第17話 ニナの護衛依頼と、はじめて“任される”戦い
ギルドの扉をくぐると、いつもの木と酒と人の匂いが鼻をくすぐった。
掲示板の前は、ちょうど人の波が一段落したところだ。
「“少しだけ難しい依頼”っていうと……」
ユイが、EランクとDランクの境目あたりを眺めながら言う。
「討伐系だと小型魔物の群れ、護衛系だと“街から少し離れた村への往復”あたりかな」
「森の奥じゃなくて、道の安全確認」
クレハが、静かに言う。
「それも生き残る仕事」
「だな」
俺は、なるべく文字数少なめの紙を中心にざっと目を走らせる。
薬草採取。
スライム駆除。
配達。
家畜の見張り。
……その中に、一枚だけ目に留まる紙があった。
「……あった」
思わず小さく声が出た。
「ラグナス〜東の小村“ベルナ”間 商隊護衛」
【依頼主:キャラバン商人ギルド・ニナ】
【内容:雑貨・食料を積んだ荷馬車一台の往復護衛】
【条件:Eランク以上のパーティ/初心者歓迎・推奨:前衛一名以上】
「ニナだ」
クレハが、紙を覗き込んで呟く。
「ほんとに出したんだ、“護衛依頼”」
ユイが苦笑する。
「新人捕まえて、“そのうち山道護衛してねー”って言ってたからね、あの子」
「フラグの回収早いな」
俺はその紙を剥がして、受付へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ニナさんからの護衛依頼ですね」
ミリアが紙を受け取ると、ふっと笑った。
「あなたたちが来ると思っていました」
「読まれてる」
「ニナさん、昨日のうちから“絶対アキトたちが受けにくるから!”って言ってましたから」
「どんだけ信用されてるんだ俺たち」
嬉しいような、プレッシャーなような。
「内容としては、“Dランク寄りのEランク護衛依頼”です」
ミリアの声が、少しだけ真面目になる。
「街から半日ほどの距離にある小さな村までの往復。
道自体は整備されていますが、途中で魔物や盗賊に襲われる可能性はゼロではありません」
「盗賊も出るんですか」
「頻繁ではありませんが。
ただ、今回は“新人の実力を測る”目的もあって、ギルドとしても推奨している依頼です」
なるほど。テストを兼ねた“次の段階”ってわけか。
「危険度としては?」
「森の浅いところでウルフに遭遇したときと、同じか、少しだけ上くらいです」
ミリアは、はっきりと言う。
「ただし、“準備して臨むのであれば”の話です。
油断すれば、その分だけ危険は跳ね上がります」
「……分かりました」
俺は、革ベストの胸のあたりを軽く叩いた。
「受けます。この依頼」
「はい」
ミリアが、いつもより少しだけ柔らかい笑顔を見せた。
「では、出発は明日の朝。
詳細の打ち合わせのために、今日はこのあと──」
受付の横の扉が、勢いよく開いた。
「ミリアー! どう? 来た? 来た? 来てる!? ……って、あ、いた!」
現れたのは、もちろんニナだった。
にっかりと笑いながら、こっちに走ってくる。
「ほらね! やっぱりアキトたちが受けてくれると思ってた!」
「お前、どっかに予知スキルでも持ってんのか」
「商人の勘だよ!」
胸を張るな。
「じゃあ、お願いね。
ラグナス発、ベルナ行き、ニナ特製“ちょっとお得な雑貨キャラバン”の護衛!」
「ネーミング長い」
ユイが笑う。
「依頼書の内容、さっきミリアさんから聞いたところです」
「うん。道中、ちょっとだけ魔物出るかもって。
でも、アキトたちなら大丈夫かなーって思って」
ニナが、真面目な顔で続ける。
「護衛って、討伐よりも気を使うこと多いけどさ。
“荷物と人を無事に目的地まで届ける”ってのは、かなり大事な仕事なんだ」
「分かってる」
俺は頷く。
「だからこそ、“最初に受ける護衛依頼”にニナの名前がついてるのは、逆にありがたい」
「ありがと。じゃあ、ちゃんとお得にしてあげなきゃね」
ニナがにやっと笑う。
「行きの分の報酬とは別に、帰り道で少し寄り道してもらうかもしれないから」
「寄り道?」
「ベルナのちょっと先に、小さいけどいい鉱石が採れる場所があってね。
タツミさんに頼まれてる品もあるから、ついでに見てきてもらえると助かるんだ」
「……タツミさんも絡んでるのか、これ」
どんどん“街ぐるみ感”が増していく。
「まぁ、とにかく。明日の朝、東門前に集合ね!」
ニナは、よろしくーと手を振って、再び屋台準備に戻っていった。
「……イベント感、すごい」
掲示板を眺めながら、俺は苦笑する。
「でも、その分だけ“ちゃんとやんなきゃ”って感じだね」
ユイが真面目な顔で言う。
「今日は準備日だね。道中に何が出るか、誰かに聞いた方がいい」
