第23話 今の自分と、女神の視線
礼拝堂の中は、外の通りのざわめきが嘘みたいに静かだった。
木の長椅子が整然と並んでいて、正面には女神の紋章が刻まれた石板と、透明な水晶玉。
ステンドグラスを通った光が、床に色と影を落としている。
「……なんか、落ち着くな」
思わず小声でつぶやくと、隣のユイがくすっと笑った。
「いつも騒がしい秋人くんでも、小声になる場所だもんね」
「今のは“風情があっていい”って褒めるところじゃない?」
「うん、それは知ってる」
「会話になってねぇ……」
そんなやり取りを聞いて、シスター・エルナは相変わらず穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ギルドで、一度ステータスの簡易鑑定は受けましたね?」
そう言われて、俺は腰のポーチから薄い金属のカードを取り出す。
ギルドカード。
そこには名前と“職業の系統”、レベルの数字と、大まかな魔力量のランクだけが刻まれている。
(あのとき“職業:無職(仮)”って出たの、本気でヘコんだんだよな……)
できれば忘れたい黒歴史である。
「ギルドの鑑定は、“冒険者として扱いやすい情報”だけを簡略化して表示するものです。
でも教会では、女神様の力をお借りして、もう少し詳しい“今の状態”を見ることができます」
「詳しいっていうと……」
「HPや各能力の数値、固有の特典やスキルの変化ですね。
ギルドカードはその“器”になっているだけで、中身は更新できます」
エルナが祭壇の水晶玉にそっと両手を添えると、
淡い光がふわりと灯った。
「まずは秋人くんから、よろしいですか?」
「俺からか」
「一番前に立つ人の状態は、皆さんの安全にも関わりますからね」
そう言われると、自然と背筋が伸びる。
◇ ◇ ◇
祭壇の前に出て、カードをエルナに渡す。
カードは水晶玉の台座の溝に差し込まれ、
エルナの指先から柔らかな光が流れ込んでいく。
「秋人くんも、カードの端に指を置いて。
“これは自分のものだ”って意識しながら、少しだけ魔力を流してみてください」
「こう、ですか?」
言われた通り、人差し指でカードに触れる。
じんわりと指先が温かくなり、水晶の光がほんの少し強くなった。
(……完全に“ステータス画面開きます”の儀式なんだよな、これ)
心の中でだけそんなツッコミをしているうちに、光がすっと収まる。
「はい、更新されましたよ」
カードを受け取って、表を見下ろす。
⸻
【名前】アキト(佐藤秋人)
【種族】人間
【レベル】10
【職業】見習い剣士
【HP】78/78
【MP】110/110
【筋力】18
【敏捷】17
【知力】17
【精神】19
【器用】14
【運】10
【固有特典】
《魔力適性:全属性》
【スキル】
《実戦剣術・入門》
《回避行動・入門》
《初級魔法(火・風・水)》
⸻
「……おお」
思わず声が漏れた。
「どう? 上がってた?」
すぐ後ろから、ユイが覗き込んでくる。
「レベル10になってる。
ギルドで“今2くらいだな”って言われてから、けっこう戦ったつもりだったけど……数字で見るとすげぇな」
HPもMPも、最初に聞いた目安と比べて、かなり増えている。
「体力も魔力も、よく伸びていますね」
エルナがカードを横から見て、納得したように頷いた。
「剣の修練と、実戦経験。それに、魔法を繰り返し使ってきた結果でしょう」
「スキル、“なし”じゃなくなってる……」
俺はスキル欄を指でなぞる。
《実戦剣術・入門》
《回避行動・入門》
《初級魔法(火・風・水)》
「スキルって、勝手に増えるもんなんですか?」
「“続けてきた行動”や“戦いの中で何度も繰り返した動き”が、
女神様の目から見て“ひとまとまり”になった時、こうして言葉になります」
エルナが、ふっと微笑んだ。
「火・風・水、三つの初級魔法。
それぞれ単独でなら使える人はたくさんいますが、“同じくらいの精度で三つとも”となると、そう多くはありません」
「いや、その……たまたま、色々試してただけなんですけど」
「“たまたま”で出来る範囲を、少し超えていると思いますよ」
そう言われると、なんだかむず痒い。
──その時だ。
視界の端で、スキル欄の一番下に、かすれた何かが浮かんだ気がした。
(……ん?)
