表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/112

第5話 ショートソードと、異世界ネーム問題



「最初はショートソードで我慢、かぁ……」


 森の中を歩きながら、俺は手元の木刀をくるくる回した。


「そりゃまあ、いきなり“俺専用の刀ください!”は図々しいよな」


「いきなり刀オーダーする新米とか、鍛冶屋さん絶対警戒するでしょ」


 隣で結衣が苦笑する。


「まずは金と素材と、信頼してもらえる実績ね」


「だよなぁ。ちゃんと稼いで、“こいつに打ってやる刀なら、悪くないか”って思ってもらえるくらいには強くならないと」


 自分で言ってて、ちょっとワクワクしてくる。


 最初はショートソード。

 そのうち、ちゃんとした刃を持った刀を、信頼できる鍛冶屋に打ってもらう。


 ──それが、この世界での目標のひとつになりつつあった。


「秋人、刀、好き?」


 前を歩いていた紅葉が、くるりと振り向いた。


「うん。日本刀ってさ、子どもの頃からなんか憧れがあってさ。

 ゲームでも、いつも刀カテゴリばっか選んでたし」


「分かる。二刀流とか大好きだもんね、秋人くん」


「バラすなそこ」


 結衣がクスクス笑う。


「でも、この世界に“刀”ってあるのかな?」


「あるといいけどな。なかったら……」


「なかったら?」


「作ってもらうしかないだろ」


 言いながら、自分でも笑った。


「だからさ、ちゃんとした鍛冶屋を探したい。

 金と素材持って、『一本、お願いします』って言えるくらいにはなりたい」


「……そういうこと言うときだけ、ちょっと主人公っぽいよね」


 結衣が、少しだけ嬉しそうに俺を見る。


 紅葉も、こくりと頷いた。


「刀。主家の象徴。似合う」


「だから主家って呼ぶのやめような?」


「やだ」


「即答」


 そんなやりとりをしながら歩いていると、ふと、別のことが気になってきた。


「なあ、二人とも」


「なに?」


「ステータス画面の名前、見た?」


「えっと……【サトウ アキト】ってカタカナで出てたね」


 結衣が言う。


 そう、そこだ。


 こっちの世界のステータスは、日本語じゃない。

 でも、俺たちには日本語に“翻訳されて見えてる”感じだ。


 そのせいか、名前のところだけ、カタカナ表記になっている。


「たぶんさ、この世界の人から見たら、俺たちの名前って“アキト”“ユイ”“クレハ”って音だけなんだと思うんだよ」


「漢字、ない世界だもんね」


「そう。だからさ──」


 言いながら、ちょっとだけ気恥ずかしくなる。


「異世界では、カタカナ名で名乗るの統一しない?」


「カタカナ名?」


「“佐藤秋人”って言っても通じないと思うし、“サトウ・アキト”って名乗る感じで。

 結衣は“フジワラ・ユイ”とか。“ユイ”だけでもいいけど」


「私は“ユイ”でいいかな」


 結衣はあっさり決めた。


「なんで姓は捨てた」


「だって、“藤原”って絶対発音しにくいでしょ、この世界の人たち。

 秋人くんだって、“アキト”って呼ばれる方が楽じゃない?」


「まあ、それはそうかもしれないけど」


 紅葉が、小さく手を挙げた。


「私は?」


「クレハだろ」


 即答すると、紅葉がほんの少しだけ目を丸くした。


「……クレハ」


「紅葉だと、文字説明できないしな。

 “山城クレハ”って言ってもいいけど、任務とか里のこと考えたら、“クレハ”って名前だけで動く方が楽じゃない?」


 忍者って、そういうイメージあるし。


「じゃあ、クレハ」


 紅葉は、ゆっくりとその音を繰り返した。


「アキトと、ユイと、クレハ」


 その並びに、なんか妙な破壊力がある。


 結衣がニヤッと笑った。


「じゃあ、異世界バージョンの名前は──」


「俺がアキトで」


「私はユイで」


「私はクレハ」


 三人で、順番に名乗る。


 なんか、ちょっとだけ「パーティ結成」っぽくて笑ってしまった。


(※以降、異世界側で名乗るときはカタカナ表記ってことで)


◇ ◇ ◇


 紅葉の偵察情報を頼りに、俺たちは東へと進んでいった。


 やがて、木々の隙間から焚き火の光がちらちら見えてくる。


 笑い声。

 金属のこすれる音。

 肉の焼ける匂い。


「ここから先は、慎重にね」


 結衣が小声で言う。


「最初の“人間との出会い”だからね。変なの引いたら運が悪いにもほどがある」


「戻る準備もしておこう。やばかったらすぐ下がる」


 紅葉も、いつもよりさらに声を潜める。


 俺は喉を鳴らして、一歩前に出た。


「……行くか」


 覚悟を決めて、焚き火のある方へ歩み出る。


 木の影を抜けると、そこは小さな広場みたいになっていた。


 焚き火を囲むように、粗末な丸太が置かれている。

 その周りに、四人の男女。


 大きな剣を背負った、髭面の男。

 片手斧を持った、筋肉質の女。

 弓をたずさえた青年。

 杖を抱え込むように持っている、ローブ姿の少女。


 ──どう見ても、冒険者パーティだ。


(おお……本物のパーティだ……)


