第33話 Sランク魔法剣士リゼリアという試験官
その日は──
ちゃんと起きた。
「……起きたけど、眠い……」
ベッドの上で呻いていたら、部屋の扉がノックもなく開いた。
「秋人くん、起きてる?」
「起きてるけどプライバシーって概念が――」
「“起きてる”って言ったね?」
次の瞬間、ユイに布団を引っぺがされた。
冷たい空気が肌に刺さる。
「うおっ!? 寒っ!」
「はい起床完了。師匠候補に会う日に寝坊はさせません」
ユイの笑顔は爽やかだけど、目が一ミリも笑っていない。
その後ろから、ひょこっとクレハが顔を出した。
「寝てたら、水かけようと思ってた」
「段階飛ばしすぎじゃない?」
「ドルガン、『起きない奴は水ぶっかけろ』」
「うちの師匠、雑!」
そんなやりとりをしながら、どうにか支度を整える。
新しい革鎧。
剣。
腰には、小さなポーチと、昨日より少し増えた魔道具の重み。
(……よし)
深呼吸を一つしてから、部屋を出た。
◇ ◇ ◇
ギルドは、朝の割には妙にピリッとした空気だった。
いつもならだらっとしてる中堅冒険者たちも、なんとなく姿勢が正しい。
それだけで、「あ、有名人いるな」って分かる。
「おはよう、三人とも!」
ミリアさんが、いつもより少しテンション高めで手を振ってきた。
「来てるよ、例の人」
「どこに?」
思わず周りを見回すが、それらしい人影は──
「受付の奥の応接室。
ギルマスと話してる」
ミリアさんが、そっと小声になる。
「さっきちょっとだけ見えたけど……うん、耳が長かった」
「……エルフ、ですね」
ユイが、きゅっと槍の柄を握る。
「秋人くん、大丈夫?」
「いやまだ会ってもいないのに何を大丈夫って言われてるんだ俺は」
落ち着かない足をなんとか押さえながら待っていると、奥の扉が開いた。
「おう、来てたかガキども」
ボルグさんが出てくる。その後ろから──
「……ふーん。あれが噂の」
軽い声とともに、ひとりの女性が現れた。
◇ ◇ ◇
最初に目に入ったのは、色だった。
柔らかそうな薄緑色の髪。
背中の真ん中あたりまで流れているが、邪魔にならないよう一部を後ろでまとめている。
陽の光を受けてきらりと光る、長い耳。
人間より少しだけ高い身長。
しなやかな身体つき。
軽い革の上着に、金属の小さなプレートがところどころ縫い込まれている。
腰には一本の剣。その鍔には、魔力を蓄える淡い青い宝石。
全体的に、“無駄がないのに華がある”感じだ。
「ほう」
彼女──エルフの女冒険者は、じっと俺たちを見た。
瞳の色は、深い琥珀色。
笑っているようで、すごくよく見てくる目。
「これが、秋人・ユイ・クレハね?」
「……はい」
思わず背筋を伸ばす。
「初めまして。佐藤秋人です」
「藤原結衣です。よろしくお願いします」
「紅葉。クレハ」
三人で順番に頭を下げる。
エルフの女性は、それを見て満足そうに頷いた。
「私はリゼリア・フェルンライト。
リゼって呼んでいいわ」
名前を名乗るその仕草は、どこか舞台慣れした人みたいだった。
「Sランク冒険者、“疾風の魔法剣士”って呼ばれてたりするけど──」
そこで一瞬、茶目っ気のある笑みを浮かべる。
「まぁ、あんまりかしこまらないでいいわ。
あなたたちの“ちょっとだけ先”を歩いてるだけのお姉さんだから」
「ちょっとだけ、ですか?」
「ちょっとだけよ。百年かそこら」
「桁がおかしい」
思わずツッコんでしまった。
リゼは楽しそうに笑う。
「いい反応ね、秋人。
噂通り、“緊張しててもツッコミは忘れないタイプ”みたい」
