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第46話 森の縁で、線をなぞる



 翌朝。


 まだ街の石畳がひんやりしている時間に、俺たちはラグナスの門をくぐった。


 東の空はうっすらオレンジ。

 ユイが槍薙刀を肩に乗せて、あくびを噛み殺す。


「ん〜……まだ眠い……」


「昨日、教会で長居してたからだろ」


「明日ゴブリン退治行きますって、ちゃんと挨拶したかったの」


「真面目。……里はそういうのなかった」


 クレハは無表情だけど、目の下にちょっとクマ。

 昨夜、地図とゴブリンの巣のパターン思い出しながら一人でメモってたの、俺は知ってる。


「秋人は?」


「まあ……寝てはいるけど」


 あくまで「眠った」という事実があるだけで、質はあんまり良くない。


(ガキのゴブリンでも迷うな、か……)


 ドルガンに二回も念押しされた言葉が、頭の隅っこでずっと居座っている。


「顔、“考えすぎてる顔”」


 クレハがじっと見てくる。


「迷ったら近づくな、ってドルガン言ってた。

 “迷うかも”って思ってる時点で、少しだけ離れてもいい」


「……あんま一人で抱えるなってことだな」


「そう」


 そう。全部自分でどうにかしようとするな。

 それも、昨日言われた大事なやつだ。


「とりあえずさ」


 ユイが、ぽんと俺の背中を叩いた。


「今考えるのは“ちゃんと歩いてミルダ村に着く”まで。

 心の準備は道中でちょっとずつ」


「はいはい」


 それくらいの区切り方が、今の俺にはちょうどいい。


◇ ◇ ◇


 ラグナスから北東に半日ほど。

 街道から外れて、少し細い道を丘の向こうに抜けると──小さな村が見えてきた。


「ここがミルダ村か」


 畑と、木造の家が十数軒。

 村の背後には、問題の森がどっしり構えている。


 村の入り口で声をかけると、日焼けした中年の男が慌てて走ってきた。


「ラグナスのギルドの方か!? 本当に来てくれたのか……!」


 半分泣きそうな顔で、両手をがっしり握られる。


「はい。

 家畜と、人の行方不明の件で」


 ユイが一歩前に出て、柔らかい声で応じた。


「詳しくお話を聞かせてもらえますか?」


◇ ◇ ◇


 村の集会小屋で、状況を聞く。


 最初は鶏。次に羊。

 夜になると小さな足跡が現れて、森の方へ続いていること。


「最初は、ただの獣だと思ってたんだがな」


 男は顔をしかめる。


「だが、ここ数日は“嗤い声”を聞いたって奴が何人かいて……」


「嗤い声?」


「人みてぇなんだが、どこか違う、甲高い笑い声だ。

 暗ぇ森の方から、ケタケタって」


(完全にゴブリンだな)


 ゲームで聞いたことのあるような、記憶上の不快な効果音が頭の中で鳴る。


「人が消えたのは?」


 クレハが簡潔に尋ねた。


「畑帰りの娘でな。二十歳になったばかりだ。

 このあたりの道を歩いとったはずなんだが……」


 地図代わりの木板に、簡単な道筋が描かれる。


「この辺りで悲鳴を聞いたって奴がいる。

 慌てて駆けつけたが、足跡と荷物だけで……本人はどこにも」


 男の声が少し震えた。


「……まだ、生きてる可能性はあります」


 俺は、出来るだけ落ち着いて言う。


「ただ、“絶対助ける”とは言えません。

 それでも、巣を見つけて手を打つところまでは、全力でやります」


「ああ、それで十分だ……!」


 男は深く頭を下げた。


「せめて、あいつが“あのまま”どこかで……ってのだけは、勘弁してやりたい」


 言葉にされない部分が、逆に生々しい。


◇ ◇ ◇


 村は、冒険者に好意的だった。


 「これしかないが」とパンと干し肉を差し入れてくれる人もいたし、

 「森のこの辺には近づくな」と教えてくれる老人もいた。


 小屋を一つ借りて荷物を置いたあと、簡単に情報の整理。


「足跡が多かったの、この辺とこの辺」


 ユイが木板にバツ印をつける。


「行方不明になった娘さんを最後に見たのは、ここ」


「じゃあ、“通り道”はだいたいこのライン」


 俺は指で、村と森の境界をなぞった。


「森の縁を何度も往復して、その先に巣がある」


「うん」


 クレハが頷く。


「明日はこのラインを重点的に歩く。

 浅いゴブリンは倒す。

 でも、奥に行きすぎない」


「ロード級にご挨拶しない距離まで、ね」


 ユイが苦笑いする。


 夜は早めに切り上げて寝た……つもりだったが、やっぱり質は微妙だった。


◇ ◇ ◇


 翌朝、ミルダ村を少し外れたところで森が口を開けていた。


 濃い緑。

 土と湿った葉の匂い。

 鳥の鳴き声に、時々混ざる何かの気配。


「……空気が違う」


 ユイが、槍薙刀を少し握り直す。


 俺も、刀の柄に手を置いた。


「気配、いっぱい」


 クレハが目を細める。


「でも、近いのは少しだけ。

 奥に、ぐちゃっとした塊がある」


(巣だな)


