第39話 対人戦の線引きと、初めての刀
ギルドに戻ると、すぐに会議室へ通された。
顔ぶれは、ちょっとした小隊レベルだ。
ボルグさん、ドルガン、エルナ、リゼ師匠。
カイル、セラ、ノア、それに見知らぬベテラン冒険者が数人。
いつもの騒がしい酒場と違って、ここだけ空気が少し硬い。
「よし、全員揃ったな」
ボルグさんが腕を組んで、室内をぐるっと見渡した。
「領主ラグナス卿からの正式依頼だ。
対象は、“人身売買を生業にしている盗賊団”。
目的は──」
「出来る限り、生かして捕えること」
エルナが静かに引き取る。
「ただし、“あなた方自身の命を犠牲にしてまで”とは言われていません。
まず第一に、自分と仲間の安全を最優先してください」
その言い回しは、領主館で聞いた言葉と同じだ。
でも、ここにいるのは冒険者たち。
ボルグさんは、もう少し違う角度から続けた。
「魔物と違って、相手は人間だ。
痛みを感じる。血も流す。悲鳴もあげる」
無駄に飾らない言い方が、逆に重い。
「見てられねぇと思ったら、ちょっとその場を離れて深呼吸しろ。
“これは無理だ”って思ったら、素直に引け。
いいな、ガキども」
最後の一言は、確実に俺たち三人に向いていた。
「はい」
素直に返事をする。
その横で、ドルガンが壁にもたれたまま口を開いた。
「……で、“殺さず捕えろ”って話だがな」
低く、渋い声。
「これは、“出来ればそうしろ”って話であって、“絶対に殺すな”って意味じゃねぇ」
いきなり核心から入ってきた。
「……“絶対”じゃないんですね?」
俺が思わず聞き返すと、ドルガンは鼻を鳴らした。
「当たり前だ。
相手が本気でお前らを殺しに来てる時に、“相手の命が〜”なんて言ってたら──死ぬのはお前らだ」
さらっと物騒なことを言う。
「いいか、ガキども」
指を三本立てる。
「一つ。
自分と仲間が生きて帰ること。
これが最優先だ。これを外したら話にならん」
一本を折る。
「二つ。
守るべき人間を守ること。
今回は人質だな。
こいつらに傷が入るくらいなら、犯人の骨の一本二本折っとけ」
さらに一本。
「三つ。
その上で、出来る限り生かして捕えろ。
情報は金になるし、“裁く仕事”は領主と街の役目だ」
最後の一本を折って、こちらを見る。
「この順番を間違えるな」
ユイが、真剣な顔で手を握った。
「じゃあ……“捕縛優先”っていうのは、“自分たちが安全な範囲で”ってことなんですね」
「そういうこった。
“優先”と“絶対”を一緒くたにするな」
ドルガンは足を組み替えた。
「──それと、もう一つ」
さっきより、ほんの少しだけ声のトーンが落ちる。
「根っからのクズは存在する。
人を物としか見てねぇ連中も、本当にいる」
盗賊団のアジトで耳にするであろう会話が、想像できてしまう。
「そういう奴を斬る覚悟は持て。
だがな」
鋭い視線が、俺たちを貫いた。
「殺しを好きになるな。」
部屋の空気が、少しだけ冷たくなった気がした。
「嬲り殺しも、明らかに勝負がついてる相手をいたぶるのも、
そいつと同じ穴のムジナになるってことだ」
クレハが、膝の上で指を組む。
「……“殺す覚悟”は持て。でも、“殺すのが好き”にはなるな、ってこと?」
「そうだ。忍びのガキは呑み込みが早ぇな」
ドルガンは僅かに口元をゆがめた。
「“守るために斬る”。ここまでだ。
“面白いから斬る・気持ちいいから殴る”。
ここから先は、敵側の世界だ」
ユイが、喉を鳴らす。
「境界線を、はっきり意識しておけってことですね」
「ああ。
足を突っ込んじまったら、そう簡単に戻ってこられねぇ場所だ」
──重い話だ。
でも、必要な話だとも思った。
(ゲームだと、“悪人”ってラベル付きで出てきて、悩まず斬れたけどな)
現実は、そんなに親切じゃない。
「……分かりました」
俺は小さく息を吸って、頷いた。
「自分たちと、人質を第一に守って、
その上で出来る限り捕える。
でも、死ぬくらいなら斬る覚悟だけは持っておきます」
「うん」
「うん」
ユイとクレハも、横で頷いた。
「よし」
ボルグさんが、少しだけ表情を緩める。
「細かい作戦は、このあと地図を使って詰める。
その前に──装備の見直しだ」