《???》のような、判別不能な文字列。
読み取ろうと目を凝らした瞬間、
ノイズのように揺らいで、行ごと消える。
今はもう、綺麗な空白になっていた。
(……気のせい、ってことにしとこ)
「秋人くん?」
「あ、いや。なんでもないです」
カードから目を離すと、エルナが一瞬だけ、探るような視線をこちらに向けたが──
すぐに、いつもの柔らかな表情に戻った。
「秋人くんのステータスは、一言で言えば“伸びしろだらけ”ですね」
「それ、ちゃんと褒め言葉ですよね?」
「ええ。とても。
基礎の数字は十分高いですが、“まだ形になっていない余白”が大きいのです」
「余白って、なんか不安になる言い方なんだけど」
「いい師に出会えたとき、一気に伸びるタイプですよ」
さらっと言われて、思わず言葉に詰まる。
(……大器晩成型、ってことか?)
悪くない。むしろ、ちょっとカッコいい気さえする。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、次はユイちゃん」
「は、はい!」
ユイが、少し緊張した足取りで前に出る。
カードを渡し、水晶玉に手を添え、
そっと指先でカードに触れる。
淡い光がふわりと立ち上がり──すぐに落ち着いた。
「はい。こちらも、よく頑張っていますね」
エルナからカードを受け取り、ユイがそっと見下ろす。
⸻
【名前】ユイ(藤原結衣)
【種族】人間
【レベル】10
【職業】槍術士
【HP】72/72
【MP】68/68
【筋力】16
【敏捷】21
【知力】23
【精神】18
【器用】14
【運】11
【固有特典】
《守護の加護》
──一定範囲内の味方へのダメージ軽減
《霊槍薙刀》
──持つ武器に“霊的な力”を宿せる
《絆感知》
──特定の相手の危機を、距離に関係なく感じ取れる
【スキル】
《槍術・基礎》
《薙刀術・応用》
《間合い感知》
⸻
「……え」
ユイが、ぽかんと口を開けた。
「どう?」
「敏捷高いのは分かるんだけど……知力、23って」
ユイが自分で自分のカードを指差す。
「三人の中で一番頭いいことになってない? これ」
「事実でしょう?」
エルナが、さらっと言った。
「これまでの暮らしでも、“勉強も武道も出来る子”だったのでしょう?」
「ま、まあ……勉強はそこそこ……」
「“そこそこ”で23にはなりません」
きっぱりと言い切られて、ユイが視線を泳がせる。
「槍や薙刀は、身体の使い方だけでなく、“読み”も重要な武器ですからね」
エルナが、ステータスの数字をなぞるように見ていく。
「この【敏捷】と【知力】の組み合わせは、“状況を読むのが得意な前衛”という感じです」
カードの【固有特典】の欄を見下ろす。
《守護の加護》
《霊槍薙刀》
《絆感知》
ギルドでも名前だけは出ていたが、こうして説明付きで並ぶと、改めて強そうだ。
「《守護の加護》は、一定範囲内の味方へのダメージ軽減。
無意識に“守りたい”と思っている相手ほど、強く働きます」
「……秋人くんとか?」
自分で言って、ユイが一気に赤くなる。
「《霊槍薙刀》は、持つ武器に“霊的な力”を宿す特典。
硬い敵を貫いたり、霊的な存在へ干渉する力ですね」
「いつもの、“なんか一撃だけスッと抜けるやつ”だな」
「う、うん、たぶん」
「《絆感知》は、特定の相手の危機を、距離に関係なく感じ取る力」
エルナがそこを指で叩く。
「今のあなたの場合、主に──」
ちらっと、俺を見る。
「秋人くん方向に強く向いているようですね」
「シスター!!」
ユイの耳まで真っ赤になった。
