第5話 ショートソードと、異世界ネーム問題
「最初はショートソードで我慢、かぁ……」
森の中を歩きながら、俺は手元の木刀をくるくる回した。
「そりゃまあ、いきなり“俺専用の刀ください!”は図々しいよな」
「いきなり刀オーダーする新米とか、鍛冶屋さん絶対警戒するでしょ」
隣で結衣が苦笑する。
「まずは金と素材と、信頼してもらえる実績ね」
「だよなぁ。ちゃんと稼いで、“こいつに打ってやる刀なら、悪くないか”って思ってもらえるくらいには強くならないと」
自分で言ってて、ちょっとワクワクしてくる。
最初はショートソード。
そのうち、ちゃんとした刃を持った刀を、信頼できる鍛冶屋に打ってもらう。
──それが、この世界での目標のひとつになりつつあった。
「秋人、刀、好き?」
前を歩いていた紅葉が、くるりと振り向いた。
「うん。日本刀ってさ、子どもの頃からなんか憧れがあってさ。
ゲームでも、いつも刀カテゴリばっか選んでたし」
「分かる。二刀流とか大好きだもんね、秋人くん」
「バラすなそこ」
結衣がクスクス笑う。
「でも、この世界に“刀”ってあるのかな?」
「あるといいけどな。なかったら……」
「なかったら?」
「作ってもらうしかないだろ」
言いながら、自分でも笑った。
「だからさ、ちゃんとした鍛冶屋を探したい。
金と素材持って、『一本、お願いします』って言えるくらいにはなりたい」
「……そういうこと言うときだけ、ちょっと主人公っぽいよね」
結衣が、少しだけ嬉しそうに俺を見る。
紅葉も、こくりと頷いた。
「刀。主家の象徴。似合う」
「だから主家って呼ぶのやめような?」
「やだ」
「即答」
そんなやりとりをしながら歩いていると、ふと、別のことが気になってきた。
「なあ、二人とも」
「なに?」
「ステータス画面の名前、見た?」
「えっと……【サトウ アキト】ってカタカナで出てたね」
結衣が言う。
そう、そこだ。
こっちの世界のステータスは、日本語じゃない。
でも、俺たちには日本語に“翻訳されて見えてる”感じだ。
そのせいか、名前のところだけ、カタカナ表記になっている。
「たぶんさ、この世界の人から見たら、俺たちの名前って“アキト”“ユイ”“クレハ”って音だけなんだと思うんだよ」
「漢字、ない世界だもんね」
「そう。だからさ──」
言いながら、ちょっとだけ気恥ずかしくなる。
「異世界では、カタカナ名で名乗るの統一しない?」
「カタカナ名?」
「“佐藤秋人”って言っても通じないと思うし、“サトウ・アキト”って名乗る感じで。
結衣は“フジワラ・ユイ”とか。“ユイ”だけでもいいけど」
「私は“ユイ”でいいかな」
結衣はあっさり決めた。
「なんで姓は捨てた」
「だって、“藤原”って絶対発音しにくいでしょ、この世界の人たち。
秋人くんだって、“アキト”って呼ばれる方が楽じゃない?」
「まあ、それはそうかもしれないけど」
紅葉が、小さく手を挙げた。
「私は?」
「クレハだろ」
即答すると、紅葉がほんの少しだけ目を丸くした。
「……クレハ」
「紅葉だと、文字説明できないしな。
“山城クレハ”って言ってもいいけど、任務とか里のこと考えたら、“クレハ”って名前だけで動く方が楽じゃない?」
忍者って、そういうイメージあるし。
「じゃあ、クレハ」
紅葉は、ゆっくりとその音を繰り返した。
「アキトと、ユイと、クレハ」
その並びに、なんか妙な破壊力がある。
結衣がニヤッと笑った。
「じゃあ、異世界バージョンの名前は──」
「俺がアキトで」
「私はユイで」
「私はクレハ」
三人で、順番に名乗る。
なんか、ちょっとだけ「パーティ結成」っぽくて笑ってしまった。
(※以降、異世界側で名乗るときはカタカナ表記ってことで)
◇ ◇ ◇
紅葉の偵察情報を頼りに、俺たちは東へと進んでいった。
やがて、木々の隙間から焚き火の光がちらちら見えてくる。
笑い声。
金属のこすれる音。
肉の焼ける匂い。
「ここから先は、慎重にね」
結衣が小声で言う。
「最初の“人間との出会い”だからね。変なの引いたら運が悪いにもほどがある」
「戻る準備もしておこう。やばかったらすぐ下がる」
紅葉も、いつもよりさらに声を潜める。
俺は喉を鳴らして、一歩前に出た。
「……行くか」
覚悟を決めて、焚き火のある方へ歩み出る。
木の影を抜けると、そこは小さな広場みたいになっていた。
焚き火を囲むように、粗末な丸太が置かれている。
その周りに、四人の男女。
大きな剣を背負った、髭面の男。
片手斧を持った、筋肉質の女。
弓をたずさえた青年。