「誰がそんな噂を……」
「ギルマスとシスター」
エルナ……。
◇ ◇ ◇
「で」
リゼは、すっと表情を変えた。
冗談の気配が消えて、瞳の焦点がこちらを刺す。
「まず、“どんな子たちか”見てもいい?」
そう言って、指を軽く弾いた。
ぱちん、と音がした瞬間、
空気の中に薄く魔力の“膜”みたいなものが広がるのが分かった。
(……これは)
ぞわり、と肌に鳥肌が立つ。
「魔力感知の簡易結界よ。
ビビらなくていいわ」
リゼが、俺たち一人ひとりに視線を向ける。
「まずは、秋人」
「は、はい」
「前にステータスカードは見せてもらったわ。
レベル10、HPとMPが同レベル帯にしては高め」
「そこまで聞いてるんですね……」
「興味深い子に関しては、事前情報は集める主義なの」
リゼは指先を俺の胸の前にかざした。
「──“全属性適性”」
その言葉と同時に、胸の奥がぐらりと揺れた気がした。
「火も風も水も、どれも素直に応える。
でも、蛇口の締め方がめちゃくちゃ」
「……蛇口」
「暴走しかけたって、聞いたわよ? ロックシェルのとき」
心臓がきゅっと縮む。
リゼの目は、責めるよりも前に「確認する」という色だった。
「自分で止められた?」
「……止めようとして、止めきれなくて。
ユイに止めてもらいました」
「ふむ。いい仲間ね」
リゼは、ユイの方を見る。
「次、ユイ」
「はい」
「HP・MPともに十分。
筋力と敏捷、どちらも高いバランス型。
知力が三人の中で一番高い」
「文武両道キャラなので」
自分で言うか、それ。
「固有特典、《守護の加護》《霊槍薙刀》《絆感知》。
スキル《槍術・基礎》《薙刀術・応用》《間合い感知》……」
そして、少しだけ目を細める。
「それと、《弓術・基礎》を新しく取ったばかりね?」
「……そこまで分かるんですか?」
「魔力の“筋肉痛”の匂いがするから」
リゼはあっさり言った。
「昨日あたり、弓握って引きまくってたでしょ」
「見られてた?」
「“感じた”だけよ」
そして最後に、クレハ。
「紅葉」
「……うん」
「HP・MPは平均よりやや高め。
敏捷は、三人どころかこの街の新人の中でも頭一つ抜けてる。
知力は──まぁ、里の教育が偏ってたのね」
「遠回しにバカって言われた」
「バカとは言ってないわ。“天然”ってやつよ」
リゼは笑いながら、クレハの周囲の空気を一度手で払うような動きをした。
「《影走り》《隠密強化》《毒と薬の知識》。
それに、《罠術・基礎》《忍具操作》。
ドルガンに、汚い足も綺麗な足も叩き込まれ始めてる」
「……うん」
クレハが小さく頷く。
「三人とも、“素材”は申し分ないわ」
リゼはニッと笑った。
「後は、ちゃんと磨くかどうかだけ」
◇ ◇ ◇
「そこで提案」
リゼは腰の剣を軽く叩く。
「外で、少しだけ見せてくれない? 今のあなたたちの戦い方」
「……戦い方」
「そう。
“師匠にしてください”って言われる前に、“弟子にしてもいいか”確かめたいじゃない」
図星を刺されて、思わず視線を逸らした。
横でユイが小さく笑う。
「外で、ですか?」
「ギルド裏の訓練場よ。
ボルグ、いいわよね?」
「ああ、好きに使え。
ギルドの建物と壁さえ壊さなきゃな」
「壊さないわよ、たぶん」
“たぶん”って言いましたよね、今。
「よし、行きましょうか。
三人とも、準備は?」
「はい」
「うん」
「いつでも」
俺たちは頷き、リゼの後に続いてギルド裏へ向かった。
◇ ◇ ◇
ギルド裏の訓練場は、以前も使ったことがある。
