第20話 岩トカゲと、「ゲームで見たやつ」を本気でやってみた
午後。
ベルナの広場でひと息ついてから、俺たちは鉱山道の入口を目指して歩いていた。
案内役は、村の少年リナスだ。
「この先のカーブを曲がると、山道って感じになってくるよ」
腰くらいの草をかき分けながら、リナスが振り返る。
「岩がゴロゴロしててさ、たまに“変なの”もうろついてるけど……
入口くらいなら、そんなに危なくないはず」
「“変なの”って、例の岩トカゲのこと?」
ユイが確認する。
「うん。村の人たちは“石皮トカゲ”って呼んでる」
名前のまんまだな、と思う。
「今日は入口までって約束だよ」
ユイが念を押した。
「絶対深追いしない。危険度だけ見て帰る」
「了解」
クレハも、いつもの無表情でコクリと頷いた。
俺も、革ベストの上から胸を軽く叩く。
(……とはいえ)
頭の中では、さっき鉱夫から聞いた話を何度も繰り返していた。
──背中から尻尾にかけて石みたいな殻。
──普通のツルハシは弾かれる。
──弱点は腹と足。ただし、すぐ丸まって守る。
(ゲームだったら、絶対「硬くてウザい中ボス」ポジだよな、これ)
剣でガンガンやり合うより、何か工夫しないと面倒なタイプだ。
(硬い敵には、関節か、属性か、状態異常。
※子どもの頃からやってきたゲームがそう言っている)
自然と、そんな“ゲーム攻略本”みたいな思考になる。
◇ ◇ ◇
少し登ると、道は細くなり、両側を岩場が挟むようになってきた。
「ここが、鉱山道の入口って言われてるところ」
リナスが立ち止まる。
先には、さらに細く険しい山道が続いている。
左右は崖まではいかないが、斜面はきつい。
「本格的に鉱山に入るのは、この先から。
“硬いの”がよく出るのも、もうちょっと先」
「じゃあ今日は、この辺りまでだね」
ユイが周囲を素早く見回す。
「少しだけ奥を覗いて、“気配がどれくらいあるか”だけ確認しよう」
「クレハ?」
「うん」
クレハが、目を閉じて小さく鼻を鳴らした。
……数秒。
「一体。近い」
目を開いたクレハの声が、いつもより少し低い。
「この先のカーブの向こう。
岩の影に、じっとしてる」
「……マジか」
心臓が一回、強く打つ。
でも同時に、どこかでワクワクしている自分もいる。
(初見の敵を見る時の、この感じ。完全にRPGのボス手前だよな)
「リナスは、ここで待っててくれ」
「え、でも──」
「ここから先は、“仕事モード”だから」
ユイが、優しくもはっきりと言う。
「入口まで案内してくれただけでも十分助かったよ。
この先は、危なくなったら全力で逃げるし」
「……分かった」
リナスは悔しそうにしながらも、ちゃんと頷いた。
「じゃあ、村の人に伝えといてくれる?
“入口で変なの一体見つけたけど、今日は様子見して帰るっぽい”って」
「うん!」
少年は全力で頷いて、駆け下りて行った。
◇ ◇ ◇
三人だけになった山道は、妙に静かだった。
風が岩の隙間を抜ける音。
小さな砂利を踏む音。
自分の呼吸の音。
「作戦、どうする?」
ユイが、小声で訊いてくる。
「一体だけなら、正面から突っ込まずに、動きを見たい」
俺も声を落として答える。
「どれぐらい硬いか。どのタイミングで丸くなるか。
あと、こっちの攻撃への反応」
「アキトの魔法も、試してみる?」
「……正直、結構試したい」
これは嘘じゃない。
こっちに来てから、ちょこちょこ魔法は練習してきた。
火の玉。風の弾。水の弾。
それをちょっとだけいじった、弱い熱風とか、水の流れとか。
でも今までは、相手が柔らかい魔物ばかりだったから、
正直、剣で殴った方が早い場面が多かった。
(でも、こういう“硬い敵”こそ、魔法で遊──……試すチャンスじゃないか?)
