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第45話 ゴブリンは「人型の害獣」だ



 人身売買団のアジトを潰してから、数日が経った。


 俺たちはというと──


「はぁあああああ……」


 ギルド裏の空き地で、刀を振り回していた。


 汗が首筋を伝う。

 肩で息をしながら、最後の一撃を振り下ろしたところで、リゼ師匠がぱちぱちと手を叩いた。


「よし。

 “人相手に斬った後の剣”にしては、ちゃんと綺麗な軌道ね」


「その評価、褒め言葉でいいんですか……」


「褒め言葉。

 斬った後に“変に優しくなる”のが一番危ないから」


 リゼ師匠は、少しだけ真面目な顔になる。


「“斬らないで済むなら斬らない”のはいい。

 でも、“斬るべき時に斬れなくなる”のは、守る側としては失格だからね」


「……はい」


 あの夜の鉱山跡を思い出して、刀の柄を握り直す。


(守るために斬る)


 そうやって決めたばかりだ。

 なら、この決め事はちゃんと持ち歩かないといけない。


「ほら、ユイとクレハもこっち来なさい」


「え、私も?」


「私も?」


「当たり前でしょ」


 リゼ師匠は、ふたりをまとめて呼び寄せる。


「今日は“対人戦後のメンタルケア”のつもりだったけど、

 どうせすぐ次の仕事が来る。

 だったら、次に繋がる話もしといた方がいいわ」


「次の仕事って、もう決まってるんですか?」


「ゴブリン」


 リゼ師匠はあっさり言った。


「……あー」


 嫌なワードが出てきた。


「森の方の村から、被害報告が上がってきてる。

 ラグナス卿とボルグが今、ギルドで詳しい話してるわ」


「危険度は?」


「単体ならCランク、

 巣ごとならBランク相当、ってところね」


 つまり──

 「三人だけでどうにかするのは、まだギリギリ危ない」ラインだ。


「だから今日は、ドルガンも交えて“予習”する。

 ゴブリンは、人身売買団とは別方向の“ヤバさ”だからね」


 そこまで言ったところで、裏口の扉が開いた。


「おう。

 ゴブリンの話なら、俺の出番だな」


 ドルガンだった。


 いつも通り無駄のない足取りでこっちに歩いてきて、そのまま地面に腰を下ろす。


「座れ」


「はい」


「うん」


 俺たち三人も、円を作るように腰を下ろした。


◇ ◇ ◇


「先に言っとく」


 ドルガンは、最初から核心に触れる言い方をした。


「ゴブリンは“人に近い姿”をしてるが、“人間じゃねぇ”。

 ここを曖昧にするな」


「……“人に近いけど別物”ってことですよね」


「ああ」


 ドルガンは、指で地面にざっくりした図を描く。


「人間は、お前らみたいにな、

 “やるかやらねぇか”“守るために斬るかどうか”で悩む余地がある」


 そう言って、俺たちの顔を順番に見た。


「ゴブリンには、それがない。

 “腹減った”か、“増えてぇ”か、“奪いてぇ”しかねぇ」


「……」


「人身売買団は、“選んで”クソになった奴らだ。

 だから、殺すか殺さねぇかで迷う余地がある」


 鉱山跡でのあいつらの顔が浮かぶ。

 胸の奥に、まだ重い感触が残っていた。


「ゴブリンは、“生き物の仕組みとして”敵側にいる。

 そこに善悪はねぇ。ただ、“人類と相容れない”ってだけだ」


「……つまり、“向こう側に落ちた人間”と、“最初から向こう側の種族”の違い」


 ユイが、静かにまとめる。


「そうだ」


 ドルガンは頷いた。


「どっちも確かに“敵”だが、線の引き方が違う。

 人間相手なら、“殺さないで済むなら殺さない”って選択肢が残る」


「ゴブリンは?」


「ねぇ」


 即答だった。


「群れで動く。

 繁殖力が高い。

 女や子どもを攫って繁殖に使う。

 放っときゃ、すぐ“巣”になる」


 言い方は淡々としているのに、内容がきつい。


「一匹逃がしゃ、数ヶ月後には十匹になる。

 巣一つ潰し損ねりゃ、やがて村が一つなくなる」


「……」


「だから覚えとけ」


 ドルガンの目が、わずかに鋭くなる。


「ガキのゴブリンだろうが、迷わず殺せ」


 喉が、ごくりと鳴った。


「“見た目が人の子どもに近いから”って手を止めたら──

 そのガキが大きくなって、また人のガキを攫いに来る」


 地面の図に、もう一本線が引かれる。


「人間相手の時と、同じ感覚を持ち込むな。

 ゴブリンは“害獣”だ。

 人にとっての蚊やネズミと同じ。……ただし、“一回の被害が致命的に重い”害獣だ」


「……はい」


 言葉はきついけれど、分かりやすい。


(人身売買団は、“選んでクソになった人間”

