第41話 準備の日──槍薙刀と影装束と、アジトへの地図
翌朝。
ラグナスの城門をくぐった瞬間、街のいつものざわめきが妙に安心感をくれた。
「ただいま、って感じするね」
ユイが、少しだけ息を吐いて笑う。
「まだ何も解決してないけどな」
「それでも、“戻ってこれた”って事実は大事なんだよ」
言われてみればそうだ。
血の跡を見たあとで野営して、一晩寝て、それでも全員で街に入れている。
それは確かに、第一優先の「自分たちが生きて帰る」を達成したということだ。
「まずギルド。
そのあと、タツミ」
「槍と装備の受け取りだね」
「……楽しみ」
クレハの声が、いつもより少しだけ明るかった。
◇ ◇ ◇
ギルドに顔を出すと、カウンターのミリアがぱっと顔を上げた。
「おかえり! 全員無事ね!」
「ただいま戻りました」
「見たんでしょ、“現場”」
ミリアの声が少しだけ柔らかくなる。
「顔、ちょっと青いけど……目はちゃんと前向いてるから大丈夫そうだね」
「青いって言われた」
「実際、気持ち悪かったから否定できない」
苦笑いしながら、簡単に昨日のことを報告する。
荷車。
血の跡。
引きずられた足。
そして、丘からこちらを見ていた“見張り”。
「ドルガンさんたちは?」
「もう戻ってる。
ボルグさんと一緒に奥の部屋」
ミリアは顎で指し示した。
「報告終わったら、ちゃんと何か食べなよ。
固形物が無理なら、スープだけでも」
「……はい」
昨日よりマシとはいえ、胃がまだ本調子ではないのを自覚していた。
◇ ◇ ◇
会議室に入ると、ドルガンとボルグさん、それにエルナとリゼ師匠がいた。
「戻ったか」
ボルグさんが腕を組んだまま言う。
「どうだった、ガキども。
顔色、悪くねぇか?」
「いや、悪いって言われました」
「でも、たぶん普通に動けます」
そこは強がりではなく、実感だった。
吐きはしなかったし、夜も一応眠れている。
「……ならいい」
ボルグさんは短く頷き、ドルガンに視線を投げた。
「お前の方の報告だ」
「ああ」
ドルガンは椅子の背にもたれたまま、淡々と話し始めた。
「見張り一人、尻尾踏んだ。
街道から北東の丘を越えて、獣道へ。
そこから、谷沿いに二時間」
「結構歩くな」
「盗賊団のアジトなんざ、そう簡単に見つかる場所にゃ作らねぇ」
地図の一角に印がつけられていく。
「古い鉱山跡だ。
入口は潰してあるが、脇から入れる」
「脇?」
「崩したフリして残してる穴だな。
“知ってる奴だけ通れる”ようにしてる」
いかにも盗賊団らしい隠れ場所だ。
「人数は?」
「はっきりは分からん。
見張り、入口近く、奥から聞こえる声。
ざっと見て十数人以上」
「“十数人以上”……」
俺たちのパーティと騎士団を合わせても、油断できる数じゃない。
「中に、“檻”がある」
ドルガンの声が低くなる。
「中身は、動く人影。
子どももいる。
女もいる」
拳が、無意識に握り締められた。
「声までは聞き取れねぇが、
“売り物”って単語だけははっきり聞こえた」
ユイの顔が、きゅっとこわばる。
「……いつ?」
「“いつ売るか”って話は、まだ決まってねぇようだった。
ただ、ここ数日中に動く気配はある」
「じゃあ、こっちも急がないとですね」
エルナが真剣な顔で頷く。
「夜襲か?」
「そうだな」
ボルグさんが腕を組む。
「鉱山跡なら、日中は外が見える。
夜の方が、内部の灯りで“向こうの位置”が分かる」
「人質がいる状況での夜襲……」
リゼ師匠が、少しだけ口元に指を当てる。
「入口で暴れすぎると、中で慌てて人質に手を出す可能性もあるわね」
「だから二手に分かれる」
ボルグさんの視線が、俺たちに向いた。
「正面から騎士団と冒険者数名。
裏から、少人数で潜入して檻の周囲を押さえる」
「裏から、って……」
「鉱山跡の換気用の穴。
