第18話 はじめての襲撃と、“突っ込まない勇気”
ラグナスの東門を抜けると、石畳はすぐに固く踏みしめられた土の道に変わった。
両脇には畑と、小さな林。
空は高くて、風は思ったよりも優しい。
「おおー、ちゃんと旅してる感ある」
荷馬車の横を歩きながら、思わず口から出る。
「分かる。なんか“序盤のフィールド”って感じ」
ユイも笑う。
「ゲームに例えない」
クレハが、淡々とツッコむ。
馬車の上では、ニナが荷台の縁に腰かけて、こっちを覗き込んでいた。
「ラグナス〜ベルナ間はね、冒険者的には“入門編の道”なんだよ」
「入門編ねぇ」
「魔物も出るけど、ほとんどは小型だし、道もそこそこ整備されてるし。
でも、油断した新人がたまにやらかすから、こうして護衛依頼も出るわけ」
「やらかす、って?」
「“お、魔物だー!”って全員で突っ込んで、馬車置いてけぼりにするとか」
「……バカなの?」
クレハの言葉が刺さる。
でも、想像できてしまうのが怖い。
「だから今日は、“突っ込まない勇気”もちゃんと覚えてね」
ニナがニシシと笑う。
「アキトなら、できそうだけど」
「どういう意味だよ」
「ちゃんと周り見るタイプって意味」
それなら、まあ悪くない。
◇ ◇ ◇
しばらくは何事もなく、道は穏やかだった。
すれ違うのは、荷物を積んだ農民の荷車や、たまに行き交う商人の一行くらい。
「こんにちはー!」
ニナが、すれ違う度に元気よく声をかける。
相手も「おう、ニナか」「また東か」と返してくる。
どうやら、東ルートではそこそこ顔が売れているらしい。
「常連さん多いんですか?」
「うん。ベルナは小さい村だけど、その先に鉱山道があるからね。
鉱夫さんたちとか、その家族とか、行き来する人は一定数いるんだ」
「鉱山……」
タツミさんの話を思い出す。
「硬い魔物って、やっぱり鉱山の方で出る?」
「うん。岩かぶった変なトカゲとか、殻がやたら硬い虫とかね。
今日はそこまでいかないけど、道中でもたまに迷い込んでくるよ」
「そっちは会いたくないなぁ……」
そんな話をしていた、ちょうどそのときだった。
「……止まって」
前方を歩いていたクレハが、ぴたりと足を止める。
俺たちも、すぐに身構えた。
「どうした?」
「匂い」
クレハの鼻が、微かに動く。
「血と、油と、獣。少し古い」
ゆっくりと、手で前方の道を示した。
「この先、何かあった」
ニナが、御者に合図を送って馬車を止めさせる。
「ちょっと様子見てくる?」
「うん。でも、“様子見に行く人”と“馬車のそばに残る人”、分けた方がいい」
ユイが冷静に言う。
「じゃあ俺が前に出て、クレハが一緒に。ユイは馬車のそばで援護」
「了解」
「分かった」
◇ ◇ ◇
俺とクレハは、少し離れたところからゆっくりと前方の様子をうかがった。
道の先──少し広くなった場所に、壊れた木箱がいくつか転がっている。
乾いた血の跡。
土にこすれた車輪の跡が、道の脇へ逸れて消えていた。
「……襲撃跡か」
「たぶん。一日か二日前」
「分かるのか、それ」
「血の乾き方。匂いの強さ」
クレハの感覚には、素直に感心するしかない。
「魔物?」
「それだけじゃない」
クレハが、道の端の草むらを指さす。
「足跡。小さいけど、靴」
「人間、か」
しゃがんでよく見ると、小さな足跡がいくつも重なっていた。
子どもというより、“背の低い大人”っぽい。
「ゴブリン?」
「可能性高い」
さっきグレンさんが言っていた話が、頭の中で繋がる。
(街道に出てくるゴブリン、か)
さらに視線を動かすと──
「クレハ、あれ」
道の真ん中。
何でもないような土の上に、不自然に盛り上がった小さな土の山があった。
その少し手前の地面に、薄っすらと踏み跡。
「罠」
クレハが、即答する。
「踏むと、何か落ちる。もしくは飛ぶ」
「なんでそんな自信満々なんだよ」
「里で似たの仕掛けた」
犯人だった。
「じゃあ、ここで襲われた馬車が、森の方に退避して、その先で……」
どこまで無事だったかは分からない。
