第4話 とりあえず剣が欲しい
「……とりあえずさ」
紅葉の偵察待ちながら、俺は木に背中を預けて座り込んだ。
「武器欲しいよなぁ。ちゃんとしたやつ。剣とか」
手元の木刀を見る。
さっきまでの俺なら、木刀でも十分だった。
でも、さっきのフォレストウルフとやり合ったせいでよく分かった。
(これ、本気で噛みつかれたら折れるやつだ)
現代日本の稽古用だから当然なんだけどさ。
「剣かぁ」
結衣が俺の隣に腰を下ろした。
足を投げ出して、空を仰ぐ。
「秋人くん、やっぱり刀っぽいのがいい?」
「そりゃ剣と魔法の世界って言ったら“剣士”と“魔法使い”の二択だろ。
俺、どっちもやりたいからずっと悩んでたんだよなぁ」
「欲張り?」
「夢は大きく」
冗談みたいに言いながらも、心のどこかではかなり本気だった。
この世界には、本物の魔物がいて、魔法があって、ステータス画面まである。
なら──剣だって、本物を振り回したい。
「結衣は、どうするんだ?」
「私は……」
結衣は、自分の手を見下ろした。
「本当は薙刀がいいけどね。さすがに、この世界に“薙刀ください”って言って通じるか分からないし」
「槍とかなら、ワンチャンあるんじゃない?」
「そうだね。柄の長い武器なら、なんとかなりそう」
結衣の薙刀さばきは、正直、俺よりよっぽど様になっている。
長物を持たせたときの安定感がすごい。
「結衣に軽いロングスピアとか持たせたら絶対強いよな……」
「なにそれ、ちょっと楽しそうなこと言ってる」
くすっと笑う結衣。
こっちのテンションが少し上がると、向こうも連動して上がる感じがして、ちょっと安心する。
「紅葉はどうするんだろうな。素手であれだけ強いし」
「そこなんだけどね、秋人くん」
結衣が、じとっとした目で俺を見る。
「山城さん、絶対もう何かしら持ってると思う」
「え?」
「さっきの動き。完全に“丸腰”の動きじゃないもん。
あれ、いつでもどこからでも何か出せる人の構え方だよ」
「そんなこと分かるの?」
「武道してるとなんとなくね」
結衣は、少しだけ身を乗り出して囁いた。
「秋人くん。ジャージって、隠しポケット作り放題なんだよ?」
「やめろ、想像し始めたらキリないやつだそれ」
その時だった。
「──戻った」
頭上から声が降ってきた。
見上げると、大きめの木の枝の上に、紅葉がちょこんと座っていた。
「いつの間にそこに……」
「さっきから、いた」
「気配なさすぎんだろ」
木からするすると降りてくる紅葉。
地面に降り立つと、土埃一つ上がらない。忍者ってレベルじゃない。
「どうだった?」
結衣が尋ねると、紅葉は指を二本立てた。
「二つ、分かった」
「お、情報」
一応、俺もそれなりに真面目モードに切り替える。
「北のほう。森を抜けた先に、煙が見えた。細い、たくさん」
「煙突……かな?」
「たぶん。村か、町」
心底ほっとする単語だった。
(よかった……マジで完全未開の地とかじゃないんだ)
「もうひとつは?」
「東のほう。森の奥。焚き火の煙と、鉄の匂いがした」
「鉄?」
「血と、汗と、鉄の道具の匂い。多分、人間」
結衣が、きゅっと表情を引き締めた。
「どっちかっていうと、村より先にそれ、確認した方がよさそうだね」
「そう?」
「秋人くん。森の中で焚き火してて、血と鉄の匂いって、だいたい──」
結衣は、木の根っこを指でなぞりながら言った。
「狩人か、冒険者か、盗賊か。三択だよ」
「3つ目だけ外れろ」
俺は即答した。
盗賊パーティにいきなり遭遇とか、さすがに初日からヘビーすぎる。
紅葉が、少しだけ考え込む。
それから、俺に視線を向けた。
「……武器、欲しい?」
「はい欲しいです」
即答した。
「ちゃんとした剣、持ってみたい。木刀じゃなくて」
「結衣も?」
「できれば長物がいいかな。槍か、棒でもいいけど」
二人の答えを聞いて、紅葉はこくりと頷く。
「じゃあ、少しだけ東に寄り道」
「やっぱ行くんだ、そっち」
「もし、悪い人たちだったら」
紅葉の目が、すっと細くなる。
「武器、もらって帰ればいい」
「言い方が物騒なんだよなぁ」
でも、現実的だった。
誰かから買うにしても、まずはお金がいる。
この世界の通貨単位すら知らない今、交渉するのは無理ゲーだ。
(……ごめん、見知らぬ誰か。悪い人であってくれ)
