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第52話 今の自分たちと、次の壁



 翌朝。


 筋肉痛は……まあ、まだ普通に痛い。けど、昨日までよりはマシだ。


「……おはよ」


 ベッドから起き上がると、向かいでストレッチしていたユイが、ポニテを結び直しながら振り向いた。


「おはよ、秋人くん。今日は“まだ動ける”顔だね」


「昨日よりはな。リゼさんとタツミさんコンボの翌日にしては上出来だろ」


「こっちもエルナさんの“選択肢地獄”だったけどね……誰から助けるかって、何回聞かれたと思う?」


「それ聞くだけでもメンタル削れそうなんだが」


 隣のベッドでは、クレハが布団にくるまったまま、もぞもぞ動いた。


「……起きる。

 ドルガン、“遅刻は命取り”って言う」


「なんか一番軍隊みたいな教育受けてない?」


「でも、“生きて帰る技術”って言ってた。

 ……だから、ちょっとだけ好き」


 布団から出てきたクレハの目は、いつも通り半分眠そうなのに、どこか楽しそうだった。


◇ ◇ ◇


 一階の食堂でパンをかじりながら、ふと思ったことを口にする。


「なぁ」


「ん?」


「一回さ、“今の自分たち”ちゃんと見直しといた方がよくないか」


「“ステータスオープン”ってこと?」


「それもあるけど、ギルド的にも。

 スライムだの狼だのから始まって、人身売買団、岩トカゲ、ゴブリンの巣まで終わらせたわけだし」


「たしかに。ボルグさんの中で、私たちがどう評価されてるかは聞いときたいかも」


「“まだDでいていいのか問題”」


 クレハがスープをすすりながら、さらっと言う。


「“ランク上がる=依頼重くなる”。

 無理に上げる必要もないから、確認したい」


「そう、それ。

 だから今日は午前ギルドで“現状確認”、午後からそれぞれ師匠コースでどうだ」


「さんせい」


「異議なし」


 こういうところの意思統一だけは早い。


◇ ◇ ◇


 冒険者ギルドに入ると、木の匂いと喧騒が出迎えてくれた。


 依頼掲示板の前には、いつものように冒険者たちが群がっている。

 昨日一緒だった騎士っぽい人たちの姿もちらほら見えた。


「あ、来た来た」


 受付カウンターの向こうで、ミリアが手を振る。


「秋人くんたち、おはよー。

 ちょうど呼びに行こうとしてたんだよね」


「呼びに?」


「うん。

 ボルグさんから、“ゴブリンの件の正式評価と、今後のランクの話をしたい”って」


「ナイスなタイミングだな」


 俺たちはカウンター横の扉から、奥の小部屋へ通された。


◇ ◇ ◇


 会議室みたいな部屋で待っていると、ほどなくしてボルグさんが入ってきた。


「おう、揃ってるな」


 相変わらず岩みたいな体格だ。立ってるだけで威圧感がある。


「まずは改めてだ」


 ボルグさんは、俺たち三人を順番に見た。


「人身売買団のアジトから始まって、今回のゴブリン巣まで──

 よくやった。ミルダ村の件は、お前らが動かなきゃもっと死んでた」


「……ありがとうございます」


 素直に頭を下げると、横でユイとクレハも同じように頭を下げた。


「で、評価だが」


 ボルグさんは、机の上の紙をめくる。


「ギルドとしては、“Dランク上位パーティとして、Bランク案件の一部工程を担当”と記録する」


「“一部工程”って言い方が妙に仕事っぽいですね」


「実際そうだからな。

 ロードを潰したのはあくまでB以上の連中だ。

 だが、“頭を潰しやすい形にまで整えた”のはお前らも含めたD上位の仕事だ」


 それは、素直に嬉しかった。


「で、肝心のランクだが──」


 ボルグさんはわざとらしく間を取る。


「まだDだ」


「ですよね〜」


 ユイが、あからさまに肩の力を抜いた。


「予想通り」


 クレハも、ちっとも残念そうじゃない。


「まぁ、そうだよな」


 俺も苦笑するしかない。


「不満そうじゃねぇな」


「正直、“まだCです!”って言われる方が怖いです」


「だよな」


 ボルグさんがニヤリと笑った。


「Cランクからは本格的に“中型以上の魔物”を継続して相手にする。

 オーク、トロール、下位オーガ……そういう連中に“安定して”勝てるかどうかが境だ」


「“奇跡の一勝”じゃ駄目ってことですね」


「そういうことだ」


 ボルグさんは、指を一本立てた。


「お前らはな、実力だけならもう“Cの下の方”に片足突っ込んでる。

 だが、経験と安定感がまだ足りねぇ」


(Bランクの壁見ちゃったあとだと、余計に分かるな……)


