が終わると、俺たちは東門へ向かって歩き出した。
街の門番グレンさんが、いつもの調子で片手を上げる。
「お、今日はちょっといい顔してんな」
「いい顔ってどんな顔ですか」
「“死地に向かう顔”だ」
「縁起でもないこと言わないでください」
「安心しろ。
“死地に向かう顔”ってのは、“生きて帰る気満々の顔”でもある」
グレンさんは、にかっと笑って門を開けた。
「ちゃんと帰ってこいよ。
酒のつまみになる土産話、期待してるからな」
「じゃあ、帰ってきたらオークの情けない顔でも話します」
「それは楽しみだ」
◇ ◇ ◇
街道を外れ、獣道を進む。
森の入口は、見慣れたはずの景色なのに、
今日はやけに暗く見えた。
木の葉のざわめき。
土の匂い。
遠くで鳴く鳥の声。
それらすべてが、少しだけ緊張を煽ってくる。
「ここから先は、俺が前」
ドルガンが、ふっと気配を薄くした。
「お前らは“見える位置でついてこい”。
くれぐれも、勝手に走り出すなよ」
「了解」
俺たちも、自然と足音を殺す。
クレハの動きが、一段階ギアを上げたみたいに静かになる。
少し後ろを、リゼさんが手を後ろで組んで歩いていた。
「緊張してる?」
「してます」
「していいのよ。
その緊張が、ちゃんと身体を動かしてくれるうちはね」
「逆に、どうなったらマズいです?」
「頭の中で、『やばいやばいやばい』しか言えなくなったらね」
それは……たしかにそうだ。
「そうなりそうになったら、“紅風一閃”でもなんでもいいから、
“やりたいことひとつだけ”頭に浮かべなさい」
「……やりたいこと」
「そう。
“倒したい・守りたい・逃げたい”どれでもいいから、一個だけ選ぶの」
リゼさんの声は、いつもより少しだけ真面目だった。
◇ ◇ ◇
どれくらい歩いただろうか。
日が少し傾き始めたころ、ドルガンが手を上げた。
「止まれ」
前を行く背中が、ぴたりと止まる。
クレハもすぐにしゃがみ込み、目を細めた。
「……匂い」
「分かるか」
「獣臭い。
でも、狼じゃない。
もっと、……“肉と、汗と、鉄の匂い”」
ドルガンが口の端を上げる。
「その表現、だいたい合ってる」
俺たちも、ゆっくりと息を吸った。
生温い風に乗って、鼻を刺す匂い。
血と、汗と、獣。
それに、焼けた脂の香りが混じっている。
「オークだな」
ボルグさんが、低く言った。
「この先、そう遠くねぇところにいる。
数は……“ちょっとした群れ”ってとこか」
心臓が、ひとつ大きく跳ねた。
ついに――本番だ。
「ここから先は、“試験”だと思え」
ボルグさんの声が、森の中に静かに響いた。
「だが、命がかかった試験だ。
いいか」
俺たち三人を、まっすぐ見た。
「生きて帰ること。
それが、何よりも大事だ」
「……はい」
自然と、声が揃った。
刀の柄を握る手に、力を込める。
(怖い。でも──)
横を見ると、ユイが槍を構え、静かに息を整えている。
その視線は前だけを見ていた。
クレハは、すでに腰のポーチに手を伸ばしている。
影が、足元でじわりと濃くなった気がした。
(三人で、やる)
紅風一閃。
守護の加護。
影と罠。
それぞれの“武器”を握りしめて、俺たちは一歩、森の奥へと足を踏み入れた。
つづく。




