第47話 報告と、Bランクの支度
ゴブリンの巣を背に、森を引き返す。
来た時と同じ道──だけど、見えるものの意味は、少しだけ違っていた。
木の根元に残る足跡。
ちぎれた布切れ。
擦れた樹皮。
(全部、“誰かを襲いに行った”痕跡なんだよな)
そう思いながら歩くと、胸のあたりがじわじわ重くなってくる。
「……秋人」
少し前を歩いていたクレハが、さりげなく横に並んできた。
「線、まだ見えてる?」
「見えてる」
刀の柄を、軽く握り直す。
「ゴブリンはゴブリンで、人じゃない。
でも、“生きてるものを斬った”って感触は残ってる」
「それなら平気」
クレハは、こくりと頷いた。
「“何も思わなくなる”より、ずっとマシ」
「……だな」
前を歩くユイが、槍薙刀を肩に担ぎながら振り返る。
「帰りは帰りで油断しないでねー」
「分かってる」
言ったそばから、茂みががさりと揺れた。
「ギャッ」
「“縁”組、まだ残ってた」
クレハの足が一歩前に出る。
その後の小競り合いは、もうさっきまでほど長くはなかった。
投石。
側面からの突撃。
それを読み切って叩き落とす。
ゴブリンの動きはさっきまででだいたい見えた。
(正直、怖さはもうあんまない)
気持ち悪さは残ってるけど、“どう対処するか分からない”不安は、だいぶ減っていた。
◇ ◇ ◇
ミルダ村の柵が見えた時、村の見張り役の男が大きく手を振った。
「戻ってきたぞーっ!」
その声に、何人かの村人が集まってくる。
畑仕事の途中の人。
水汲みの途中だった子ども。
それから──昨日の集会小屋で話をしてくれた男。
「どう、だった……?」
男の喉が、ごくりと鳴る。
「巣は見つけました」
ユイが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「森の北西の斜面の下。
ゴブリンの足跡と臭いが集中している場所です」
「やっぱり、ゴブリンだったか……」
男の顔に、悔しさと安堵とが入り混じった表情が浮かぶ。
「浅いところに出てきていた群れは、ある程度こちらで倒しました。
ただ──」
ユイは言葉を選ぶように、少しだけ間を置いた。
「奥に、“もっと大きな群れ”がいます。
上位種がいる可能性が高いので、明日、ギルドの上位パーティと一緒に“本格的な巣の討伐”に入ります」
「明日、か……」
男は、胸に手を当てて大きく息を吐いた。
「生きている者がいるかどうかは、まだ分かりません。
けれど、出来る限り早く動けば、その可能性は少しでも上げられると思います」
「それで十分だ」
男は、ぎゅっと拳を握った。
「今夜は、村の女や子どもたちには外に出ないように言っておく。
門の見張りも増やそう」
「それがいいです。
今夜、巣からの襲撃が増える可能性もあるので」
ユイが、真剣な目で頷いた。
俺とクレハも、その横で黙って頭を下げる。
(“助けられるかどうかは分からない”けど)
少なくとも、“放置して何もしない”選択だけは、もうここにはない。
◇ ◇ ◇
村外れの小屋に戻って一息ついたところで、ユイがぽすっとその場に座りこんだ。
「ふぅー……」
「疲れた?」
「体はまだ動くけど、頭がちょっとね」
ユイが槍薙刀を壁に立て掛けて、髪を結い直す。
「ゴブリン、見た目子どもっぽいからさ。
最初、普通に嫌だった」
「……だよな」
「でも、“目の奥見た瞬間に、ああ別モノって分かった”って感じ。
だから今は、そこまでブレてない」
ユイは、自分の胸に手を当てて軽くトントンと叩く。
「秋人くんは?」
「さっきクレハに“楽しい顔はしてない”って言われた」
「そこ基準?」
三人で、ちょっとだけ笑いがこぼれる。
空気が少し軽くなった。
「私、分かりやすいからね」
クレハが、妙に胸を張っている。
「秋人、“刀振る時の顔”すぐ変わる。
今日のは、“怖いけどやる”顔だった」
「それならまあ、セーフか」
「うん。
“やったー敵だいっぱいだー”っていう顔したら、見限る“”」
「あ、それは困るから頑張る」
忠犬(自称じゃないけど実質)の身限り宣言は、普通に威力が高い。
◇ ◇ ◇
「で」
ユイが、膝に顎を乗せながらこっちを見る。
「明日は、ついに“Bランク相当の現場見学”だね」
「見学で済むといいけどな……」
俺は、鞘ごと刀を抱えて壁に預ける。
「ドルガンさんと、リゼさんが本気で動くところ、まだちゃんと見たことないし」
「ね。
いつも“ちょっと本気出した”くらいで止めてくれるから」
「今日帰ったら、“本気モードの前にペース配分”講義もありそう」
クレハが、若干嫌そうな顔で言う。
「“お前らは奥に行くな、逃げ道塞げ”って言われる未来が見える」
「まあ、事実だからな……」
今回のメインは、間違いなくあっちだ。
俺たちは“巣から逃げてくる残党の処理”とか、“外での護衛”とか、そういう役目になるだろう。
(でも、それでもいい)
