第16話 街歩き調査と、お嬢様は突然に
ボルグさんから「次の段階」とか言われたその日の夜。
青い灯火亭の自室で、俺たちは簡単な作戦会議をしていた。
「“街と森をもう一度確認しておけ”ってことはさ」
テーブル代わりの木箱に、適当な紙を広げながらユイが言う。
「たぶん次の依頼、森のちょっと奥か、街の外れまで出るやつだよね」
「だろうな」
俺は紙の上に、知っている範囲のラグナスの地図を描いていく。
街門、ギルド、青い灯火亭、ニナの屋台のあたり。
東の森の入口。昨日までに通った道。
「こうして見ると、まだ行ってない場所、けっこうあるね」
「市場の奥の方とか、裏路地とか」
クレハが、ちょん、と指で地図の余白を突く。
「領主の屋敷の近くも、遠目に見ただけ」
「あの辺、一応治安いいだろうし、昼間に様子見るくらいはいいかもな」
「じゃあ明日、午前中は“街歩き調査”にしよっか」
ユイがまとめる。
「依頼は午後からにして、軽めのやつを一件」
「観光と治安確認、両方」
クレハがさらっと物騒なまとめ方をした。
(まあ、実際そうだよな)
未知の場所で戦うより、知ってる場所で戦う方がまだマシだ。
「よし、明日は“街を覚える日”だ」
そう決めて、その夜は早めに眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
防具と新しい服を身につけて、俺たちは街に出た。
「まずは、中心の市場からだね」
ユイが先頭を歩く。
朝のラグナスの市場は、人と声と匂いでごちゃごちゃしていた。
パン屋、肉屋、野菜の露店、布屋、鉱石を並べた店、見たことない果物。
通りを歩いているだけで、情報量で目が回りそうだ。
「こういうときさ」
歩きながら、ふと思ったことを口にする。
「日本だったら、スマホでパシャって撮って、あとから見返せたんだよな」
「ここでは紙と記憶頼りだからね」
ユイが笑う。
「でも、秋人くん、地図描くのうまいし。たぶん大丈夫」
「それ、ゲーム脳の賜物だからな」
「誇っていいと思う」
クレハが、横からぽそっと言った。
「地図を頭に入れられる人、里でもそんなに多くない」
「マジで?」
「だから、“道を覚える役”は、アキト向き」
なんか、しっかり役割を割り振られてる気がする。
◇ ◇ ◇
市場を抜けて、少し静かな通りに入る。
「あっちが領主様の屋敷の方向だね」
ユイが、以前ニナから聞いた方向を指さす。
通りの奥に見えるのは、高い塀と、その向こうに覗く屋敷の屋根。
城ほどじゃないけど、明らかに庶民の家とは違う造りだ。
「近くまでは行ってみる?」
「礼儀的に門の前までだな。中覗いたら怒られそうだし」
「のぞかない」
クレハが真顔で頷く。
そんな会話をしながら、石畳の道を進んでいくと──
前方から、車輪の音と、人の声が聞こえてきた。
「馬車?」
曲がり角の向こうから現れたのは、装飾の施された立派な馬車だった。
側面には、ラグナス領の紋章。
御者台には年配の男。
その横を、数人の従者らしき人たちが歩いている。
道の端に寄ろうとしたそのとき──
前方で、小さな悲鳴。
「きゃっ!」
通りの端で遊んでいた子どもが、転んで馬車の進行方向に手をついた。
御者が慌てて手綱を引く。
馬がいななき、車輪がきぃっと鳴った。
(間に合わない──)
考えるより先に、身体が動いていた。
「ユイ!」
「分かってる!」
ユイが子どもに向かって飛び出す。
俺は馬の頭の前に回り込み、両手を前に出した。
「っと……!」
甲冑稽古で散々やらされた「馬の前での止まり方」が、勝手に身体から出てくる。
馬の視界を遮らないギリギリの位置で、低く声をかけた。
「大丈夫、大丈夫。止まれ」
目を見て、呼吸を合わせる。
日本でも散歩中の馬なんて見たことなかったけど、
甲冑道場で使われてた木馬と、教えられた内容だけは頭に染みついていた。
馬が、鼻息を荒くしながらも、足を止める。
車輪が、子どもの手のギリギリ手前で止まった。
「……ふぅ」
遅れて心臓がバクバクし始める。
「大丈夫?」
ユイが抱き起こした子どもに声をかける。