木製の人形。
ボロボロになった標的。
砂の舞う地面。
その一角に、リゼが立った。
「ルールを決めましょう」
剣の柄に手を置きながら言う。
「まず、秋人。あなたは私と一対一」
「いきなり!?」
「手加減はするわよ。死なない程度に」
「“程度に”ってやめて……」
「そのあと、三人で私に向かってきていい。
全力でね」
冗談めかしているけど、目だけは本気だ。
「いい? これは“勝ち負け”じゃなくて“確認”よ。
どこが足りてて、どこが足りてないか。
それを知るための試験」
「……はい」
深呼吸を一つ。
剣を抜く。
金属の冷たい感触が手の中に収まる。
リゼも、腰から剣を抜いた。
まだ本気ではない。
でも、構えの“隙のなさ”だけで、今まで会った誰とも違うことが分かる。
「いつでもどうぞ、秋人」
「……行きます!」
地面を蹴った。
◇ ◇ ◇
最初の一歩で分かった。
(速い)
リゼの動きは、大きくも派手でもない。
ただ、無駄が一つもない。
距離を詰める──その瞬間には、既に剣の間合いに入られている。
「……っ!」
剣と剣が、カン、と触れた。
重さは、そこまでじゃない。
でも、角度がいやらしい。腕の力が流される。
「剣の筋は悪くないわ。
ちゃんと“道場の剣”と“実戦の剣”の違いも分かってる」
「ありがとうございます……!」
褒められてるのか試されてるのか分からない。
(距離、取る)
剣を一度引き、左手に魔力を集める。
「《風》!」
足元から一気に風を巻き起こす。
砂が舞い、リゼの視界を一瞬だけ奪う。
その隙に、横へ回り込む──つもりだった。
「甘い」
声と同時に、風が逆流した。
「えっ」
自分の起こした風が、今度はこっちへ吹き返してくる。
バランスが崩れた瞬間、リゼの剣が肩のプレートにコツンと当たった。
「一本」
「は、早い……!」
まさか自分の風で自分が転ばされるとは思わなかった。
「魔法と剣を組み合わせる発想自体はいいわ」
リゼは、こちらから少し距離を取る。
「でも、“流れ”がバラバラ。
今のは、“風で視界を切る”ところまではよかった。
そのあとの足と剣が、置いてかれてる」
「……はい」
図星だ。
(魔法を撃ってから考えてる)
「それと──」
リゼの目が、ほんの少しだけ鋭くなる。
「さっき、“火”を一瞬使おうとしたでしょ」
「っ」
思わず息を呑む。
「風だけでよかった場面。
でも、あなたの中の“欲張りな蛇口”が、“ついでに火も混ぜたらもっとすごいかも”って顔してた」
「顔してました?」
「魔力の流れの話よ」
リゼは肩をすくめる。
「三属性同時にひねるな、って言ったシスターの気持ち、すごく分かるわ」
エルナ……やっぱり全部話してるな。
「まず、“一本の蛇口”から始めましょう」
そう言って、リゼが指を弾いた。
空気の中に、小さな火の粒がふわっと浮かぶ。
「例えば、“火”だけ。
火を出す前に、“どこにどれくらい、どれくらいの温度で”って決めてから出すの」
火の粒が、彼女の指先でゆっくり形を変える。
丸から、糸へ。
糸から、薄い板へ。
「あなたは一気に流しすぎ。
“魔力操作の練習、サボってきたでしょ?”」
「図星です……」
「大丈夫。
サボってきた子は、今からちゃんとやれば伸びるわ」
そう言って笑ってくるあたり、なんか教師っぽい。
「もう少しだけ続けるわよ。今度は“魔法封じ”」
「えっ」
「剣だけで来て」
魔法を封じられたら、ただの剣士だ。
……ただの剣士、か。
じいちゃんの道場で散々やってきたことを、ここでやらない理由はない。
