第49話 後始末と、Bランクの壁の向こう
ゴブリンロードが倒れたあとも、森の中のざわめきはしばらく続いていた。
「ギャアアッ!」「ロード!ロード!」
混乱した叫び声。
頭を失った群れが、あちこちでむやみに走り回っているのが、木々の隙間から見えた。
「ここから先は、あんたたちの仕事よ」
リゼがくるりと俺たちを振り返る。
「“Bランク相当の頭”は潰した。
残りは、“D上位三人でちゃんと片づけられる”くらいまで落ちてる」
「……了解です」
刀を握り直す。
さっきまでの“絶対無理”な圧は、もうない。
残っているのは、頭を失って暴走している“ただの群れ”だ。
「秋人、右の群れ」
「任せろ」
「ユイ、左斜め前」
「はーい」
「私は、逃げ道と背後」
クレハがさっと木陰に溶ける。
「……行くか」
三人で一度だけ目を合わせ、ゴブリンの群れへと走り出した。
◇ ◇ ◇
路肩みたいな斜面を駆け下りる。
「ギャッ!?」
こちらの存在に気づいたゴブリンが、一匹、二匹と振り向く。
そのうちの一匹が投石を構えた瞬間──
「先に黙れ」
刀を抜き、足を薙ぐ。
転んだところに、追撃を一閃。
さっきまでのロード級と比べたら、軽い。
重さも速さも、ちゃんと“対処できる”範囲だ。
「“霊槍”!」
横で、ユイの槍薙刀が光る。
突撃してくるゴブリンの喉元を突き、返す刀で別の個体の腹を払う。
そのまま、柄で三体目の顎を跳ね上げる。
「ギギッ……!」
口の中から歯が飛び、そのまま後頭部から地面に叩きつけられた。
「数は多いけど、質は落ちてるね」
「頭いなくなったからな」
俺は火球で、後ろから密集してきた群れを一旦まとめて弾き飛ばす。
「“火球”!」
小さな火の塊でも、密集してる相手には十分効く。
毛と皮膚が焼ける匂い。
焦げた声。
(……慣れたくはないけど)
今、ここで怯むわけにはいかない。
「後ろは任せろ」
クレハの声。
背後から別ルートで回り込んできたゴブリンたちの足元が、一気に爆ぜた。
「ギャアッ!?」「アツィ!?」
簡易爆薬。
足とバランスを崩したところに、クレハのナイフが一閃ずつ突き刺さっていく。
「数、半分以下になった」
「このまま押しきる」
何度か同じパターンを繰り返すうちに、“群れ”という形が崩れていくのが分かった。
誰かが逃げようと前に出る。
その前に、俺たちが潰す。
それでもすり抜けた個体は、森の奥ではなく──村の外へ逃げようとする。
(そりゃそうだよな)
巣の中はボルグたちが暴れている。
奥に逃げたところで地獄だと、ゴブリンなりに分かっている。
だからこそ、ここで止めないといけない。
「逃げた先に村があるからな」
自分にそう言い聞かせて、最後の一匹の喉元を斬り裂いた。
息を荒くしながら周りを見ると、
さっきまでわちゃわちゃしていたゴブリンの群れは、ほとんど動かなくなっていた。
「……ふぅ」
「終わった?」
ユイが槍薙刀を杖代わりにして、少し前屈みになる。
「周り、今動いてる気配はない。
奥の方で、まだボルグたちが暴れてる」
クレハが目を閉じて耳を澄ます。
「でも、こっち側に逃げてくる群れは、もういないと思う」
「よし」
刀の血を払い、鞘に収める。
あとでちゃんと洗わないと錆びるな──なんて、どうでもいいことを考えたあたりで、
少しだけ自分の“いつも通り”が戻ってきているのを実感した。
◇ ◇ ◇
ゴブリンの死体をまとめて、燃やす準備をする。
細い枝と薪を集め、火をつけ、死体を投げ込む。
生き物を焼く匂いは、やっぱりきつい。
「……うっ」
「大丈夫?」
「まあ……ギリ」
鼻をつまんでいても、完全には防げない。
「“害獣処理”って感じだね」
ユイが、少し遠巻きに見ながら言う。
「ゴブリンをゴブリンとして片づける、って意味では、分かりやすいけど」
「うん。
“埋葬”とは違う」
クレハが、淡々と頷く。
「人間相手だと、こういう燃やし方はしない。
ゴブリンだから、出来る」
「……それも、線だな」
自分で口に出してみる。
人間は弔う。
ゴブリンは処理する。
同じ“死体”でも、扱いを変えることで、自分の中の線を確認する。
◇ ◇ ◇
火の勢いが安定してきた頃、森の奥の方から別の気配がした。
「……来る」
クレハが顔を上げる。
しばらくして、木々の間から、人影が現れた。
「おーい、片づけは終わったか?」
ボルグさんだった。
その後ろに、血と煤にまみれた騎士たち。
さらに、その後ろから──ドルガンとリゼも出てくる。
「こっちはひとまず完了です」
俺が答えると、ボルグさんは周囲をざっと見渡した。
「……悪くねぇな」
小さく頷く。