ゲームと漫画が、耳元で囁いてくる。
──硬い敵には属性か、関節。
──物理で削る前に、防御を崩せ。
「分かった」
ユイが、にやっと笑った。
「じゃあ今日のテーマは、“石皮トカゲにアキトの魔法を当ててみる”ね」
「私とユイが動きを止める。アキト、“外側を壊す担当”」
クレハが、淡々と続ける。
「役職名が物騒」
でも、分かりやすい。
◇ ◇ ◇
カーブの手前で一度止まり、
クレハが先に影のように岩の間へ消えていく。
しばらくして、指先で「おいで」の合図。
俺とユイは、慎重に前へ進んだ。
カーブを曲がると、そこは少し開けた岩場になっていた。
大小様々な岩がゴロゴロと転がる中──
ひとつだけ、妙に“生き物っぽい”岩がある。
丸っこい岩。
背中に走る、ひび割れのような模様。
よく見ると、かすかに呼吸に合わせて膨らんでいる。
(あれだな……絶対あれだな)
ゲームで何回も見た。
「近づくと急に動き出す岩」パターン。
「アキト、どうする?」
ユイが、小声で訊く。
「とりあえず、ちょっとだけ“つついて”みる」
剣でいきなり殴る気にはなれなかった。
どうせ硬い。
だったら、遠くから反応だけ見たい。
俺は左手を前に出し、集中する。
(水の魔法……前に練習した、弾丸じゃなくて“糸”みたいなやつ)
頭の中で、イメージを固めていく。
水を細く、細く。
髪の毛とか釣り糸くらいまで細めて、
まっすぐ飛ばす。
名前なんてないけど、こういうのはノリだ。
「……《ウォーターライン》」
小さく呟いて、指先で岩をなぞるような感覚で魔力を放つ。
シュッ。
目にはほとんど見えない。
でも、確かに何かが指先から走っていき──
岩の表面で、シャッ、と小さな音がした。
石の表面が、細く一筋だけ白くなっている。
「……おお」
思わず声が漏れた。
(ダメージっていうより、“ひっかき傷”って感じだけど……
ちゃんと削れてはいる)
ゲームで言うなら、
「防御力はほぼ減ってないけど、ガードにヒビが入った」みたいな。
その瞬間──
“岩”が、ビクリと動いた。
背中のひび割れが開き、
石殻の隙間から、黄土色の皮膚が覗く。
にゅるっと顔が出た。
三角形の頭。
細い目。
長い舌。
「……石皮トカゲ、起きた」
クレハの声が、岩場のどこからか聞こえた。
「ギュルル……」
低い唸り声。
トカゲはゆっくりと体を伸ばし、
背中の石殻をガチガチと鳴らしながら、こっちを見る。
その目が、
さっき削られた自分の殻をちらりと見て、
次に俺の指先をじろっと見て──
ギロッ、と完全に敵認定してきた。
「……うん。今ので“犯人はお前か”って顔された」
「実際アキトが犯人」
ユイのツッコミが容赦ない。
◇ ◇ ◇
「来るよ」
ユイが槍を構え直す。
トカゲは低い姿勢で、ズズッ……ズズッ……と滑るように近づいてきた。
見た目のわりに速い。
ゲームだったら、ここで「思ったよりモーション速い!」って叫ぶやつだ。
「距離、五。四。三──」
クレハのカウントと同時に、トカゲが跳んだ。
丸まって転がるんじゃなくて、
まずは頭を低く突き出しての体当たり。
「正面!」
俺は横に避け、
ユイは槍の柄でトカゲの頭をそらすように受けた。
ゴロッ!
