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第51話 新しい一手と、三人の立ち位置



 その日、目が覚めた瞬間──


「……あいてててて」


 全身が、気持ちいいくらいに筋肉痛だった。


「おはよ、秋人くん。いい顔してるね、すごく“しごかれました”って顔」


 向かいのベッドから、ユイがニヤニヤしながらこっちを見てくる。

 長い髪は半分解けかけのポニテで、いつもよりちょっとだけボサボサだ。


「お前も声ガラガラじゃねぇか。エルナさんの“支援魔法講義”ってそんなに叫ぶ要素あったか?」


「ケーススタディで、“誰から助ける?”って毎回選ばされるからね……精神的に叫ぶ」


「……それが一番きつそうだな」


 隣のベッドでは、布団にくるまったクレハが、顔だけ出してこちらをじっと見ていた。


「二人ともまだ元気。

 ドルガン、“じゃあまだいけるな”って言う」


「その理論でしごかれてるのお前だけだからな?」


「……でも、少し楽しい」


 クレハが、ちいさく口元を緩めた。


 ここ数日。

 俺たちはそれぞれ、師匠たちの本気メニューに放り込まれている。


 俺はリゼさんとタツミさんのところで、剣と魔力の二本立て。

 ユイはエルナさんに、支援と回復と“選ぶ覚悟”。

 クレハはドルガンから、“生きて帰る忍びの技”を叩き込まれている。


「で、今日の予定は?」


 パンをかじりながらユイが言う。


「私は午前エルナさんで回復と支援、午後は教会裏庭で槍兼・薙刀のフォーム確認。

 “武器の動きと魔法のタイミングを合わせなさい”って言われてる」


「俺は午前タツミさんで型の最終チェック。午後リゼさんのとこで、“火と風の複合技”の詰め」


「私は、ドルガンの“影走り”と罠。

 大物を“止める”技、完成させる」


 三人とも、自然と顔つきが引き締まる。


「じゃあ今日、“新しい一手”をそれぞれ形にして──」


「──夜に見せ合いっこ」


 ユイとクレハが、同時に言った。


 こういう時だけ息ぴったりなんだよな、こいつら。


◇ ◇ ◇


 午前中、俺はタツミの工房裏にいた。


「構えろ」


「はい」


 木人形の前。

 刀を抜き、いつもの中段に構える。


 ここ数日、タツミさんから言われ続けたのは、ひたすら体の土台だった。


 踏み込み。

 重心移動。

 腰の捻りと、肩の力の抜き方。


「魔法剣だなんだって言う前に、

 “ただの一太刀”がちゃんとしてなきゃ話にならねぇ」


 そう言われて、何百回と素振りを繰り返した。


「……ふっ!」


 木人形に向かって踏み込み、一閃。

 刃はまだ乗せていない。ただの“素の斬撃”だ。


 木の感触が、手に――以前よりも、ずっと素直に伝わってくる。


「前より、足元がぶれなくなった」


 タツミさんが、腕を組んで頷いた。


「これなら、“魔力をまとわせても”崩れにくい。

 刀も、そうそう折れねぇ」


「じゃあ、午後からの魔法剣も──」


「過信するな。

 土台が合格ラインってだけだ。そこから先は、リゼの領分だ」


 ぶっきらぼうに言いながらも、わずかに口元が緩んでいる。

 この人の「悪くない」は、最大級の褒め言葉だって、最近ようやく分かってきた。


◇ ◇ ◇


 昼過ぎ。郊外の空き地。


「はい、今日も元気に“魔力のせのせ剣術教室”始めるわよー」


 リゼさんが、やたら明るい声で言う。


「名前が軽いんですよ、毎回」


「内容は全然軽くないから安心して」


 全然安心できないタイプのやつだった。


「じゃ、まずは《エレメント・エッジ》から。

 火、風、雷、どれでもいいから**“一属性だけ”を安定して刀に乗せてみて」


「はい」


 深呼吸。

 刀の柄を握りながら、意識を刀身へと落としていく。


(火の魔力を、刃の表面に薄く……内側から熱が滲むイメージ)


 手の中で、じわりと熱が広がる。

 刀身の周囲に、薄い炎の揺らめき。


「……《フレイム・エッジ》」


 ゆっくりと木人形に振り下ろす。

 刃が食い込み、切り口から薄く煙が上がった。


「OK。火属性はもう“並以上”ね」


 リゼさんが頷く。


「じゃ、本題。

 今日は“火+風”の複合よ」


「来ましたね……」


「遠距離からでも“装甲をまとめて斬り割る”のが目的。

 飛ぶ斬撃+炎の熱量──それが出来れば、中型以上の相手への切り札候補になる」


 つまり、俺が欲しかったやつだ。


「注意点は三つ」


 リゼさんが指を三本立てる。


「一、魔力を盛りすぎない。刀が先に死ぬわ。

 二、火と風の比率。火7:風3くらいから始めなさい。

 三、“当てる”距離を欲張らない。最初は十メートル以内でいい」


 いきなり遠くまで飛ばそうとするな、ってことか。


「じゃ、やってみなさい、天才でもないけどセンスはある少年」


「褒めてるんですかそれ」


「褒めてる褒めてる」


 ……絶対ちょっと遊んでる。


◇ ◇ ◇


(火を、刃の芯に。風を、その外側に薄く巻く)