「う、うん……」
子どもは涙目になりながらも、擦りむいただけで済んでいた。
「よかった……」
「すまない!」
御者が慌てて馬車から飛び降りてきた。
「こちらこそ、すみません。子どもが道に飛び出して……」
ユイが頭を下げる。
「いいえ、あなた方が止めてくれなかったら、大事になっていた。
本当に、ありがとうございました」
御者が深々と頭を下げた、そのとき。
「どうしたの、ラグナス?」
馬車の窓から、澄んだ声がした。
次の瞬間、ドアが開く。
出てきたのは──
淡い金色の髪を品よくまとめた少女だった。
年は、俺たちと同じくらいか、少し下。
淡い青のワンピースに短いマント、胸元にはラグナス領の紋章がついたブローチ。
「クラリス様、外は危険ですから……」
「でも、音がしたから」
御者の制止も聞かず、少女は馬車から降りて、こちらに歩いてきた。
距離が近づくほどに分かる、
「ちゃんとした家のお嬢様」独特の空気。
少女──クラリス、と呼ばれた彼女は、まず子どもの膝をしゃがんで覗き込んだ。
「大丈夫?」
「う、うん……」
クラリスが微笑んで、そっと膝の傷に手をかざす。
淡い光が、傷口を包んだ。
「……回復魔法?」
思わず口から漏れる。
傷がみるみる小さくなり、最後には、少し赤いくらいになっていた。
「もう大丈夫よ」
クラリスが優しく言う。
「次は、急に飛び出しちゃだめよ?」
「は、はい……」
子どもがこくこく頷く。
クラリスは、そこでようやく俺たちの方を向いた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
深々と頭を下げられて、逆に慌てる。
「い、いえ、その、たまたま近くにいたので……」
「馬の前に出るの、怖くなかったですか?」
「怖くなかったと言えば嘘になるけど……」
少しだけ笑う。
「でも、止めないと子どもが危なかったから」
「……すごい」
クラリスの目が、ほんの少し見開かれた。
「私、こんなに近くで“走ってる馬を止めた人”を見るの、初めてです」
「甲冑稽古の副産物です」
なんだその日本語、って自分で思いながら答える。
「甲冑……?」
「えっと、鎧の練習です。鎧着たときに、馬に踏まれないようにする訓練とか……」
説明しながら、地味に恥ずかしくなってきた。
「冒険者さん、なんですよね?」
クラリスが、俺たちの防具と服を見て言う。
「は、はい。昨日、服を新調したばかりで……」
「ミレイユさんのところ?」
「そうです」
「やっぱり」
クラリスがふわっと笑う。
「素敵ですね。森にも行くのですか?」
「今は、森の浅いところで薬草採ったり、小さな魔物を相手にしたり、くらいですけど」
「それでも、とても立派なお仕事です」
まっすぐ言われると、なんかこそばゆい。
「私はクラリス・ラグナス。この街の領主の娘です」
やっぱりそうか。
「私は、佐藤──」
一瞬だけ迷って、すぐに言い直す。
「アキトです。アキト・サトウ。
こっちの世界では、ただの冒険者見習いです」
「私はユイ。アキトくんの幼馴染で、槍を使います」
「クレハ。アキトの護衛」
最後の自己紹介の中身が一番重い。
クラリスは、三人の顔を順番に見て、微笑んだ。
「アキトさん、ユイさん、クレハさん。
ラグナスで、危ないことがあったら……」
ふと、言葉を切って。
「いいえ。
まずは私たちが守らないといけないですね」
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
その横顔には、年齢に似合わない責任感が浮かんでいて、
ちょっとだけ、あまねさんを思い出した。
(いや、あまねさんほどゴリゴリじゃないけど。方向性だけ似てる感じ)
頭の中で前の作品のキャラが顔を出して、自分でツッコむ。
「クラリス様、そろそろ……」
御者がそっと声をかける。
「はい。──本当に、ありがとうございました」
クラリスはもう一度頭を下げて、馬車に戻っていった。
馬車が動き出す直前、窓から小さく手を振る姿が見えた。
思わず、こちらも手を振り返していた。
◇ ◇ ◇
