表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/112

第32話 勝つための予習と、森へ戻る日



 翌日。 


 ギルドの作戦部屋──って呼ばれてる奥の小部屋に、俺たちは集められていた。


 机の上には、ラグナス近郊の地図。

 その上に、赤い印がいくつか打たれている。


「まずは、おさらいだ」


 腕を組んだボルグさんが、低い声で言った。


「ロックシェル・リザード。石皮トカゲの上位種」


 赤い印のひとつを指でトン、と叩く。


「体長三メートル前後。全身が岩みてぇな甲殻で覆われてる。

 尾の一撃は、下手なオーガより重い」


「実感済みです……」


 肩と肋骨が、条件反射でうずいた。


「毒霧も吐く。

 前に言った通り、“石皮トカゲ”の中でも悪い方に育ったタイプだな」


 隣では、エルナがメモを取りながら頷いている。


「でも、弱点もあるんですよね?」


 ユイが、槍の柄を軽く握りしめながら尋ねる。


「あるさ」


 ボルグさんが、別の位置を指さした。


「まず、脚だ。

 甲殻は厚ぇが、関節部分はさすがにフル装甲じゃない。

 ここを崩せれば、機動力は落とせる」


「関節……」


 俺は、前に見たロックシェルの姿を頭の中で再現する。


 太い四本脚。

 膝にあたる部分は、確かに甲殻の“継ぎ目”みたいになっていた。


「ただし、そこを狙える位置に立つってことは、“一番危ねぇ距離”まで近づくってことだ」


「……ですよね」


「だから、本来なら“盾持ち”が正面で受けて、“後衛”が狙うのがセオリーだ。

 だが、お前らのパーティには“でかい盾”がいねぇ」


 ボルグさんの視線が俺に向く。


「代わりに、“動ける前衛”と、“槍と弓”と、“影と罠”がいる」


「……それで、どう戦うか」


 ごくり、と喉が鳴った。


◇ ◇ ◇


「戦い方のイメージを、先に固める」


 エルナが、ペンを持ったまま口を開いた。


「前回は、“遭遇してから考えて”ました。

 今回は、“遭遇する前に決めておきましょう”」


「はい」


「まず──撤退前提か、討伐前提か」


 部屋が、一瞬だけ静かになった。


 俺たちは顔を見合わせる。


 昨日までだったら、「討伐前提で!」って即答してたと思う。


 だけど、今は。


「……どっちかと言えば、“撤退も含めた討伐前提”で、です」


 自分でもよく分からない言い方になったけど、エルナはくすっと笑った。


「言いたいことは分かります」


「絶対倒すっていうより、“倒せるなら倒す。でも死ぬぐらいなら逃げる”って意味です」


「いいですね。

 “勝利条件”をひとつに絞らないのは、大事なことです」


 エルナは地図の上に、三つの丸を描いた。


「今回の条件、こうしてみましょう」


 一つ目の丸。


「第一目標:情報更新。

 前回より詳しいロックシェルの行動範囲と動き方を観察する」


 二つ目の丸。


「第二目標:安全な撤退ルートの確認と、実際の撤退。

 前回より整った形で“逃げる”こと」


 三つ目の丸。


「第三目標:討伐。

 これは、“他の二つが達成できたうえで、余裕があれば”です」


「第三目標が一番重いけど、一番後ろ」


「そうです。

 第一と第二が達成できていないのに、三つ目だけ取りに行くのは──」


「“無茶”ですね」


 自分で言って、自分で少し笑った。


 前はそれをやりかけたんだよな、って。


◇ ◇ ◇


「で、具体的な動きだが──」


 今度はドルガンが前に出る。


 いつの間にか部屋に入ってきていた。存在感なさすぎじゃない?