 ゴブリンは、“生き物の仕組みで最初から人の敵”)


 同じ“敵”だけど、扱いが違う。

 そういう話だ。


「クレハ」


「うん」


「里じゃ、どう習った」


「“悪鬼童は見つけたら巣ごと潰せ。

 卵でも、幼体でも、全部燃やせ。

 迷うな。迷うくらいなら近づくな”」


 クレハは、里の教本でも読み上げるみたいに淡々と言った。


「……あんまり、深く考えたことなかった。

 “そういうもの”って言われて、そういうものだと思ってた」


「この国でも基本は同じだ」


 ドルガンが頷く。


「ただ、お前らの国では人間相手に迷う感覚”を知ってる。

 だから余計、ゴブリン相手に戸惑うかもしれん」


「“人に似ているから”ですよね」


 俺は、前世で遊んだゲームのことを思い出す。


 画面の向こうのゴブリンを斬るのは、何とも思わなかった。

 でも、実際に目の前に“人型サイズの生き物”がいたら、話は別だ。


「似てるだけだ。

 言葉を少し真似することはあっても、“人”じゃねぇ」


 ドルガンは断言した。


「小賢しくて、狡猾で、古汚くて臆病なくせに、追い詰められると獰猛になる。

 “楽して勝てる相手”には群がるが、強い相手と見るとすぐ逃げる」

女子供なんか繁殖道具のおもちゃ扱いだ。



「……嫌なタイプですね」


「嫌われるために生きてるような連中だ」


 ドルガンの口元が、少しだけ歪む。


「だから、今回の依頼で一番先に教わるのは“ゴブリンを人間と同じ土俵に上げるな”ってことだ」


「……分かりました」


「うん」


「了解」


 三人で頷く。


「でも、だからといって、“殺すの楽しい〜!”って顔し始めたら即アウトだからね?」


 横から、リゼ師匠がさらっと釘を刺してきた。


「そこは絶対勘違いしないように」


「それはしませんって」


「しないで」


「しない」


 そこだけは、全員即答だった。


◇ ◇ ◇


 裏庭での“事前講義”が終わったころ、ギルドの扉からボルグさんが顔を出した。


「おーい。

 ゴブリン講習会は終わったか?」


「内容は合格点」


 リゼ師匠が肩をすくめる。


「“ガキのゴブリンも殺せ”までちゃんと話した?」


「ああ」


「それなら、もう中で依頼の説明でいいわね」


「……物騒な確認しますね、師匠」


「一番大事なとこよ?」


 たしかに、一番“線をずらされやすい”部分だ。


「よし。中で詳しい話だ」


 ボルグさんに促されて、俺たちはギルドの会議室へ向かった。


◇ ◇ ◇


 丸テーブルの上に、簡易な地図が広げられていた。


 ラグナスの街から、北東に少し行ったところ。

 小さな村と、その近くの森が印されている。


「ここ最近、北東の村“ミルダ”からゴブリン被害の報告が増えている」


 ボルグさんが、指で地図をなぞる。


「最初は家畜、次に荷馬車。

 今週に入ってからは、人が一人行方不明になった」


「……人、ですか」


「ああ。

 畑の帰りに森の外れで姿を消した女だ」


 空気が、少し重くなる。


「ゴブリンと決まったわけじゃねぇが、足跡や痕跡からして、可能性は高い」


「間に合うと思います?」


 ユイが真剣な顔で聞いた。


「分からん」


 ボルグさんは正直に答えた。


「だが、“まだ生きている可能性があるなら、全力で動く価値はある”」


 鉱山跡の時と、同じ言い方だった。


「今回の君たちの役目は三つ」


 ボルグさんが、指を三本立てる。


「一つ。

 ミルダ村で状況を聞き取り、“本当にゴブリンかどうか”の確認」


「はい」


「二つ。

 森に入り、ゴブリンの巣の位置を特定する。

 出来れば浅い層のゴブリンは駆除して構わん」


「“出来れば”ってことは……」


「深入りするなってことだ」


 ボルグさんは、目を細める。


「三つ。

 巣の規模と、上位種の有無を確認したら、必ず一度戻って報告しろ。

 “自分たちだけでどうにかしよう”とするな」


「上位種って、ゴブリンロードとか?」


 俺が聞くと、ボルグさんは頷いた。


「ロード、キング、シャーマン、ナイト……呼び方はいろいろある。

