第14話 仕立て屋ミレイユと、私服コーデバトル勃発
防具を手に入れたその翌日。
午前中の軽めな依頼をこなし、ギルドで報酬を受け取ってから──俺たちはニナに教えてもらった、もう一つの店へ向かっていた。
「“ミレイユ仕立て工房”……ここか」
ラグナスの少し静かな通りの一角。
白い壁に、柔らかい色の布がひらひらと吊るされている、小さなお店。
木製の看板には、細い文字で【Mireille】と彫られていた。
「オシャレそう」
ユイが、思わず声を漏らす。
クレハも、じっとショーウィンドウ代わりの窓を見つめていた。
中には、色とりどりのワンピースやシャツ、冒険者向けっぽい丈夫そうなズボンも並んでいる。
「入るよ」
扉についた小さな鈴を鳴らしながら、中に入った。
◇ ◇ ◇
店内は、外から見た印象通り、こじんまりとしているけど居心地が良さそうだった。
棚には生地の反物。
壁にはマネキンに着せられた服。
奥の作業台には、裁断途中の布と糸巻き。
「はぁい、いらっしゃいませ──」
奥から現れたのは、少し年上くらいの女性だった。
淡いピンクの髪を後ろでまとめ、丸い眼鏡をかけている。
「わ、初めて見る顔。冒険者さん?」
「はい。今日も依頼帰りで……」
「アキトたち」
クレハが、ぽそっと付け足す。
「アキト、ユイ、クレハ。新人」
「自己紹介方法が雑!」
とりあえず三人で改めて名乗ると、女性は柔らかく微笑んだ。
「私はミレイユ。この仕立て工房の店主よ。
ニナから、あなたたちの噂は聞いてるわ。“ちょっと危なっかしいけど真面目な新人さん”だって」
「なんか、だいたい合ってる」
苦笑いしか出ない。
「今日は、防具の下に着る服かしら? それとも、街歩き用?」
「両方です」
ユイが一歩前に出る。
「森や依頼で動きやすくて、丈夫な服がまず欲しくて。
それと、街歩きするときに浮かない程度の私服も、少し揃えられたらと思ってます」
「なるほどね」
ミレイユの視線が、俺たちを上から下までさっとなぞる。
「まずは、予算から聞かせてもらってもいい?」
「……銅貨十五枚くらい、です」
防具でほぼ全財産を溶かしたあと、数日コツコツ依頼をこなして貯めた分。
贅沢はできない。
「ふふ。“現実的な数字”ね」
ミレイユが笑う。
「でも大丈夫よ。うちは、冒険者向けの“地味に丈夫”な服が売りだから」
「キャッチコピーが正直すぎる」
「地味に丈夫、大事」
クレハが真顔で復唱した。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、まずは誰から選ぶ?」
「秋人くん」
ユイが、即答した。
「え、俺?」
「当然でしょ。私とクレハちゃんは、あとでじっくり悩むから」
「アキト、いちばん布面積少ない。決めやすい」
「言い方!」
結局、多数決で俺が最初になった。
ミレイユが、メジャーを取り出して近づいてくる。
「じゃあ、サイズ測るわね。腕、軽く広げて」
慣れた手つきで、肩幅、胸囲、腕回り、腰回り、股下を順番に測っていく。
「ふむ……意外としっかりしてるのね」
「“意外と”って何ですか」
「ぱっと見は細めなんだけど、触るとちゃんと筋肉あるから」
「ミレイユさん、その説明ちょっと照れるんでやめてください」
ユイが横で「ふふ」と笑っている。
クレハは割と真顔で観察してる。やめてほしい。
「甲冑を着て動くこともあるかもしれないのよね?」
「あ、はい。将来的には」
「だったら、肩と腰のラインを邪魔しない服がいいわね」
ミレイユが、生地の棚から数種類を引き出す。
「前衛なら、上は厚手のシャツに、丈夫なジャケット。
下は動きやすいズボンがいいと思うけど……色の好みはある?」
「えっと……あんまり派手じゃない方が」
「暗めの色好き?」
「昔から、なんとなく……」
その瞬間、クレハの目がキラッと光った。
「アキト、黒。黒が似合う」
「即決?」
「黒いジャケット、かっこいいと思う」
ユイも便乗してくる。
「中は暗めの青とかどう? 秋人くん、紺色似合いそう」
「なんで勝手に決まっていくのかな?」
「じゃあ、黒に近いチャコールグレーのジャケットと、紺のシャツね」
ミレイユの手際が早い。
「ズボンは、革ベルトに合うような濃いグレーか、黒に近い茶色……。
森で汚れても目立ちにくい色にしましょう」
「実用的だ」
ミレイユが布をいくつか組み合わせて、胸の前に当ててくれる。
鏡の前に立つと──
「……あれ?」
自分で言うのもなんだけど、思ったより“それっぽい”。
日本のジャージより、よっぽどまともな冒険者に見える。
「うん、やっぱりこういうの似合うわね」
ミレイユが満足げに頷いた。
「前衛だけど、重装じゃなくて“動ける剣士”って感じ」
「やめて、恥ずかしくなってきた」
「かっこいいよ」
ユイが横で笑う。
「森でも街でも違和感ないし、何より──」
俺の肩あたりを軽く引っ張って、布の厚みを確かめる。
「多少こけても、服がすぐ破れなさそう」
「そこ基準なんだな」
「大事だから」
クレハも小さく頷く。
◇ ◇ ◇
次はユイの番になった。
「私は、動きやすくて、でも少しだけきちんと感がある服がいいです」
「きちんと感?」
「領主様とかと、いつか話すことになっても恥ずかしくない程度の」
ユイが、さらっと爆弾発言をする。
「いきなりハードル高い未来見てない?」
