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第37話 ロックシェル討伐と、ほろ酔い二人と領主様からの招待状



 森を抜けた瞬間、膝からふにゃっと力が抜けそうになった。


「……生きて出てきたな、俺たち」


「そうだね。

 ちゃんと歩いて森を出てくるの、前回より偉い」


 ユイが苦笑しながら槍を肩に担ぐ。


 クレハは、いつもの無表情……に見えるけど、耳の先がちょっとだけ赤い。


「足、震えてる」


「バレてる?」


「うん。でも、それでも前に出たから、合格」


「先生みたいなこと言うなぁ」


 後ろでは、ギルドの人たちが倒れたロックシェルの解体準備を始めている。


 ボルグさんの怒鳴り声が、森の方から聞こえてきた。


「甲殻は割るな! 剥がすだけだ!

 そのヒビは調査するんだから丁寧に扱え!」


 俺たちは、とりあえずラグナスの城壁を目指して歩くことにした。


◇ ◇ ◇


 東門が見えてくると、門番のグレンさんが目を丸くした。


「おいおい、もう戻ってきたのか。

 顔見る限り、生きてはいるみてぇだが」


「ただいま戻りました」


 思わず、ちょっとカッコつけて言ってみる。


「ロックシェルは?」


「倒しました」


「……マジで?」


 グレンさんの顔が、ぽかんと固まった。


 隣の新人門番リオが、慌ててメモ帳を取り出す。


「えっと、“ロックシェル・リザード討伐成功、負傷者なし”……」


「そんな正式なメモいらないでしょ」


「いや、こういうのちゃんと記録しとくと後で助かるんだ」


 グレンさんが苦笑しながら、俺たちの肩を軽く叩く。


「よくやったな、お前ら。

 街にとっても恩だ」


「ありがとうございます」


「あとで酒場で一杯くらい奢ってやるよ。……俺の財布が死ななければな」


「じゃあ軽めのやつでお願いします」


「そうしてくれ」


 そんな軽口を交わしながら、門をくぐる。


 ラグナスの街の喧騒が、耳に心地よかった。


(ああ、ちゃんと帰ってきたな……)


◇ ◇ ◇


 ギルドに入るなり、ミリアさんの声が飛んできた。


「おかえり、三人とも! って、その顔……」


 受付カウンターから身を乗り出して、俺たちをまじまじと見つめる。


「え、ちょっと待って。

 誰も担がれてないし、血まみれでもないし、足も付いてるし……」


「ハードルの基準どうなってるんですか」


「だってロックシェルだよ? 普通、“生きて帰ってきただけで偉い枠”なんだけど……」


 そこまで言って、ミリアさんがハッとする。


「もしかして──」


 俺たちは顔を見合わせて、同時に頷いた。


「討伐完了です。

 ロックシェル・リザード、一体」


「……は?」


 ギルドの空気が、一瞬だけ固まる。


 たまたま酒を飲んでいた中堅冒険者たちが、ぴたりと動きを止めた。


「ロックシェル?」


「今、“討伐完了”って言ったか?」


「新人三人が?」


 ざわざわと、さざ波みたいなざわめきが広がっていく。


 ミリアさんは一瞬固まって──からの、机をバンッと叩いた。


「やったぁぁぁぁぁ!!」


 いきなりの大声に、全員がビクッとなる。


「すごいすごいすごい! ほら見たことか!

