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第34話 蛇口とコップと、地味すぎる修行の日々


 翌朝。


 俺は、ギルドの裏庭に座らされていた。


 地面に、木の棒で丸が三つ描いてある。


 一番手前の丸には「小」。

 真ん中には「中」。

 一番奥には「大」。


 その前で、リゼ師匠が腕を組んでいる。


「じゃ、始めましょうか。蛇口くん」


「そのあだ名、定着させる気ですか」


「だって、“魔力の蛇口”の締め方からやるんだから仕方ないでしょ?」


 リゼ師匠は、草の上に座り込んだ俺の目の前に、ちゃぶ台サイズの板を置いた。


 その上には、水の入っていない小さなコップが並んでいる。


「まず、“水道のイメージ”をちゃんと持つの」


「水道……」


「秋人。

 あなたの魔力って、“全属性の水道管が横にズラッと並んでる状態”なのよ」


 リゼ師匠は、空中に指で線を何本も引いた。


「火・風・水・土・光・闇──

 どれも蛇口をひねればちゃんと出てくる。

 ただし、ひねり方が雑」


「……自覚はあります」


「じゃあ今日は、“火”だけ」


 師匠は指を一本立てた。


「ここに、“ろうそくの火を一本だけ灯す”イメージで火を出してみて」


 板の端に、ちょこんと小さな印がつけてある。


「ろうそく一本?」


「そう。

 “森を焼く火”じゃない。“手元を照らす火”。

 その違いを、ちゃんと魔力の流し方で分けるの」


「……分かりました」


 深呼吸を一つ。


 胸の奥に意識を向ける。

 いつものように、どろっとした何かが動き出す感覚。


 それを、右手の指先に集めていく。


(小さい火。

 キャンプのときの──いや、こっちの世界来てからは焚き火ばっかりだな)


 いやな記憶が混ざりそうだったので、慌てて訂正する。


(教室の理科実験で使った、アルコールランプぐらいの火。

 あれぐらいの……)


「《火》」


 ぽっ、と、指先に小さな火が灯った。


 ろうそく、と言うには少しだけ大きい気もするが、前みたいなボンッはない。


「──セーフ」


 リゼ師匠が、合格とも不合格ともつかない声を出した。


「今の、“出す前に大きさ決めてた”わね?」


「はい。

 さすがに、この状況で森ごと焼いたら怒られるなって」


「動機が不純だけどまぁいいわ」


 師匠は火をじっと見て、指で輪を作った。


「この火を、そのまま前の“丸”の上に、ポトンと落としてみて」


「丸って、この“小”のところですか?」


「そう。

 目標は、“丸の中にぴったり収まる大きさで”」


「……ハードル上がりましたね?」


 とりあえずやってみる。


 指先の火を、そっと前に押し出す。


 ぽとり。


 火の玉は、少しふらつきながらも「小」の丸の中に落ちた。

 丸からは、ほんの少しはみ出したくらい。


「うん。

 “丸焼き”にはなってないから、ギリギリ及第点」


「丸焼きって言い方やめて」


「次、“中”」


「もうですか!?」


「今日一時間やるって言ったでしょ。

 “火・小”“火・中”“火・大”だけでざっと二十回は繰り返すんだから」


「……ロックシェルと殴り合う方が楽なんじゃないかな……」


「そのうち、“この地味な練習やっててよかった”って絶対思うわよ」


 師匠はさらっと言う。


「ロックシェルの甲殻に“ちょうどいいだけの火”を流し込めるようになるには、

 まず、コップに“ちょうどいいだけの火”を注げないとね」


「例えが生活感ありすぎません?」


「魔法って結局、生活の延長よ?」


 そう言われると、少しだけ納得してしまう自分が悔しい。


◇ ◇ ◇


 横では、ユイとクレハも別メニューで修行中だった。


「じゃあユイちゃん、ここから三十メートルの的ね」


「了解です」


 ギルドの壁際に立てかけられた木の的。

 その真ん中に、小さな白い円が描かれている。


「弓に、ほんの少しだけ魔力を乗せて」


「“ほんの少し”って、どれくらいですか?」


「秋人の“さっきの火”ぐらい」


「分かりづらいんだけど?」


 ぶつぶつ言いながらも、ユイは弓を構えた。


 弦を引きながら、矢じりに意識を集中させる。


 ほんのりと、霊的な光が宿るのが見えた。


(《霊槍薙刀》の応用、って感じかな)


