第21話 報告と、ベルナの夜
ベルナの木の門が見えてきたころには、山の影が少しずつ長く伸び始めていた。
「おかえり!」
門の横に座っていたトマスのおじさんが、俺たちを見るなり立ち上がる。
「どうだった、鉱山道は?」
「入口の少し先で、“石皮トカゲ”一体と遭遇しました」
俺は素直に答えた。
「今日は様子見のつもりでしたけど……
向こうから絡んできたんで、軽く相手してきました」
「軽く、ねぇ」
トマスのおじさんの目が、じろっと俺たちの防具と武器を見てから、ふっと笑う。
「まぁ、その様子なら“大事にはならんかった”ってことでいいか」
「大事になりそうだったら、全力で逃げました」
これは冗談じゃなく本気だ。
「その顔なら信じていいな。
村長のところに報告してくれりゃ、あとはこっちでうまく伝えとく」
「分かりました」
軽く会釈して、俺たちは広場へ向かった。
◇ ◇ ◇
広場では、ちょうどニナが最後の荷物の確認をしているところだった。
「おっ、戻ってきた!」
俺たちの顔を見るなり、ニナが駆け寄ってくる。
「どうだった? 変なのいた? いなかった?」
「いた」
クレハが、相変わらず淡々と答える。
「石皮トカゲ、一体」
「えっ、マジで出たの!?」
「入口からちょっと奥で、岩のふりして寝てた」
「怖っ。よく無事だったね……」
ニナの顔に、分かりやすい青ざめが浮かんだ。
「ちゃんと入口近くで戻ってきたから、大丈夫」
ユイが、お姉さんみたいな笑顔で言う。
「様子見と、どのくらい厄介そうかの確認まで」
「それと、“一体分の実験”」
つい口が滑った。
ニナがピタッと動きを止めて、じわっとこちらを見る。
「……実験?」
「アキトの魔法、硬い敵への当たり方チェック」
クレハの容赦ない説明。
「だから変な言い方やめろ!」
「でも、事実」
「事実だけど!」
そんな俺たちのやり取りを見て、ニナが少し肩の力を抜いたように笑った。
「ま、無事ならいいや。
詳しい話は、村長と鉱夫のおじさんたちも一緒に聞かせてよ」
「了解」
◇ ◇ ◇
村長の家の前に集まったのは、村長、鉱夫のおじさんたち数人、ニナ、そして俺たち三人。
「で、“硬いの”とやり合ってきたんじゃな?」
村長が、興味深そうに顎をさする。
「正確には、“やり合わされた”ですね」
俺は苦笑しながら、さっきの戦いをかいつまんで説明した。
岩のふりをしている石皮トカゲ。
近づいたら動き出す。
殻は硬くて、普通に殴っても弾かれる。
足の付け根はまだ柔らかくて、そこを狙えば動きが鈍ること。
そして──
「俺の魔法でも、殻全部を壊すのは無理でしたけど……
足の根元とかの“嫌な場所”なら、ちょっとひび入れるくらいはできます」
「ふむ」
鉱夫のおじさんたちが、身を乗り出してくる。
「ひびが入れば、ツルハシでも通りやすくなるか?」
「そのつもりでやりました。
魔法でひびを入れて、ユイの槍でそこを突いたら、ちゃんと殻が割れたんで」
「おお……」
鉱夫たちの目に、ちょっとだけ希望の色が浮かぶ。
「ただ、今日は一体だけでじっくり試せたから、なんとかなった感じです。
複数体で押し寄せられたら、かなり厳しいと思います」
「それでええ」
村長が頷いた。
「わしらが知りたいのは、“無理にやり合ったら死ぬのかどうか”じゃなくて、
“どこをどう狙えば何とかなる可能性があるか”じゃ」
そう言って、ニカッと笑う。
「腹と足じゃろ? 前にそう聞いとったが、
“足の根っこ”が一番効きそう、ってことか」
「はい。動きも鈍りますし」
「よし、鉱夫ども。
明日からは“足元狙い”を意識せぇ」
「了解だ」
おじさんたちが、口々に返事をする。
(……こういうの、ちょっと不思議な感じだな)
ゲームの攻略情報を掲示板に投げるみたいに、
自分の経験を誰かに共有して、それが誰かの命を守るかもしれない。
画面の向こうじゃなくて、目の前の人たちの話だ。
「それと、これも」
俺は、さっきの石皮トカゲの殻を小さく削った石粉を見せた。
ひびを入れた部分から、少しだけ削って袋に入れてきたのだ。
「殻そのものは、かなり硬いです。
でも、薄く削れば、たぶん道具の素材とかには使えると思います」
「おお……」
鉱夫の一人が、石粉を指先につけてまじまじと見る。
「確かに、普通の岩とは違うな。
これ、研磨剤とか、装飾品の下地とかに使えそうだ」
「……“ただ厄介なだけの敵”じゃなくなるかもしれん、ってことか」
村長が、感慨深そうに呟いた。
「“倒したら何かの役に立つ”って分かれば、
ぎりぎりのときに踏ん張る理由にもなる」
「命の次に大事なのは、飯と金じゃからな」
鉱夫たちの笑い声が広がる。
その笑いの中に、少しだけ緊張が解けた空気が混じっていた。
「今日は、よう見て、よう帰ってきてくれた」
村長が、俺たちの方を見て、真面目な顔になる。
「無理して全部片づけようとせず、“今できる分だけ”やって戻る。
それが一番大事じゃ」
「はい」
素直に頷いた。
──“全部倒すのが正義”じゃない。
この世界の現場は、ほんとにそうなんだろう。
◇ ◇ ◇
報告が終わると、ニナが手をぱん、と叩いた。
「はい、じゃあ真面目な話はここまで!