 うちの子たちやれば出来るって、ずっと信じてたんだから!」


「うちの子たち?」


「ミリアさん、親バカじゃん」


「そりゃもう!」


 テンションMAXで喜んでくれるのは嬉しいけど、視線が痛い。


 カウンターの向こうから、エルナとボルグさん、ドルガン、それにリゼ師匠も出てきた。


「討伐報告、正式に受理する」


 エルナが、淡々としながらも目元だけ柔らかく笑う。


「ロックシェル・リザード一体。

 討伐者、佐藤秋人、藤原結衣、紅葉。

 補助にギルド側サポート数名」


「はい」


「うん」


「いた」


「“いた”って自分で言うな」


 ボルグさんが、俺たちの肩を順番に叩いた。


「よくやった。

 報酬の話はあとにして──」


 ニヤリと笑う。


「まずは、お前らのランクだ」


「ランク……」


 そういえば、忘れてたけど俺たちまだ下っ端だった。


「今、お前らはEランクだな。

 ホーンラビットや小鬼の群れ相手がメインってとこだ」


「はい」


「ロックシェルは、本来ならCランクパーティ向けの依頼だ。

 だが今回は、ギルド側サポート付きだったし、“新人育成案件”として扱ってた」


 ボルグさんは、わざとらしく咳払いをした。


「ゆえに──」


 ギルドホール中が、しんと静まり返る。


「秋人、結衣、紅葉。

 三名を、本日付けでDランクに昇格とする」


「Dランク……!」


 思わず、息を飲んだ。


 隣でユイが小さく拳を握る。


 クレハは、耳だけぴくっと動かしていた。


「お前らの実力なら、文句ねぇだろ」


「文句ありません!」


「ありがとうございます」


「嬉しい」


 ギルドのあちこちから、拍手と口笛が上がった。


「やるじゃねぇか、ガキども!」


「新人でDランク昇格って、なかなかだぞ!」


「ロックシェル倒して来たのに“ガキども”呼びなんだ……」


 でも、なんか悪くない。


◇ ◇ ◇


 そこに、カイルとセラとノアが駆け寄ってきた。


「おいマジかよ秋人! ロックシェルやったって!?」


「うるさい。耳のそばで叫ばないで」


「いやでもすげぇって! 俺まだ遠目に見ただけだぞあいつ!」


 カイルがやたら肩をバシバシ叩いてくる。痛い。


 セラは少し離れたところから、じっとこちらを眺めていた。


「へぇ……Dランクね。

 まぁ、“運だけで”そこまでは行けないか」


「ちょっとは素直に褒めない?」


「褒めてるわよ。“実力は認めるけど油断したらすぐ追い抜くから覚悟しときなさい”って意味で」


「ツンデレ翻訳ありがとうございます」


 ノアは、尊敬半分・羨望半分って顔でこっちを見ていた。


「あの……秋人さん。

 いつか、魔法の使い方、教えてください」


「俺も今教わってる側だからな……」


「師匠の弟子の弟子ってことで!」


「関係性が遠い!」


 そうツッコんでいると、リゼ師匠が横からひょいっと顔を出した。


「蛇口くんに魔法教える前に、私に一言相談しなさいよ?」


「だから蛇口くんやめて」


「Dランク記念に、あだ名は据え置きで」


「ランク上がっても卒業できないの!?」


 ユイとクレハが、なんとなく満足げに頷いているのが余計に悔しい。


「“暴走しない蛇口”になるまで続行」


「うん。

 “暴走蛇口”はやだ」


「幼馴染と忍びにあだ名管理されてるの、どういう状態なんだろうな俺……」


◇ ◇ ◇


 そこからは、報酬の話になった。


「ロックシェルの素材は、かなり高く売れる」


 ボルグさんが説明する。


「甲殻は盾や重装備の素材として人気だし、骨や爪も武器の補強材になる。

 肉は……まぁ固いが、煮込みにすりゃ食えなくはない」


「“食えなくはない”ってあんまりじゃない?」


「興味あるなら、マリーにでも頼んでみな」


 青い灯火亭の女将さん、何でも美味しくしそうだから怖い。


「素材のうち、三割はギルドと領主側が買い取り。

 残りから、お前らの取り分を計算して──」


 エルナが、さらさらと紙に数字を書き込んでいく。


「パーティの取り分、合計でこのくらいですね」


 見せられた数字に、思わず目を見開いた。


「……多くない?」


「Cランク級の依頼ですから。

 それに、ロックシェルの“内部構造データ”は、学者さんたちにも高く売れるんですよ」


「内部構造データ」


