第19話 ベルナ村と、鉱山道の“硬いやつ”
ベルナ村の入口には、簡素な木の門が立っていた。
門番らしきおじさんが一人、腰をかけてぼんやりしていたが、
ニナの荷馬車を見るなり、ぱっと顔を明るくした。
「お、ニナじゃねぇか!」
「やっほー、トマスのおじさん! 今日も元気?」
「おうよ! そっちはどうだ、東の道は?」
「ちょっとゴブリンの罠が増えてたー。
でも今回は、この子たちが綺麗に片づけてくれたよ!」
ニナが、ドン、と自慢げに俺の背中を叩く。
「商売道具なので壊さないで」
「固い固い」
トマスと呼ばれた門番のおじさんが、じろっと俺たちを見てニヤッと笑った。
「なるほど、ちゃんと前衛が一人、槍が一人、そして──」
クレハを見て、微妙に言葉を止める。
「……影?」
「だいたい合ってる」
クレハの自己申告が、一番正確かもしれない。
「まぁ、ニナの護衛受ける時点で、腕は信用していいってこったな。
中入っていいぞ。今日の荷は?」
「いつもの雑貨と食料と、ちょっとした嗜好品!」
「うちのかみさんがまた喜ぶな」
そんなやり取りを横目に、俺たちは馬車と一緒に村の中へ入った。
◇ ◇ ◇
ベルナ村は、本当に小さな村だった。
木造の家が十数軒。
畑がその周りを囲み、奥には山へ続く道が一本伸びている。
村の広場に馬車を止めると、
子どもたちがわらわらと集まってきた。
「ニナ姉ー!」
「お菓子ー!」
「はいはい、順番ね!」
ニナが笑いながら、荷台から小さな紙袋をいくつか取り出す。
「これはお手伝いしてくれた子のぶん。
今日は荷降ろし多いからねー、力自慢の子はあとで集合!」
「はーい!」
子どもの群れの中に、ちらっと年上っぽい少年の姿も見えた。
こっちを、じっと“物珍しいものを見る目”で観察している。
(……まぁ、見たことない冒険者が来たらそうなるよな)
「ニナ、リーダー格は?」
小声で尋ねると、ニナがあごで広場の奥をしゃくった。
「村長さんはあっち。
元鉱夫で、今は村のまとめ役してる頑固ジジイ」
「頑固って言っちゃったよこの子」
「でも、いい人だから。ちゃんと挨拶しよ?」
◇ ◇ ◇
村長の家は、他の家より少しだけ大きかった。
戸口の前で声をかけると、中から腰の曲がった老人が出てくる。
「ニナか。今日もよう来たな」
「おじいちゃん、こんにちは!」
ニナが遠慮なく抱きつく。
村長は「おぉおぉ」と苦笑しながら、ゆっくり俺たちの方を見た。
「そちらが、今回の護衛か」
「はい。アキト、ユイ、クレハです」
俺たちは順番に頭を下げた。
「ラグナスから来た冒険者です。
荷物とニナさんを、無事ここまで送り届けるのが仕事です」
「ふむ」
村長の目が、じろりと俺たちをなめるように見たあと──
ふっと和らいだ。
「顔つきは若いが、目が悪くない。
お前さん、馬の前に出たことあるか?」
「……なんで分かるんですか」
「鉱山道じゃ、たまに馬が暴れるからな。
止めようとして踏まれていった奴も、ようおった」
そう言って、村長は小さく笑った。
「ニナの護衛を受けるってことは、道中のこと、ちゃんと考えて来たんじゃろう。
まぁ、うちの村に入ったからには、客人だ」
「ありがとうございます」
「荷の受け取りは、あとで各家から出てくる。
その前に──」
村長は、山の方角をちらっと見た。
「ニナから聞いとるかもしれんが、最近、鉱山道の方で少し厄介なのが出てな」
やっぱり、そっちか。
「岩をかぶったトカゲみたいなやつでの。
ピッケルもそうそう通らん硬さで、鉱夫が何人か怪我しとる」
「道まで降りてきてますか?」
「今のところは、鉱山の少し手前でうろついとるくらいだが……
時々、山道の方から不穏な音が聞こえる。
いずれ村の方に下りてきてもおかしくない」
「……」
山の硬い魔物。
タツミさんの“硬いやつ”の話と、完全に一致した。
「今日すぐにどうこうせいとは言わん。
ただ、鉱夫たちからも、ラグナスのギルドに相談は行っとるはずじゃ」
村長が、俺たちの服と防具を見て、ふ、と笑う。
「どうせ、そのうち“上からの仕事”で鉱山を見に行くことになるじゃろ。
もし、お前さんらがそのときまで無事でおったら──」
言い方。
「その時は、村ごと頼らせてもらうかもしれん」
「……生きてたら、でいいなら」
俺は素直に言った。
「そのときは、ちゃんと考えさせてください」
「生きてるのが前提じゃ。
死んだ者に仕事は頼まん」
村長が、ケラケラと笑った。
(このじいさん、けっこう好きかもしれない)
◇ ◇ ◇
荷物の受け渡しが始まると、広場は一気に賑やかになった。
干し肉、塩、布、釘、鍋、子ども用の小さなおもちゃ。
「これ、ずっと待ってたやつ!」
「わしの腰当ての布、これじゃ!」
「娘の誕生日用のリボン、忘れとらんかったか!」
「忘れてない忘れてない!」
ニナは、小さな体でテキパキと荷物を渡していく。
途中で「ちょっと手、貸して!」と声をかけられ、
俺たちも荷物運びを手伝うことになった。
「秋人くん、こっちの樽お願い!」
「はいはい。……結構重いなこれ」
肩に担いで運んでいると、