 炎が“芯”で、風は“形”を作る。


(炎の刀身に、風の鞘をかぶせるイメージ……)


 手の中に、二種類の感覚。


 熱い。

 そして、軽い風の流れ。


「…………」


 集中しながら、刀を振り抜いた。


「──ッ!」


 刃の軌跡に、紅い軌道が残る。

 その外縁を、透明な風の刃が伸びて──


 少し離れた木の幹に、斜めの線を刻んだ。


 ……が。


「パチィッ!!」


「うおっ!?」


 刀身の根元で、火花が弾ける。

 手がジーンと痺れて、思わず柄を持ち直した。


「今のは“盛りすぎ”。

 刀の方が『ちょっと待て』って文句言ってるわね」


「言葉で説明されると怖いな……」


「でも、形は悪くない。

 比率が火9:風1くらいになってたから、ちょっと落としなさい」


 何度か失敗を繰り返す。


 炎が強すぎて途中で暴発。

 逆に風を強くしすぎて、ただの風刃になってしまう。


 そのたびに、リゼさんが簡潔に修正を入れてくる。


 火が足りない。

 風が早すぎる。

 肩に力が入ってる。


「……もう一回」


 息を整え、刀を構える。


(火6……いや、7。風3。

 熱は刃に、風はその周りを“撫でる”くらいで)


 さっきよりも、少しだけ軽く。


 刀を、振り抜く。


「──《紅風一閃》!」


 半ば勢いで、名前が口から出た。


 瞬間。

 刃の軌跡が、紅い線として空間に残る。


 それをなぞるように、風の刃が延長され──


 十メートルほど離れた岩の表面を、斜めに抉り取った。


 白い破片が、ぱらぱらと地面に落ちる。


「…………」


 しばし、沈黙。


「……今の」


 リゼさんが、岩の傷を確認しに歩いていく。


 指で表面をなぞり、削れた深さを確かめる。


「うん。

 “中型の装甲”なら、割れるわね」


 肩が、ほんの少しだけ軽くなった。


「ただし」


 リゼさんが振り返る。


「今のは、**“初成功の一本”**よ。

 “今日うまくいったから明日も同じように撃てる”とは限らない」


「分かってます」


 でも、今はそれで十分だった。


「名前は……紅風一閃、か」


 リゼさんが、わざとらしく考え込む。


「ちょっとガキっぽいけど、嫌いじゃないわね」


「自分で言っててちょっと恥ずかしいんですけど」


「技名を叫ぶ時に恥ずかしがってたら、そのうち本当に出なくなるわよ?」


「プロレスラーの決めポーズ理論みたいに言わないでください」


「何それちょっと気になる」


 くだらない会話を挟みながらも、心の奥では小さく拳を握っていた。


(これが──俺の“切り札候補”だ)


 まだ未完成。

 でも、一歩目は踏み出せた。


◇ ◇ ◇


 同じ頃、教会の裏庭。


「じゃあまず、槍……じゃなくて、今日は“薙刀モード”を見せてもらえる?」


 エルナさんが、ユイの槍兼・薙刀を指さした。


「タツミさんに刃を足してもらったやつですね。

 突くのも斬るのも払うのも出来る万能槍ちゃんです」


「名前が可愛いのはあなたらしいわね」


 ユイは一歩前に出て、構えを取った。


(前は“薙刀の型”でだけ戦ってた。でも今は──)