心の中で最低な祈りをしつつ、俺たちは東へ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
しばらく森の中を歩いていると、確かに匂いが変わってきた。
煙の匂い。
それと、肉の焼ける匂い。
金属の匂いも、ほんのり。
(バーベキューなら平和なんだけど)
木々の間から、ちらちらと炎の光が見える。
紅葉が、ぴたりと足を止めた。
「ここから先、私が見る」
声を潜める。
「二人は、ここで待ってて」
「一人で大丈夫?」
「大丈夫。一人の方が、見つかりにくい」
そう言うと、紅葉は地面にしゃがみ込んだ。
影が伸びる。
木々の影、石の影、俺たちの影。
その中のひとつに、紅葉の足がすっと溶け込んだ。
「……っ」
目をこすったけど、錯覚じゃない。
紅葉の身体が、影に沈んでいく。
あっという間に、地面から上半身だけになって、最後は頭まで消えた。
「え、なに今の」
「スキルだね」
結衣が、ステータス画面をちらっと見る。
「《影走り》。説明、“影を媒介にした短距離移動”って書いてある」
「想像以上にそのまんまの能力だった」
ゲームだったら、即採用レベルの便利スキルだ。
数分。
風の音と、遠くの笑い声だけが聞こえる時間が続いた。
やがて──足元の影が、ふくらむように揺れた。
そこから、紅葉がぬるっと出てくる。
「ただいま」
「おかえり!?」
「……どうだった?」
俺と結衣が同時に聞く。
紅葉は、いつもの調子で淡々と答えた。
「四人。男。たぶん、冒険者」
「盗賊じゃなさそう?」
「服装はバラバラ。武器も、剣と斧と槍。焚き火囲んで、肉食べてた」
「普通にパーティだね、それ」
「盗賊の可能性は?」
「荷物の置き方が雑じゃない。見張りも一人、ちゃんと立ってた」
紅葉の分析力が地味に頼もしすぎる。
「でも──」
そこで、紅葉の目が少しだけ鋭くなった。
「装備、ボロボロ。剣、刃こぼれ多い。槍、折れかけ。盾、穴空いてる」
「……それはそれで不穏だな」
結衣が眉を寄せた。
「強い魔物か、何かと戦って、ボロボロになったあとってこと?」
「多分」
紅葉はこくりと頷く。
「あと──」
少しだけ言いにくそうに、前置きしてから続けた。
「腰に、マナポーション。多分、高い」
「それは盗らないであげような?」
つい前のめりで釘を刺す。
紅葉は、きょとんとした顔で首を傾げた。
「盗らない。ちゃんと、“取引”する」
「……取引?」
「秋人の魔法、見てもらう。結衣の戦い方も。多分、それだけで価値ある」
なるほど、そうきたか。
俺たちにとっては初めての“冒険者的な出会い”だけど、向こうからしたら「変な三人組」だ。
木刀とジャージと道着。
異世界の住民から見たら、間違いなく怪しい。
「ちゃんと名乗って、普通に話せる相手か試してみて、それからだね」
結衣が言う。
俺も頷く。
女神の世界で生きるって決めた以上、最初の“人間との接触”は失敗したくない。
俺は木刀を握り直した。
「じゃ、とりあえず──」
深呼吸する。
「“この世界の人間”に、挨拶しに行きますか」
「剣、もらえるといいね」
「物騒な前提で話進めるな」
そう突っ込みながらも、心のどこかで期待している。
ちゃんとした鉄の剣。
結衣用の槍か、棒。
紅葉用の……まあ、暗器はもう持ってそうなんだけど。
「そういえば紅葉さ」
歩き出しながら、ふと思い出して聞いてみた。
「今、武器ってなに持ってんの?」
紅葉は、当たり前みたいに答えた。
「小太刀一本、短剣二本、苦無六本、手裏剣十六枚。煙玉五つ、閃光玉二つ、ワイヤー二巻き。あと、毒針少し」
「フル装備じゃねえか!!」
俺と結衣の声が見事にハモった。
「どこにそんなに入ってるの!?」
「ポケット」
「ポケットの意味とは」
ジャージのどこにそんな収納スペースがあるのか、真剣に謎だ。
結衣が、じとっとした目で紅葉のジャージを眺める。
「ねえ紅葉さん。今度、収納の位置、女子だけにこっそり教えて」
「いいよ」
「ズルい女子会するな!」
俺だけ情報からハブられている理不尽に文句を言いながらも、
心のどこかではちょっと安心していた。
この世界がどれだけやばくても。
こいつらと一緒なら、なんとかなるかもしれない。
そんな予感が、少しだけ強くなっていた。
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