「分かりました。
じゃあ今度こそ、“逃げるための一撃”じゃなく、“ここで踏ん張る一撃”で」
「楽しみにしてる」
再び、剣を構えた。
◇ ◇ ◇
何度か打ち合って、
何度か肩や脇腹をコツコツ叩かれて。
汗だくになる頃には、腕がじんじんしてきた。
「……はぁ、はぁ……」
「よし、このくらいね」
リゼは剣を納めた。
「剣筋、悪くない。
でも、“人の殺気の流れ方”を知らないところはやっぱりあるわ」
「殺気の流れ方?」
「そこは、ドルガンの方が上ね。
あの獣人、若い頃はずいぶん荒事をしてたから」
「やっぱりそうなんですね……」
なんとなく察してはいたけど。
「でも、魔力の“質”は、本当にいい。
“全属性適性”って言葉だけ聞くと、薄く広くってイメージだけど──」
リゼは、自分の胸に手を当てる。
「あなたの場合、“どの蛇口も太い”の。
だからこそ、ちゃんと締め方覚えないと、いくらでも自爆できる」
「それ、慰めになってます?」
「なるわよ」
笑いながら、リゼが手を差し出してきた。
「秋人。
“魔力操作の練習、地味でつまんないけど、それでもやる覚悟”はある?」
「……はい」
「いい返事」
握手を交わす。
手のひらは意外と温かかった。
◇ ◇ ◇
「次」
リゼが、ユイとクレハの方を見る。
「二人と一緒に、三人でかかってきて」
「三人で?」
「そう。
秋人、“魔法封じ”継続ね」
「えぇ……」
「三人でどう動くか、見たいの。
槍と弓と影と罠が、前衛とどう噛み合うか」
ユイが、槍と弓を持ち替えながら頷いた。
「秋人くん、前は一人で頑張ろうとしすぎてたからね」
「今回はちゃんと三人で行く」
クレハも、腰の忍具を確認する。
「煙幕、一個だけ使う」
「一個だけ?」
「“一個でどこまで有利に出来るか”見る。
足りなかったら、次から二個」
「合理的」
リゼも楽しそうに頷く。
「じゃあ、準備できたら合図して」
「……行こう」
俺たちは、自然と輪になって顔を寄せた。
「前は“その場のノリ”だったからさ」
「今回は、ちゃんと役割決めよう」
「うん。
“逃げる練習”と“煙の練習”の成果、見せる」
短く打ち合わせをしてから、俺は一歩前に出る。
「リゼさん」
「なに?」
「三人で行きます」
「いつでもどうぞ」
その言葉を合図に、俺たちは動き出した。
◇ ◇ ◇
まず、俺が前に出る。
剣で真正面から行くふりをして、わざと半歩だけ距離を空けた。
そこに、ユイの槍がするりと差し込まれる。
「っ!」
リゼが足を一歩引き、槍の穂先を紙一重でかわす。
その隙に、俺が横に回り込む──と見せかけて、さらに外側にステップ。
「誘ってるわね」
リゼの目が、少しだけ細くなる。
その瞬間。
「今」
クレハの声。
足元に、白い煙がぶわっと広がった。
昨日の練習で見たのと同じ、視界を奪う煙。
「ふむ」
リゼがわずかに眉を上げる。
「煙幕一個、ここで切ってくるか」
視界がゼロになる前に、俺はあらかじめ決めていた退避方向へ一歩だけ下がる。
同時に、ユイが反対方向へ跳ぶ気配。
クレハは──上だ。
煙の上から、ひゅっと軽い足音。
リゼの頭上を通り過ぎるように、クレハの影が動く。
(煙の上を、“影”として使うのか……)
自分で言うのもなんだけど、よくこんな発想思いつくなって感心した。
「見えなくして、位置をずらす。
それだけなら、暗殺者の足と変わらないわ」
煙の中から、リゼの声がする。
「問題は、“そのあと”ね」
「そのあと、だよ」
ユイの声。
煙の外側から、弓弦の音が響いた。