「はい。

 “新しい魔物図鑑、ロックシェル特集号”とか、きっと出ます」


 そんな雑誌出るのか、この世界。


「取り分は三人で等分。

 それとは別に――」


 エルナが、紙をもう一枚取り出す。


「特別報酬として、“専属鍛冶師による装備強化チケット”。

 これは、領主ラグナス卿からです」


「領主様から?」


「ロックシェルの件を事前に相談していましたので。

 “討伐に成功したら、彼らの装備をきちんと整えてやってほしい”と」


「……いい人だ」


 タツミさんの工房で、またお世話になる未来が見えた。


「それと──」


 エルナが、少しだけ意味ありげな笑みを浮かべる。


「後日、領主館から正式に“お呼び”がかかるでしょう」


「お呼び……?」


「ロックシェル討伐に成功した“新人冒険者三人組”として、挨拶に来てほしいそうです。

 領主ラグナス卿と、そのご家族の前で」


「ご家族……」


 あの、お嬢様──クラリスの顔が、脳裏をよぎる。


 この街に来て最初の方の、馬車事故未遂事件。


 暴走しかけた馬車の前に飛び出して、轢かれそうになった子どもを抱きかかえたとき──

 慌てて馬車から飛び降りてきたのが、あの金髪の少女だった。


『あなた、大丈夫ですか!? どなたか、治療師を──!』


 泣きそうな顔で、必死に周りに指示を飛ばしていた姿。


 あの時はこっちも必死で、ちゃんと名乗り合う余裕もなかったけれど。


(……あの子、多分クラリス様だよなぁ)


 街の噂話を聞いて、あとから「あ、多分あのときの子だ」と気づいたのだ。


 だからこそ、余計に変な緊張感があった。


「その話はまた後日。

 今日は、とりあえず帰って休んでください」


 エルナが、そう締めくくった。


◇ ◇ ◇


 で──夜。


 青い灯火亭で、ささやかな打ち上げが開かれた。


「今日はあんたたちの大勝利記念だからね!」


 マリーさんが、腕まくりしながらキッチンから次々と料理を運んでくる。


 分厚い肉のステーキ。

 ロックシェルじゃない、ちゃんとした牛肉だ。


 野菜たっぷりのスープ。

 香草を効かせた焼き魚。

 そして、山盛りのポテトと、パン。


「これ、全部はさすがに──」


「食べな。

 “死にかけた子には、まず美味しいもの”って、おばあちゃんが言ってたさ」


「おばあちゃん理論強いな、この世界……」


 リナが、トレーに載せたデザートを持ってきた。


「はい! こっちは甘いもの担当!」


 焼きリンゴにハチミツ。

 小さなカップケーキ。

 果物たっぷりのゼリー。


「頑張った人には、別腹が発動するから大丈夫だよ!」


「理論が雑……」


 でも、見るだけで元気出てくるから不思議だ。


◇ ◇ ◇


「はいはい、飲み物ね!」


 マリーさんが、木のトレイをどんとテーブルに置いた。


「こっちが果実水。こっちがちょーっとだけお酒入ってる果実酒。

 今日は“頑張った組”用サービスってことで!」


 トレイの上には、見た目ほぼ同じ琥珀色の液体が入ったグラスがずらっと並んでいた。


「どっちがどっちか、ちゃんと分かります?」


 俺が思わず聞くと、マリーさんは胸を張った。


「もちろん! こっちの列が果実水、こっちが果実酒!」


「よかった……」


「じゃ、はいこれ三人分ね!」


 そう言って、マリーさんは俺たちの前にグラスを三つ置いた。


 ──が、その手元が、ほんの少しだけ滑った。


「あ」


 グラスの並びが、すこーしだけシャッフルされる。


 俺の前には、見た目かなり薄めの、ほぼジュースにしか見えないグラス。

 ユイとクレハの前には、ほんの少しだけ香りの強いグラス。


「……まぁいっか! 薄いから薄いから!」


 マリーさんはさくっと自己解決してしまった。


 俺は、その一瞬のズレに気づかなかった。


◇ ◇ ◇


「かんぱーい!」


 マリーさんの掛け声で、みんなのグラスが軽くぶつかる。


 俺のグラスの中身は、さっぱりした果物の甘さだけ。

 普通の果実水だ。


 ユイとクレハのグラスからは、ほんのりと強めの香りがした。


「……ん? ちょっと香り違う?」


「果物の種類違うのかな?」


 ユイは首をかしげながらも、ぐいっと飲む。


「おいしい」


 クレハも、こくこく飲む。


(まぁ、薄いって言ってたし……大丈夫だろ)