杖を抱え込むように持っている、ローブ姿の少女。
──どう見ても、冒険者パーティだ。
(おお……本物のパーティだ……)
ゲーム脳がテンション上がりそうになるのを、必死で抑える。
「誰だ?」
一番最初に反応したのは、髭の剣士だった。
鋭い目でこちらを睨みつけてくる。
背中の剣は、ところどころ刃こぼれしていて、鎧もあちこち凹んでいる。
弓の青年が、素早く矢をつがえた。
ローブの少女は、杖に手を添えて呪文の準備みたいな体勢になっている。
斧の女だけが、肉をかじりながらこちらを観察していた。
「怪しいモンじゃないです!」
とっさに、テンプレみたいなことを叫んでしまう。
剣士の眉がピクリと動いた。
「そう言う奴は大抵怪しいんだよな」
「ですよねー」
自分で言っといて自爆気味の返しになる。
結衣が、すっと前に出た。
「失礼します。森の中で迷ってしまって……焚き火の煙が見えたので、近くに人がいるかと思って」
礼儀正しい口調。
でも、いつでも戦えるように重心は低い。
剣士が、少しだけ警戒を緩めた。
「迷い人、ね。装備の割には、怪我してないじゃねえか」
視線が、俺たちの道着と木刀、ジャージに落ちる。
「その格好で森歩きってのも、妙な話だ」
「俺たち、ちょっと訳ありで……」
言い訳を考えようとしたその時。
紅葉が、静かに一歩前に出た。
「狼、三匹、倒した」
さらっと爆弾を投げた。
剣士が目を細める。
「フォレストウルフか?」
「そう」
紅葉は、腰のポーチから何かを取り出した。
フォレストウルフの耳と牙。
さっきの戦闘のあと、いつの間にかきっちり解体していたらしい。
(そんなことしてたのか……)
「おいおい、マジかよ」
弓の青年が、驚いたように立ち上がる。
「その装備で、あの群れとやり合ったのか?」
「一応、なんとかなりまして」
俺も、木刀を軽く掲げて見せた。
剣士が、しばらく黙って俺たちを観察して──
ふっと、口元を緩めた。
「……まあいい。座れ。立ち話もなんだ」
そう言って、焚き火の反対側を顎で示す。
「変な真似したら、容赦なく斬るからな」
「しません!」
即答する。
言われた通り丸太に腰を下ろすと、斧の女が焼けた肉の串を一本差し出してきた。
「ほら。腹、減ってんだろ」
「あ、ありがとうございます」
「礼はいい。あたしたちもさっきまで“食いっぱぐれ”かけてたところだ」
豪快に笑うその人の鎧も、たしかにボロボロだった。
よく見ると、彼らの装備は全体的にかなりくたびれている。
盾には大きな亀裂。
槍の穂先は欠けている。
剣の刃は何度も研がれた跡があって、もう限界が近い感じだ。
ローブの少女が、興味深そうに俺たちの格好を見ていた。
「ねえねえ、お兄さんたち、その服、どこの国の?」
「えっ、と……ちょっと遠いところから来まして」
「東の方か?」
剣士が尋ねる。
「いや、まあ、そんな感じです」
適当な返事でごまかす。
異世界です、なんて言えるわけがない。
「ところで、お前ら名前は?」
ここで来た。
異世界初の、名乗りタイム。
俺は、一瞬だけ二人の顔を見てから、剣士に向き直った。
「俺は──アキト、です」
苗字は言わない。
この世界の人には、カタカナの名前だけでいい。
結衣も、それに合わせるように名乗った。
「私はユイといいます」
紅葉は、短く。
「クレハ」
剣士はそれを一度頭の中で転がしてから、頷いた。
「アキト、ユイ、クレハね。
俺はガルド。こっちはレナ。弓がユーク、ローブがミリィだ」
「よろしくお願いします」
結衣が丁寧に頭を下げる。
俺も慌てて頭を下げた。
紅葉は、ぺこっと小さく首を下げる。
とりあえず、斬りかかられない程度には、最初の関門を突破できたらしい。
◇ ◇ ◇
ひと段落ついたところで、ガルドが肉をかじりながら言った。
「それにしても、その武器な」
「木刀です」
「知ってるわ」
即ツッコミが飛んできた。
「こんな辺境の森で、それじゃすぐ死ぬぞ」
「ですよねー」
分かっていたけど、初対面の冒険者にまで言われると刺さる。
「今は事情があって、ちゃんとした武器がなくて……」
「ふーん」
レナが、じろじろと俺たちを見る。
「戦えない素人ってわけでもなさそうだけど?」
「一応、元の世界では……あ、元の場所では、剣とか薙刀とかやってました」
危ない。うっかり“世界”って言いそうになった。
「森で狼狩れるくらいなら、腕はあるんだろうよ」
ガルドは、焚き火に薪をくべながら続ける。
「街に着いたら、まずは武器屋だな。銀貨二、三枚で安物のショートソードくらいは買える」
「ショートソード……」
