第15話 新しい服と、ちょっとだけ視線が集まった日
翌日。
午前中にいつもの薬草採取を軽めにこなして、
ギルドで報酬を受け取ったあと──俺たちはその足で「ミレイユ仕立て工房」に向かった。
「できてるかな」
「ミレイユさん、約束守る人って顔してたし、きっと大丈夫」
「アキト、楽しみ?」
「まあ……ちょっとだけ」
自分で言いながら、心臓がほんの少しだけ早くなるのを自覚していた。
扉を開けると、カラン、と鈴の音。
「はぁい、いらっしゃ……あら」
奥から出てきたミレイユが、ぱっと顔を明るくした。
「ちゃんと時間通りね。えらいえらい」
「子ども扱いされた気がする」
「新人扱いだよ」
ユイが笑う。
「服、できてますか?」
「もちろん。ちょうど仕上げの糸を切ったところよ」
ミレイユは、嬉しそうに奥から包みを三つ抱えてきた。
「じゃあ、順番に試着しましょうか。まずは──」
「アキト」
クレハがなぜか即答した。
「なんで俺固定なんだよ」
「見たい」
真正面から言われると弱い。
◇ ◇ ◇
仕立て工房の奥にある小さな試着スペースに通される。
包みの中身は、昨日選んだチャコールグレーのジャケットと紺のシャツ、濃いグレーのズボン。
(思った以上に、“ちゃんと服”だな……)
日本で着てたパーカーやジャージと違って、生地がしっかりしている。
急ごしらえの更衣室で急いで着替え、鏡をのぞく。
「……おお」
声が漏れた。
革ベストの上からシャツ、その上にジャケット。
動きやすさはそのままに、見た目だけ一気に“冒険者+街人”になった気がする。
(なんか、“異世界の量産型モブ”から、一歩だけ出た感じあるな)
自画自賛してると、外からユイの声。
「秋人くーん? どう? 生きてる?」
「服着ただけで死ぬか」
カーテンを少しだけ開けて外に出る。
「ど、どうだ?」
一瞬、言葉が止まった。
ユイとクレハが、同時にじっと俺を見ていたからだ。
「……おお」
最初に声を出したのはユイだった。
「なんか、想像以上に“それっぽい”」
「似合う」
クレハも、あっさりと言う。
「前より、“前に立つ人”って感じ」
「やめて、ハードル上がる」
耳の後ろが熱くなるのを感じる。
ミレイユが、くすっと笑いながら近づいてきた。
「ほらね、やっぱり黒系が合うと思ったのよ。
背もそこそこあるし、変にガチガチの鎧着るより、こういう軽装の方が“剣士感”出るわ」
「そのジャンル名やめてほしい」
「動きにくいところない?」
「大丈夫です。肩も腰も回しやすいし、しゃがんだときも突っ張らない」
その場で軽く前屈してみせる。
「うん、いいわね」
ミレイユが満足そうに頷いた。
「じゃ、次は──」
「ユイ」
今度はクレハが迷いなく指名する。
「なんでそんなに仕切るの?」
「順番、大事」
基準が分からない。
◇ ◇ ◇
ユイも試着スペースに入り、しばらくして出てきた。
淡い緑のシャツに、ベージュのジャケット。
膝丈のキュロットと、下に覗く黒いスパッツ。
いつもの道場スタイルとは違う、
“ちゃんとした街の娘”っぽさと、“冒険者”っぽさが混ざった感じだった。
「どう?」
少しだけ不安そうに裾をつまむ。
「……似合う」
素直にそう言った。
「なんか、“良家の娘だけど槍持ったら強い人”みたいな」
「ちょっと待って、その属性盛りすぎじゃない?」
ユイが苦笑する。
でも、俺の中では結構しっくりきていた。
「色合いも、秋人くんと合ってるね」
ミレイユが二人を見比べる。
「並んで立ってみてくれる?」
「え」
言われるままに並ぶ。
鏡に映るのは、黒系の軽装剣士と、淡い色の槍士。
色のトーンが自然に揃っていて、たしかに“パーティ感”があった。
「……こうして見ると、本当に“物語の中のパーティ”みたいだね」
ユイが照れくさそうに笑う。
「いや、今まさにその中なんだけどな俺たち」
「そうなんだけど、ね」
◇ ◇ ◇
最後はクレハ。
試着スペースから出てきた彼女は──
深い緑がかったグレーのトップスと、濃紺のパンツ。
腰には短めの上着を巻くように羽織っていて、動きやすさ全振りなのに、どこか街に溶け込むデザインだった。
いつもの里の服より、ほんの少しだけ柔らかい印象。
「どう」
少しだけ不安そうな目で見てくる。
「……すごいな」
言葉が一拍遅れた。
「“忍び”っぽさはそのままなのに、街の中でも浮かない。
森の影ってより、“街の影”って感じ」
自分でも何言ってるか分からなくなりながらも、本気でそう思った。
「かっこかわいい、って感じ」
ユイが横から補足する。
「かわいい?」
クレハが、小さく首を傾げた。
「うん。いつもの里の服より、“女の子”って感じがする」
「……アキト」
