第32話 勝つための予習と、森へ戻る日
翌日。
ギルドの作戦部屋──って呼ばれてる奥の小部屋に、俺たちは集められていた。
机の上には、ラグナス近郊の地図。
その上に、赤い印がいくつか打たれている。
「まずは、おさらいだ」
腕を組んだボルグさんが、低い声で言った。
「ロックシェル・リザード。石皮トカゲの上位種」
赤い印のひとつを指でトン、と叩く。
「体長三メートル前後。全身が岩みてぇな甲殻で覆われてる。
尾の一撃は、下手なオーガより重い」
「実感済みです……」
肩と肋骨が、条件反射でうずいた。
「毒霧も吐く。
前に言った通り、“石皮トカゲ”の中でも悪い方に育ったタイプだな」
隣では、エルナがメモを取りながら頷いている。
「でも、弱点もあるんですよね?」
ユイが、槍の柄を軽く握りしめながら尋ねる。
「あるさ」
ボルグさんが、別の位置を指さした。
「まず、脚だ。
甲殻は厚ぇが、関節部分はさすがにフル装甲じゃない。
ここを崩せれば、機動力は落とせる」
「関節……」
俺は、前に見たロックシェルの姿を頭の中で再現する。
太い四本脚。
膝にあたる部分は、確かに甲殻の“継ぎ目”みたいになっていた。
「ただし、そこを狙える位置に立つってことは、“一番危ねぇ距離”まで近づくってことだ」
「……ですよね」
「だから、本来なら“盾持ち”が正面で受けて、“後衛”が狙うのがセオリーだ。
だが、お前らのパーティには“でかい盾”がいねぇ」
ボルグさんの視線が俺に向く。
「代わりに、“動ける前衛”と、“槍と弓”と、“影と罠”がいる」
「……それで、どう戦うか」
ごくり、と喉が鳴った。
◇ ◇ ◇
「戦い方のイメージを、先に固める」
エルナが、ペンを持ったまま口を開いた。
「前回は、“遭遇してから考えて”ました。
今回は、“遭遇する前に決めておきましょう”」
「はい」
「まず──撤退前提か、討伐前提か」
部屋が、一瞬だけ静かになった。
俺たちは顔を見合わせる。
昨日までだったら、「討伐前提で!」って即答してたと思う。
だけど、今は。
「……どっちかと言えば、“撤退も含めた討伐前提”で、です」
自分でもよく分からない言い方になったけど、エルナはくすっと笑った。
「言いたいことは分かります」
「絶対倒すっていうより、“倒せるなら倒す。でも死ぬぐらいなら逃げる”って意味です」
「いいですね。
“勝利条件”をひとつに絞らないのは、大事なことです」
エルナは地図の上に、三つの丸を描いた。
「今回の条件、こうしてみましょう」
一つ目の丸。
「第一目標:情報更新。
前回より詳しいロックシェルの行動範囲と動き方を観察する」
二つ目の丸。
「第二目標:安全な撤退ルートの確認と、実際の撤退。
前回より整った形で“逃げる”こと」
三つ目の丸。
「第三目標:討伐。
これは、“他の二つが達成できたうえで、余裕があれば”です」
「第三目標が一番重いけど、一番後ろ」
「そうです。
第一と第二が達成できていないのに、三つ目だけ取りに行くのは──」
「“無茶”ですね」
自分で言って、自分で少し笑った。
前はそれをやりかけたんだよな、って。
◇ ◇ ◇
「で、具体的な動きだが──」
今度はドルガンが前に出る。
いつの間にか部屋に入ってきていた。存在感なさすぎじゃない?