今日はベルナ泊まりだから、ご飯食べよ、ご飯!」
「え、泊まり?」
「そりゃそうでしょ。今からラグナス戻ったら真っ暗だよ?」
ニナが、当然みたいな顔をする。
「冒険者は、“無理に夜移動しない”も大事な仕事だからね。
村の集会所、泊まってっていいって村長が言ってくれてるし」
「もちろんじゃ」
村長が頷く。
「飯は簡単なもんしか出せんが、それでもよければ、
今夜はベルナの客としてゆっくりしていけ」
「……お言葉に甘えさせてもらいます」
腹の虫が、タイミング良く鳴いた。
ユイとクレハが、くすっと笑う。
「秋人くんのお腹が先に返事しちゃったね」
「分かりやすい」
「うるさい」
◇ ◇ ◇
夕方になると、集会所に村の人たちが集まってきた。
大きな鍋にたっぷりのスープ。
焼いたパンと、簡単な煮込み。
鉱夫たちが持ってきた干し肉と、村の奥さんたちが焼いた素朴な焼き菓子。
「豪華料理ってわけじゃないけどさ」
ニナが笑う。
「こういう“現場飯”が一番美味しいんだよ」
「分かる」
椅子に座ってスープを口に運ぶ。
塩気は少し強めだけど、
疲れた身体にはそれがちょうどいい。
「どう、ラグナスの食堂のご飯と比べて?」
「こっちは、“頑張ったあと”の味がする感じ」
「なにそれ」
「褒め言葉のつもり」
ユイが笑いながら、パンをスープに浸している。
クレハはというと──
「……」
無言で、もくもくと食べていた。
けど、耳がいつもよりちょっと赤い。
「クレハ、どう?」
「おいしい」
短い言葉。
「里のご飯と違うけど、“村の匂い”がする」
「それは褒めてる?」
「褒めてる」
村の奥さんたちが、それを聞いて嬉しそうに笑った。
「よかったよかった。細いのによう食べるねぇ」
「鍛えてるから」
クレハの返事が、珍しく即答だった。
◇ ◇ ◇
ご飯のあと、男たちは酒を少し飲み始め、
子どもたちは眠気と戦いながら遊んでいる。
俺たちは、集会所の少し端の方で、一息ついていた。
「……久しぶりに、完全に“仕事やった後の空気”って感じだな」
スープの器を両手で持ったまま、ぼそっと呟く。
「今までも仕事だったけど?」
ユイが首をかしげる。
「いや、なんていうか──」
言葉を探す。
「スライム狩りとか、薬草採りとかは、“自分たちのため”の仕事って感じだったけどさ。
今回は、ちゃんと誰かの生活に繋がってるのが見えるっていうか」
「分かる」
ユイが静かに頷いた。
「ニナちゃんの荷物を護衛して、村に届けて、
鉱夫さんたちに情報渡して。」
「私たちがやらなくても、誰かがやってたかもしれないけど」
クレハが続ける。
「でも、今日この仕事をやったのは、アキトたち」
「そういう言い方されると、ちょっと照れるんだよな……」
でも、嬉しくもある。
「ね、秋人くん」
ユイが、少し真面目な表情になった。
「私もさ。“前に出て戦う”だけじゃなくて、
もうちょっと周りを見るようにならなきゃなって思った」
「急にどうした」
「だって、今日だってさ」
ユイが、持っていた槍をちらっと見る。
「秋人くんが削ってくれたところを、ちゃんと突けたからうまくいったけど……
もし私が変なところに突きにいって、バランス崩したら、
秋人くんの魔法も意味なくなっちゃうじゃん?」
「まぁ……確かに」
「今までは、“私が倒せばOK”みたいな感覚、ちょっとあったんだよね」
ユイが、苦笑いする。
「でも、護衛って、“私が倒す”じゃなくて、
“全員で無事に帰ること”なんだなーって。
今日、改めて思った」
「それ言えるユイ、すごいと思うけどな」
素直にそう思った。
俺はまだ、自分のことで精一杯だ。
仲間のことや、全体のバランスをちゃんと考えられる余裕は、