「逃げた形跡は?」
「今のところ、ないです」
クレハが答える。
「縁の方からも、追加の気配は来てない。
“巣の外”は、たぶん大丈夫」
「よし」
ボルグさんの顔が、少しだけ緩んだ。
「巣の中は、どうでした?」
ユイが尋ねる。
「地形は素直だが、数が多かった。
上位種も思ったよりいたな。ファイターが四体、シャーマンが二体」
「あと、ロード一体」
リゼが剣を肩に乗せ直す。
「……今、ロードさん投げた時の顔、ちょっと楽しそうじゃなかった?」
ユイが妙な視点で突っ込む。
「楽しくはないわよ。
“ああ、このレベルならやっぱり一撃じゃ倒れないかー”って計算してただけ」
「それを笑いながら言うのやめてもらえます?」
人の感性の差を感じて、少し背筋が冷えた。
◇ ◇ ◇
「……で」
ボルグさんが、少し真面目な顔に戻る。
「囚われてた人だが」
俺たちの胸が、一瞬きゅっと縮む。
「一人は、間に合った」
その言葉に、全員が息を吐いた。
「ミルダ村の女だ。
傷はあるが、致命傷じゃねぇ。
エルナと、うちの治癒師が付きっきりで看てる」
「よかった……」
ユイが、膝から崩れ落ちそうになるのを、槍薙刀に体重を預けて誤魔化した。
「他にも何人か、他所の村の連中がいたが……」
ボルグさんは、少し言葉を濁す。
「そっちは……“間に合わなかった”」
分かっていたことだ。
分かっていたはずなのに、胸の奥がズキンと痛む。
「全部を救えるなんて思うな」
ドルガンが、ぽつりと言う。
「だが、“救えた一人”は、お前たちが巣を見つけるのを早くしてくれたおかげだ」
「……俺たちの?」
「そうだ」
ボルグさんが頷く。
「お前たちが昨日のうちに巣の位置を見つけてくれたから、
今日、迷わず突入できた。
その時間差で、救えた命だ」
「そういうものですかね」
「そういうもんだ」
リゼが、あっさりと言い切る。
「“全部間に合った世界”なんて、どこにもないの。
その中で、“一人でも二人でも余計に生き残る線”を、ちょっとでも上にずらせたら、それは十分な価値」
その言葉は、すっと胸の中に落ちてきた。
(全部は無理でも、“少しでも上にずらす”)
それが、冒険者の仕事なのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「で、だ」
ボルグさんが、急に少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
「今日はな、お前たちにもう一個見せたかったもんがある」
「……なんですか?」
「“Bランクの壁”だ」
それは、さっきロード戦で嫌というほど見せてもらった気もするが。
ボルグさんは、わざとらしく肩をすくめる。
「正直言うとな、“今のお前らでも、ロードの足元までは届く”」
「え?」
思わず変な声が出た。
「動きは見えてたろ。
ユイの《守護の加護》があれば、一撃くらいはギリ耐えられる」
「まあ……ギリですね」
「火球とクレハの罠と連携で、“当てるだけ”なら、ロードに傷を付けることも出来るだろう」
たしかに、さっきも一瞬「もしかしたら」と思った瞬間はあった。
「だが、“勝てない”」
ボルグさんの声が低くなる。
「耐えて、当てて、傷つけるだけなら出来る。
でも、“倒しきる前にどっかで誰かが折れる”」
「……それが、“届いてるようで届いてない”ってことですか」
「そうだ」
ボルグさんが頷く。
「Bランクってのはな、“ギリギリ耐えてる”じゃ駄目なんだ。
“多少計算狂っても、まだ計算内”くらいの余裕が必要になる」
「……今の俺たちだと、“全部上手くいったらギリ勝てるかも”レベルってことですね」
「その通り」
リゼが、ニコニコしながら追い打ちをかけてきた。
「それを“届いてる”って勘違いし始めると、ポキッといくの。
だから今のうちにはっきり言っとく」
「“Bはまだ無理”ってやつですね」
「そう」
言い切られると、逆に気持ちがすっきりした。
(今はまだ、“見て学ぶ側”)
いつか追いつきたいとは思う。
でも、それは今じゃない。
「焦らなくていいわよ」
リゼが、ふっと表情を和らげる。
「十代でBランク級に届いてる奴なんて、そうそういない。
あなたたちは、もう十分速いペースで登ってる方」
「……そうなんですか」
「そうよ。
だから、“今のうちにしか見えない景色”をちゃんと見ておきなさい」
その言い方が、妙に印象に残った。
◇ ◇ ◇
ゴブリンの死体の山が、炎に飲まれていくのを見届けたあと、
俺たちは森を出てミルダ村に戻った。
村の門の前には、人だかりが出来ていた。
「……!」
