第22話 帰り道と、教会の扉
鳥の声と、パンを焼く匂いで目が覚めた。
天井は木の梁。
布団の隣から、すぅすぅと寝息。
(……そうだ、ベルナの集会所に泊まったんだった)
ぼんやりした頭で横を向くと、左でクレハが丸くなって寝ていて、
右ではユイが布団を半分蹴飛ばしていた。
「……おい、お前、絶対寝相悪くなってきてるだろ」
そっと布団をかけ直す。
「……むにゃ、秋人くんの、ばか……」
「寝言でディスられる筋合いないんだけど?」
小声でツッコんでから、そっとベッドから降りた。
◇ ◇ ◇
簡単に顔を洗って外に出ると、村の空気はひんやりしていて気持ちよかった。
集会所の前では、もうパンとスープの準備が始まっている。
「あら、おはよう。早いねぇ」
村の奥さんの一人が声をかけてくれた。
「昨日はごちそうさまでした。すごくおいしかったです」
「おかわりまでしてくれたからねぇ。作った甲斐があったよ」
少しして、寝ぼけ顔のユイと、目がとろんとしたクレハも出てきた。
「……おはよ……」
「クレハ、前髪はねてる」
「……風で直す」
クレハが、さりげなく前髪を整える。耳がちょっと赤い。
◇ ◇ ◇
朝食は昨夜と似たスープとパンだったが、朝の空腹補正もあってやっぱりうまい。
「今日の予定は?」
パンをちぎりながら尋ねる。
「午前中に村を出て、日が高いうちにラグナス戻りたいね」
ユイが答える。
「途中で、昨日見つけた罠の跡とかももう一回確認しながら」
「ニナの荷物も、帰りは少なめ」
クレハが、荷馬車の確認をしているニナをちらっと見る。
「戻りでいっぱい積むの?」
「正解!」
ニナが親指を立てる。
「ベルナからは鉱石とか特産とかを積んで帰るから、
行きよりちょっと軽いくらいだね」
「軽くても油断はしない」
「知ってるって」
ニナが、少し真面目な顔になる。
「罠潰してくれたのはほんと助かるけど、
ああいうのってすぐ真似されるからね。
今日もちゃんと見ながら行こ」
「任せろ」
◇ ◇ ◇
出発前、村長が見送りに来てくれた。
「昨日の話は、鉱山の連中にもちゃんと伝えた。
“足の根っこ狙え”ってやつな」
「ありがとうございます」
「お前さんらのことも、“よう見てよう帰ってきた連中”として話しといたわ」
「大げさですよ」
「命の話は、褒めすぎるくらいでちょうどええ」
村長がニカッと笑う。
「またニナの護衛をすることがあれば、その時はよろしく頼むぞ」
「その時まで、ちゃんと生きてれば」
「生きる前提で話さんか」
村長のツッコミを背中に受けながら、俺たちは笑って村を後にした。
◇ ◇ ◇
帰り道。
昨日と同じ街道なのに、見え方が少し違っていた。
道の脇の草むら。
木の枝。
不自然に盛り上がった土や、石の積まれ方。
足元だけじゃなく、「罠を仕掛けやすそうな場所」が、なんとなく目につく。
「昨日の丸太罠のところ、どう?」
ユイが小声で聞いてくる。
「土盛りはそのまま。ロープは落ちっぱなし。
新しい仕掛けは、今のところなし」
罠跡を確認しながら答える。
「ゴブリンたちも、昨日ので様子見中かもね」
「“ここは楽に狙えた場所”から、“ちょっとヤバい場所”に変わってるといいけどな」
そんな話をしながら歩く。
帰りは大きな襲撃もなく、
小さなスライムを二、三匹片づける程度で済んだ。
クレハが前、俺とユイが馬車の左右。
ニナが御者としゃべりながら、時々後ろを振り返って笑う。
空は高く、風は少し温かい。
(……こういう帰り道が、いちばんありがたいんだろうな)
何事もなく終わる護衛が、一番いい護衛だ。
◇ ◇ ◇
ラグナスの東門が見えてきた頃には、太陽はまだ頭上近くにあった。