「森の中で、ロックシェルの縄張りは変わってねぇ。
前に遭遇したあたりだ」
地図の森の部分に、小さな×印をつける。
「周囲に、“逃げ道候補”を三つ作る」
×印の周りに、矢印を三本描き込んだ。
「一本目、街道側。
ここが一番安全だが、お前らも前回使ったせいで、ロックシェルが多少警戒してる可能性がある」
「魔物って、そんなに細かいこと覚えます?」
「“この方向に逃げようとした奴がいた”ぐらいはな。
賢い個体なら、しつこく追ってくる」
ドルガンは二本目の矢印をなぞる。
「二本目、斜面を下りて小川沿いのルート。
足場は悪いが、煙幕と罠を仕掛ければ、追撃を切りやすい」
「クレハちゃんの出番だね」
「うん。落ち葉と泥、得意」
得意って何。
「三本目、森の奥に一回逃げてから、迂回して街道に戻るルート。
これは“最後の手段”だ。森の中の別の魔物に会う可能性も高い」
「……出来れば使いたくないですね」
「だろうな」
ドルガンは、そこだけ少し太い線でなぞった。
「基本は“一本目を使う”。
一本目が潰れそうなら、二本目。
二本も潰れたら、“三本目に逃げながら祈れ”だ」
「祈り前提は怖いなぁ……」
「だから、一本目と二本目で決めろ」
バッサリ切られた。
◇ ◇ ◇
「攻めの方は?」
ユイが、真剣な顔で尋ねる。
「ロックシェルへの有効打、今の私たちに何が出来ますか?」
「三つだ」
ボルグさんが、三本の指を立てる。
「一つ目。
槍・剣・暗器で、甲殻の継ぎ目を狙う」
二本目。
「二つ目。
魔法で、内部から揺らす。
ただし、“暴走しかけたねずみ花火”にはすんなよ、ガキ」
「はい、そこは全力で気をつけます……」
三本目。
「三つ目。
クレハの爆薬で、“完全に壊す”んじゃなく、“ヒビを入れる”」
「完全に壊すんじゃなく?」
クレハが首を傾げる。
「甲殻全部吹き飛ばそうとすると、火薬の量が増える。
そうすると、“中身ごと”吹き飛ぶ」
「中身ごと吹き飛ぶと、討伐にはなるけど──」
「依頼人もギルドも困る」
エルナが、さらっと言う。
「生態調査・素材回収ができませんからね」
「あ、そっち……」
思わずツッコミかけて、ちょっと笑ってしまう。
「それに、“大爆発で勝つ”癖がつくと、すぐ街ごと吹き飛ぶ」
ドルガンの言い方は辛辣だけど、すごく説得力があった。
「だから、“ヒビを入れて、そこに他二人が刺す”って形にしろ」
「爆薬だけで仕留めない」
「そうだ。
“爆薬は、仲間のために殴りやすい場所を作る道具”だと覚えろ」
クレハが、小さく復唱する。
「殴りやすい場所を作る道具……」
「そうそう」
ボルグさんがニヤリと笑った。
「“ロックシェルの関節にヒビ入れて、ガキと槍嬢ちゃんがそこぶっ叩く”──
これが、今回目指す形だ」
「……分かりやすいです」
イメージが、少しだけ具体的になってきた。
爆薬で装甲にヒビを作る。
そこに、ユイの槍と俺の剣を集中させる。
その間、ロックシェルの攻撃は、《守護の加護》と俺の動きでギリギリどうにか耐える。
そして危なくなったら、躊躇なく撤退──。
「よし」
エルナがメモをまとめて閉じる。
「では、午後からは森の手前まで行って、実際に“逃げ道候補”を確認しましょう」
「いきなり本番じゃないんですね」
「当たり前です。
“下見なしで突っ込む”なんて、前回一回やったでしょう?」
「ぐうの音も出ない……」
その通りすぎて、何も返せなかった。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
俺たちは新しい防具と装備を身につけて、再び森の入り口まで来ていた。
「……ただいま、って言うのも変だけど」
「前より少しマシな顔で来れたから、いいんじゃない?」
ユイが、ちょっとだけ笑う。
クレハは、森をじっと見つめている。
「今日は、“あそこまで”」
彼女の指が、前回ロックシェルに遭遇した手前のあたりを示した。
「会いに行かない。
逃げ道だけ見る」
「うん。それで行こ」
俺たちは三人並んで、森の中へ足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
──ざく、ざく。
湿った落ち葉を踏む音が続く。
前にここを歩いたときより、心なしか周りがよく見える気がする。
慣れか。防具のおかげか。あるいは、昨日までの練習の成果か。
「ここが一本目の逃げ道の分岐だね」
ユイが、街道に戻る方向を指さす。
「この辺りに煙幕炊いて、足跡をわざと散らせば、追いづらくなるはず」
「二本目の斜面は──あっち」
クレハが別の方向を指した。
「昨日の爆薬みたいなのを木の根元に仕掛けて、追ってきたときに倒木落とす。
でも、私たちが通るときに絶対落ちないように、距離と順番決める」
「……すげぇ具体的になってきたな」
嬉しいような、怖いような。
「三本目は最後。
今日は近づくだけにする」
「賛成」
三人で細かくルート確認をしながら、森を歩く。
時々、小さなホーンラビットやスライムが顔を出すが、今日は戦闘目的じゃない。
視界に映るだけのそれらを、簡単にやり過ごしていく。
「……ここだ」
やがて、クレハが立ち止まった。