 矢が放たれる。


 シュッ、と空気を切り裂いて──

 的の、中心から少し外れた位置に突き刺さった。


「おお」


 思わず声が出る。


「……まぁまぁ、ね」


 リゼ師匠が肩をすくめる。


「今のは“当てる”ことに意識が行ってた。

 “どれくらいの威力で、どれくらい刺さって欲しいか”は、あまり考えてなかったでしょ?」


「図星です……」


「槍のときの“間合い感覚”はかなりいいんだから、

 弓にもその感覚を乗せられれば、すぐ化けるわよ」


「頑張ります」


 ユイは的をじっと睨みながら、矢をつがえ直した。


◇ ◇ ◇


 クレハの方は、もっと物騒だ。


「これは?」


「“音玉”だ」


 ドルガンが、掌サイズの丸い玉をいくつか地面に転がす。


「投げてぶつけると、でかい音が鳴るだけ。

 爆発もしないし、煙も出ない」


「音だけ?」


「そうだ。

 “音だけ”で、どれだけ相手の注意を引けるか。

 どれだけ、“こっちじゃない方”に意識をそらせるか」


 ドルガンは、訓練用の木人形を何体か、少し離れた場所に立てた。


「今日は、“見えない敵の意識を動かす練習”だ。

 音玉を投げて、どの人形がどっち向くか、イメージしながら投げろ」


「イメージしながら……」


 クレハが、音玉を一つ手に取る。


「“正面に投げて振り向かせる”んじゃなくて、

 “横を向かせたいなら、どこに落とすか”考えろ」


「……うん」


 クレハが、草地の上で足を軽く動かす。


 影が、少しだけ形を変えたように見えた。


(影から音を投げて、“気配”までずらす──のかな)


 俺が火の蛇口と格闘している間に、

 仲間たちは仲間たちで、それぞれ地味な修行を積んでいた。


◇ ◇ ◇


 それから数日。


 俺たちの一日は、完全に「修行とちょっとだけ依頼」で埋まるようになった。


 朝──ギルド裏庭で、リゼ師匠による魔力操作講座。


「火、小。

 はい、“コップ八分目”ねー」


「風、小。

 紙を“ちょっとだけ浮かす”」


「水、小。

 こぼさずコップに入れる。床濡らしたら腕立て十回」


「罰ゲームの方がきつくないですか」


「じゃあ床濡らさないで済むようにしなさい」


 文句を言いつつも、少しずつ感覚が変わっていくのが分かった。


 前は、火を出そうとすると“ドロドロした魔力”が一気にあふれてきていたのが、

 今は“蛇口を、ゆっくりひねる”イメージで流せるようになってきた。


(……あ。

 この感じなら、森で暴走しかけたときと違う)