「とりあえず、この罠壊した方がいいな」
「壊すのも、罠」
「だよな」
グレンの言葉が頭をよぎる。
──“敵を見つけたらすぐ突っ込むのは厳禁だ”
ユイの待つ馬車の方へ一度戻ることにした。
◇ ◇ ◇
「罠、ありました」
戻って状況を伝えると、ユイの顔が引き締まる。
「ゴブリンの可能性、高い?」
「足跡の感じからして、多分そう」
「じゃあ、道の前方に“罠エリア”が一つはあるってことだね」
ユイが、地面に簡単な図を描く。
「今ここが馬車。
少し先に罠があって、その周囲のどこかに“襲撃ポイント”がある」
「ゴブリン、まだ近くにいる?」
ニナが、不安そうに周囲を見る。
「分からない。でも、最近の跡だから……」
俺は、森の縁を見ながら続けた。
「“この道は狙える”って覚えられてる可能性は高い。
この道をそのまま進んだら、いずれ同じように襲われるかも」
「……」
場に、小さな沈黙が落ちる。
(ここで、“どうするか”を決めるのが、護衛なんだよな)
戦うか、避けるか。
道を変えるか、時間をずらすか。
「ニナ。この道以外に、ベルナへ行くルートは?」
「あるにはあるけど、かなり遠回りになる。
荷馬車だと、今日中に着けないかもしれない」
「途中で野営するなら?」
「それもできるけど、その分危険は増えるかな……」
うーん、と唸るニナを見ながら、俺は頭の中で選択肢を並べる。
(罠を残したまま通るのは論外。
避けるにしても、壊すにしても、“一度は罠と向き合う”必要がある)
なら──
「ユイ、クレハ」
「うん?」
「俺たち三人だけで、先に“罠エリア”を掃除しに行かないか」
二人が、同時に俺を見る。
「掃除?」
クレハが首を少し傾げる。
「罠を一つひとつ潰して、可能ならゴブリンの巣の位置も特定する。
馬車は少し手前で待機。
危険そうなら、そこで初めて迂回を検討する」
「……“突っ込まない”前提の“先制攻撃”ってことだね」
ユイが整理してくれる。
「うん。罠をこっちの都合で踏みに行く、みたいな感じ」
「アキト、ちょっと里の策士と似てる」
どんな人だよ、その里の人。
「でも、悪くない案だと思う」
ユイが頷く。
「罠の場所を把握してるのが私たちだけなら、主導権はこっちにある。
ゴブリン相手なら、その方が安全」
「ニナは?」
「私は……」
ニナは、不安そうにしながらも、しっかり俺たちを見つめた。
「正直、怖い。でも、任せたいって気持ちもある。
“護衛依頼”って、そういうことでしょ?」
「そうだな」
俺は素直に認める。
「俺たちも、ここで逃げ続けてたら、いつまでも“荷物を届ける側”にはなれない」
「分かった」
クレハが、小さく頷いた。
「じゃあ、罠掃除作戦、開始」
「名前がそのまんま」
◇ ◇ ◇
ニナと馬車を少し手前の広い場所に待機させ、俺たち三人は再び罠の場所へ向かった。
「さっきの盛り土のやつ、まずは様子見だね」
ユイが、距離を取りながら言う。
「クレハ、何が仕掛けてありそう?」
「踏むと、横から木が飛ぶか、上から何か落ちる。
もしくは、土の下に穴」
アイデアの引き出しが多すぎる。
「じゃ、まず遠距離から」
俺は森の端に落ちていた少し太めの枝を拾い、
距離を取ったまま、盛り上がった土の部分めがけて投げつけた。
──ズボッ。
枝が地面に刺さる。
……何も起こらない。
「空振り?」
「いや、罠の可能性はまだある」
クレハが、慎重に周囲を見回す。
「下からの仕掛けじゃなければ……」
次の瞬間──
「アキト、上」
クレハの声で反射的に顔を上げる。
盛り土の少し先の木の枝に、くくりつけられていた丸太が、
ロープの外れた反動で、道の上に向かって振り子のように落ちかけていた。
(しまっ──)
考えるより先に、身体が動く。
丸太の進路から身を外しつつ、ユイの方へ叫ぶ。
「ユイ!」
「分かってる!」
ユイは、とっさに槍の柄で丸太の側面を受け、
その勢いを横にそらした。
丸太は、俺たちの頭上をかすめて、道の脇の草むらに突っ込む。
ガサガサガサッ!