クレハの耳が、ほんのり赤くなっているのが見えた。
「“女の子”って感じ、する?」
「する」
即答した。嘘ではないし、そこを濁すのも失礼な気がした。
「よかった」
クレハは、それだけ言って小さく微笑んだ。
その笑顔が、いつもよりわずかに柔らかく見えたのは、服のせいだけじゃない気がした。
◇ ◇ ◇
「うん、三人ともバッチリね」
ミレイユが手を打つ。
「これで森でも街でも、最低限の“見た目”は守れるわ。
あとは中身を追いつかせるだけね」
「それが一番難しいんですけどね……」
俺がぼやくと、ミレイユは微笑んで首を振った。
「でも、その服がボロボロになって戻ってきたら、それはそれで誇っていいわ」
「ボロボロ前提か……」
「“ちゃんと生きて帰ってきた”証拠だから」
ミレイユの言葉は、妙にすとんと胸に落ちた。
◇ ◇ ◇
工房を出て、三人で通りを歩く。
いつものジャージや里の服じゃないせいか、
街の空気の感じ方が少し違う。
「なんか、視線感じるんだけど」
「気のせいじゃない?」
ユイが笑う。
「“新人さんがちゃんと装備整えた”って、ギルドの人たちとか割と見てるからね」
「そういうもん?」
「そういうもん」
確かに、何人かの通行人がちらっとこちらを見る。
ジロジロってほどじゃなく、「あ、新顔だな」くらいの物珍しさだ。
それでも、前よりは堂々と歩ける気がした。
「ギルド寄ってく?」
「寄ろう。ミリアさんにも見せてあげたい」
「見せる前提なの?」
◇ ◇ ◇
ギルドに入ると、ちょうど昼時で受付前は少し空いていた。
「いらっしゃい──あら」
ミリアが、少し目を丸くする。
「今日は……雰囲気が違いますね」
「服を、仕立ててもらったんです」
ユイがくるっと一回転して見せる。
「ミレイユのところで?」
「はい」
「とてもよく似合っています」
ミリアが微笑んでくれた。
「特に、動きやすさと、防具との相性まで考えてありますね。
ミレイユさん、さすがです」
「ミリアさんも着てるんですか?」
「ええ。下に着ているシャツは、あそこの工房のものですよ」
言われてみれば、シンプルだけど丈夫そうな布地だった。
「お、新調したな?」
後ろから声が飛んでくる。
振り返ると、カイルとセラが立っていた。
「なんか、一気に“冒険者パーティ”顔になったね」
「前からそうだったでしょうが」
セラがツッコむ。
「でも、確かに前より“見られ方”は良くなるわね。
ちゃんとした装備と服の冒険者は、依頼主からの印象も良くなるから」
「マジですか」
「マジよ」
セラが腕を組む。
「“自分の身に投資できるやつは、仕事にも真面目”って見られるからね。
……ま、実際そうかどうかは別だけど」
「そこは頑張る」
俺が苦笑すると、ノアも後ろからひょこっと顔を出した。
「すごい……! なんか、格好いい……!」
「ノアくんも、そのうち新しいローブ作るといいよ」
ユイが笑う。
「魔法使いは見た目も大事だから」
「え、やっぱり?」
「うん。儀式感、大事」
クレハの意外な一言に、ノアが目を丸くする。
「クレハさん、儀式とか好き?」
「嫌いじゃない」
「意外……」
そんな他愛もない会話をしていると──カウンターの奥から、低い声。
「おい、そこの新人」
「え?」
ボルグが、いつもの義眼を輝かせてこちらを見ていた。
「服と防具、整えたか」
「はい。一通りは」
「なら、そろそろ“次の段階”に進んでもいい頃だな」
ボルグの口元が、わずかに持ち上がる。
「近いうちに、ミリアから“少しだけ難度の高い依頼”を紹介させる。
その前に、自分の足と頭で、街のことと森のことをもう一度確認しておけ」
「“少しだけ”って、どれくらいですか」
「“新人が無茶をしなければ、ちゃんと帰ってこられるくらい”だ」
それはつまり──
油断したら普通に死ぬラインってことだ。
「……分かりました」
自然と、返事に力が入る。
ユイとクレハも、横で静かに頷いていた。
「その服がボロボロになって戻ってきたとき、
それでも笑っていられる冒険者になれるかどうかは、お前次第だ」
ボルグの視線は厳しいけど、どこか期待も混じっていた。
それを正面から受け止めながら、俺は革ベスト越しに感じる重さに、
もう一度ゆっくりと慣れていこうと思った。
「……よし」
小さく息を吐いて、隣の二人を見る。
「服も防具も整ったし。
あとは、ちゃんと中身追いつかせるだけだな」
「追いつかせよ」
ユイが笑う。
「無茶しすぎない範囲で」
「無茶しそうになったら、止める」
クレハも淡々と言う。
──こうして、
新しい服と防具で固めた俺たちは、
ラグナスでの“次の段階”に向けて、少しだけ気を引き締め直すことになった。
つづく