「装備?」
「当たり前だろ。
対人戦だ。
魔物相手とは違う意味で、細かいところで生死が分かれる」
ボルグさんがエルナを見る。
「例の“鍛冶師チケット”、使ってもらうぞ」
「はい。
領主ラグナス卿からの“装備強化の支援”です」
エルナが紙を一枚ひらりと出した。
「タツミさんの工房に行きましょう。
アキトさんたち三人とも、今の武器や防具を見直すいい機会です」
「タツミさんのところか……」
俺は思わず、自分の腰のショートソードに手をやった。
冒険者になってからずっと使ってきた相棒。
でも、そろそろ限界も見えてきている。
(それに──)
いつか手にしたいと思っていた武器が、目の前にちらついた。
(そろそろ、“刀”のことも相談していい頃かもしれない)
◇ ◇ ◇
タツミの工房は、相変わらず金属と炭の匂いでむせ返るようだった。
扉を開けると、火のはぜる音と金属を打つ音が迎えてくれる。
「おー、来たか」
作業台の奥から、油と煤にまみれたタツミが顔を出した。
「エルナに話は聞いた。
ラグナス卿からのチケットってやつだな」
「はい。三人の装備の強化と、……可能なら武器の相談も」
エルナがチケットを差し出すと、タツミはそれをちらっと見ただけで、すぐに俺たちに視線を移した。
「まずは、お前らの今の武器と防具を見せろ」
言われるがまま、俺たちは装備を外して並べる。
ショートソード。
ユイの槍と弓。
クレハの短剣と軽装。
タツミは一本一本、手に取って確かめた。
「……ふむ」
俺のショートソードを軽く振る。
「悪くねぇ。悪くねぇが、“これ以上”は期待できねぇな」
「やっぱり限界来てます?」
「ああ。
刃は研げばまだ持つが、芯の方がもう伸びねぇ」
タツミはため息をついて、ショートソードを台に戻した。
「ロックシェルぶった斬った時点で、よくここまで持った方だ」
「ぶった斬ってはないですけどね、ヒビ狙っただけで」
「細けぇことはいいんだよ。
で──」
じろっと俺を見る。
「そろそろ、“例のアレ”を使ってもいい頃だな」
「例のアレ?」
聞き返すと、タツミは工房の奥へ歩いていった。
棚の裏。
布をかけられた細長い何か。
タツミが布を外す。
そこにあったのは、俺がずっと憧れていた形の武器だった。
細く、緩やかに反った刃。
片刃の、長い刀身。
鞘に収められた一本の──
「刀……」
思わず、声が漏れた。
「師匠の作だ。
東の国の型を真似た刀。
街で売り出してた“市販品”の一本だ」
タツミは、鞘ごとそれを持ち上げた。
「市販品でも出来栄えは良いんだがな、注文主がいなくなってな。
ずっと工房の隅で寝てた」
「そんな勿体ない使い方する武器じゃないでしょ」
ユイが呆れたように言う。
「注文主がコロッと死んじまったんだよ。しょうがねぇだろ」
「重い背景つきだった」
タツミは俺の前に刀を差し出した。
「持ってみろ」
「……いいんですか?」
「今のショートソードでロックシェルの甲殻にヒビ入れて帰ってくるような奴だ。
“市販品の一本”くらい、投資しても損にはならねぇ」
言い方はぶっきらぼうだが、目は本気だ。
俺は両手で刀を受け取った。
思ったより、軽い。
けど、腰にずしっとくる重さがちゃんとある。
鞘から、ゆっくりと抜く。
銀色の刃が、工房の光を反射した。
(うわ……)
心臓の鼓動が速くなる。
ゲームで何度も見た、刀のシルエット。
でも目の前のこれは、間違いなく“本物の鉄”だった。
「どうだ」
「……すごい、しっくりきます」
本当にしっくりきた。
手の中にすとんと収まる感覚。
構えようとした瞬間、体が“知ってる”動きを取った。
どこかで見て、まねをした型。
祖父の道場の本棚の奥にあった古い武術書の図。
それらが全部、手の中でつながる。
「おお」
タツミが、感心したように目を細める。
「……やっぱり、ただの素人じゃねぇな」
「素人ではあるでしょ」
「“武器に嫌われてない素人”は貴重なんだよ」
タツミは腕を組んで続けた。
「それはあくまで仮の一本だ。
お前の癖、戦い方、好みを見てから──
いつか、“本当にお前のための一本”を打ってやる」
「……!」
胸がどくん、と跳ねた。