「ちゃんとクレハちゃんのことも気にしてますから!!」
「今、“ちゃんと”の前に秋人くんが来た」
クレハが即ツッコミを入れる。
「うるさい!」
礼拝堂に、くすっと笑いが広がった。
「スキルも、きちんと増えていますね」
エルナが【スキル】欄を軽く叩く。
「《槍術・基礎》《薙刀術・応用》《間合い感知》」
「……“間合い感知”、か」
ユイが、その文字をじっと見つめる。
「“ここなら届く”“ここなら避けられる”って感覚が、最近前よりハッキリしてきた気はしてたけど……
こうやって名前がつくと、ちょっと恥ずかしいね」
「とてもユイちゃんらしいスキルですよ」
◇ ◇ ◇
「では、紅葉ちゃんも見ておきましょう」
「……はい」
クレハが、静かに前に出る。
カードを渡し、水晶玉がまた淡い光を放つ。
クレハが指先でカードに触れると、光はすぐに落ち着いた。
「どうぞ」
エルナからカードを受け取り、クレハがじっと見つめる。
その横から、俺とユイもそっと覗き込んだ。
⸻
【名前】クレハ(紅葉)
【種族】人間
【レベル】10
【職業】斥候/忍び
【HP】70/70
【MP】95/95
【筋力】15
【敏捷】32
【知力】15
【精神】18
【器用】22
【運】9
【固有特典】
《影走り》
──影を媒介に短距離転移が可能
《隠密強化》
──気配遮断・足音軽減・存在感の薄化
《毒と薬の知識》
──この世界の毒物・薬草情報を自動取得
【スキル】
《短剣術・基礎》
《投擲術・基礎》
《気配察知》
⸻
「……おい」
俺は思わず、二度見した。
「敏捷32って、もう人じゃなくて何か別の生物じゃない?」
「やっぱりクレハちゃん、速いんだね……」
ユイも、苦笑いしながらカードを覗き込む。
「器用さも22……」
「隠れるのと、当てるのは、ずっと里で練習してた」
クレハが、淡々と言う。
そう。こいつだけは、俺たちと違って“最初からプロ”だったのだ。
「《影走り》《隠密強化》《毒と薬の知識》」
エルナが、固有特典の欄をゆっくりなぞる。
「影を媒介にした短距離の“飛ぶような動き”。
気配を消し、足音を消し、存在感を薄くする力。
そして、この世界の毒や薬草の情報を、触れるたび自動で理解する知識」
「……時々“なんで知ってるんだろう”って思うこと、ある」
クレハが小さく呟く。
「見たことない草なのに、“これ食べたらお腹痛くなる”“これは眠くなる”って分かる」
「それは加護のせいですね」
エルナが頷いた。
「毒だけでなく、薬の使い方も覚えていけば──
紅葉ちゃんはこのパーティの“影の命綱”になれますよ」
スキル欄にも目をやる。
「《短剣術・基礎》《投擲術・基礎》《気配察知》。
隠れるだけでなく、“見つける側”としても十分頼りになる数字です」
「【知力】は15か」
俺はそこを指でつついた。
「なんか、もっと低いのかと思ってた」
「それ、どういう意味」
「いやその、天然というか……」
「“天然”と“頭が悪い”は別ですよ」
エルナが、くすっと笑う。
「数字だけ見れば、紅葉ちゃんも十分に賢い部類です。
ただ、一般的な教養より、“里で必要とされた知識”を優先して詰め込まれてきたのでしょうね」
「……里では、“これだけ知ってれば足りる”って教えられた」
クレハが、少しだけ遠い目になる。
「でも、この世界は、それだけじゃ足りない気がする」
「その“足りない”と感じられるのも、賢さの一つですよ」
◇ ◇ ◇
三枚のカードを並べて見てみると、それぞれの“色”がはっきり分かった。
多属性魔法の素質を持った、剣士志望の何でも屋な俺。