ドルガンが見つけてる」
ドルガンが地図の一点を指で突いた。
「狭い。
通れるのは三人までだな」
狭い通路に入る人選は、ほぼ決まっていた。
速く動けて、静かで、ある程度戦える──
「紅葉」
「うん」
「お前は確定だ」
「分かった」
「あと二人」
ドルガンの視線が、俺とユイを交互に見た。
「秋人は、足どうだ。狭いところ、動けるか」
「実家の物置でよく遊んでたくらいには大丈夫です」
「どこの基準だよ」
思わずセルフツッコミしてしまったが、ドルガンは特に気にしない。
「刀は、逆に邪魔かもしれん。
だが、“止め”役は一人は必要だ」
狭い通路で刀を抜くイメージを頭の中でシミュレーションする。
(振り回すんじゃなくて、突きと短い斬りつけ。
それなら……)
「やれます」
俺はそう答えた。
「ユイは、どうする?」
リゼ師匠が口を挟む。
「潜入側に行くこと自体は出来るでしょうけど」
「……私は、正面でいいと思います」
ユイははっきりと言った。
「“守護の加護”でまとめて守れるのは、広い方。
入口で騎士団や冒険者を守る役をやります」
それは、彼女なりの“線引き”だったのだと思う。
狭い通路では、加護を広く展開しにくい。
だったら──
「前で受け止めて、後ろで救う。
そういう形にしましょう」
「……いい判断だ」
ボルグさんが頷いた。
「潜入は、ドルガン、紅葉、秋人の三人。
正面は俺とユイ、それにカイル、セラ、騎士団」
「あとは、俺が裏と表を繋ぐ」
リゼ師匠が軽く手を挙げる。
「魔法で合図を送るくらいは出来るわよ」
「エルナは後方支援。
人質と、負傷者の治療だ」
「はい」
大まかな役割が決まっていく。
(潜入組、か)
俺は自分の胸の鼓動を聞きながら、刀の柄にそっと触れた。
(檻の近くで戦うことになるのは、多分そっち側だよな)
人質のすぐそばで、人を相手に刃を振るうかもしれない。
喉が、少しだけ乾いた。
◇ ◇ ◇
「その前に、装備を整えろ」
ボルグさんが締めくくる。
「夜まで時間はある。
タツミのところに行ってこい」
「はい」
会議室を出ると、ユイがちらっと俺を見た。
「……秋人くん」
「ん」
「潜入側に行くの、怖くない?」
「怖いよ」
即答した。
「でも、“怖いから行かない”って言ったら、クレハ一人で行くことになりそうだしな」
「それはダメ」
クレハが食い気味に否定した。
「一人はやだ」
「だから、行く」
そう言ったら、ユイがほんの少しだけ眉を下げて笑った。
「……うん。
その代わり、戻ってくる約束して」
「それは、こっちのセリフでもあるけどな」
「じゃあ、お互いに約束」
ごく自然に、右手と右手が軽くぶつかり合った。
その光景を、クレハがじっと見ていた。
「……私も戻る」
「当たり前だろ」
「当たり前って言ってくれるの、ちょっと嬉しい」
ほんの少しだけ、クレハの頬が緩んだ。
◇ ◇ ◇
タツミの工房を訪ねると、炉の前で火花が上がるのが見えた。
コンコン、と扉を叩く。
「……入れ」
いつもの低い声。
中に入ると、作業台の上に見慣れない槍と、見慣れない軽装が置かれていた。
「来たか」
タツミがハンマーを置く。
「ユイ」
「はい」
「持て」
促されて、ユイが新しい槍を手に取った。
先端には、鋭い槍のポイント。
その少し下から、片刃の幅広い刃が、ほんの僅かにカーブしながら伸びている。
「……」
ユイは何も言わず、槍を構えた。
一歩、前。
腰を落とす。
上段から振り下ろす──のではなく、横に払う。
その動きは、まさに“薙刀”だった。
槍先が、空気を切る音を立てる。
「どうだ」
「……体の方が先に動きました」
ユイが、少し驚いたように笑う。
「“槍”じゃなくて、“薙刀”の方の型が、自然に出てくる」
「穂先がそういう形だ」
タツミが淡々と言う。
「先端は刺す。