 ゲーム脳がテンション上がりそうになるのを、必死で抑える。


「誰だ?」


 一番最初に反応したのは、髭の剣士だった。


 鋭い目でこちらを睨みつけてくる。

 背中の剣は、ところどころ刃こぼれしていて、鎧もあちこち凹んでいる。


 弓の青年が、素早く矢をつがえた。

 ローブの少女は、杖に手を添えて呪文の準備みたいな体勢になっている。


 斧の女だけが、肉をかじりながらこちらを観察していた。


「怪しいモンじゃないです!」


 とっさに、テンプレみたいなことを叫んでしまう。


 剣士の眉がピクリと動いた。


「そう言う奴は大抵怪しいんだよな」


「ですよねー」


 自分で言っといて自爆気味の返しになる。


 結衣が、すっと前に出た。


「失礼します。森の中で迷ってしまって……焚き火の煙が見えたので、近くに人がいるかと思って」


 礼儀正しい口調。

 でも、いつでも戦えるように重心は低い。


 剣士が、少しだけ警戒を緩めた。


「迷い人、ね。装備の割には、怪我してないじゃねえか」


 視線が、俺たちの道着と木刀、ジャージに落ちる。


「その格好で森歩きってのも、妙な話だ」


「俺たち、ちょっと訳ありで……」


 言い訳を考えようとしたその時。


 紅葉が、静かに一歩前に出た。


「狼、三匹、倒した」


 さらっと爆弾を投げた。


 剣士が目を細める。


「フォレストウルフか?」


「そう」


 紅葉は、腰のポーチから何かを取り出した。


 フォレストウルフの耳と牙。

 さっきの戦闘のあと、いつの間にかきっちり解体していたらしい。


(そんなことしてたのか……)