前回、ロックシェルの咆哮を聞いた辺り。
まだ少し離れているが、空気が重く感じる。
「ここから先は、“向こうの縄張り”」
クレハの声が、少し低くなった。
「今日は行かない」
その言葉に、心底ホッとした自分がいる。
「今はまだ、“あいつに会う日”じゃない」
「会う日って表現やめて?」
「“決着をつける日”って感じ?」
ユイがフォローしてくれるけど、怖いものは怖い。
「でも、絶対また来る」
クレハがそう言って、振り返らずに歩き出した。
その後ろ姿が、少しだけ頼もしく見えた。
◇ ◇ ◇
街へ戻る途中、ふと視界の端に馬車の列が見えた。
商隊だ。
いつもより少し大きめの。
「お? あれ、旅のキャラバンかな」
ユイが目を細める。
「あ、ニナのところだ」
クレハがぽつりと呟いた。
「ニナ?」
「おーい、ニナ!」
ユイが手を振ると、馬車の脇を歩いていた少女がこちらを振り向いた。
栗色の髪をポニーテールにした、ちゃきちゃきした感じの女の子だ。
「──あっ! 槍のお姉さん!」
駆け寄ってくる。
「久しぶり! みんな元気だった?」
「まぁ、死なない程度にはね」
「死なない程度って怖いんだけど!?」
そんな軽口を叩き合いながら、少しだけ近況を話す。
「そっちのキャラバン、今日はラグナス泊まり?」
「うん。明日にはまた別の街に行くけどね。あ、そうそう!」
ニナが、ふと思い出したように言った。
「この街、最近ちょっと有名人来てるよ」
「有名人?」
「うん。なんか、すっごい強いエルフのお姉さん。
剣も魔法も使える“Sランク冒険者”だって」
心臓が、ひとつ跳ねた気がした。
(……もしかして)
「名前、聞いた?」
ユイが、少しだけ慎重な声で尋ねる。
「えっとね──
リゼリア? リゼなんとか……フェルンライト?」
その名前を聞いた瞬間、エルナが小さく息を呑んだのが分かった。
(来た──)
昨日まで、「どこか遠くで動いている」ってナレーションで匂わされてた存在が、
いよいよ街の中に足を踏み入れたらしい。
「ギルドに、たまに顔出してるって話だよ。
なんか、興味深い新人がいるとかで」
「興味深い新人……?」
三人で、同時に固まる。
「……秋人くんじゃない?」
「いや、クレハちゃんかもしれない」
「“興味深い”のは、ユイかも」
「全員自分じゃないって思ってるの、ある意味健康だな」
ニナは「なんか楽しそうだねー」と笑っていた。
◇ ◇ ◇
ニナと別れてギルドに戻ると、入口のところでエルナが足を止めた。
「……秋人くん」
「はい」
「噂の通りなら、その人はきっと──あなたの“魔法と剣の師匠候補”です」
「やっぱり」
「向こうがあなたに興味を持つかどうかは、まだ分かりませんが」
エルナは、ほんの少しだけ意地悪そうに微笑んだ。
「でも、明日あたり、ギルドに来る予定があるんですよ。
“この街の新人で、面白そうなのがいるらしいじゃないか”って」
「誰がチクったんですか、それ」
「さぁ、誰でしょうね?」
たぶんエルナとボルグとドルガン、全員グルだ。
「だから──」
エルナは改めて俺を見る。
「ロックシェルの件も、今日の準備も、全部無駄にはなりません。
“生き延びるための足”を覚えたうえで、“踏み込み方”を教えてくれる人が来るのですから」
「……はい」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
森の灰色の巨体。
逃げ道の矢印。
爆薬の煙。
その全部を抱えたまま、さらにその先へ連れて行こうとする、誰か。
「楽しみにしてていいですよ?」
エルナが少しだけ意地悪く笑う。
「その人、弟子に厳しいですから」
「エルナさん以上に?」
「それは会ってのお楽しみですね」
そう言って、彼女は受付の方へ歩いていった。
◇ ◇ ◇
「……秋人くん」
「ん」
「明日、ちゃんと起きてね?」
「なんで最初にそこ心配されてるの」
「だって、緊張しすぎて変な夢見て寝不足とかありそうだし」
「あー……あるかも……」
「私も一緒に起きて叩き起こす」
クレハまで真顔で言ってくる。
「二人とも、俺の扱い雑じゃない?」
「でも、“師匠”に会う前に寝坊する弟子は見てられないからね」
「うん。師匠より先に来る」
……それは、確かにそうだ。
「よし」
自然と、拳を握った。
「ロックシェルにも、ちゃんとリベンジする。
そのために、生き延びる練習も続ける。
そのうえで──」
明日、会うかもしれない。
剣と魔法を両方極めた、エルフのSランク冒険者。
俺の“その先”を、見せてくれるかもしれない人。
「ちゃんと、“弟子にしてください”って言えるようにしとくわ」
「よろしい」
ユイがにやっと笑い、
「言えなかったら、その場で蹴る」
クレハがさらっと恐ろしいことを言った。
「物理で背中押すのやめて?」
そんなやりとりをしながら、俺たちはギルドを後にした。
夕暮れのラグナスの空は、どこかワクワクする色をしていた。
ロックシェルの森。
獣人の師匠。
そして、まだ見ぬエルフの師匠。
全部まとめて、今はただ──
「……明日、寝坊しないようにしよ」
そこからだな、って思った。
つづく。