トカゲの背中が岩に当たり、その反動で少し転がる。
「腹、まだ見せてない」
クレハが、岩陰から石を投げる。
石がトカゲの脇腹に当たり、わずかにそっちを見る。
(今だ)
俺は、もう一度左手を構えた。
(さっきの“線”だと弱い。
だったら今度は、“一点集中バージョン”だ)
水を、もっと尖らせるイメージ。
線じゃなくて、針。
爪楊枝どころか、縫い針レベルまで細くして、
勢いをつけて刺す。
狙うのは、さっき見えた足の付け根。
「そこっ!」
トカゲの左前足の根元めがけて、魔力を放つ。
──キンッ。
小さな金属音のような音。
殻の隙間に、何かが食い込んだ手応えがあった。
「ギュッ……!」
トカゲの脚が、ぐらりと揺れる。
完全には崩れてないけど、
動きが明らかに鈍った。
「今!」
ユイが横から滑り込むように槍を突き出す。
狙うのは、さっき俺の魔法が当たった付け根の少し上。
殻がわずかに薄くなっている部分だ。
ガンッ!
音と一緒に、殻にヒビが広がる。
トカゲが、慌てて丸まろうとするが──
左前足がうまく畳めないのか、動きが変に重い。
(よし……!)
ゲームで散々見た光景が、現実に目の前で起きている感覚だった。
“魔法で防御を削って、物理でそこを叩く”。
画面の向こうの話だと思ってた組み合わせが、手の中にある。
「アキト、右後ろ!」
クレハの声。
トカゲが体勢を立て直そうと重心を移した瞬間、
右後ろの足の付け根が一瞬だけ露出した。
そこに、さらにもう一発。
「……もういっちょ!」
さっきと同じ針のイメージで、水を飛ばす。
──キキッ。
耳に嫌な音が届き、
トカゲの右後ろ脚が、がくんと落ちた。
支えを失った体が、その場で崩れ、
腹がわずかに見える形で横倒しになる。
「ユイ!」
「任せて!」
ユイの槍が、迷いなくその腹を貫いた。
柔らかい肉を突き破る感触。
石を叩いたときの“ガンッ”じゃなくて、“ズブッ”という手応え。
トカゲが短く悲鳴を上げ、びくびくと震え──
やがて、静かになった。
◇ ◇ ◇
「……ふぅ」
息を吐き出す。
鼓動は速いけど、さっきのゴブリン戦より頭は冷えてる気がした。
ユイが槍を引き抜き、血を払いながら振り返る。
「今の、完全に“アキト起点のコンボ”だったね」
「コンボって言うな」
でも、自分でもそう思う。
硬い殻を正面からぶっ叩くんじゃなくて、
関節に引っかき傷をつけて、そこを狙う。
ゲームと漫画で刷り込まれた“硬い敵の攻略法”を、
そのままやっただけだ。
「アキト」
岩陰から出てきたクレハが、トカゲの足元を見ながら言う。
「今の魔法、“嫌なところ”にちゃんと当たってた」
「嫌なところ?」
「動けなくなるところ。
足の根元は、どの敵でも嫌がる」
言い方は淡々としてるけど、たぶん褒めてくれている。
「完全に壊せなくても、“動きが悪くなる場所”を狙うの、大事」
「ゲームで言うと、“転ばせる前の削り”だな」
「分かりやすいけど、分かりたくない例え」
ユイが苦笑する。
◇ ◇ ◇
トカゲの死体を道の端に寄せつつ、改めて観察する。
背中の殻は、やっぱり固そうだ。
さっきの針魔法の跡が、白い線になっていくつか残っている。
(直撃で倒すのは無理だけど、“狙いどころを浮き上がらせる”くらいには使えるな)
頭の中で、さっきの感覚を必死に覚え込ませる。
──水を細く。
──「刺す」イメージ。
──硬いところじゃなくて、「動きの支点」を狙う。
「アキト、顔」
「ん?」
「さっきから、ちょっとニヤニヤしてる」