「東門なら──」
クレハが、すっと口を開いた。
「グレン」
「だな」
門番のおじさんコンビの顔が浮かぶ。
「あと、タツミさんのところにも寄っていこう。
剣の状態も見てもらいたいし、鉱石の件もちゃんと聞いておきたい」
「やること多い」
でも、こういう準備も嫌いじゃない。
◇ ◇ ◇
東門。
「護衛依頼、ね」
グレンが腕を組んで、少し真面目な顔をした。
「ベルナへの道なら、そこまで悪くないが……
最近、森から出てくるゴブリンが、ちらほら街道の方まで顔を出しててな」
「ゴブリン」
ようやく出てきた、テンプレ魔物。
「群れで動くし、簡単な罠を仕掛けることもある。
正面から一体ずつ相手にする分には、ウルフより弱いが……」
「数と、頭の悪知恵」
クレハが、淡々と補足する。
「里でも教わった」
「そうだな」
グレンが頷く。
「だから、“敵を見つけたらすぐ突っ込む”のは厳禁だ。
まずは数を数えて、位置関係を確認しろ」
「分かりました」
「あと、盗賊の噂も全くないわけじゃない。
ただ、ベルナ方面の道は、領主様の配慮で比較的安全に保たれてる方だ」
そう言ったところで、グレンの視線が、ふっと俺の肩の辺りで止まった。
「……服、似合ってるじゃないか」
「え」
「前に来たときと違うだろ。
“ちゃんと冒険者の顔になってきた”って感じだ」
「……ありがとうございます」
思わぬところからの評価に、少し照れた。
隣で、リオが真面目に言葉を足す。
「帰りが遅くなりそうになったら、必ずどこかの村で一泊してください。
無理に夜道を急ぐ必要はありません」
「はい」
「それと、帰ってきたら……」
リオが少し言い淀み、そして小さく笑った。
「無事な顔、見せてください」
「任されました」
言葉どおり、“任された”感じがした。
◇ ◇ ◇
鍛冶場。
「護衛、か」
タツミさんは相変わらず無口だったが、少しだけ目を細めた。
「道中で何かあったとき、前に立つのはお前だろう」
「そうなります」
「なら、剣の状態、今しっかり見ておくべきだ」
ショートソードを渡すと、タツミさんは刃の反りと刃こぼれを丁寧に確認する。
「……悪くない使い方してる」
「ほんとですか」
「あまり無理に振り回してない。
でも、そろそろ“刃の当て方”は意識した方がいい」
刃の側面を軽く叩きながら続ける。
「斬るより、切りつける。
力任せに叩き込むと、刃も腕も早く潰れる」
「はい」
道場でも聞いたことのある言葉だ。
でも、実戦で改めて言われると、重みが違う。
「ベルナの先の鉱山道では、時々“硬い魔物”も出る。
岩を纏ったやつとか、殻の厚い虫とか」
「……やっぱり一筋縄ではいかない感じですね」
「そのつもりで行け」
タツミさんは短く言って、刃を研ぎ始めた。
石に擦れる音が、鍛冶場の中に静かに響く。
「帰ってきたら、話を聞かせろ」
「はい」
「役に立ちそうなら、次の剣を考えてやる」
それは、“生きて帰ってこい”という、鍛冶師なりの言い方だった。
「必ず、持って帰ってきます」
研ぎ終わった剣を握り直しながら、俺はそう答えた。
◇ ◇ ◇
そして、翌朝。
まだ空が薄い青色のうちに、俺たちは東門前に集まっていた。
「おー、ちゃんと時間前にいるじゃん!」
既に荷物を積んだ荷馬車の横で、ニナが手を振っていた。
荷台には木箱や樽がぎっしり。
布で覆われた下には、食料や雑貨が詰まっているらしい。
「今日はよろしくね、護衛さんたち」
「こちらこそ。転ばないように頑張ります」
「そこ?」
軽く笑いながらも、内心は少し緊張していた。
道での戦いは、森とは違う。
逃げられる方向も限られるし、守るべきもの──ニナと荷馬車──も増えている。
「一応聞くけどさ」
荷台にひょいっと乗りながら、ニナが言う。
「アキトたち、護衛の基本って分かってる?」
「えっと、“荷物と依頼主を最優先で守る”」
「そうそう。あと、“戦わなくていい戦いは避ける”。
横道に逃げた方が安全なら、迷わず逃げること」
「……了解」
サクサクと刺さる正論。
「じゃ、行こっか」
御者台にはニナのキャラバン仲間の男が座り、手綱を握る。
荷馬車の前後に、俺とユイとクレハ。
ラグナスの街を背に、石畳から土の道へと足を踏み出した。
(さて──)
胸の中で、ゆっくりと息を吐く。
これが、俺たちにとって初めての本格的な護衛任務。
剣と魔法と、ちょっとだけ増えた責任と。
全部まとめて抱えたうえで──
必ず、無事に行って帰ってくる。
そう心に決めて、俺は前方の道へ視線を向けた。
ベルナへの街道には、まだ誰も知らない“はじめての戦い”が、静かに待っている。
つづく