その単語に、胸が少し高鳴る。
最初の武器。
ここから、俺の“剣と魔法の異世界生活”が始まる、みたいな。
「ただし、新品は高え。あんまり予算がないなら──」
ガルドは、自分の荷物をゴソゴソ漁った。
そこから一本の剣を取り出す。
鞘こそボロいが、刃はちゃんと手入れされているショートソードだった。
「予備で持ってたやつだ。もう少ししたら売り払うつもりだったが……」
「え、それって」
「狼の素材と、お前らの“護衛代”でどうだ?」
ガルドの目が、俺の木刀と手の皮をじっと見る。
「街まで一緒に行くつもりだが、その装備じゃこっちも不安だ。
こいつを持ってもらった方が、まだマシだろう」
「いいんですか……?」
「おっちゃん、優しいからな」
レナが笑う。
「代わりに、ちゃんと戦ってよ? あたしたち、今ちょっと装備ボロボロでさ。戦力欲しかったところなんだ」
弓のユークが、苦笑いしながら自分の弓の弦をいじった。
「こないだ、ちょっと格上の魔物に手を出しちゃってさ。ボコボコにされて、装備だけ見事に持ってかれたんだよね」
「死ななかっただけ運がいいってやつだ」
ミリィが、胸を撫で下ろすジェスチャーをする。
「……分かりました」
俺は、ショートソードを受け取った。
ずしり、とした重量。
木刀とは違う、鉄の感触。
鞘から少しだけ刃を抜いてみる。
幅広の片刃。
そこまで長くはないが、扱いやすそうだ。
(いつか、これを“刀”に持ち替える日が来るのかな)
そんな未来を想像して、胸の中でひっそりと目標を再確認する。
「ユイ」
ガルドが、結衣の方を見る。
「長物が得意なんだったな?」
「はい。薙刀が本職ですけど、槍もある程度なら」
「なら、これ使うといい」
レナが、自分の後ろに立てかけてあった柄の長い武器を引き寄せた。
穂先が欠けかけた、ボロボロのスピア。
「穂先は街に着いたら鍛冶屋で直してもらいな。柄はまだ使える」
「いいんですか?」
「どうせこのままだと、あたしたちも戦いづらいしね。
使いこなしてくれた方が、武器も喜ぶでしょ」
それがこの世界の感覚なんだな、と思った。
武器は道具であり、相棒。
ちゃんと使ってくれる相手に持たせたい、っていう感覚。
「ありがとうございます。大切に使います」
結衣は、両手で槍を受け取った。
その姿がやけに様になっていて、
ガルドたちも「おお」と感心したように唸る。
「クレハ、お前は……」
ガルドが紅葉を見る前に、レナが先に口を挟んだ。
「何もあげなくていいと思う」
「即答?」
「だってその子、絶対もう色々持ってるよ」
レナの視線が、紅葉のジャージのポケットラインをじっとなぞる。
「そうだよね?」
紅葉は、一瞬だけ考えてから、正直に頷いた。
「小太刀一本、短剣二本、苦無六本、手裏剣十六枚。煙玉五つ、閃光玉二つ、ワイヤー二巻き。毒針……」
「待って待って待って待って」
ミリィが両手を振った。
「怖い怖い怖い怖い怖い」
「やっぱりなぁ!」
レナが腹を抱えて笑う。
「こういう子、たまにいるんだよ。身体のどこにそんな入ってんのってタイプの暗器使い」
ガルドも苦笑しながら頷いた。
「まあ、パーティに一人いると心強いんだがな。敵に回したくねぇタイプだ」
「敵じゃない」
紅葉がきっぱり言う。
「アキトとユイの、味方」
その言い方が、どこか誇らしげで。
俺はちょっとだけ照れた。
◇ ◇ ◇
ショートソードの重み。
結衣の手に馴染んだ槍。
紅葉の暗器フルセット。
最低限の武器が揃って、ようやく“冒険者パーティの形”みたいなものができてきた。
「街までは半日くらいだ。今日はここで一泊して、明日の朝出発しよう」
ガルドの提案に、俺たちも賛成する。
焚き火の火が、夜の森を赤く照らす。
見上げた空には、見たことのない星の並び。
「……アキト」
隣で、紅葉がぽそっと名前を呼んだ。
「ん?」
「刀。いつか、一緒に取りに行こう」
その“当たり前”みたいな言い方に、胸が少し熱くなる。
「約束、しよ」
差し出された小さな右手。
俺は、ショートソードの柄から手を離して、その手を握った。
「……ああ。約束だ」
向かい側で、結衣がふっと笑う。
けれど、その笑顔の奥に、ほんの少しだけ複雑な影が見えるのも分かった。
(この世界で、生きていく)
そのための武器。
一緒に戦う仲間。
そして、いつか手に入れたい、自分だけの刀。
異世界アキトの、最初の夜は──
そんな、小さな約束と一緒に更けていった。
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