近くで見ていた村の女の子が、じーっとこっちを見ていた。
「お兄ちゃん、すごい力」
「そうでもないよ」
「お兄ちゃん、ユイお姉ちゃんの旦那さん?」
「違うからね!?」
即答した。
その瞬間、「ふふ」と笑う声が背後から聞こえる。
「へぇ、“旦那さん”かぁ」
「違うって言ってるだろ!」
振り返ると、ユイがニヤニヤしていた。
「でも、将来的にはそうなってもいいかな、とは思ってるよ?」
「さらっと爆弾落とすな!」
近くの村の奥さんたちが、クスクス笑いながらこっちを見ている。
やめてほしい、視線が痛い。
「アキト」
今度は反対側から、クレハに袖をちょんと引っ張られる。
「私も、“護衛対象”ってよりは、“相棒”って思ってる」
「こういうときだけ真顔でそんなこと言うな!?」
村人たちの視線が、“面白いものを見つけた目”に変わっていく。
「ベルナ村に、早くも新しい噂が……」
ニナが荷物の間からこっそり囁いてきた。
「“ラグナスからやってきた剣士と、その幼馴染と忍びの三角関係”」
「変なタイトルつけるな!」
◇ ◇ ◇
荷物運びがひと段落した頃、
村の奥から、がっしりした体格の男たちが何人かやってきた。
手にはツルハシやハンマー。
鉱夫たちだ。
「ニナ、いつもの粉、届いたか?」
「うん、ちゃんとあるよ。
ただ、鉱山道の様子、ちょっとだけこの子たちにも教えてあげてくれる?」
「護衛か?」
髭面の鉱夫が、俺たちを見て首をかしげる。
「ラグナスから来た新人冒険者です。
東門のグレンさんや鍛冶屋のタツミさんからも、鉱山道の魔物の噂は聞いてて」
「ほぉ。タツミの紹介なら、腕は信じていいかもしれんな」
鉱夫が腕組みする。
「最近、硬いトカゲが出るって聞いたんですけど」
「そうそう。あいつが厄介でな」
鉱夫が、地面に簡単な形を描く。
「体は人間の半分くらいの大きさなんだが、
背中から尻尾にかけて、石みてぇな殻をかぶってやがる。
普通のツルハシじゃ、表面で弾かれちまう」
「弱点は?」
「腹と足だな。そこはまだ柔らかい。
ただ、すぐに背中を向けて丸くなるから、なかなか隙を見せねぇ」
あー……完全に「ハンター的ゲーム」で見たやつだ。
でも、ここは本物だ。
下手に“ゲーム的”に考えると痛い目を見る。
「今日はそこまで行くつもりはないけど」
ユイが、慎重に言葉を選ぶ。
「鉱山道の入口くらいまでは様子を見に行きたいな、と思ってます。
道の状態とか、どこから危ないかとか」
「ほぉ」
鉱夫が、少しだけ目を細めた。
「見に行くだけ、か?」
「見に行くだけです。……基本的には」
俺は、腹をくくって言った。
「“倒せそうだから倒す”じゃなくて、
“今の自分たちがどこまで踏み込んでいいか”を見極めたいんです」
「……」
一瞬の沈黙のあと、鉱夫は小さく笑った。
「気に入った。
そういうやつの方が、案外長生きするもんだ」
「それ、里でも言われた」
クレハが小声で相槌を打つ。
「鉱山道の入口までは、村の若いの一人つけてやる。
あとは自分の目で確かめな」
「いいんですか?」
「どうせ、上からいずれ“調査”の依頼が来る。
その前に、道の様子が分かってりゃ、こっちも助かる」
そう言って、鉱夫は広場の端にいた少年を手招きした。
「おーい、リナス!」
「なにー?」
さっき俺たちをじっと見ていた少年が、慌てて走ってくる。
「こいつらを鉱山道の入口まで案内してやれ。
いつも草むらで遊んでるだろ、道くらい分かるだろうが」
「遊んでるんじゃなくて、偵察してるんだよ!」
言い返し方が、ちょっとクレハっぽい。
「リナスです。よろしく……します」
少年は、ちょっと照れながらも、しっかり俺たちを見た。
「僕も、いつか冒険者になりたいから……
その、勉強させてください!」
「頼もしいね」
ユイが微笑む。
「じゃあ、こっちもちゃんと勉強させてもらわないとね」
◇ ◇ ◇
「で、いつ行く?」
荷物運びと村長との話を終えて、
青い灯火亭のベルナ支店……ではなく、
村のちょっとした集会所で一息つきながら、ユイが聞いてきた。
「今日の夕方に入口だけ見て、
明日は朝から村を出て、そのままラグナスに戻るルートの中で“もう一回確認”とか?」
「いいと思う」
クレハが頷く。
「夕方なら、魔物もそこまで活発じゃない。
入口までなら、戻る時間も読める」
「ニナは?」
ニナは、配り終わったお菓子の箱を抱きしめながら、少し考える顔をした。
「……正直、ちょっと怖いけど」
それでも、俺たちを真っ直ぐ見て言う。
「“入口まで見に行く”くらいなら、賛成。
ちゃんと戻ってきてくれれば、ね」
「あぁ」
ニナの言い方が、妙に胸に響いた。
(“ちゃんと戻ってくる”前提じゃないと、誰も安心できないんだ)
護衛も、商人も、村も。
「じゃあ、荷物運び終わって一息ついたら、
午後、鉱山道の入口まで行ってみよう」
そう決めた瞬間──
この村での“今日のメインイベント”が、決まった気がした。
硬い魔物と、硬い岩と。
その間に挟まれた、人間たちの生活のために。
俺たちは、“突っ込まない勇気”をもう一度握りしめて、
ベルナの山へ向かうことになる。
つづく