「……なんか、すごい人に会った気がする」
「すごい人だよ、普通に」
ユイが笑う。
「領主の娘さんで、回復魔法まで使えて。
でも、あんまり“偉そう”って感じしなかったね」
「“守らなきゃいけない”って顔してた」
クレハがぽつりと言う。
「アキトに似てる」
「え、俺?」
「責任の顔」
「そんな顔してるの、俺」
自覚があまりない。
「秋人くん、こっちに来てから、とみにそうだよ」
ユイが肩をすくめる。
「私とクレハちゃんと、ノアくんと、ニナと、青い灯火亭のみんなと……」
「そこまで増やした覚えはないんだけどなぁ」
でも、否定しきれないのが悔しい。
「でもさ」
少し歩いてから、俺はふと思ったことを口にする。
「こうやって街歩いてて、たまたま子ども助けて、領主の娘さんと会って、
顔を覚えられて……」
「うん」
「これ、完全に“なんか後で面倒ごとに巻き込まれるフラグ”じゃない?」
「自覚あるんだ」
ユイが肩を震わせて笑っていた。
「大丈夫。巻き込まれたときは、一緒に巻き込まれてあげるから」
「私も」
クレハの返事が、妙に頼もしい。
「ありがたいけど、できれば平穏に行きたい」
「無理だと思う」
「即答かよ」
◇ ◇ ◇
領主の屋敷周りの通りを一通り歩いたあとは、川沿いの道や、裏通りも確認した。
危なそうな路地には近づかないようにしつつ、
いざというときの“逃げ道”になりそうなルートを頭に叩き込んでいく。
「ここからなら、教会まで走って三分くらいかな」
「ギルドまでは、曲がらなきゃいけないけど、視界は開けてる」
「青い灯火亭へは、こっちの方が早いけど、人が多い」
歩きながら小声で確認する俺たちは、傍から見たらちょっと不審者かもしれない。
「でも、こういうの大事」
クレハが、街角から街角へ視線を移しながら言った。
「里の教え。逃げ道と隠れ場所、先に覚えろって」
「忍びと冒険者、案外共通してるんだな」
「生き残る仕事は、だいたい似てる」
その一言に、妙に納得した。
◇ ◇ ◇
ひと通り街歩き調査を終えた頃には、太陽は少し高くなっていた。
「そろそろギルド戻って、午後の依頼決めよっか」
「だな」
ギルドに戻る途中、ニナの屋台の前を通ると──
「おー、今日も元気そうじゃん、アキトパーティ!」
いつもの笑顔で、ニナが手を振ってきた。
「今日は服も決まって、防具もあって。
なんか、“仕事できそうなパーティ”感出てきたね?」
「見た目だけな」
「見た目、大事だって何度も言ってるでしょ? 商人の世界でも同じだから」
ニナが顎に手を当てて、じろじろと俺たちを見る。
「……で? なんかあった顔してない?」
「なんで分かるんだよ」
「冒険者の顔、ちょっとだけ“イベントこなした後”みたいな顔になってる」
言い方が完全にゲーム。
仕方ないので、領主の馬車の件と、クラリスとの短い会話を説明した。
「わーお」
話を聞き終えたニナが、大げさに目を見開いた。
「それ、完全に“街のキーパーソンとフラグ立ちました案件”じゃん」
「やっぱそう思う?」
「思う」
ニナがにやにや笑う。
「でも、悪いフラグとは限らないよ。
領主側に顔覚えられてる冒険者って、いざってとき頼られやすいし」
「それが怖いんだよなぁ……」
「大丈夫大丈夫。どうせ巻き込まれるなら、上の方から巻き込まれた方がお得」
商人らしい理屈だ。
「で、今日は何? 依頼前の景気づけにお菓子?」
「そんな感じ」
結局、焼き菓子をいくつか買って、ポケットに入れた。
「ちゃんと帰ってきたら、また話聞かせてねー!」
ニナの声を背中で聞きながら、ギルドの扉を押す。
(……次の段階、か)
ボルグさんの言葉が、少しだけ重みを増して胸に残っていた。
でも、その重みは──
新しい服と防具の感触と一緒に、
ほんの少しだけ「楽しみ」にも変わりつつある。
(やるしかないよな)
ユイと、クレハと。
ラグナスで出会った人たちと一緒に。
この街でちゃんと生きていくために。
俺たちは、ギルドの掲示板へと足を向けた。
“少しだけ難しい依頼”との、最初の出会いがそこにあると知らないまま──。
つづく