 だが、“群れをまとめる頭”がいる群れは、Bランク案件だ」


「三人だけじゃ荷が重い、ってことですね」


「そうだ」


 ボルグさんの視線が、俺たちを順番に舐める。


「お前らは今、Dランク上位。

 Cランク相当なら、工夫してギリギリ何とかなるくらいには来てる」


「でも、Bはまだ無理」


 ユイが先に言った。


「“一歩間違えたら死ぬ”なら、今回は素直に引きます」


「そうしろ」


 ボルグさんが力強く頷く。


「今回は俺と騎士団、それに──」


「私とドルガンも行くわ」


 リゼ師匠がひょいっと手を挙げた。


「“ロード級”が出るなら、上が一回ちゃんと叩いておいた方がいいしね」


「……最初から“Bランク案件の現場見学”前提ってことですか」


「そう」


 リゼ師匠は、さらっと言う。


「前回は“人間相手のBランク案件”を経験した。

 今度は“魔物相手のBランク案件”。

 両方知っておいた方が、今後の線引きが楽になるわ」


「線引き……」


 さっき聞いたばかりの言葉が、また頭に浮かんだ。


「だから最初から言っとく」


 ドルガンが口を開く。


「ゴブリンの巣で、“ガキ”を見つけても、一瞬たりとも迷うな」


「……はい」


「迷いそうなら、そいつには近づくな。

 俺かリゼに回せ」


 それは、“逃げるな”と同時に“無理はするな”という意味でもあった。


「分かった?」


「うん」


「はい」


「了解です」


 三人で返事をする。


◇ ◇ ◇


「出発は明日だ」


 ボルグさんが締めくくる。


「今日は休め。

 必要なら簡単な対ゴブリン訓練はしてやるが、無理に詰め込むな」


「……“寝ろ”ってことですね」


「そうだ」


 人身売買団の時と同じ結論に、思わず笑いそうになる。


「行きは一日。

 ミルダ村で一泊して、翌日に森に入る。

 準備は各自でしておけ」


「はい」


 会議が終わり、部屋を出たところで──


「秋人」


 ドルガンが、後ろから俺を呼び止めた。


「なんですか」


「さっきの話、もう一度だけ言っとく」


 ドルガンは、真っ直ぐな目で俺を見た。


「ゴブリンは“人の形をした人間”じゃねぇ。

 “人の形をした害獣”だ」


「……はい」


「人間相手に迷うのはいい。

 ガキのゴブリンに迷うな。

 そこを混ぜると、お前の中の線がぐちゃぐちゃになる」


「混ぜないようにします」


「それでも、迷ったら」


 ドルガンは、少しだけ口元を歪めた。


「迷ってる顔した瞬間、俺が横からぶった斬る」


「……それはそれで安心ですけど怖いですね」


「安心して怖がっとけ」


 そう言って、ドルガンはいつものようにさっさと歩き去っていった。


◇ ◇ ◇


「どうだった?」


 ギルドのホールに戻ると、ユイとクレハが待っていた。


「“ガキのゴブリンは迷わず殺せ”って、二回目言われた」


「それは大事」


「里もそう言ってた」


 ふたりが当たり前のように頷く。


(……そういう世界なんだよな)


 人に似た形をしていても、種としては“敵”。


 その現実を、ちゃんと飲み込まないといけない。


 でも──


「人間相手には、やっぱり毎回迷うけどね」


 ユイがぽつりと言った。


「それはそれでいいと思う」


「うん。

 “ゴブリンを人間扱いしない”のと同時に、“人間をゴブリン扱いしない”って決める」


 クレハの言い方は相変わらずちょっと極端だけど、言いたいことは分かる。


「それなら、線はずれない気がする」


「……それ、採用」


 思わず笑った。


「じゃあ明日から、“人に似てるけど別物な連中”を叩きに行くわけだ」


「うん。

 小賢しくて狡猾で臆病で獰猛な、害獣」


「……形容の仕方が完璧なんだよなぁ」


 気が重くないと言えば嘘になる。

 でも、鉱山跡の時みたいな“ぐちゃぐちゃの迷い方”には、たぶんならない。


(ゴブリンは、人じゃない)


 その線を胸に刻みながら──

 俺たちは次の日に向けて、静かに準備を始めた。


つづく。

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