 まだ今日いきなり突っ込むつもりはない。

 今は“縁”の様子見だ。


「とりあえず、足跡が多かったラインに沿って歩こう」


「うん」


 クレハ先頭、俺とユイが斜め後ろを守る形で、森に踏み込む。


◇ ◇ ◇


 森の中の獣道には、小さな足跡がいくつも重なっていた。


「身長……人の子どもくらい?」


「もう少し小さい」


 クレハがしゃがみ込んで、指先で輪郭をなぞる。


「指が長い。爪が尖ってる。

 人間じゃない」


「ゴブリン確定ってことね」


 ユイが苦く笑う。


 木の根の間から、変な骨が転がっている。

 鳥か小動物か……と一瞬思ったけれど、妙に折れ方がおかしい。


(噛み砕いてる……)


 胸の奥が、すぅっと冷える。


「……来る」


 クレハの耳がぴくりと動いた。


 息を潜める。


 次の瞬間──


「ギャギャッ!」


 茂みをかき分ける音とともに、甲高い声。


 緑がかった肌。

 人間の幼児と大差ない背丈。

 異様に長い腕と、ギラギラ光る目。


 ゴブリンが三匹、獣道に躍り出た。


「ヒヒ……ニンゲン、ニンゲン……」


 一匹がよだれを垂らしながら、ユイの足元を舐めるように見ている。


「メス、イル」「ツレテク、ツレテク!」


 ゲラゲラ笑いながら、下品な言葉を連発する。


(……うわ)


 見た目は、マジで「小さい人間」に近い。

 背丈も、頭の大きさも。


 だからこそ、目の奥にある“中身”とのギャップがきつい。


「秋人」


 クレハの小さな声が届いた。


 “線、覚えてる?”とでも言いたげな声だった。


 刀の柄を握り直し、一歩前へ。


「三匹。

 私、一匹。

 秋人、一匹。

 ユイ、一匹」


「了解」


「分かった」


 短いやり取りの直後。


「ギャアア!」


 ゴブリンの一匹が、顔を歪めて叫んだ。


 その後ろから、別のゴブリンが腕を振る。


 次の瞬間、小石が飛んできた。


「っと——!」


 咄嗟に、刀の鞘で弾く。

 ゴブリンの手には、まだいくつも小石。


(投石……!)


 臆病なくせに、小賢い。

 正面から突っ込んでくるだけじゃない。安全圏から嫌がらせしてくるタイプだ。


「ユイ!」


「分かってる!」


 ユイが一歩前に出て、槍薙刀の柄で次の石をはたき落とす。


「こっちばっか狙わないで!」


 その横を、もう一匹のゴブリンが素早く迂回してくる。


 狙いは後ろのクレハか、腰を狙った奇襲か。


(させねぇよ)


 間合いへ踏み込む。


 刀を抜き、低い位置からの一閃。

 ゴブリンの足首の少し上を狙う。


 柔らかい肉を断つ感触。

 小さい体が、前のめりに崩れた。


「ギャギャッ!?」


 悲鳴を上げながら、地面でのたうつ。

 それでも棍棒を振り上げようとする。


(ここで迷うな)


『ガキのゴブリンだろうが、迷わず殺せ』


 ドルガンの声が、頭の中で反芻される。


 こいつが今ここにいる理由は、一つだ。

 「奪うために」「食うために」「増えるために」森から出てきた。


 もしここで逃がしたら。

 数ヶ月後、もっとでかくなって、また誰かの家族の前に現れる。


「……っ!」


 刀を振り上げ、胸から腹にかけて斬り抜けた。


 ゴブリンの体がびくりと震え、そのまま動かなくなる。


 血の匂いが、一気に濃くなった。


 胃の奥が、きゅっと縮む。


(ガキ、だよな。見た目だけは)