同時に──
草むらの中で、何かの気配が跳ねた。
「来る!」
クレハが低く叫ぶ。
草むらから、数体の小柄な影が飛び出してきた。
緑がかった皮膚。
汚れた布を身につけた、小さな体。
鋭い歯と黄色い目。
「ゴブリン……」
ゲーム画面で何度も見た姿が、
生々しい匂いと殺気を伴って、三次元で迫ってくる。
◇ ◇ ◇
「数、五」
クレハの声が飛ぶ。
「二体前、三体後ろ。後ろの三体、石と槍」
「前二体は短剣か」
俺はショートソードを抜き、前に出る。
「ユイ、右を頼む!」
「了解!」
ユイが槍を構え、俺の斜め後ろに立つ。
クレハは、一瞬で姿を消した。
(突っ込まない。突っ込ませる)
自分に言い聞かせる。
ゴブリン二体が、ギャッギャッと声を上げながら、一直線にこっちに突っ込んできた。
俺は一歩だけ前に出て、
剣先をわずかに下げる。
誘うように。
先頭のゴブリンが、短剣を振り下ろしてきた。
その刃を、ショートソードの側面で外側に弾き、
同時に肩で体当たりを食らわせる。
ゴブリンの体がバランスを崩した瞬間、
俺は足払いをかけて、地面に倒した。
倒れたゴブリンの首筋めがけて、一気に刃を振り下ろす。
骨を断つ感触。
「一!」
声に出して、自分にも周囲にも伝える。
もう一体が、短剣を突き出してくる。
今度は、真正面から斜めに剣を振り上げて、
その刃を上に逸らす。
ゴブリンの腕ががら空きになる。
そこへ、横から槍の穂先が飛び込んだ。
「せいっ!」
ユイの一突きが、ゴブリンの胸を貫く。
ゴブリンが、血を吐きながら崩れ落ちた。
「前、二!」
後ろから、石の飛んでくる音。
「ユイ、下!」
二人同時にしゃがむ。
頭上を石が飛んでいき、後ろで地面に当たる音がした。
「後ろ、私」
どこからともなく、クレハの声。
瞬間、背後で「ギャッ」という短い悲鳴が上がった。
振り向くと、
一体のゴブリンが、喉元を切られて地面に倒れている。
もう二体は、慌てて距離を取ろうとして──
一本の投げナイフが、一体の肩に突き刺さった。
残った一体が、呆然と振り返る。
その目の先に、
木の陰から静かに現れたクレハの姿があった。
「三」
クレハが、淡々と呟く。
残り一体は──
俺たちを一瞥し、踵を返して森の奥へ駆け出した。
「追う?」
ユイが槍を構え直す。
「いや、深追いはしない」
即答した。
「森の中で無理に追ったら、逆に罠の餌食になる」
「でも、逃がすと──」
「“仲間が襲われた”って情報は、もう向こうに伝わってる」
俺は、森の奥を睨む。
「大事なのは、ここで馬車を守って、
この先の道がどれくらい危険かを見極めることだ」
──“突っ込まない勇気”。
ニナの言葉が、頭の中で繰り返された。
◇ ◇ ◇
戦闘が終わって、周囲に気配がないかを再確認する。
「……今のところ、増援はなさそう」
クレハが言う。
「ゴブリンの死体、どうしよう?」
「道の端に寄せて、簡単に土をかけよう」
俺は手近な枝を使って、転がった死体を道の端へ押しやる。
「こんなところに放置しておくと、別の魔物や獣が寄ってきそうだし」
「ゴブリン同士も、死体を餌にすることがある」
「だからこそ、道の真ん中からはどける」
簡単に土をかぶせながら、
あまり生々しい姿が見えないようにする。
(……ゲームの画面だと、倒した敵は数秒で消えたんだよな)
なんとなく、そんなことを思い出していた。
「アキト」
クレハが、小さく呼ぶ。
「今の戦い方、よかった」
「そうか?」
「突っ込まなかった」
クレハの評価基準が、今回ばかりは嬉しい。
「ちゃんと数を数えて、ユイに声を飛ばして、
“前と後ろ”を分けて見てた」
「まぁ、門番コンビと里の教えと、道場での経験の合わせ技だからな」
「それを使えるのが、すごい」
言われ慣れてない言葉に、ちょっと照れる。
◇ ◇ ◇
馬車のところに戻ると、ニナが少し青ざめた顔でこちらを見ていた。