「森の中で、ロックシェルの縄張りは変わってねぇ。

 前に遭遇したあたりだ」


 地図の森の部分に、小さな×印をつける。


「周囲に、“逃げ道候補”を三つ作る」


 ×印の周りに、矢印を三本描き込んだ。


「一本目、街道側。

 ここが一番安全だが、お前らも前回使ったせいで、ロックシェルが多少警戒してる可能性がある」


「魔物って、そんなに細かいこと覚えます?」


「“この方向に逃げようとした奴がいた”ぐらいはな。

 賢い個体なら、しつこく追ってくる」


 ドルガンは二本目の矢印をなぞる。


「二本目、斜面を下りて小川沿いのルート。

 足場は悪いが、煙幕と罠を仕掛ければ、追撃を切りやすい」


「クレハちゃんの出番だね」


「うん。落ち葉と泥、得意」


 得意って何。


「三本目、森の奥に一回逃げてから、迂回して街道に戻るルート。

 これは“最後の手段”だ。森の中の別の魔物に会う可能性も高い」


「……出来れば使いたくないですね」


「だろうな」


 ドルガンは、そこだけ少し太い線でなぞった。


「基本は“一本目を使う”。

 一本目が潰れそうなら、二本目。

 二本も潰れたら、“三本目に逃げながら祈れ”だ」


「祈り前提は怖いなぁ……」


「だから、一本目と二本目で決めろ」


 バッサリ切られた。


◇ ◇ ◇


「攻めの方は?」


 ユイが、真剣な顔で尋ねる。


「ロックシェルへの有効打、今の私たちに何が出来ますか?」


「三つだ」


 ボルグさんが、三本の指を立てる。


「一つ目。

 槍・剣・暗器で、甲殻の継ぎ目を狙う」


 二本目。


「二つ目。

 魔法で、内部から揺らす。

 ただし、“暴走しかけたねずみ花火”にはすんなよ、ガキ」


「はい、そこは全力で気をつけます……」


 三本目。


「三つ目。

クレハの爆薬で、“完全に壊す”んじゃなく、“ヒビを入れる”」


「完全に壊すんじゃなく?」


 クレハが首を傾げる。


「甲殻全部吹き飛ばそうとすると、火薬の量が増える。

 そうすると、“中身ごと”吹き飛ぶ」


「中身ごと吹き飛ぶと、討伐にはなるけど──」


「依頼人もギルドも困る」


 エルナが、さらっと言う。


「生態調査・素材回収ができませんからね」


「あ、そっち……」


 思わずツッコミかけて、ちょっと笑ってしまう。


「それに、“大爆発で勝つ”癖がつくと、すぐ街ごと吹き飛ぶ」


 ドルガンの言い方は辛辣だけど、すごく説得力があった。


「だから、“ヒビを入れて、そこに他二人が刺す”って形にしろ」


「爆薬だけで仕留めない」


「そうだ。

 “爆薬は、仲間のために殴りやすい場所を作る道具”だと覚えろ」


 クレハが、小さく復唱する。


「殴りやすい場所を作る道具……」


「そうそう」


 ボルグさんがニヤリと笑った。


「“ロックシェルの関節にヒビ入れて、ガキと槍嬢ちゃんがそこぶっ叩く”──

 これが、今回目指す形だ」


「……分かりやすいです」


 イメージが、少しだけ具体的になってきた。


 爆薬で装甲にヒビを作る。

 そこに、ユイの槍と俺の剣を集中させる。


 その間、ロックシェルの攻撃は、《守護の加護》と俺の動きでギリギリどうにか耐える。


 そして危なくなったら、躊躇なく撤退──。


「よし」


 エルナがメモをまとめて閉じる。


「では、午後からは森の手前まで行って、実際に“逃げ道候補”を確認しましょう」


「いきなり本番じゃないんですね」


「当たり前です。

 “下見なしで突っ込む”なんて、前回一回やったでしょう?」


「ぐうの音も出ない……」


 その通りすぎて、何も返せなかった。


◇ ◇ ◇


 昼過ぎ。


 俺たちは新しい防具と装備を身につけて、再び森の入り口まで来ていた。


「……ただいま、って言うのも変だけど」


「前より少しマシな顔で来れたから、いいんじゃない?」


 ユイが、ちょっとだけ笑う。


 クレハは、森をじっと見つめている。


「今日は、“あそこまで”」


 彼女の指が、前回ロックシェルに遭遇した手前のあたりを示した。


「会いに行かない。

 逃げ道だけ見る」


「うん。それで行こ」


 俺たちは三人並んで、森の中へ足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇


 ──ざく、ざく。


 湿った落ち葉を踏む音が続く。


 前にここを歩いたときより、心なしか周りがよく見える気がする。

 慣れか。防具のおかげか。あるいは、昨日までの練習の成果か。


「ここが一本目の逃げ道の分岐だね」


 ユイが、街道に戻る方向を指さす。


「この辺りに煙幕炊いて、足跡をわざと散らせば、追いづらくなるはず」


「二本目の斜面は──あっち」


 クレハが別の方向を指した。


「昨日の爆薬みたいなのを木の根元に仕掛けて、追ってきたときに倒木落とす。

 でも、私たちが通るときに絶対落ちないように、距離と順番決める」


「……すげぇ具体的になってきたな」


 嬉しいような、怖いような。


「三本目は最後。

 今日は近づくだけにする」


「賛成」


 三人で細かくルート確認をしながら、森を歩く。


 時々、小さなホーンラビットやスライムが顔を出すが、今日は戦闘目的じゃない。


 視界に映るだけのそれらを、簡単にやり過ごしていく。


「……ここだ」


 やがて、クレハが立ち止まった。


 前回、ロックシェルの咆哮を聞いた辺り。