正直、そこまでない。
(こういうところ、昔からユイの方が大人だよな……)
ちょっとだけ、そんなことを考える。
「だからさ」
ユイが、少し照れたように続ける。
「いつか、ちゃんと回復魔法とか、
強化する魔法とかも覚えたいなって思うんだ」
「ユイが?」
「うん。前に出て戦うのは好きだし得意だけど──
それだけだと、秋人くんが無茶できないでしょ?」
「無茶前提なのやめろ」
「でも、秋人くんが“ここなら踏み込める”って思えるように支えたいんだよ」
さらっと、爆弾みたいなことを言う。
「……お前、それ普通にプロポーズの台詞みたいだからな?」
「えっ」
自分で言っておいて固まるユイ。
耳が真っ赤になっていくのが見える。
「ち、違う違う。
そういう意味じゃなくて、その、パーティ的な意味で、えっと──」
「ユイ、落ち着いて」
クレハが、横からそっと背中をさする。
「でも、“そういう意味”も、少しはあると思う」
「クレハ!?」
「見てて分かる」
「分からなくていいから!」
ユイが顔を両手で覆う。
その様子を見て、なぜかクレハまで耳が赤くなっていた。
「……まぁ」
俺は、ちょっとだけ視線をそらしながら言った。
「前に出るのは好きにすればいいけどさ。
あんまり一人で頑張りすぎるなよ」
「うん?」
「お前が勝手に全部抱え込んで、後で倒れたら──
その、“秋人くんが無茶できないでしょ?”って話、
今度は逆になるからな」
「……」
ユイが、手の隙間からじっと俺を見た。
数秒。
そして、ふっと笑う。
「うん。
じゃあ、“一緒に無茶できるように”頑張る」
「言い方ァ!」
この幼馴染、ほんと時々怖い。
◇ ◇ ◇
夜も更けて、集会所の灯りが少し落ちたころ。
俺たちは、仕切りでなんとなく区切られた一角に、簡易ベッドを並べて寝ることになった。
「秋人くん、こっちがいい?」
「どっちでもいいけど」
「じゃあ、真ん中」
「なんでだよ」
「クレハちゃんと両側から挟む」
「挟まないで」
結局、左からクレハ、俺、ユイの順番になった。
天井の木の梁をぼんやり見ながら、
布団の上で大の字になって息を吐く。
(なんだかんだで、盛りだくさんだったな、今日は)
護衛任務。
ゴブリンの罠。
石皮トカゲとの初戦闘。
村への報告。
ベルナでの晩ごはん。
ユイのちょっと真面目な話。
全部まとめて、胸の奥がじんわりと温かい。
「アキト」
隣から、小さな声。
「ん?」
「今日の戦い方、よかった」
クレハの声だ。
「突っ込まないで、ちゃんと見て、削ってた」
「……なんか、評価されるとむず痒いな」
「むず痒いくらいが、ちょうどいい」
クレハの言葉が、妙にしっくりくる。
「明日も、ちゃんと見て、ちゃんと帰ろ」
「おう」
その会話を聞いていたのか、反対側からユイの声。
「明日は、ラグナスに戻ったら──」
少し迷ったあとで、続ける。
「教会、行こうかな」
「教会?」
「うん。
“前に出るのも支えるのも、どっちもちゃんとできるようになりたい”って、
誰かにちゃんと相談してみようかなって」
その「誰か」が、たぶん今後のユイの師匠になるんだろうな、と
なんとなく思った。
「いいんじゃないか」
目を閉じたまま、答える。
「俺も、多分そのうち、誰かからちゃんと魔法教わらなきゃいけなくなるしな」
「秋人くん、先生とか苦手でしょ」
「うるさい」
でも、たぶんそのときは──
今日みたいに、
「少し怖くて、ちょっと楽しくて、ちゃんと前に進める日」になるんだと思う。
そんなことを考えながら、
俺はゆっくりと目を閉じた。
ベルナの夜は静かで、
遠くで風が、山肌を撫でていく音だけが聞こえていた。
つづく