 頭では理解している。

 でも、目に入る情報はどうしても「小さい人型」だ。


「“楽しい”って顔じゃない」


 横から、クレハの声。


「だから平気」


「顔見て判断すんな」


 思わず半笑いが漏れる。


 ユイの方を見ると、こちらも既に片がついていた。


「“霊槍”!」


 少し前に響いたユイの声が、まだ耳に残っている。


 ゴブリンの突進を柄で受け止め、そのまま心臓の少し横をきれいに突き抜いていた。


 ユイの表情は、真剣そのもの。

 血飛沫を浴びても、一瞬だけ眉を寄せただけで動揺は見せていない。


(……大丈夫そうだな)


 “楽しくなってきた”顔をしてたら、本気で止めないといけなかったけど、それはない。


「こっちも終わり」


 クレハの足元にも、喉を貫かれたゴブリン。


「一匹は逃げようとした。

 背中、刺した」


「逃がさない方がいいからな……」


 そこはもう、そういう世界のルールだ。


◇ ◇ ◇


 ゴブリンの死体を簡単に調べる。


「これ、人の服の布だね」


 ユイが一匹の腰紐から、布切れを引きちぎる。


 村で見た服と似た柄。

 多分、誰かのスカートかエプロンの一部だ。


「こっちは靴紐」


 クレハが別のゴブリンの足を指す。


「人間の靴紐、巻いてる。

 “戦利品”か、“目印”か」


「……悪趣味、にもほどがある」


 胸の中で、さっきまでの戸惑いとは別の種類の怒りがゆらりと立ち上がった。


(やっぱり、こいつらは“そっち側”なんだ)


 人の形に似ていても、中身は違う。

 “似ている”からといって、同じテーブルに乗せて考えちゃいけない。


「秋人」


「ん」


「今の、“線”どうなってる?」


「……“ゴブリンはゴブリン、人じゃない”って線は、前よりはっきりした気がする」


 刀を軽く振って血を払い、鞘に戻す。


「でも、“殺したからラッキー”とか、“楽しい”とかは、一ミリもない」


「それなら、セーフ」


 クレハはこくりと頷いた。


「“気持ち悪いけど、必要だからやる”のは、まだこっち側」


「その基準、けっこう信用してる自分がいるのが悔しい」


 でも、実際助かってる。


◇ ◇ ◇


 その後も、森の縁で何度か小さな交戦があった。


 投石や、木の上からの奇襲。

 罠の手前でじっとこちらの様子を窺い、ちょっとでも隙を見せると群がる。


「本当に、臆病なのに獰猛だね、ゴブリン」


 ユイが、倒れたゴブリンを見下ろして言った。


「自分より弱そうって思った瞬間だけ、すごく勇気出してくるタイプ」


「臆病と狡猾と獰猛のミックス」


 クレハが淡々とまとめる。


「里だと、“悪鬼童は見つけたら巣ごと燃やせ”の一文で終わりでもあっちには滅多に居ない」


「説明、雑だな里……」


 でも、今ならその雑な一文の重さも少し分かる気がする。


◇ ◇ ◇


 昼過ぎ。


 森の奥へ伸びる獣道の先で、クレハが足を止めた。


「……あった」


「巣か?」


「うん。

 臭いが違う」


 少し先に、山肌へとぽっかり開いた穴が見えた。


 岩と木の根が絡んだ、半自然・半人工みたいな入口。

 周りの土には、無数の小さな足跡。


 中から漂ってくるのは──汗と血と、腐った何かが混じった臭いだった。


「うわ……」


 思わず鼻をつまみたくなる。


「完全に“あいつらの家”って感じね」


 ユイも顔をしかめる。


「入口の足跡だけでも結構な数。

 中はもっといる」


「気配も多い」


 クレハが目を閉じる。


「さっきまで戦ってたのとは違う気配。

 上位種の匂いも、ちょっとだけする」


(ロードか、シャーマンか……)


 嫌な単語が頭をよぎる。


「……とりあえず、“巣の位置を特定する”までは達成だな」


 俺は息を吐いて、刀から手を離した。


 今日の目的はここまで。

 中に突っ込むのは、明日以降でいい。


「帰ろうか」


「うん。

 戻りながら、まだ外をうろついてる群れだけ片づける」


「帰り道も油断しない」


 三人で頷いて、巣に背を向ける。


 背後から、ギャッギャと甲高い笑い声がかすかに聞こえた。


(次にここへ来る時は……)


 ドルガンとリゼも一緒だ。


 その時、たぶん俺たちはBランク相当の戦いってやつを目の前で見ることになる。


 それまでの間は、俺たちは俺たちの役目をきっちりこなすだけだ。


 森を抜けるまでの帰り道、足元の土の感触は重かったけれど──

 胸の中の“線”だけは、さっきよりも少し、くっきりしていた。


つづく。

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