 同じ火でも、“爆ぜる前”の状態で止められる。


 師匠が言っていた通り、“遊び”としての魔法を覚えてきた気がした。


 昼前──簡単な討伐依頼や採集依頼で、最低限の稼ぎと実戦感覚を維持する。


 夕方──ドルガンによる“逃げ方&汚い手講座”。


「追ってくる敵には、三回までなら、後ろを振り返っていい。

 四回目に振り返るときは、“逃げる方向変えるか、何か仕掛けるか”しろ」


「はい」


「煙幕は、味方の位置と風向きと、敵の足の速さを全部見てから投げろ」


「うん」


「ガキ」


「アキトです(何回目だろう)」


「お前は、“斜め後ろに下がりながら剣を振る”練習をする。

 “逃げながら殴る”足を覚えろ」


「……つい前に出たくなるの、バレてます?」


「丸見えだ」


 心底、そうなんだろうなって言い方だった。


 夜──教会に寄って、エルナに軽く状態を診てもらう。


「今日は、魔力の“揺れ”が昨日より少ないですね」


「蛇口の締まり具合が良くなってきました」


「水道屋さんかな?」


 そんな感じで、地味に忙しく、でもどこか充実した日々が続いた。


◇ ◇ ◇


 数日経ったある夕方。


 俺たちがギルドのテーブルで軽く飯をつついていると、ボルグさんがやってきた。


「ロックシェルの動き、更新された」


 そう言って、地図をドンと広げる。


「斥候の報告だ。

 あいつ、“森の奥側”に少し縄張りを広げてやがる」


「……つまり?」


「“前見た場所”が、完全に安全とは言えなくなった」


 ボルグさんは、俺たちの顔を順番に見た。


「いつまでも放っておくわけにはいかん。

 街道沿いに出てこないうちに、どっかでケリをつける必要がある」


「……はい」


 覚悟はしていたけど、改めて言われると喉が乾いた。


「で、その“どっか”を──一週間後にする」


「一週間後……」


 具体的な日付を突きつけられて、胃のあたりがきゅっとなる。


「お前らの師匠二人も、その日を目安に準備しろって言ってる」


「師匠二人……」


 リゼ師匠と、ドルガン。


 どう考えても、逃げられないやつだ。


「もちろん、“絶対討伐しろ”とは言わん。

 あくまで“本気でぶつかって、勝てるかどうか確かめる日”だ」


 ボルグさんは、地図の一点を指で叩いた。


「この辺りに、ギルドのサポートも少し入れる。

 お前ら三人だけで抱え込ませる気はねぇ」


「……ありがとうございます」


 本気でありがたかった。


 前みたいに「新人だけでどうにかしろ」じゃなく、

 ちゃんと“後ろ”があるのは、心強い。


◇ ◇ ◇


 その夜。


 宿の部屋で、俺たちは床に地図を広げていた。


「一週間後か……」


 ユイが、地図の森のあたりを見つめる。


「早いような、ちょうどいいような」


「早くない」


 クレハが、淡々と言う。


「早くない?」


「この一週間、“逃げる準備”ちゃんとやった。

 “守る準備”も、“殴る準備”も」


 クレハは、自分の腰の忍具ベルトを軽く叩いた。


「音玉、煙幕、爆薬、罠。

 “殺すんじゃなくて、守るために使う”って、体で覚えてきた」


「それは、そうだね」


 ユイが、自分の手のひらを見つめる。


「私も、“守護の加護”の範囲、前より分かるようになってきたよ。

 槍の先に乗せる霊力も、ちょっとだけだけど調整できてきた」


「俺も」


 右手を握ってみる。


 前よりも、魔力の“重さ”と“量”が分かる。


「蛇口の開け閉め、だいぶマシになってきた」


「自分で言う?」


「師匠がそう教えるからさ……」


 少し笑ってから、地図を見下ろした。


「怖いのは……正直、まだ怖い。

 でも、“何も知らないまま突っ込む”ときの怖さとは、違う気がする」


「うん」


 ユイが頷く。


「“準備したうえで、それでも怖い”のは、多分ちゃんと前に進めてるってことだと思う」


「……そうかも」


 クレハが、ぽつりと言う。


「前は、“怖いのに何も出来ない”って感じ。

 今は、“怖いけど、やれることある”って感じ」


 その違いは、すごく大きい。


◇ ◇ ◇


「じゃあ、一週間後に向けて」


 ユイが、手を差し出してきた。


「もう一段階、ギア上げよっか」


「ギアって言い方、ちょっと憧れてた」


 俺も手を重ねる。


「三人で、生きて帰ってくる」


 クレハも、そっと手を置いた。


「うん。

 次は、“逃げるだけ”じゃなく、“勝ち筋を見る”」


「勝てなさそうなら、ちゃんと逃げる」


「うん。

 その上で、“次こそ勝てるようにまた準備する”」


 当たり前のことを、改めて口に出して確認する。


 それだけで、少しだけ胸の中が軽くなった。


「……よし」


 自然と、声が出た。


「蛇口も、槍も、影も、全部使ってさ」


「“全員生存で勝ち”を目標にしよう」


「倒せなかったら、“全員生存で撤退”」


「どっちでも、“負けじゃない”」


 それが、今の俺たちの精一杯の強がりであり、

 本当の意味での“覚悟”でもあった。


◇ ◇ ◇


 こうして。


 ロックシェル・リザードとの再戦まで、

 残り一週間──。


 蛇口とコップの、地味すぎる修行の日々は、

 ようやく“戦いの準備”として形を持ち始めていた。


つづく。

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