「おー、帰ってきたか」
門の前では、いつものようにグレンさんとリオが立っている。
「ただいま戻りました」
軽く会釈すると、グレンさんがにやっと笑った。
「行きより、良い顔してるな」
「え、そうですか?」
「“変に肩に力入ってない”感じだ」
そう言われて初めて、自分の肩の力が少し抜けてることに気づく。
「ゴブリンの罠、いくつか潰しておきました」
俺は簡単に説明した。
「丸太ぶら下げ罠と、縄の引っかけと、石で足取るやつを」
「助かる」
グレンさんが真顔になる。
「こっちでも見回ってるが、全部は追いきれねえ。
先に気づいて潰してくれる連中がいるのはありがてぇな」
リオも、固い表情のまま、こくりと頷いた。
「ギルドの方にも報告をお願いします」
「了解です」
◇ ◇ ◇
ギルドに着くと、昼前の時間帯で、ほどよく賑わっていた。
「おかえりなさい。ニナさんの護衛ですね?」
カウンターに近づくと、ミリアさんがすぐに気づいてくれる。
「はい。ベルナ往復、完了しました」
依頼書と、ニナが用意した確認書類を渡す。
「道中でゴブリンの罠と、石皮トカゲ一体と遭遇しましたので、その報告も」
「詳しく聞かせてください」
簡単な報告のつもりが、結局しっかり説明することになった。
罠の位置や形、石皮トカゲの特徴、
魔法で足の付け根にひびを入れて、槍でそこを突く戦い方。
「関節部と足の根本、ですね。……分かりました」
ミリアさんが素早くメモを取っていく。
「この情報は、鉱山方面の依頼を受ける冒険者にも共有しておきます。
本当に助かりましたよ」
「そう言ってもらえると、やった甲斐があります」
「もちろんです」
ミリアさんが柔らかく笑う。
「では、こちらが護衛依頼の報酬です」
袋を受け取り、中身を確認する。
三人で割れば、十分すぎる額だ。
「ニナの取り分は?」
「私はこっち」
横からニナが別の小袋を受け取って、ひらひら振る。
「依頼主の分と、商人の取り分と、
“今後もよろしく”の意味を込めたちょっとした上乗せね!」
「上乗せって勝手に言うな」
「事実だから!」
◇ ◇ ◇
ギルドを出て通りに出ると、ラグナスの喧騒が戻ってくる。
商人の声、子どもの笑い声、屋台の匂い。
いつもの街だ。
「……帰ってきたなぁ」
思わずつぶやく。
「一泊二日なのにね」
ユイが笑う。
「でも、一回外の村を見てから戻ると、ちょっと違って見えない?」
「分かる」
クレハが頷く。
「ここが“スタート地点”って感じ」
「うん、それそれ」
ニナが大きく伸びをする。
「じゃ、私はこれから仕入れ回りしてくるから。
また護衛お願いするね!」
「こっちも、実力に見合う範囲なら受けるよ」
「実力以上のは受けない。絶対」
クレハの言葉に、ニナが笑って手を振った。
「それ大事。商人も冒険者も、“背伸びしすぎ”は死ぬからね!」
そう言って、ニナは人混みの中に消えていった。
◇ ◇ ◇
「さて、と」
一息ついてから、ユイがこちらを見る。
「秋人くん、クレハちゃん」
「ん?」
「ちょっと、教会寄ってもいい?」
やっぱり、その話になる。
「昨日言ってたやつか」
「うん。
シスター・エルナに、回復とか支援の魔法のこと……
ちゃんと相談してみたい」
「付き添おうか?」
「……来てくれる?」
少し不安そうに聞いてくる顔に、肩をすくめる。
「どうせ暇だしな。
クレハは?」
「行く。前にも挨拶したけど、
ちゃんと中を見るの、まだしてない」
「じゃ、決まりだ」
そうして俺たちは、街の中央近く──
小高い場所に建っている教会へ向かった。
◇ ◇ ◇
ラグナスの教会は、大きくはないが、白い壁と尖った屋根が印象的だった。