ギィン、と張られた弦。
そして、矢が放たれる音。
煙の中の“影”めがけて放たれた矢を、リゼは剣で弾いた。
「弓、サブのわりには悪くない」
火花が散る音。
その瞬間を、クレハが逃さない。
煙の中から、短剣がひとつ飛んだ。
狙うは、リゼの足元──ではなく、その少し手前の地面。
コツン、と音がして、小さな爆発。
砂と小石が派手に舞い上がる。
煙+砂+音。
一瞬だけ、リゼの体勢が止まる。
「秋人!」
「っ、今!」
俺は、煙の縁から飛び出した。
リゼの横合い──間合いの外側ギリギリから、一歩踏み込む。
“逃げるための一撃”じゃない。
“ここでラインを押し返すための一撃”だ。
剣が振り下ろされる。
リゼは、剣で受け──ない。
避けもしない。
代わりに、指先で空間をなぞった。
「《風盾》」
目に見えない壁に剣が当たった感触。
ぐん、と腕が止まる。
「──はい、そこまで」
リゼがぱん、と手を叩いた。
煙が、風に押し流されていく。
視界が開けた。
そこには、ほとんど位置を変えていないリゼがいて。
少し離れたところに弓を構えたユイと、木の上にしがみついているクレハがいた。
「……ふぅ」
思わず息を吐く。
「今の、どうでした……?」
「そうね」
リゼは剣を軽く回してから、鞘に収めた。
「“三人で考えた戦い方”になってたわ」
「それは……良かった?」
「ええ。
前に聞いた話じゃ、“秋人がとりあえず前に出て、残り二人がそれに慌てて合わせる”形だったんでしょう?」
エルナ……また喋ったな。
「今のは、ちゃんと“前も横も後ろも決めて動いてた”。
煙幕一個で、“位置をずらす・視界を切る・音で惑わす”って、欲張りな使い方も悪くない」
クレハの方を見て、うなずく。
「爆薬も、“ヒビを入れるための道具”として使おうとしてる。
まだ威力調整は甘いけどね」
「……うん。
もっと、“後で殴りやすい場所”考える」
「槍と弓は?」
今度はユイ。
「弓、まだぎこちないけど、“槍の間合いに入る前に一回様子を見る”使い方はいいわ。
間合い管理のセンスは、さすがね」
「ありがとうございます」
「何より──」
リゼは、俺をまっすぐ見る。
「秋人」
「はい」
「さっき、“三属性同時にひねろうとしてなかった”」
「……バレてたんですね、いつも」
「丸見えよ」
苦笑するリゼ。
「でも、今の最後の踏み込みでは、“剣だけで行く”って決めてた。
そのうえで、風の壁に止められた。それでいいの」
「いいんですか?」
「ええ」
リゼは、きっぱりと言った。
「“今持ってるものでどこまでやれるか”をちゃんと知ったうえで、足りない分を鍛える。
それが“修行”ってやつでしょう?」
なんか、当たり前のことをすごく真っ直ぐ言われた。
胸の中の、どこか焦っていた部分が、少しだけ落ち着く。
◇ ◇ ◇
「結論」
リゼが手をパン、と叩いた。
「私は──秋人、あなたの“魔法と剣の師匠”を引き受けるわ」
「……ほんとですか」
「ほんとよ。
ドルガンとエルナとボルグから、散々“頼む”って言われてるしね」
やっぱりそうだったか。
「ただし」
リゼの目が、急にいたずらっぽくなる。
「一つ条件」
「条件?」
「私を“師匠”って呼ぶこと。
“リゼ師匠”でも“リゼさん”でもいいけど、敬意はちゃんと払う」
「そんなことでいいんですか?」
「そんなこと、よ。
そのうえで──」
指を俺の額につきつけてきた。
「魔力操作の地味な訓練から逃げないこと。
毎朝、一時間は“魔力だけで遊ぶ”時間にする」
