表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/112

第14話 仕立て屋ミレイユと、私服コーデバトル勃発



 防具を手に入れたその翌日。


 午前中の軽めな依頼をこなし、ギルドで報酬を受け取ってから──俺たちはニナに教えてもらった、もう一つの店へ向かっていた。


「“ミレイユ仕立て工房”……ここか」


 ラグナスの少し静かな通りの一角。

 白い壁に、柔らかい色の布がひらひらと吊るされている、小さなお店。


 木製の看板には、細い文字で【Mireille】と彫られていた。


「オシャレそう」


 ユイが、思わず声を漏らす。


 クレハも、じっとショーウィンドウ代わりの窓を見つめていた。

 中には、色とりどりのワンピースやシャツ、冒険者向けっぽい丈夫そうなズボンも並んでいる。


「入るよ」


 扉についた小さな鈴を鳴らしながら、中に入った。


◇ ◇ ◇


 店内は、外から見た印象通り、こじんまりとしているけど居心地が良さそうだった。


 棚には生地の反物。

 壁にはマネキンに着せられた服。

 奥の作業台には、裁断途中の布と糸巻き。


「はぁい、いらっしゃいませ──」


 奥から現れたのは、少し年上くらいの女性だった。

 淡いピンクの髪を後ろでまとめ、丸い眼鏡をかけている。


「わ、初めて見る顔。冒険者さん?」


「はい。今日も依頼帰りで……」


「アキトたち」


 クレハが、ぽそっと付け足す。


「アキト、ユイ、クレハ。新人」


「自己紹介方法が雑!」


 とりあえず三人で改めて名乗ると、女性は柔らかく微笑んだ。


「私はミレイユ。この仕立て工房の店主よ。

 ニナから、あなたたちの噂は聞いてるわ。“ちょっと危なっかしいけど真面目な新人さん”だって」


「なんか、だいたい合ってる」


 苦笑いしか出ない。


「今日は、防具の下に着る服かしら? それとも、街歩き用?」


「両方です」


 ユイが一歩前に出る。


「森や依頼で動きやすくて、丈夫な服がまず欲しくて。

 それと、街歩きするときに浮かない程度の私服も、少し揃えられたらと思ってます」


「なるほどね」


 ミレイユの視線が、俺たちを上から下までさっとなぞる。


「まずは、予算から聞かせてもらってもいい?」


「……銅貨十五枚くらい、です」


 防具でほぼ全財産を溶かしたあと、数日コツコツ依頼をこなして貯めた分。

 贅沢はできない。


「ふふ。“現実的な数字”ね」


 ミレイユが笑う。


「でも大丈夫よ。うちは、冒険者向けの“地味に丈夫”な服が売りだから」


「キャッチコピーが正直すぎる」


「地味に丈夫、大事」


 クレハが真顔で復唱した。


◇ ◇ ◇


「じゃあ、まずは誰から選ぶ?」


「秋人くん」


 ユイが、即答した。


「え、俺?」


「当然でしょ。私とクレハちゃんは、あとでじっくり悩むから」


「アキト、いちばん布面積少ない。決めやすい」


「言い方!」


 結局、多数決で俺が最初になった。


 ミレイユが、メジャーを取り出して近づいてくる。


「じゃあ、サイズ測るわね。腕、軽く広げて」


 慣れた手つきで、肩幅、胸囲、腕回り、腰回り、股下を順番に測っていく。


「ふむ……意外としっかりしてるのね」


「“意外と”って何ですか」


「ぱっと見は細めなんだけど、触るとちゃんと筋肉あるから」


「ミレイユさん、その説明ちょっと照れるんでやめてください」


 ユイが横で「ふふ」と笑っている。

 クレハは割と真顔で観察してる。やめてほしい。


「甲冑を着て動くこともあるかもしれないのよね?」


「あ、はい。将来的には」


「だったら、肩と腰のラインを邪魔しない服がいいわね」


 ミレイユが、生地の棚から数種類を引き出す。


「前衛なら、上は厚手のシャツに、丈夫なジャケット。

 下は動きやすいズボンがいいと思うけど……色の好みはある?」


「えっと……あんまり派手じゃない方が」


「暗めの色好き?」


「昔から、なんとなく……」


 その瞬間、クレハの目がキラッと光った。


「アキト、黒。黒が似合う」


「即決?」


「黒いジャケット、かっこいいと思う」


 ユイも便乗してくる。


「中は暗めの青とかどう? 秋人くん、紺色似合いそう」


「なんで勝手に決まっていくのかな?」


「じゃあ、黒に近いチャコールグレーのジャケットと、紺のシャツね」


 ミレイユの手際が早い。


「ズボンは、革ベルトに合うような濃いグレーか、黒に近い茶色……。

 森で汚れても目立ちにくい色にしましょう」


「実用的だ」


 ミレイユが布をいくつか組み合わせて、胸の前に当ててくれる。


 鏡の前に立つと──


「……あれ?」


 自分で言うのもなんだけど、思ったより“それっぽい”。


 日本のジャージより、よっぽどまともな冒険者に見える。


「うん、やっぱりこういうの似合うわね」


 ミレイユが満足げに頷いた。


「前衛だけど、重装じゃなくて“動ける剣士”って感じ」


「やめて、恥ずかしくなってきた」


「かっこいいよ」


 ユイが横で笑う。


「森でも街でも違和感ないし、何より──」


 俺の肩あたりを軽く引っ張って、布の厚みを確かめる。


「多少こけても、服がすぐ破れなさそう」


「そこ基準なんだな」


「大事だから」


 クレハも小さく頷く。


◇ ◇ ◇


 次はユイの番になった。


「私は、動きやすくて、でも少しだけきちんと感がある服がいいです」


「きちんと感?」


「領主様とかと、いつか話すことになっても恥ずかしくない程度の」


 ユイが、さらっと爆弾発言をする。


「いきなりハードル高い未来見てない?」