入り口の上には、この世界の“女神”の紋章。
ステンドグラスから差し込む光が、石段に色を落としている。
「緊張する?」
「ちょーっとだけ」
ユイが胸の前で手を組む。
「でも、前に怪我見てもらったし、あの時ちゃんと挨拶もしてるから、大丈夫」
ユイが扉をノックした
コン、コン。
少しして、ギィ、と音を立てて扉が開く。
「はーい……あら」
顔を出したのは、淡い金髪をひとつにまとめた、落ち着いた雰囲気の女性だった。
白と淡い水色の修道服。
柔らかな笑み。
瞳の奥には、静かな強さがある。
「こんにちは。ユイちゃんたちね」
「こんにちは、シスター・エルナ」
ユイがぺこりと頭を下げる。
「この前の擦り傷は、もう大丈夫かしら?」
「はい、おかげさまで」
「よかった」
エルナさんは、俺たちにも視線を向けた。
「秋人くんと紅葉ちゃんも、いらっしゃい。
前はバタバタしてたから、ゆっくり話すのは初めてね」
「お世話になってます、佐藤秋人です」
「クレハ」
軽く頭を下げる。
「今日は怪我? ……ではなさそうね」
俺たちの様子を見て、エルナさんが首をかしげる。
「ご用件は、相談かしら?」
その問いに、ユイが一瞬だけ迷って──
それから真っ直ぐ顔を上げた。
「……相談です」
「そう。どんな相談?」
エルナさんの目が、少しだけ真剣になる。
「私──」
ユイが、胸の前でぎゅっと拳を握る。
「前に出て戦うのが好きで、得意だと思ってます。
でも、それだけじゃダメなんじゃないかって、最近すごく思うようになって」
言葉を探しながら、続ける。
「仲間を支える魔法とか、回復とか、
“後ろからみんなを強くする戦い方”を、ちゃんと覚えたいんです」
エルナさんは、途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
そして──
「……いい顔になったわね、ユイちゃん」
ふっと、柔らかく笑う。
「この前会った時より、“誰かのために”って顔が強くなってる」
「……そう、かもしれません」
ユイが、少しだけ目を伏せる。
「秋人くんのことも、クレハちゃんのことも。
一緒にいる人を、ちゃんと守れるようになりたくて」
「正直ね」
エルナさんが、くすっと笑った。
「“守りたい人がいるから強くなりたい”っていうのは、
神様もきっと嫌いじゃないはずよ」
そう言ってから、俺の方もちらっと見る。
「秋人くん。
あなたはどう? 前に出て戦うことばかり意識してない?」
「……正直、今はそれで手一杯です」
ごまかさずに答えた。
「でも、前に出れてるのは、後ろに二人がいるからだとも思ってます」
「ふふ。いいバランスね」
エルナさんが満足そうに頷く。
「よかったら、中でゆっくり話をしましょう。
回復と支援のこと、ユイちゃんに教えられることはたくさんあるわ」
「……お願いします!」
ユイが、ぱっと顔を上げた。
その横顔を見て、
俺はなんとなく、“ユイにとっての師匠”との本格的な始まりなんだろうな、と感じた。
「秋人くんと紅葉ちゃんも、どうぞ中へ」
エルナさんが、俺たちにも微笑みかける。
「支える役のことは、前に出る人たちにこそ知っておいてほしいの。
それに、いつかあなたたちも、
“誰かに教える側”になるかもしれないでしょう?」
「……それは、ちょっと想像つかないですけど」
苦笑しながらも、俺は頷いた。
前に出る俺も。
支えになろうとしているユイも。
影で支えるクレハも。
それぞれに“師匠”ができて、
少しずつ形を変えていくんだろう。
そんな予感を抱きながら、
俺たちは教会の中へと足を踏み入れた。
つづく。