 穂先を前に出せば、純粋な槍。

 重心を少し後ろにずらせば、薙刀としての斬り払い。


 ユイは、ゆっくりと前進しながら、二つのモードを滑らかに切り替えていく。


 突き。

 払う。

 切り上げ。

 足元の払い。

 そしてまた突き。


 その動きの合間に、小さく呟く。


「《ガーディアン・ブレス》」


 淡い光が、ユイ自身の体を包んだ。


「……ふむ。

 動きながらの支援魔法、だいぶ様になってきたわね」


 エルナさんが頷く。


「“止まって詠唱”だと、前線ではすぐ死ぬからね」


「はい。

 《守護の加護》も、《ガーディアン・ブレス》も、

 “足を止めずに”味方に掛けられるようになりたいです」


「じゃあ、実験してみましょうか」


 そう言って、エルナさんが光の弾をいくつか浮かべた。


「私が軽く攻撃を飛ばすから、それを受けながら、

 “攻撃→支援→攻撃”のパターンを自分で組み立ててみなさい」


「了解です」


 光弾が一つ、飛んでくる。


 ユイは半歩ずれて避け、間合いを詰める。

 次の光弾は、薙刀の刃で斜めに払い落とした。


「《プロテクション・シェル》!」


 足元に、小さな半球状の光の壁。

 そこに光弾が当たり、弾ける。


 ただ、衝撃までは殺しきれない。

 ユイの体がぐらりと揺れた。


「結界が薄いわね。

 “完全防御”じゃなくて“時間稼ぎ”ってこと、忘れないで」


「はい……!」


 それでも、数分経つ頃には、

 攻撃と支援の切り替えは前より格段にスムーズになっていた。


「最後に、これ」


 エルナさんが、自分の指先を少し切った。


「えっ、何してるんですか?」


「軽い傷よ。

 これを、あなたの《ヒールライト》で治してみなさい」


「はい……!」


 ユイは両手をそっと傷口の上にかざした。


(傷の“先”をイメージして……

 皮膚が繋がっている状態を、“今ここ”に引き寄せる)


「──《ヒールライト》」


 柔らかな光が、傷口を包む。

 数秒後、血は止まり、皮膚は跡形もなく……とまではいかないが、ほとんどふさがっていた。


「うん。

 “軽傷と状態異常”くらいなら、もう十分実戦で使えるわね」


 エルナさんが微笑む。


「今のあなたなら──

 “前線で戦いながら、仲間を落とさない支援役”になれる」


「……ありがとうございます」


 ユイの目が、少しだけ潤んだ。


(秋人くんとクレハの背中が、今までよりはっきり見える。

 そこに、届く手段も増えた)


 槍薙刀を握る手に、自然と力が入る。


◇ ◇ ◇


 ラグナスの外れ、林の中。


「走れ」


 ドルガンの声が飛ぶ。


 クレハは、木々の影から影へと跳ぶように走り抜けていた。


「《影走り》」


 足元の影が伸び、その中に体が溶けるように消える。

 次の瞬間、数メートル先の木の影から、クレハの姿がふっと現れた。


 その肩すれすれを、ドルガンの投げナイフが掠める。


「……あぶない」


「本番はもっと危ねぇ。

 影から出た瞬間に斬られたら、意味がねぇだろうが」


「でも、“出る場所”はさっきより良くなった」


 クレハが、息を切らしながら言う。


「敵の背中とか、斜め後ろとか、“嫌な位置”」


「そこは褒めてやる」


 ドルガンが、少しだけ口元を緩める。


「で、大物用のやつ。見せてみろ」


「……うん」


 少し開けた場所に、太い木の幹を組み合わせた“即席大物人形”が立てられている。


 クレハは、そっと腰のポーチに手を伸ばした。


 細いワイヤー。

 爆符。

 影に馴染む黒い札。


「まず、“動き”止める」


 クレハは人形の周りを素早く走り、木々の間にワイヤーを張っていく。


 その途中、足元の影に指先で印を結び、《影縛り》の印を刻む。


 準備が整ったところで、人形に向き直った。


「──《影縛りの術》」


 クレハの影から、黒い紐のようなものが伸び、人形の足元の影と繋がる。


 次の瞬間、影が実体化して人形の足首を絡め取った。


 木人形が、ぎし、とわずかに傾ぐ。


「動きが止まったところに──」


 クレハは、ワイヤーの一部に結んでおいた爆符を、指先で弾いた。


 印を結ぶ。


「《爆鎖陣》!」


 張り巡らされたワイヤーが、一斉に光を走らせる。

 拘束された木人形の腰と足のあたりで、連鎖的に爆発が起きた。


 ドン、と腹に響く音。

 爆煙が晴れると、人形の足はへし折れ、腰の部分が大きく抉られていた。


「……これで、“膝を折る”くらいは出来る」


「上等だ」


 ドルガンが、短く言う。


「今のを、大物が“こっち見てない時”に決められるようになれ。

 そうすりゃ“止めの一撃”は前衛がやってくれる」


「“殺す”じゃなくて、“止める”が仕事」


「ああ。

 お前は“敵の自由を奪って、仲間の仕事場を作る役目”だ」


 その言い方に、クレハの胸がふっと軽くなる。


(里では、“一人で全部やれ”って言われた。

 ここでは、“仲間のために止めろ”って言われる)