「お、おかえり……!」
「おまたせ」
ユイが笑って手を振る。
「ゴブリン五体。うち四体は片づけたよ。
一体は森に逃げた」
「無事?」
「こっちはかすり傷もない」
俺は、革ベスト越しに胸を軽く叩いて見せた。
「これのおかげもあるけどな」
「よかったぁ……」
ニナが、荷台に座り込むようにして息を吐く。
「遠くからでも、“ギャーッ”とか“ギャッ”とか聞こえたからさ……」
「その擬音の再現やめて」
でも、気持ちは分かる。
「道の罠は?」
「一つ壊した。丸太がぶら下がってた」
「あー、やっぱり」
ニナが、ちょっと苦い顔をする。
「最近、東の道でそういう仕掛けが増えてるって聞いてたんだよね……」
「この先もありそう?」
「ありそう」
ユイとニナの声が重なった。
「でも──」
ニナが、改めて真剣な顔になる。
「今のを切り抜けられたなら、ベルナまでは、たぶん行けると思う」
「……判断、任せていいか?」
俺は素直に聞いた。
「道の危険度は、商人の方が詳しいはずだ」
「珍しいね。アキトが“任せる”なんて」
ニナが少し驚いた顔をする。
「俺たち、道の素人だからな。
戦う場所を決めるのはともかく、どこまで進んでいいかの線引きは、
この道を何度も往復してるニナの方が分かるだろ」
「……そっか」
ニナは、少しだけ目を見開いてから、ふっと笑った。
「じゃあ、言うね」
荷馬車の前に出て、道の先をじっと見る。
「今日は、ベルナまで行く。
今の感じなら、“危険だけど許容範囲”」
「了解」
「その代わり──」
ニナが、こちらを振り返る。
「これから先、アキトたちの判断で“戦うべきじゃない”って思ったら、
ちゃんと止めて。
護衛は護衛、商人は商人。
お互いの“怖さの感覚”を、ちゃんと合わせながら行きたい」
「……分かった」
それは、すごく大事な言葉だった。
(“守る側”と“守られる側”じゃなくて、
一緒に生きて帰るための“チーム”って感じか)
少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
◇ ◇ ◇
それから先は、
道の脇や森の縁に注意を払いながら、慎重に進んだ。
途中、簡単な縄の罠や、石を使った仕掛けがいくつか見つかったが、
どれも事前に気づいて潰すことができた。
「ゴブリン、ほんとに罠好きだね……」
「頭、いいわけじゃないけど、“嫌なところ”だけ賢い」
ユイとクレハの会話が、妙にリアルだった。
それでも、
大きな襲撃を受けることなく、太陽が少し傾きかけた頃──
「見えてきたよ!」
御者台から、ニナの声が響いた。
前方に、小さな集落の屋根が見える。
木の柵に囲まれた、こじんまりとした村。
畑が広がり、煙がいくつかの家の屋根から立ち上っている。
「ベルナ村、到着!」
ニナが、ぱっと笑った。
胸の奥で、何かがふっと軽くなる。
(──無事に、着いた)
それが、何よりも大きかった。
剣も、魔法も、防具も全部使って。
そして、“突っ込まない勇気”も使って。
俺たちは、初めての護衛依頼で、
ちゃんと“目的地に荷物と人を届ける”ことに成功したのだ。
「とりあえず、第一ラウンドクリアってところかな」
ユイが笑う。
「第二ラウンド、ある」
クレハが、村の奥を見ながら小さく言う。
「鉱山道。タツミの頼み」
「……そうだった」
忘れかけていたサブクエストを思い出す。
「でもまずは、荷物を降ろして、村の人たちに挨拶だね」
ニナが、荷馬車の荷台を叩く。
「“はじめて任された戦い”の続きは、
村と鉱山と──たぶん、その先でまた始まるよ」
「フラグ立てるな」
そうツッコみながらも、
俺の胸の中には、不安だけじゃなく、
ほんの少しの“わくわく”も混じっていた。
ベルナ村での出来事が、
この先どんな風に俺たちを変えていくのか。
それは、まだ誰も知らない。
つづく