「でも、秋人くん、絶対どこかで変なところに首突っ込むと思うから」


「否定したいのにできない……」


 ミレイユがくすっと笑う。


「じゃあ、冒険者用の“少しだけ上品なセット”で考えましょう」


 淡い緑色のシャツと、落ち着いたベージュのジャケット。

 動きやすい膝丈のキュロットスカートと、下に履く丈夫なスパッツ。


「スカートで大丈夫か?」


 思わず口を挟んでしまった。


「中にちゃんと動きやすいスパッツ履きますから」


 ユイが笑顔で返す。


「薙刀も槍も、こういう服で稽古したことありますし」


「むしろ、和装のときより動きやすいかもね」


 ミレイユも頷く。


「それに、色合いが秋人くんと合うようにしておくと──」


「え」


「並んで歩いたときに、ちゃんと“パーティ感”出るから」


 さらっと言うあたり、職人というより恋バナ好きなお姉さんの顔も持ってる。


 ユイは、鏡の前で服を当てられながら、ちらっと俺の方を見る。


「どう? 変じゃない?」


「いや……普通に似合う」


 本音だ。


 落ち着いた色合いが、ユイの“和風美人”な雰囲気をうまく引き立てている。


「薙刀じゃなくて槍持ってても、あんまり違和感ない感じ」


「それ、褒めてる?」


「褒めてる」


 ユイが、少しだけ嬉しそうに笑った。


◇ ◇ ◇


 最後はクレハ。


「クレハは?」


「動きやすくて、目立たない服」


 返事が最初から忍者。


「あと、アキトとユイと一緒に歩いてても、変じゃない服」


 そこは気にするのか。


 ミレイユが、ふっと優しく笑う。


「じゃあ、“街に溶け込む忍び服”ってところね」


「そんなカテゴリが……」


「あるのよ、案外」


 グレーがかった深緑のトップスと、黒に近い濃紺のパンツ。

 腰には動きやすい短い上着を巻くような、レイヤードスタイル。


「これなら森でも溶け込むし、街中でもそこまで浮かないわ」


「……好き」


 クレハが即答した。


 鏡の前で、布を当てられたクレハは、いつもの里の服よりほんの少しだけ“年相応の女の子”っぽく見えた。


「アキト、どう?」


「似合ってる。影っぽいけど、暗すぎない感じ」


 気づけば、素直にそう言っていた。


「里の服より、“一緒に歩く”感じがする」


「一緒に歩く服」


 クレハが小さく呟く。


 それが、妙に嬉しそうな声だった。


◇ ◇ ◇


「ただね」


 ひと通り服選びが終わったところで、ミレイユが少しだけ申し訳なさそうな顔になる。


「全部合わせると、本当は銅貨二十枚は欲しいところなの」


「ですよね……」


「でも、ニナの紹介だし、グロームのところでちゃんと防具を買ってるって聞いてるし」


 ミレイユは、少しだけ考えてから笑った。


「“新人応援セット価格”ってことで、三人分で銅貨十五枚ジャストでいいわ」


「ほんとに!?」


「うん。その代わり、長く使ってあげてね」


 職人としてのお願い、という感じだった。


「もちろんです」


 ユイが代表して頭を下げる。


「汚れても、破れても、自分たちでできるだけ手入れします。

 どうしようもなくなったら、またここに持ってきますから」


「その言い方、とても嬉しいわ」


 ミレイユの笑顔が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「服は、明日の午後には仕上がると思うから。

 その頃また取りに来てくれる?」


「はい」


 こうして、俺たちの“冒険者兼街歩き服”が正式に決まった。


◇ ◇ ◇


 店を出て通りを歩きながら、クレハがぽつりと言う。


「楽しみ」


「新しい服?」


「うん」


 クレハは、少しだけ照れたように視線をそらした。


「里では、服を選ぶ自由、あまりなかった。

 任務の服か、練習の服か、寝る服」


「まあ、忍びの里だしな……」


「だから、“一緒に歩く服”、嬉しい」


 その言葉に、少しだけ胸がじんわりした。


「私も楽しみ」


 ユイが笑う。


「秋人くんと並んで歩くときに、“田舎から来ました感”減るかもしれないし」


「いや、今でも十分ちゃんとしてるだろ」


「秋人くんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、ね」


 ユイが、街の方を見ながら続ける。


「この世界でちゃんと生きていくなら、

 “どんな格好でどこに立つか”って、きっと大事になるから」


「……なるほど」


 元の世界でも、スーツだの制服だの、そういうのはあった。

 ここでも、鎧や服が、“自分がどこに立つのか”を示すものになるのかもしれない。


「じゃあ、俺はこれから“革ベストと黒ジャケットの剣士”ってことで」


「似合う」


 クレハが即答する。


「“過保護な幼馴染と、影みたいな忍びを連れてる剣士”」


「説明が長い」


 ユイとクレハが、同時にむっとした顔をする。


「過保護?」


「影……?」


「いやいやいや、褒めてるからね!? 頼りにしてるって意味だから!」


 慌てて弁解しながら、俺は笑う。


(でも、ほんとに──)


 革ベスト、防具、そして新しい服。


 少しずつ形になっていく“俺たちの姿”が、

 不安の中にも、ちゃんと楽しみを混ぜてくれている気がした。


 剣と魔法と、ちゃんとした装備と。

 そして、ちょっと賑やかすぎるくらいの仲間たち。


 ラグナスの街での生活は、

 そうやって少しずつ、“物語の舞台衣装”を揃えていくみたいに進んでいった。


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