Bランク相当の現場に、生きて立ち会えること自体が、今の俺たちには十分すぎる経験だ。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
俺たちは一度ラグナスへ戻り、ギルドで報告を済ませた。
地図の上に、クレハの記憶をもとにした森の簡易図と巣の位置が描かれる。
「北西斜面の下か……」
ボルグさんが腕を組む。
「周りに逃げ道が少ねぇぶん、封鎖はしやすい。
ただ、正面から突っ込むと挟み撃ちになる可能性もあるな」
「浅い層のゴブリンは、ある程度こちらで削ってあります」
ユイが伝える。
「でも、奥の気配はまだ相当多いです」
「上位種の匂いもした」
クレハが付け加える。
「ロードか、シャーマンか。
たぶん、“群れをまとめてる頭”がいる」
「そうか」
ボルグさんが頷いた。
「明日のメンバーは──俺と騎士団の一部、それにリゼとドルガン。
お前たち三人は、“先行して森の縁の掃除”と“逃げ道の監視”だ」
「了解です」
「うん」
「分かった」
「巣への突入自体は、最初は俺たちがやる。
その後、状況を見て“浅い層の制圧”を手伝ってもらうかもしれんが……」
「つまり、“ロード級との正面衝突はするな”ってことですね」
俺が言うと、ボルグさんは「分かるなら早い」と笑った。
「今のお前らはD上位。
C相当の現場なら、正面からぶつかってもまあなんとかなる。
Bはまだ、“本気で死ににいく”ラインだと思っとけ」
「……肝に銘じます」
◇ ◇ ◇
作戦会議がひと段落したタイミングで、ギルドの扉が開いた。
「よう。ゴブリン掃除の下見は終わったか?」
入ってきたのは、ドルガンだった。
その後ろに、銀髪のエルフ──リゼが続く。
「巣は見つけたって聞いたわよ」
リゼが、地図を覗き込む。
「ふむふむ……北西斜面の下ね。
わりと“火の回りやすそうな”地形じゃない?」
「いきなり焼き払う気ですか」
「子どもの頃、親に“ゴブリン見つけたら巣ごと燃やせ”って教えられなかった?」
「クレハと同じ教育……」
里もエルフの森も、発想が似てるのかもしれない。
「でも、今回は森ごと燃やすと村に煙害が行くからね。
あくまで“中で使う火と魔法”までにしておくわ」
リゼがさらっと物騒なことを言う。
「秋人たちはどうするか、もう聞いた?」
「森の縁の掃除と、逃げ道の監視です」
ユイが答えた。
「上位種と真正面からやり合うのは、まだ無理だから」
「そうね。
それが分かってるだけで合格」
リゼがニコッと笑う。
「明日ね、ちゃんと見ておきなさい」
「何をですか」
「“Bランク相当の戦い”ってやつを」
リゼの目が一瞬だけ鋭くなる。
「上がどれだけ“理不尽に強いか”知っておくといい。
その方が、自分たちの今の立ち位置が分かりやすいから」
「……覚悟しときます」
「怖がる必要はないわよ。
あなたたちに明日求めてるのは、“生きて現場を見届けること”だけだから」
言い方はあっさりしてるけど、その中身はけっこう重い。
「ドルガンも何かあります?」
俺が尋ねると、ドルガンは短く鼻を鳴らした。
「今日の話、忘れんな」
視線が、ぐるりと俺たち三人をなぞる。
「ゴブリンは害獣。
ガキでも迷うな。
人間は人間。
クソでも一応、“迷う余地”はある」
「……線、ですね」
「ああ」
「混ぜないようにします」
「それでいい」
ドルガンは、それ以上は何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
その夜はラグナス泊まりになった。
ギルドの簡易宿の自室に戻って、ベッドに倒れ込む。
「明日、早いよね……」
ユイが天井を見上げながらぼそっと呟く。
「早い」
「早い」
クレハも、隣のベッドでごろんと転がる。
「今日は夢見悪かったら起こしていい?」
俺が言うと、ユイが「もちろん」と頷いた。
「秋人くんが変なうなされ方してたら、普通に水ぶっかけるからね」
「優しく起こすという選択肢は……?」
「“生きて起きればOK”ってドルガン的発想」
「雑だな師匠ライン……」
でも、なんだかんだでそれくらいの方が安心するところもある。
「クレハは?」
「秋人、夢でうなされてたら、背中さする」
「対応の差よ」
「ユイは、“水で起こす”ってさっき言った」
「優しさの方向性が違うんだよなぁ……」
そんな他愛もない会話をしながら、目を閉じる。
(明日は、ゴブリンの巣の本番)
人間の闇を見て。
ゴブリンという“人型の害獣”も見て。
そのうえで、今度は“上の世代の本気”を見る番だ。
(俺たちは、俺たちの立ち位置を見失わないこと)
それだけ胸に決めながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
夜の静けさの向こうで、森のどこかの巣穴が、明日の襲来を知らずにざわめき続けている──そんな気がした。
つづく。