 ロードの咆哮と、一撃の重さを思い出して、背筋がぞわりとした。


◇ ◇ ◇


「だからしばらくは、“D上位としての仕事”を積ませる。

 その上で──」


 ボルグさんは、別の紙をひらひらさせる。


「“Cランク昇格の前哨戦”になる案件を回すつもりだ」


「前哨戦?」


「ラグナス近郊でな、“オークの斥候”が何度か目撃されてる」


 部屋の空気が、少しだけ重くなる。


「オーク……」


「ゴブリンと違って、馬鹿力が売りだ。

 群れを作る前に、斥候の段階で叩いておきたい」


「それを、俺たちに?」


「正確には、“監督付きでD上位を何組か連れて行く”形になるだろうな」


 ボルグさんが俺たちを見据える。


「俺か、リゼか、ドルガンか。

 誰か一人は確実に付ける。余裕があれば二人、運が良けりゃ全員だ」


「全員来たらオークが可哀想な気がしますけど」


「心配すんな、“監督”はめったに全力出さねぇよ」


 昨日のロード戦を思い出す限り、それでも十分恐ろしい。


◇ ◇ ◇


「その前にだ」


 ボルグさんが、机の下から小さな水晶板を取り出した。


「定期の能力測定をやる。

 レベルと能力の“目安”をギルド側でも把握しておきてぇ」


「それって、教会の鑑定とは別枠なんですか?」


「教会の方が細かく出るらしいが、ギルドのはあくまで簡易版だ。

 レベルと、筋力・敏捷・魔力量が“平均より上か下か”くらいしか分からねぇ」


(女神カードのは、もっと細かく数値出てるしな……)


「じゃ、一人ずつ手を乗せろ。

 正確な数値なんざ聞かねぇから安心しろ」


「じゃ、俺から行きます」


「秋人くんからだね。ちょっとドキドキする」


「なんで嬉しそうなんだよ」


 苦笑しながら、水晶板に手を乗せた。


 ひんやりした感触。

 淡く光が広がる。


「ふむ……」


 ボルグさんが、水晶の表面を覗き込む。


「レベル18。

 筋力・敏捷・魔力量、どれも“D〜C帯の平均より高め”だな」


「……18か」


 心の中で、女神カードの数値と照らし合わせる。

 たしかに、教会で見てもらった時は10だった。


(スライムから始まって、人身売買団、岩トカゲ、ゴブリン巣……

 そりゃあ上がるか)


「次、ユイ」


「はい」


 ユイが一歩前に出て、水晶板に手を乗せる。


 光がまた広がった。


「……ほう」


 ボルグさんの眉が、わずかに上がる。


「レベル18。

 敏捷と魔力量は平均より高め──いや、“敏捷と知力のバランスがいい”って判定だな。

 支援職としては素直に優秀、ってところだ」


「やった」


 ユイが、にこっと笑う。


「教会で10って出た時もなかなかだったけど、順当に伸びてるわね」


 いつの間にか扉のところに立っていたエルナさんが、ひょいと顔を覗かせた。


「聖職者殿、盗み聞きとは感心しねぇな」


「盗み聞きしてたわけじゃないわ。ただ通りかかっただけよ」


 エルナさんが軽く肩をすくめる。


「最後、クレハ」


「うん」


 クレハが静かに前に出て、水晶板に手を置いた。


 光。

 数秒後、ボルグさんがふっと笑う。


「レベル18。

 敏捷、“同ランク帯平均のだいぶ上”。

 魔力量そこそこ、筋力は平均か少し下。

 典型的な“速さと器用さ特化”だな」


「……速いの、好き」


 クレハが小さく頷く。


「ドルガンにみっちりしごかれてるおかげで、その速さがちゃんと“仕事”になってるわね」


 エルナさんが、柔らかく目を細めた。


◇ ◇ ◇


「まとめるぞ」


 ボルグさんが、指でテーブルをとんとんと叩いた。


「三人まとめてレベル18。

 前衛兼魔法剣候補、前衛兼支援槍、斥候兼罠師」


「文字にすると、一気に“パーティ構成”っぽいですね」


「前からそうだったけど?」


 ユイがすかさず挟んでくる。


「でも今の方が、“強いパーティ構成”」


 クレハまでサラッと言う。


「お前ら、自分たちのこと評価高くね?」


「事実だし」


「それはそれで頼もしいがな」


 ボルグさんが苦笑したあと、真面目な顔に戻った。


「さっきも言ったが、実力だけ見れば“C候補”だ。

 だが、Cに上げた瞬間から案件の重さが変わる。

 それに耐えられるかどうかを、これから見させてもらう」


「オークの斥候、ですね」


「ああ。

 それを“監督付きで”やらせる。

 それがうまくいきゃ、正式にCに上げる話も出来るだろうよ」


◇ ◇ ◇


 部屋を出ると、廊下の向こうから、どこか見慣れた三人組が歩いてきた。


「お、いたいた!」


 槍を背負った青年──カイルが、明るく手を振る。


「よう、“ゴブリン巣の英雄様”」


「その呼び方やめろマジで」


「いや実際そうだろ。

 “ロードの咆哮を一番近くで聞いて生き残った三人組”って、今ギルド内で噂だからな?」


「それ、クレイジー扱いされてません?」


 横で、双剣のセラが肩をすくめる。


「実際クレイジーだと思うけどね。

 ロードの一撃、“受けてから”まだ動けるの頭おかしいわよ、いい意味で」


 視線が、俺の右腕にちらっと向く。


「いや、あれは守護の加護と運と……あと刀と、全部合わせたギリギリだから」


「それをギリでもやってのける時点でやっぱりクレイジー」


「で? ランク、上がった?」

 