文武両道で、前にも出て守りも出来る、才色兼備の槍術士ユイ。
人外じみた速さと器用さで、影から支える本物の忍びクレハ。
「……ちゃんと“パーティ”になってきた感じするな」
ぽつりと言うと、ユイが笑った。
「最初からパーティだけど?」
「でも、“役割”って意味では、よりハッキリした気がする」
クレハが、こくりとうなずく。
「アキトは前。ユイは前と後ろ。私は影。
三人で、ひとつ」
「いいバランスですね」
エルナが、三枚のカードを見比べながら言った。
「ただ、一つだけ、覚えておいてほしいことがあります」
少しだけ、声が真面目になる。
「ステータスは、“あなたたちの全て”ではない、ということ」
「……」
「数字や加護の名前だけで、人の価値は決まりません。
でも、自分と仲間を客観的に見るための、“少しのヒント”にはなります」
そう言って、エルナは一人一人と目を合わせた。
「だから、この数字を“できない理由”にはしないでくださいね」
「“魔力が低いから無理”とか、“支援向きだから前に出ない”とか?」
俺が言うと、エルナがうなずく。
「“隠密だから何でも許される”──それも同じです」
「……」
「むしろ、“どこを伸ばせるか”“どう活かせるか”を考えるきっかけにしてほしいの」
ユイが、カードをぎゅっと握りしめる。
「じゃあ私は──」
少しだけ照れた顔で、言葉を続けた。
「“支援向きだから前には出ない”じゃなくて……
“支援向きだからこそ、前に立つ二人をちゃんと守りながら戦う”って、考える」
「うん。それが、ユイちゃんらしいと思います」
「私は」
クレハも、カードを見つめたまま口を開いた。
「“隠密だから何でもしていい”じゃなくて……
“隠密だからこそ、味方を絶対に死なせないように動く”」
「そのために、この世界の“線引き”を覚えていきましょうね」
エルナが、やわらかく頷く。
「どこまでが“やってはいけないこと”で、どこからが“やらなければならないこと”なのか」
そして──ふと視線を落とした。
三枚のカードの中でも、特に俺のカードを少し長く見つめる。
【固有特典:魔力適性:全属性】
レベル10にしては、妙に素直で“汚れの少ない”魔力の伸び方。
(……やっぱり、この子たち──)
女神に祈りを捧げたとき、
ほんの一瞬だけ、いつもと違う“揺らぎ”が混じった。
この世界の人間のそれとは少し違う、別の匂い。
けれど、それを口に出すことはしない。
(自分の足で歩こうとしている子どもたちに、
無理に“出自”を問いただすのは、神様の役目じゃないわ)
心の中でだけそっと呟き、
エルナは少しだけ優しい笑みを深くした。
◇ ◇ ◇
「──では」
軽く手を打って、エルナが言う。
「ユイちゃんには、このあと回復と支援の基礎を。
秋人くんには、魔力の“もったいない使い方”の矯正を少し。
紅葉ちゃんには、この世界の“線引き”のお話を、順番にしていきましょうか」
「いっぺんに来たな……」
「今日は入口だけですから。続きは、また今度ゆっくりと」
その声が、不思議と心地よかった。
ステータスカードに刻まれた数字と文字は、ただの情報かもしれない。
でも──“今の自分たち”を見つめ直して、
この先どうなりたいか考えるきっかけには、確かになる。
カードをポーチにしまいながら、俺は心の中で小さくつぶやいた。
(見てろよ、女神様)
(勝手に《魔力適性:全属性》とか配ってきたんだから──
師匠ができたら、ちゃんとバカみたいに伸びてやるからな)
誰にも聞こえない決意だけを胸にしまい込んで、
俺はエルナと、隣にいる二人へ向き直った。
つづく。