「……遊ぶ?」
「そう。
火を出したり消したり、風を細くしたり太くしたり、水を球にしたり糸にしたり」
小さな火と風と水が、リゼの指の先で踊る。
「ロックシェルを倒す派手な魔法じゃなくて、その“手前”をちゃんとやる」
「……分かりました」
そう言うしかなかった。
でも、さっきより声は震えてなかった気がする。
「ユイ」
「はい」
「あなたには直接教えることは少ないかもしれないけど──」
リゼは、少しだけ柔らかい表情になった。
「“守護の加護”と“霊槍薙刀”の応用、
それと弓の“魔力の乗せ方”ぐらいは、一緒にやっていきましょう」
「……いいんですか?」
「秋人の隣に立つつもりなんでしょ?」
ド直球。
「なら、“秋人を暴走させないための技術”も教えておかないとね」
「……はい」
ユイの頬が、少しだけ赤くなった。
「クレハ」
「うん」
「あなたは、基本ドルガンの弟子でいい。
ただ、“魔力の痕跡を消す方法”と、“魔力で罠を感じ取る方法”は、私が教えられる」
「罠を感じ取る?」
「そう。
“汚い足”を使う奴は、たいてい魔力の置き方が雑なのよ。
それを嗅ぎ分ける鼻を、一個あげる」
「……欲しい」
クレハが、即答した。
「よろしい」
リゼは満足そうに頷く。
◇ ◇ ◇
「で、最後にもう一つ」
リゼが、いたずらっぽく笑った。
「秋人。
さっき、心の中で“弟子にしてください”って何回か練習してたでしょ?」
「……見えてました?」
「顔に全部出てたわよ」
ユイとクレハが、くすっと笑う。
「ちゃんと口に出してごらん?」
「え、今ですか?」
「今よ」
逃げ道はないらしい。
(……まぁ、いつかは言うつもりだったし)
深呼吸を一つ。
剣を鞘に収めて、姿勢を正す。
「リゼさん」
「なに?」
「いえ──」
少しだけ言い直す。
「リゼ師匠」
その呼び方に、リゼの耳がぴくりと動いた。
「俺に、魔法と剣を教えてください。
暴走しないやり方と、ロックシェルに負けない戦い方を」
言いながら、自分の声が思ったより真剣で驚いた。
リゼは、ほんの一瞬だけ目を丸くして。
すぐに、にやりと笑った。
「いいわよ、秋人」
手を差し出してくる。
「その代わり、途中で投げ出したら──
ユイとクレハに、“どついてでも連れ戻して”って頼んでおくわ」
「それは怖い」
「任せてください」
「うん。全力で連れ戻す」
「味方が怖い」
三人で笑い合う。
その笑い声を、訓練場の入り口で見ていたエルナとボルグとドルガンが、
どこか安心したような顔をしていたことには、俺はまだ気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
こうして。
獣人の斥候・ドルガンに続いて、
Sランク魔法剣士・リゼリアという“二人目の師匠”が、俺たちの前に現れた。
ロックシェル・リザードへの再挑戦。
その前に、まだまだやることは山ほどある。
でも、不思議と怖さよりも──
「……楽しみ、だな」
そんな言葉が、自然と口からこぼれた。
ユイが横で笑って、
「うん。
秋人くんの“暴走する蛇口”が、ちゃんと蛇口として働くようになるところ、早く見たい」
「蛇口って言い方やめない?」
クレハが、前を向いたままぽつりと言う。
「ロックシェル、次は“逃げる練習”じゃなく、“勝ちに行く練習”」
「うん。
そのために、まずは“地味な練習”から、だね」
「一番苦手なやつだ……」
でも、もう逃げない。
そう心に決めて、俺は新しい師匠の後ろ姿を追って歩き出した。
つづく。