俺は首を横に振りながら明るく言った

「残念、まだD上位」


「だろうね〜」


 カイルたちが一斉にうなずく。


「でもさ」


 カイルが、ニヤッと笑った。


「オークの話、聞いただろ?」


「……やっぱそっちにも行ってるか」


「こっちもD上位のC候補だからな。

 “監督付きオーク斥候掃討ツアー”、参加希望ですよっと」


「名前の軽さどうにかしろ」


 セラが即ツッコミを入れる。


「ま、要するに──」


 カイルが、俺の肩をぽんと叩いた。


「“どっちのパーティが先にオークの鼻折るか勝負だな”ってことだ」


「命懸け勝負をノリで言うなよ」


「でも、負けるつもりで行ったら本当に死ぬよ」


 セラが真顔で言う。


「だから、“勝つつもりで全力”でちょうどいい」


 ユイが、すっと表情を引き締めた。


「その上で、“死なないように引く”ことも覚えなきゃですね」


「お、ユイちゃんのその感じ、だいぶ前より“冒険者”っぽくなってんな」


 カイルが感心したように笑う。


◇ ◇ ◇


 ギルドを出て、石畳の上を三人で歩く。


「……レベル18かぁ」


 ユイが、ぽつりと呟いた。


「教会で10だった時も“おおっ”ってなったけど、

 今こうやって聞くと、“本当にここまで来たんだな”って感じするね」


「数字で見ると分かりやすいな、やっぱ」


 俺も、女神カードのステータス画面を頭の中で思い浮かべる。


 筋力も敏捷も魔力も、見慣れた数値よりだいぶ増えている。

 でもそれ以上に──


「体の動きとか、感覚の方が“上がった”って実感はあるよな」


「分かる。

 前は“薙刀の型をそのまま異世界でやってた”って感じだったけど、

 今は“この世界仕様の動き”になってきてるし」


 ユイが、自分の足元を見ながら笑う。


「クレハは?」


「……速くなった」


 クレハが、ぽつりと言う。


「足も、手も、頭の切り替えも。

 ドルガン、“昔の動きとは別物だ”って言ってた」


「褒めてるよね、それ」


「“褒めてるけど油断すんな”って顔だった」


「あー、容易に想像できる」


 そんな会話をしながら、宿への道を歩く。


◇ ◇ ◇


「じゃ、午後からはまた各自、師匠のとこだな」


「秋人くんはリゼさんとタツミさん」


「私はエルナさん」


「私はドルガン」


 すっかり“それが当たり前”になっているのが、ちょっとおかしくて、でも心地よかった。


「……そういやさ」


 宿の角を曲がる直前、ふと足が止まった。


「何?」


「前の世界じゃ、“この先の人生どうなるんだろう”って、全然見えなかったんだよなって」


 気づいたら口に出ていた。


「でも今は、“ここまで来た”と“この先こうなりたい”が、ちゃんと見えてる」


 魔法剣をもっと安定させたい。

 紅風一閃を“切り札”じゃなく、“選択肢のひとつ”にまで高めたい。


 Bランクの背中に、いつか追いつきたい。


「秋人くんは、昔からそういう顔してたよ?」


 ユイが、少し懐かしそうに笑う。


「“道場の跡継ぎは嫌だ”って言いながら、

 剣振ってる時だけすごく楽しそうだったもん」


「……それ、今言う?」


「今だから言うの」


 そう言って、ユイは前を向いた。


「ここから先、“どう強くなっていくか”は──

 三人で決めて、三人で掴みに行こ?」


「うん」


 クレハが、俺の袖をそっとつまむ。


「“一人で全部やる忍び”じゃなくて、

 “仲間を生かす忍び”になりたい」


「……じゃあ俺は、“その仲間たちの前に立てる前衛”にならないとな」


 自然と笑いがこぼれた。


「Cランクも、オークも、その先も──

 全部ひっくるめて、“生きて帰って笑い話にする”感じで行こうぜ」


「うん」


「もちろん」


 三人で短く頷き合う。


 ラグナスの空は、今日もよく晴れていた。


 その向こうに続く道の、少し先。

 オークの影と、Cランクの壁がぼんやりと見えた気がして。


 でも、不思議と怖くはなかった。


 昨日までより、ちょっとだけ強くなった三人で──

 そこを越えてやろうと、本気で思えたからだ。


つづく。

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