その少し下は斬る。
柄で払う」
短い説明。だが、それで十分だった。
「霊槍の力、乗せてみろ」
「……分かりました」
ユイが静かに目を閉じる。
次の瞬間、槍の刃が、淡い光を帯びた。
ただの金属ではない“何か”がそこに宿っているのが分かる。
「……うん。
“霊槍薙刀”って名前が、今までよりしっくり来る」
ユイが、少し照れたように笑った。
「ありがとう、タツミさん」
「仕事だ」
それだけ言って、タツミは視線をクレハに移した。
「紅葉」
「はい」
「着ろ」
作業台の上の軽装を顎で示す。
今までより、色味が少しだけ深い灰色になっている。
布の内側には、薄い甲殻の板が何枚か縫い込まれていた。
クレハは無言で軽装を手に取り、工房の隅で手早く着替えた。
戻ってくると──
見慣れたシルエットなのに、どこか“影が濃く”なって見えた。
「どう?」
「……動き、変わらない」
クレハが軽く跳ねてみせる。
床に足が付く音が、ほとんどしない。
「重さは?」
「ちょっとだけ。でも、すぐ慣れる」
鎧特有の“ガチャガチャ感”が一切ない。
それでいて、肩と胸のあたりにはうっすらと“守られている”感覚がある。
「斬られた時、少しマシになる。
それだけだ」
タツミが短く言う。
「過信するな。
入った刃は、普通に痛い」
「……うん」
クレハは真面目に頷いた。
タツミの視線が、最後に俺に向く。
「刀は問題ないか」
「はい。
何度か素振りしましたけど、手にも腰にもちゃんと馴染んでます」
「振り回すなよ」
「はい」
今日は何度目か分からない念押しだ。
でも、そのくらい言われてちょうどいい。
「で」
タツミが一度だけ息を吐く。
「今夜、だろ」
「……はい」
「鉱山の件、聞いてる」
「情報早いですね」
「リナが喋る」
情報源の幅がじわじわ広がっている。
「生きて帰ってこい」
短い言葉。
けれど、鍛冶師が冒険者に言える最大限の願いだと思った。
「“戻ってきた奴”の装備を、俺は作る」
「……はい。
戻ってきて、またここに持ってきます」
「そうしろ」
それで話は終わり。
タツミは再びハンマーを手に取った。
炉の火が、俺たちの背中を押すように熱かった。
◇ ◇ ◇
夕方。
ギルドに再集合したときには、全員の装備が“本番仕様”になっていた。
ユイは槍薙刀を背負い、腰には弓。
クレハは、影のような軽装に新しいナイフを複数仕込んでいる。
俺は、刀を腰に、いつもの革鎧を身につけた。
「いい目だ」
ボルグさんが、全員を一度見渡して言った。
「怖がってる目じゃねぇ。
ビビりながらも、“前に進む”目だ」
褒められてるのか脅されてるのか分からないけど、多分前者だ。
「出発は日が落ちてから。
鉱山跡に着く頃には、夜の真っ只中だ」
「現地までの道は、前回と同じですか?」
「途中まではな。
そこから先は、ドルガン先導だ」
ドルガンが頷く。
「今日が、“人を相手に刀を抜くかもしれない日”だ」
リゼ師匠が、俺の方を見る。
「怖い?」
「めちゃくちゃ怖いです」
即答した。
「でも、“何もしないで怖がってるだけ”の方がたぶん嫌です」
「ふふん」
リゼ師匠は、満足そうに笑った。
「じゃ、行きましょ」
ギルドの扉が、夜風とともに開く。
街の灯りを背に、俺たちは暗くなり始めた道へと歩き出した。
刀の重さ。
槍薙刀のしなり。
影に溶ける軽装の感触。
全部を確かめながら、一歩、また一歩と。
(今日、俺は、“どこまで斬るか”を決めることになるのかもしれない)
そう思うと、胸の奥がきゅっと痛んだ。
けれど──
あの血の跡と引きずられた足を思い出すと、足は自然と前に出ていた。
守るために斬る。
殺しを好きにはならない。
ドルガンの言葉を、何度も心の中でなぞりながら。
俺たちは、人身売買盗賊団のアジトへと向かった。
つづく。