俺たちの顔を見るなり、昨日の男が駆け寄ってきた。
「どうだった!? 娘は──!」
「助かりました」
ユイが一歩前に出て、しっかりと言い切る。
「領主様のところの治療院に運ばれています。
今は、治癒術師とシスター・エルナが付き添っています」
「ああ……ああ……!」
男は、その場に膝をついて泣いた。
周りの村人たちも、涙ぐんだり、肩を抱き合ったりしている。
(ああ、そうか)
さっきまで森の中で斬って焼いていたものと、ここの涙は繋がっている。
ゴブリンを害獣として処理することと、
人を守ること。
どっちもやらないと、この涙には届かない。
「本当に、本当にありがとう……!」
男が、泣きながら何度も頭を下げた。
それを見ていると、“救えなかった方”の重さも、同時に胸にのしかかる。
(全部は救えなかった)
それでも、この一人分の涙の意味は、確かにここにある。
◇ ◇ ◇
ラグナスに戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
ギルドで正式な報告を済ませ、書類をいくつか書かされて、ようやく解放される。
「今回の報酬と評価は、あとで正式に出す」
ボルグさんが言う。
「ランク自体はしばらくDのままだが、“Bランク案件の現場経験あり”として扱う。
次にC昇格するとき、今回の一件は大きく響くはずだ」
「了解です」
ランクがどうこうよりも──
(“現場経験あり”って言い方が、ちょっとだけ嬉しい)
そんな自分の感想に、少し苦笑する。
「じゃ、今日は解散。
飯食って寝ろ」
そう言って、ボルグさんは大きく伸びをした。
「リゼ、ドルガン。お前らは?」
「鍛冶場寄って帰る」
ドルガンが答える。
「ゴブリンの武器の金属、どれだけ使えるか見たい」
「私もー。
ロードの剣ちょっと面白い形してたし」
この二人はこの二人で、別の方向に変態だと思う。
◇ ◇ ◇
ギルドを出て、宿に向かう途中。
「ねぇ」
ユイがぽつりと言った。
「今日の私たちってさ、“何点くらい”なんだろ」
「急だな」
「ボルグさん的採点とかじゃなくて、自分たち基準で。
“ここは出来たけど、ここはまだ”っていうやつ」
「……そうだな」
少し考えてから、ぽつりと言葉を探す。
「線は、守れたと思う」
「うん」
「ゴブリンには迷わなかった。
人の話を聞いた時は、ちゃんと迷った」
「それ、大事」
クレハが即答した。
「今日の“線”は合格点」
「戦い方は?」
「ロードの一撃を、真正面から受けちゃったのは減点かなぁ」
ユイが、ちょっと苦笑する。
「でも、守護の加護込みでギリ耐えたのは事実。
あの一撃で“無理”って分かったから、すぐ声出せたのは加点」
「確かに」
俺は、守ってもらった右腕を軽く回してみる。
もう痛みはない。
治癒術師の魔法がちゃんと効いている。
「……じゃあ、今日の点数は?」
「七十点くらい?」
「結構辛口だな」
「残り三十点は、“Bランクに届く余地”ってことで」
ユイが、少し照れたように笑う。
「今日、完全に百点取っちゃったらさ。
多分どこかで調子乗ると思うし」
「それはある」
クレハも頷く。
「まだ“上”がある方が、楽しい」
「お前、そういうところが一番危ないんだよな……」
でも、そういう前向きさに救われている自分もいる。
◇ ◇ ◇
宿に着くころには、空はすっかり夕焼け色になっていた。
「お風呂入って、飯食べて、寝る」
ユイが、指を一本ずつ折りながら言う。
「今日だけは勉強も鍛錬もなしでいいよね」
「それやる元気があったら、寝ろってドルガンさんが言う」
「うん。
里もこういう時は“寝ろ”って言う」
クレハの里教育、ところどころ雑なのに、こういうとこだけ妙に一致してるの笑う。
「……なぁ」
部屋の前で、ふと口を開いた。
「今日の夢見悪かったら、また起こし合おうぜ」
「うん」
「分かった」
「秋人くんがまたうなされてたら、今日はちゃんと優しく起こすから」
「昨日の“水ぶっかける”案は?」
「さすがに連続採用はやめとく」
「よかった」
そんな取るに足らない会話をしながら、部屋に入る。
ベッドに倒れ込むと同時に、意識がじわじわと溶けていく。
(人身売買団のアジトを潰して)
(ゴブリンの巣も潰して)
(Bランクの壁も見た)
たった数日で、世界が一気に広くなったような気がする。
(俺たちはまだD上位。
でも──)
いつか、今日見たあの背中に追いつきたい。
そう思いながら、俺は深い眠りに落ちていった。
線を忘れないように。
今日救えた一人分の涙を、ちゃんと覚えていられるように。
そんなことを、うっすら願いながら。
つづく。