「おいおい、マジかよ」


 弓の青年が、驚いたように立ち上がる。


「その装備で、あの群れとやり合ったのか?」


「一応、なんとかなりまして」


 俺も、木刀を軽く掲げて見せた。


 剣士が、しばらく黙って俺たちを観察して──


 ふっと、口元を緩めた。


「……まあいい。座れ。立ち話もなんだ」


 そう言って、焚き火の反対側を顎で示す。


「変な真似したら、容赦なく斬るからな」


「しません!」


 即答する。


 言われた通り丸太に腰を下ろすと、斧の女が焼けた肉の串を一本差し出してきた。


「ほら。腹、減ってんだろ」


「あ、ありがとうございます」


「礼はいい。あたしたちもさっきまで“食いっぱぐれ”かけてたところだ」


 豪快に笑うその人の鎧も、たしかにボロボロだった。


 よく見ると、彼らの装備は全体的にかなりくたびれている。


 盾には大きな亀裂。

 槍の穂先は欠けている。

 剣の刃は何度も研がれた跡があって、もう限界が近い感じだ。


 ローブの少女が、興味深そうに俺たちの格好を見ていた。


「ねえねえ、お兄さんたち、その服、どこの国の?」


「えっ、と……ちょっと遠いところから来まして」


「東の方か?」


 剣士が尋ねる。


「いや、まあ、そんな感じです」


 適当な返事でごまかす。

 異世界です、なんて言えるわけがない。


「ところで、お前ら名前は?」


 ここで来た。


 異世界初の、名乗りタイム。


 俺は、一瞬だけ二人の顔を見てから、剣士に向き直った。


「俺は──アキト、です」


 苗字は言わない。

 この世界の人には、カタカナの名前だけでいい。


 結衣も、それに合わせるように名乗った。


「私はユイといいます」


 紅葉は、短く。


「クレハ」


 剣士はそれを一度頭の中で転がしてから、頷いた。


「アキト、ユイ、クレハね。

 俺はガルド。こっちはレナ。弓がユーク、ローブがミリィだ」


「よろしくお願いします」


 結衣が丁寧に頭を下げる。


 俺も慌てて頭を下げた。


 紅葉は、ぺこっと小さく首を下げる。


 とりあえず、斬りかかられない程度には、最初の関門を突破できたらしい。


◇ ◇ ◇


 ひと段落ついたところで、ガルドが肉をかじりながら言った。


「それにしても、その武器な」


「木刀です」


「知ってるわ」


 即ツッコミが飛んできた。


「こんな辺境の森で、それじゃすぐ死ぬぞ」


「ですよねー」


 分かっていたけど、初対面の冒険者にまで言われると刺さる。


「今は事情があって、ちゃんとした武器がなくて……」


「ふーん」


 レナが、じろじろと俺たちを見る。


「戦えない素人ってわけでもなさそうだけど?」


「一応、元の世界では……あ、元の場所では、剣とか薙刀とかやってました」


 危ない。うっかり“世界”って言いそうになった。


「森で狼狩れるくらいなら、腕はあるんだろうよ」


 ガルドは、焚き火に薪をくべながら続ける。


「街に着いたら、まずは武器屋だな。銀貨二、三枚で安物のショートソードくらいは買える」


「ショートソード……」


 その単語に、胸が少し高鳴る。


 最初の武器。

 ここから、俺の“剣と魔法の異世界生活”が始まる、みたいな。


「ただし、新品は高え。あんまり予算がないなら──」


 ガルドは、自分の荷物をゴソゴソ漁った。


 そこから一本の剣を取り出す。


 鞘こそボロいが、刃はちゃんと手入れされているショートソードだった。


「予備で持ってたやつだ。もう少ししたら売り払うつもりだったが……」


「え、それって」


「狼の素材と、お前らの“護衛代”でどうだ?」


 ガルドの目が、俺の木刀と手の皮をじっと見る。


「街まで一緒に行くつもりだが、その装備じゃこっちも不安だ。

 こいつを持ってもらった方が、まだマシだろう」


「いいんですか……?」


「おっちゃん、優しいからな」


 レナが笑う。


「代わりに、ちゃんと戦ってよ? あたしたち、今ちょっと装備ボロボロでさ。戦力欲しかったところなんだ」


 弓のユークが、苦笑いしながら自分の弓の弦をいじった。


「こないだ、ちょっと格上の魔物に手を出しちゃってさ。ボコボコにされて、装備だけ見事に持ってかれたんだよね」


「死ななかっただけ運がいいってやつだ」


 ミリィが、胸を撫で下ろすジェスチャーをする。


「……分かりました」


 俺は、ショートソードを受け取った。


 ずしり、とした重量。

 木刀とは違う、鉄の感触。


 鞘から少しだけ刃を抜いてみる。


 幅広の片刃。

 そこまで長くはないが、扱いやすそうだ。


(いつか、これを“刀”に持ち替える日が来るのかな)


 そんな未来を想像して、胸の中でひっそりと目標を再確認する。


「ユイ」


 ガルドが、結衣の方を見る。


「長物が得意なんだったな?」


「はい。薙刀が本職ですけど、槍もある程度なら」


「なら、これ使うといい」


 レナが、自分の後ろに立てかけてあった柄の長い武器を引き寄せた。


 穂先が欠けかけた、ボロボロのスピア。


「穂先は街に着いたら鍛冶屋で直してもらいな。柄はまだ使える」


「いいんですか?」


「どうせこのままだと、あたしたちも戦いづらいしね。

 使いこなしてくれた方が、武器も喜ぶでしょ」


 それがこの世界の感覚なんだな、と思った。


 武器は道具であり、相棒。

 ちゃんと使ってくれる相手に持たせたい、っていう感覚。


「ありがとうございます。大切に使います」


 結衣は、両手で槍を受け取った。


 その姿がやけに様になっていて、

 ガルドたちも「おお」と感心したように唸る。


「クレハ、お前は……」


 ガルドが紅葉を見る前に、レナが先に口を挟んだ。


「何もあげなくていいと思う」


「即答?」


「だってその子、絶対もう色々持ってるよ」


 レナの視線が、紅葉のジャージのポケットラインをじっとなぞる。


「そうだよね?」


 紅葉は、一瞬だけ考えてから、正直に頷いた。


「小太刀一本、短剣二本、苦無六本、手裏剣十六枚。煙玉五つ、閃光玉二つ、ワイヤー二巻き。毒針……」


「待って待って待って待って」


 ミリィが両手を振った。


「怖い怖い怖い怖い怖い」


「やっぱりなぁ!」


 レナが腹を抱えて笑う。


「こういう子、たまにいるんだよ。身体のどこにそんな入ってんのってタイプの暗器使い」


 ガルドも苦笑しながら頷いた。


「まあ、パーティに一人いると心強いんだがな。敵に回したくねぇタイプだ」


「敵じゃない」


 紅葉がきっぱり言う。


「アキトとユイの、味方」


 その言い方が、どこか誇らしげで。

 俺はちょっとだけ照れた。


◇ ◇ ◇


 ショートソードの重み。

 結衣の手に馴染んだ槍。

 紅葉の暗器フルセット。


 最低限の武器が揃って、ようやく“冒険者パーティの形”みたいなものができてきた。


「街までは半日くらいだ。今日はここで一泊して、明日の朝出発しよう」


 ガルドの提案に、俺たちも賛成する。


 焚き火の火が、夜の森を赤く照らす。


 見上げた空には、見たことのない星の並び。


「……アキト」


 隣で、紅葉がぽそっと名前を呼んだ。


「ん?」


「刀。いつか、一緒に取りに行こう」


 その“当たり前”みたいな言い方に、胸が少し熱くなる。


「約束、しよ」


 差し出された小さな右手。


 俺は、ショートソードの柄から手を離して、その手を握った。


「……ああ。約束だ」


 向かい側で、結衣がふっと笑う。


 けれど、その笑顔の奥に、ほんの少しだけ複雑な影が見えるのも分かった。


(この世界で、生きていく)


 そのための武器。

 一緒に戦う仲間。

 そして、いつか手に入れたい、自分だけの刀。


 異世界アキトの、最初の夜は──

 そんな、小さな約束と一緒に更けていった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