 その判断が、後に俺の膝を襲う。


◇ ◇ ◇


 料理をある程度食べ終わった頃。


 明らかに、いつもと違う様子になってきた人が二名。


「……ふふふ……秋人くん……」


 ユイが、テーブルに頬を乗せて、じーっとこっちを見てくる。


「どした」


「今日さ、秋人くんが死ななくて、ほんとよかったぁ……」


「お、おう」


「だって、もし死んでたらさ……私、多分ロックシェルの甲殻全部へし折るまで帰ってこないからね?」


「それはそれで怖い未来だな!?」


「だから、生きててえらい。

 えらえら……」


 意味不明な褒め方をしながら、頬をむにっとつねってくるユイ。


 目がとろっとしていて、いつもの冷静な“優等生モード”はどこにもない。


「ユイさん、それ完全に酔ってますよ」


 エルナのツッコミも届いてない。


 横を見ると、クレハもクレハで──


「……秋人」


 俺の椅子の横に、ぴとっとくっついて座っている。


 膝に頬を乗せて、じーっと見上げてくる。


「どした、クレハ」


「がんばった、えらい」


「ありがとう?」


「……だから、ごほうび」


 そう言って、クレハは俺の袖をちょん、と噛んだ。


「犬!?」


「違う。

 ……忍び」


 説得力は皆無だった。


「ねぇねぇ秋人くん」


 ユイがずるずる椅子を引きずって近づいてくる。


 顔、近い。

 距離感どこ行った。


「私さぁ……」


 ぽそっと、耳元で囁かれた。


「元の世界でも、この世界でも──

 秋人くんの隣の席がいいんだけど、ダメ?」


「っ……」


(待って、それ酔ってるテンションで言っていいセリフじゃない)


 うまく返事が出てこない。


 その横で、クレハがさらに追撃をかけてきた。


「私も」


「え」


「この世界でも、秋人の隣、いい」


 袖を噛んだまま、ぽつりと言う。


「元の世界、知らない。

 でも、“今ここ”の隣は、いい」


「待ってくれ二人とも、挟み撃ちはやめて?」


 膝に忍び、肩に幼馴染。


 完全に動けない。


「いいじゃん、三人で隣。

 こうやって、ぎゅーってなってさぁ……」


 ユイが俺の腕に絡みついてくる。


 その手元から、微妙に果実酒の香り。


(あ、これ完全にアルコール入ってるやつだ)


 気づいた時には、もう遅かった。


◇ ◇ ◇


 しばらくして、マリーさんが様子を見に来た。


「あらまぁ、きれいにほろ酔いになっちゃって」


「“なっちゃって”じゃないですよねこれ」


「だって薄いよ? 普通ならちょっと頬が赤くなるくらいで──」


 そこで、俺とユイとクレハを見る。


 ユイ:べったり腕に絡みつきながらデレ。

 クレハ:膝から離れようとしない忠犬モード。


「……あー。

 なるほど、普段とのギャップで余計に破壊力あるタイプだねぇ」


「分析してる場合じゃないです」


「ごめんねぇ秋人、果実水と並べてたから、うっかり取り違えたみたいでさ」


「やっぱりミスじゃないですか!」


「でも、ほら。

 このくらいなら明日二日酔いにはならないと思うし」


「“多分”とか“このくらいなら”って便利な言葉ですよね……」


 とはいえ、今更どうこう出来ない。


 ユイは相変わらず、妙に素直な本音を垂れ流している。


「秋人くんはねぇ、もっと自分のおかげで生き延びた人がいるって自覚していいんだよ?