 まだ少し離れているが、空気が重く感じる。


「ここから先は、“向こうの縄張り”」


 クレハの声が、少し低くなった。


「今日は行かない」


 その言葉に、心底ホッとした自分がいる。


「今はまだ、“あいつに会う日”じゃない」


「会う日って表現やめて?」


「“決着をつける日”って感じ?」


 ユイがフォローしてくれるけど、怖いものは怖い。


「でも、絶対また来る」


 クレハがそう言って、振り返らずに歩き出した。


 その後ろ姿が、少しだけ頼もしく見えた。


◇ ◇ ◇


 街へ戻る途中、ふと視界の端に馬車の列が見えた。


 商隊だ。

 いつもより少し大きめの。


「お? あれ、旅のキャラバンかな」


 ユイが目を細める。


「あ、ニナのところだ」


 クレハがぽつりと呟いた。


「ニナ?」



「おーい、ニナ!」


 ユイが手を振ると、馬車の脇を歩いていた少女がこちらを振り向いた。


 栗色の髪をポニーテールにした、ちゃきちゃきした感じの女の子だ。


「──あっ! 槍のお姉さん!」


 駆け寄ってくる。


「久しぶり! みんな元気だった?」


「まぁ、死なない程度にはね」


「死なない程度って怖いんだけど!?」


 そんな軽口を叩き合いながら、少しだけ近況を話す。


「そっちのキャラバン、今日はラグナス泊まり?」


「うん。明日にはまた別の街に行くけどね。あ、そうそう!」


 ニナが、ふと思い出したように言った。


「この街、最近ちょっと有名人来てるよ」


「有名人?」


「うん。なんか、すっごい強いエルフのお姉さん。

 剣も魔法も使える“Sランク冒険者”だって」


 心臓が、ひとつ跳ねた気がした。


(……もしかして)


「名前、聞いた?」


 ユイが、少しだけ慎重な声で尋ねる。


「えっとね──

 リゼリア? リゼなんとか……フェルンライト?」


 その名前を聞いた瞬間、エルナが小さく息を呑んだのが分かった。


(来た──)


 昨日まで、「どこか遠くで動いている」ってナレーションで匂わされてた存在が、

 いよいよ街の中に足を踏み入れたらしい。


「ギルドに、たまに顔出してるって話だよ。

 なんか、興味深い新人がいるとかで」


「興味深い新人……?」


 三人で、同時に固まる。


「……秋人くんじゃない?」


「いや、クレハちゃんかもしれない」


「“興味深い”のは、ユイかも」


「全員自分じゃないって思ってるの、ある意味健康だな」


 ニナは「なんか楽しそうだねー」と笑っていた。


◇ ◇ ◇


 ニナと別れてギルドに戻ると、入口のところでエルナが足を止めた。


「……秋人くん」


「はい」


「噂の通りなら、その人はきっと──あなたの“魔法と剣の師匠候補”です」


「やっぱり」


「向こうがあなたに興味を持つかどうかは、まだ分かりませんが」


 エルナは、ほんの少しだけ意地悪そうに微笑んだ。


「でも、明日あたり、ギルドに来る予定があるんですよ。

 “この街の新人で、面白そうなのがいるらしいじゃないか”って」


「誰がチクったんですか、それ」


「さぁ、誰でしょうね?」


 たぶんエルナとボルグとドルガン、全員グルだ。


「だから──」


 エルナは改めて俺を見る。


「ロックシェルの件も、今日の準備も、全部無駄にはなりません。

 “生き延びるための足”を覚えたうえで、“踏み込み方”を教えてくれる人が来るのですから」


「……はい」


 胸の奥が、じわっと熱くなる。


 森の灰色の巨体。

 逃げ道の矢印。

 爆薬の煙。


 その全部を抱えたまま、さらにその先へ連れて行こうとする、誰か。


「楽しみにしてていいですよ?」


 エルナが少しだけ意地悪く笑う。


「その人、弟子に厳しいですから」


「エルナさん以上に?」


「それは会ってのお楽しみですね」


 そう言って、彼女は受付の方へ歩いていった。


◇ ◇ ◇


「……秋人くん」


「ん」


「明日、ちゃんと起きてね?」


「なんで最初にそこ心配されてるの」


「だって、緊張しすぎて変な夢見て寝不足とかありそうだし」


「あー……あるかも……」


「私も一緒に起きて叩き起こす」


 クレハまで真顔で言ってくる。


「二人とも、俺の扱い雑じゃない?」


「でも、“師匠”に会う前に寝坊する弟子は見てられないからね」


「うん。師匠より先に来る」


 ……それは、確かにそうだ。


「よし」


 自然と、拳を握った。


「ロックシェルにも、ちゃんとリベンジする。

 そのために、生き延びる練習も続ける。

 そのうえで──」


 明日、会うかもしれない。


 剣と魔法を両方極めた、エルフのSランク冒険者。


 俺の“その先”を、見せてくれるかもしれない人。


「ちゃんと、“弟子にしてください”って言えるようにしとくわ」


「よろしい」


 ユイがにやっと笑い、


「言えなかったら、その場で蹴る」


 クレハがさらっと恐ろしいことを言った。


「物理で背中押すのやめて?」


 そんなやりとりをしながら、俺たちはギルドを後にした。


 夕暮れのラグナスの空は、どこかワクワクする色をしていた。


 ロックシェルの森。

 獣人の師匠。

 そして、まだ見ぬエルフの師匠。


 全部まとめて、今はただ──


「……明日、寝坊しないようにしよ」


 そこからだな、って思った。


つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