 同じ“忍び”でも、役割が違う。


「“生きて帰る忍び”になれ。

 そうすりゃ、任務も仲間も守れる」


「……うん」


 クレハは、小さく頷いた。


◇ ◇ ◇


 夜。

 宿の部屋に戻ると、ユイが先にベッドの上でストレッチしていた。


「おかえり。どうだった?」


「まあまあ。そっちこそ?」


「見て見て。まずは、これ」


 ユイは自分の腕を、わざと机の角に軽くぶつけた。


「いった……。

 こういう時のための──《ヒールライト》」


 淡い光が、ぶつけた部分を包む。

 数秒後、赤くなりかけていた肌が、元通りになっていた。


「おお……」


「ついでに、秋人くん」


「ん?」


「ロードの一撃受けた腕、まだちょっと残ってるでしょ」


「まぁ、かすかな違和感くらいは」


「《ガーディアン・ブレス》+軽いヒール」


 ぽん、とユイが俺の腕を軽く叩く。

 柔らかい光が、じんわりと沁み込んできた。


 鈍かった感覚が、すっと抜けていく。


「どう?」


「……マジで、楽になった」


「でしょ?」


 得意げに笑うユイ。

 戦闘中にこれをやられたら、そりゃ心強いに決まってる。


「クレハは?」


「ここ」


 いつの間にか、クレハが俺の影の上にしゃがみ込んでいた。


「こわっ」


「動かないで」


 クレハが、影にそっと指先を滑らせる。


「《影縛り》──ちょっとだけ」


 足元の影が、きゅっと締まった気がした。

 身体が、ほんの少し重くなる。


「うわ、なんか足に重りつけられたみたいだ」


「本気は、もっとぎゅってなる。

 今は“味見”」


「味見って言い方やめろ」


 三人で、笑い声がこぼれる。


「秋人くんのは?」


「……じゃ、外で軽めに」


 宿の外、小さな空き地に出る。


 岩が一つ転がっているのを見つけ、その前に立った。


「さっき、リゼさんに褒められたやつ。

 まだ成功率は低いけど」


 深呼吸。

 刀に、火と風をまとわせる。


(調子に乗るな。さっきと同じ比率。火7、風3)


 刀を、振り抜く。


「──《紅風一閃》!」


 刃の軌跡に、紅い残光。

 風の刃がそれをなぞり、岩の表面を斜めに抉った。


 さっきよりは浅いが、それでも“目に見えて”削れている。


「…………」


 ユイが、ぽかんと口を開けた。


「なにそれ、カッコよ」


「名前がちょっと中二っぽいけど」


「自分で言うなよ……」


 顔が熱くなる。


「でも、今のが決まれば──」


「中型くらいなら、装甲割れる」


 俺は刀を鞘に収めながら言った。


「ただし、今はまだ“切り札候補”。

 乱発したらすぐ息切れする」


「じゃあ、“ここぞって時にだけカッコつけていい技”だね」


 ユイが、にやっと笑う。


「……そういう言い方やめろ」


「でもさ」


 クレハが、岩の傷跡をじっと見つめる。


「私の《爆鎖陣》で、大物の足止めて──

 ユイの《ガーディアン・ブレス》で秋人守って──

 秋人の《紅風一閃》で、装甲割る」


「……あ、それ」


 想像した瞬間、ぞくりとした。


「普通に、強いなそれ」


「ね」


 三人で顔を見合わせる。


◇ ◇ ◇


 部屋に戻って、ベッドの端に腰掛けながら、ふと口を開いた。


「なんかさ」


「ん?」


「やっと、“俺たちのパーティ構成”って胸張って言える気がする」


 前衛兼魔法剣候補の俺。

 前線と後衛をつなぐ支援槍ユイ。

 影と罠で道を作る斥候クレハ。


「前からそうだったよ?」


 ユイが、当然みたいな顔で言う。


「そう。

 前から、“秋人・ユイ・クレハの三人”」


 クレハも、こくりと頷いた。


「でも、“今の方が強い”」


「……そういう言い方は、素直に嬉しいな」


 思わず笑ってしまう。


「じゃ、これからもよろしく頼むわ、前衛さん?」


 ユイが、わざとらしく手を差し出してきた。


「支援と斥候がいなきゃ、前衛なんてすぐ死ぬけどな」


 そう言いながら、その手を握り返す。


 反対側から、クレハがそっと俺の袖をつまんだ。


「“生きて帰る道”は、ちゃんと作る」


「ああ。

 俺も、二人が前に出ても大丈夫な“切り札”もっと増やす」


 まだDランク上位。

 Bランクの壁までは、きっと遠い。


 それでも──


 ラグナスの夜風の中で、三人の影が少しだけくっきり重なって見えた。


(ここから先は、“三人で”強くなる番だ)


 そんなことを思いながら、俺たちはそれぞれのベッドに転がり込んだ。


 明日の筋肉痛のことは、できるだけ考えないようにしながら。


つづく。

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