「今日からそれを使うんなら、その覚悟だけは持て」
タツミの声が、少しだけ低くなる。
「人を斬る武器でもあるってことを、忘れるな。」
刀身に映る自分の顔が、ほんの僅かに揺れた気がした。
ロックシェルの甲殻。
森の魔物。
そして──これから戦う、人間。
その全部を、斬る可能性がある刃。
「……はい」
しっかりと刀を鞘に戻して、深く頷いた。
◇ ◇ ◇
「次、ユイだ」
タツミが、今度はユイの槍を取る。
穂先をじっと見つめて、何度か手の中で軽く振った。
「突きは悪くない。バランスも悪くない」
「でも?」
「お前の腕には、これじゃもったいねぇ」
タツミはにやっと笑った。
「お前、元の里じゃ薙刀だかなんだかを振り回してたんだろ」
「……振り回してはないけど、免許皆伝までは一応」
ユイが苦笑する。
「だったら、“ただ突くだけの槍”なんざ宝の持ち腐れだ」
作業台の上に図を描き始めた。
「先端は刺突用の細いポイント。
その少し下に、幅広の刃をつける。
真っすぐじゃなく、ほんの少しだけカーブさせて──」
図には、槍と薙刀を足して二で割ったような穂先が描かれていく。
「突いて良し、斬って良し、払って良し。
鎧の継ぎ目も叩き切れる、“槍薙刀”だ」
「……そんなの、作れるんですか?」
「作るんだよ」
さらっと言う。職人の強さだ。
「お前の“霊槍薙刀”って加護とも相性良さそうだしな」
「覚えてたんですね」
「ミリアから聞いてる」
情報網どこまで繋がってんだ。
「穂先を作り直すから、今日は槍は置いてけ。
明日には間に合わせる」
「早っ」
「仕事だ」
ユイは、少し緊張したように笑って槍を差し出した。
「……楽しみにしてます」
「期待しとけ」
◇ ◇ ◇
「最後、クノイチ」
「クレハ」
「名前の話じゃねぇ」
タツミはクレハの軽装と短剣を手に取る。
「動きは見てる。
軽くて、引っかからなくて、影に溶ける色がいいな」
黒と灰色を基調にした、目立たない色の革。
「この前のロックシェルの素材、甲殻の薄い部分を分けてもらってる。
それを肩と胸の裏側に仕込む。
“斬られた時に致命傷になりにくい”ようにな」
「重くならない?」
「ならないギリギリまで薄くする」
タツミは短剣も持ち上げる。
「ナイフは、何本持ちたい」
「……五本。
投げ用二本。
近接用三本」
「多いようでちょうどいいな」
笑って、作業台に並べた。
「二本はロックシェルの甲殻を混ぜた刃にする。
硬いもんにヒビ入れたい時用だ。
残りは、今のままに近いバランスで打ち直す」
クレハが、少しだけ目を丸くした。
「私のために、そんなに?」
「仕事だって言ってんだろ」
照れ隠しみたいに鼻を鳴らすタツミ。
でも、その口元はちょっとだけ柔らかかった。
◇ ◇ ◇
「よし、今日はこんなところだ」
タツミが手を打つ。
「刀はそのまま持ってけ。
ユイの槍とクレハの装備は、明日受け取りに来い」
「ありがとうございます」
三人で頭を下げる。
工房を出るとき、タツミがぽつりと言った。
「おい、蛇口」
「もう定着してきてるのやめてほしいんですけど」
「その刀、森の中で振り回すのは勝手だが──」
いつになく真面目な目だった。
「人を斬る時だけは、“本当にそれでいいか”一回だけでいいから考えろ。
それでも振り下ろすなら、あとは迷うな」
「……はい」
振り下ろす前に、一回だけ。
それで十分かもしれないし、それがあるからギリギリ踏みとどまれるかもしれない。
いずれにせよ、“線”を意識するきっかけにはなる。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻ると、会議室には地図が広げられていた。
「お、武器の話は終わったか」
ボルグさんが、俺たちを手招きする。
「じゃあ、次は人さらいどもの尻尾を掴む作戦だ。
しっかり聞けよ、ガキども」
「はい」
腰には、新しい刀。
隣には、改造待ちの槍と、強化予定の忍具。
装備だけは、前より少しだけ“冒険者らしく”なった。
後は──
心の方の準備を、ちゃんとしておかないといけない。
(魔物じゃなく、人を相手に)
刀の重みを、改めて腰で感じながら。
俺は、広げられた地図の前に立った。
つづく。