ユイがじっと見てくる。
「……そんなに?」
「うん。“ゲームの新しいコンボ見つけたときの顔”」
「あー……自覚はある」
否定できなかった。
「でも、“楽しいから突っ込む”のだけはダメだからね?」
ユイが、お姉さんみたいな顔で釘を刺す。
「うん。そこは分かってる」
楽しさと、怖さと。
それを両方持ってないと、本気で死ぬ世界だ。
「アキトが楽しそうに戦うのは、ちょっと安心する」
クレハが横からぽつりと言う。
「無理してる時、顔が固い」
「さっきも言ってたな、それ」
「同じこと、何回でも言う」
それはそれで、ありがたい。
◇ ◇ ◇
「さて、と」
トカゲの死体をもう一度道の端に寄せ、岩陰に隠す。
村人や鉱夫がここを通るとき、いきなり死体を見て驚かないように、
簡単に石で隠しておいた。
「これ以上、今日は行かない方がいいね」
ユイが、山道の先を一度だけ見てから言う。
「一体相手に、けっこう集中力使ったし。
今日の約束も“入口まで”だしね」
「だな」
俺も頷く。
「“今日の目的は、様子見と試し撃ち”ってことにしよう。
これ以上は、完全に予定外の戦いになる」
「賛成」
クレハもあっさり同意した。
「無理に進んで死ぬの、忍びでもバカ扱い」
「例えが極端」
でも、分かりやすい。
◇ ◇ ◇
山道を下りながら、俺はさっきの戦いを何度も頭の中で再生していた。
硬い敵には、正面から力比べを挑まない。
“嫌なところ”を狙って、動きを悪くする。
(ゲームの中で散々やってきたことを、
やっと現実でちゃんと使えた感じだな)
魔法も、難しい理屈なんて分からない。
でも、「こうしたら面白そう」「こうしたら効きそう」っていう感覚は、
これまで遊んできたゲームや漫画が、ちゃんと覚えさせてくれている。
「アキト」
隣で歩くユイが、ふいに口を開いた。
「今日の魔法、“らしいな”って思った」
「らしい?」
「難しい顔して計算してる感じじゃなくてさ」
ユイが笑う。
「“あ、こうしたら効きそう”って、自分の中のゲームの経験とか、
今までの稽古の感覚をそのまま混ぜて使ってる感じ」
「……まぁ、実際そんな感じかも」
ちゃんとした魔法理論なんて、俺には分からない。
でも、「こういう場面なら、こう動いた方がいい」っていう
身体の方の感覚は、昔から道場で叩き込まれてきた。
そこに、ゲームで覚えた“敵の攻略パターン”が、勝手にくっついてくる。
「だからさ」
ユイが、少しだけ真面目な顔になる。
「変に“頭良い人っぽく”考えようとしないでいいと思うよ。
秋人くんは秋人くんのままで、ちゃんと戦えてるから」
「……おう」
そう言われると、やっぱりちょっと照れる。
「アキトの変な魔法、“里では見たことない”」
クレハも、こくりと頷いた。
「でも、“味方でいると助かる魔法”」
「それは、めちゃくちゃ嬉しいな」
本音でそう思う。
ゲームの知識とか、オタク趣味とか。
元の世界では、正直役に立ってる実感はあんまりなかったけど──
今は、それで誰かの役に立ててるなら。
(それで十分だよな)
「じゃ、戻ろっか」
山の空気を一度深く吸い込んで、
俺たちはベルナの村へと下りていった。
硬い岩と、硬い殻と。
それを、ゲームで覚えた“嫌な攻撃の仕方”で少しずつ崩していく。
俺の魔法は、難しい理屈なんて分からない、
ただの「オタクのひらめき」みたいなものかもしれない。
──でも、それで仲間と自分を守れるなら。
それはそれで、悪くない戦い方だと、
今の俺は素直に思っていた。
つづく。