 私とか、クレハちゃんとか、エルナさんとか、ギルドのみんなとかさぁ……」


「範囲がどんどん広がってる」


「でも、いちばんは私だからね?」


「軽くジャブみたいに重いこと言わないで?」


 クレハはクレハで、俺の膝に額をこつんと押しつけた。


「……ロックシェル、“怖い”だった」


「まぁ、そりゃそうだろ」


「でも、“三人で怖い”なら、大丈夫だった」


「……そうだな」


「だから、“一人で怖い”のは、もうダメ」


 ぽつりと落ちた言葉に、酔いのせいじゃない重みがあった。


「一人で怖い顔したら、袖噛む」


「新手の注意の仕方だなそれ」


「“噛まれたくなかったら、三人で怖がる”」


 理屈が分かるような分からないような。


 でも、その“ルール”は嫌いじゃなかった。


◇ ◇ ◇


 宴もたけなわ、ってやつになってきた頃。


 マリーさんとリゼ師匠とエルナの三人が、半ば強引にユイとクレハを引きはがしてくれた。


「ほらほら、そろそろお開き。

 お嬢ちゃんたちはお部屋にご案内〜」


「やだ〜、まだ秋人くんの隣に──」


「“やだ〜”って言うユイ珍しすぎて逆に怖いから今日は寝よう?」


「……秋人」


 クレハが、ぎゅっと袖を掴む。


「また、隣」


「ああ。

 明日も、明後日も。どうせ一緒に修行だしな」


「うん」


 それを聞いて、ようやく手を離してくれた。


 そのまま二人は、マリーさんとリナに連れられて階段を上がっていく。


 膝と腕に残る、ほんのりあったかい感触だけが、しばらく消えなかった。


「……大変だったわね、蛇口くん」


 背後から、リゼ師匠の声。


「師匠、笑ってましたよねさっき」


「可愛いもの見せてもらったわ。

 でもまぁ、あの二人が本音をあそこまで素直に出す機会なんて、そうそうないでしょうし」


「……そうですね」


 それは、ちょっとだけ、俺もそう思った。


◇ ◇ ◇


 そのとき──


 酒場兼食堂の扉が、コンコンと控えめにノックされた。


 入ってきたのは、ギルドの伝令っぽい青年だ。


「秋人殿、ユイ殿、クレハ殿はおられますか!」


「いますけど、二人はもう寝かされてます」


「えっと……では、とりあえず代表として秋人殿に」


 青年は、胸元から封蝋付きの封筒を取り出して差し出してきた。


「領主ラグナス卿よりの書状です。

 “明日、日が高く昇った頃、領主館にて話をしたい。

 命がけで街を守った者たちと、直接顔を合わせたい”とのこと」


「……領主様直々」


 マリーさんが、目を丸くする。


「来たわね」


 エルナが、どこか納得した顔で頷いていた。


 封蝋には、この街の領主家の紋章。

 以前、馬車事故の時にちらっと見た紋章と同じだ。


(あのときの、お嬢様……やっぱり明日、ちゃんと顔合わせることになるのか)


 馬車から飛び降りてきて、子どもと俺の怪我を心配してくれた少女。

 あとで聞いた噂では、領主の娘クラリス様だと言われている。


 あの時は「たまたま街の人を助けただけ」だったけど──

 明日は、“街を守った冒険者”として会うことになる。


 なんか、変な感じだ。


「とうとう、“領主館デビュー”だね、秋人くん」


「お城ってほどでかくはなさそうだけど……緊張はするな」


「礼儀作法とか、ちゃんとしてる?」


「……正直、自信ない」


「大丈夫。

 “庶民目線で真面目に挨拶する”だけでも、領主様にはきっと伝わりますよ」


 エルナが、柔らかく笑う。


「それに、“命の恩人に会いたい”っていう側面もありますからね」


「命の恩人?」


「クラリス様ですよ。

 馬車事故の件、領主館にもちゃんと報告がいってますから」


「あー……」


 そういえば、あれから一度、門番経由で礼状らしきものが届いていた。


(じゃあ明日は、“ロックシェルの討伐者”としてと、“あの時の剣を持った変な奴”として、同じ場所に立つわけか)


 胃が、少しだけきゅっとする。


「まぁ、今日のところはゆっくり休みなさい」


 エルナがそう言って、軽く頭を下げた。


「領主館への同行は、私とギルドから誰か一人がつきます。

 道中で、最低限の礼儀作法もレクチャーしますから」


「助かります」


◇ ◇ ◇


 部屋に戻ると、ユイとクレハはそれぞれのベッドで眠り込んでいた。


 ユイは、少しだけ眉間に皺を寄せながら。

 クレハは、すぅすぅと小さな寝息を立てながら。


 その横顔を見て、胸の中が少しだけ熱くなる。


(……ロックシェル倒して、Dランクになって、領主様から呼ばれて)


 なんか、一気に遠くまで来た気がするけど──


「明日も、三人で行くか」


 小さく呟いてから、ランプの火を落とした。


 ロックシェル・リザードとの再戦は、“勝利”という形で幕を閉じた。


 だが、これはまだ始まりに過ぎない。


 その入口に、俺たちはようやく立ったばかりだ。


つづく。

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