「でも、秋人くん、絶対どこかで変なところに首突っ込むと思うから」
「否定したいのにできない……」
ミレイユがくすっと笑う。
「じゃあ、冒険者用の“少しだけ上品なセット”で考えましょう」
淡い緑色のシャツと、落ち着いたベージュのジャケット。
動きやすい膝丈のキュロットスカートと、下に履く丈夫なスパッツ。
「スカートで大丈夫か?」
思わず口を挟んでしまった。
「中にちゃんと動きやすいスパッツ履きますから」
ユイが笑顔で返す。
「薙刀も槍も、こういう服で稽古したことありますし」
「むしろ、和装のときより動きやすいかもね」
ミレイユも頷く。
「それに、色合いが秋人くんと合うようにしておくと──」
「え」
「並んで歩いたときに、ちゃんと“パーティ感”出るから」
さらっと言うあたり、職人というより恋バナ好きなお姉さんの顔も持ってる。
ユイは、鏡の前で服を当てられながら、ちらっと俺の方を見る。
「どう? 変じゃない?」
「いや……普通に似合う」
本音だ。
落ち着いた色合いが、ユイの“和風美人”な雰囲気をうまく引き立てている。
「薙刀じゃなくて槍持ってても、あんまり違和感ない感じ」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる」
ユイが、少しだけ嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
最後はクレハ。
「クレハは?」
「動きやすくて、目立たない服」
返事が最初から忍者。
「あと、アキトとユイと一緒に歩いてても、変じゃない服」
そこは気にするのか。
ミレイユが、ふっと優しく笑う。
「じゃあ、“街に溶け込む忍び服”ってところね」
「そんなカテゴリが……」
「あるのよ、案外」
グレーがかった深緑のトップスと、黒に近い濃紺のパンツ。
腰には動きやすい短い上着を巻くような、レイヤードスタイル。
「これなら森でも溶け込むし、街中でもそこまで浮かないわ」
「……好き」
クレハが即答した。
鏡の前で、布を当てられたクレハは、いつもの里の服よりほんの少しだけ“年相応の女の子”っぽく見えた。
「アキト、どう?」
「似合ってる。影っぽいけど、暗すぎない感じ」
気づけば、素直にそう言っていた。
「里の服より、“一緒に歩く”感じがする」
「一緒に歩く服」
クレハが小さく呟く。
それが、妙に嬉しそうな声だった。
◇ ◇ ◇
「ただね」
ひと通り服選びが終わったところで、ミレイユが少しだけ申し訳なさそうな顔になる。
「全部合わせると、本当は銅貨二十枚は欲しいところなの」
「ですよね……」
「でも、ニナの紹介だし、グロームのところでちゃんと防具を買ってるって聞いてるし」
ミレイユは、少しだけ考えてから笑った。
「“新人応援セット価格”ってことで、三人分で銅貨十五枚ジャストでいいわ」
「ほんとに!?」
「うん。その代わり、長く使ってあげてね」
職人としてのお願い、という感じだった。
「もちろんです」
ユイが代表して頭を下げる。
「汚れても、破れても、自分たちでできるだけ手入れします。
どうしようもなくなったら、またここに持ってきますから」
「その言い方、とても嬉しいわ」
ミレイユの笑顔が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「服は、明日の午後には仕上がると思うから。
その頃また取りに来てくれる?」
「はい」
こうして、俺たちの“冒険者兼街歩き服”が正式に決まった。
◇ ◇ ◇
店を出て通りを歩きながら、クレハがぽつりと言う。
「楽しみ」
「新しい服?」
「うん」
クレハは、少しだけ照れたように視線をそらした。
「里では、服を選ぶ自由、あまりなかった。
任務の服か、練習の服か、寝る服」
「まあ、忍びの里だしな……」
「だから、“一緒に歩く服”、嬉しい」
その言葉に、少しだけ胸がじんわりした。
「私も楽しみ」
ユイが笑う。
「秋人くんと並んで歩くときに、“田舎から来ました感”減るかもしれないし」
「いや、今でも十分ちゃんとしてるだろ」
「秋人くんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、ね」
ユイが、街の方を見ながら続ける。
「この世界でちゃんと生きていくなら、
“どんな格好でどこに立つか”って、きっと大事になるから」
「……なるほど」
元の世界でも、スーツだの制服だの、そういうのはあった。
ここでも、鎧や服が、“自分がどこに立つのか”を示すものになるのかもしれない。
「じゃあ、俺はこれから“革ベストと黒ジャケットの剣士”ってことで」
「似合う」
クレハが即答する。
「“過保護な幼馴染と、影みたいな忍びを連れてる剣士”」
「説明が長い」
ユイとクレハが、同時にむっとした顔をする。
「過保護?」
「影……?」
「いやいやいや、褒めてるからね!? 頼りにしてるって意味だから!」
慌てて弁解しながら、俺は笑う。
(でも、ほんとに──)
革ベスト、防具、そして新しい服。
少しずつ形になっていく“俺たちの姿”が、
不安の中にも、ちゃんと楽しみを混ぜてくれている気がした。
剣と魔法と、ちゃんとした装備と。
そして、ちょっと賑やかすぎるくらいの仲間たち。
ラグナスの街での生活は、
そうやって少しずつ、“物語の舞台衣装”を揃えていくみたいに進んでいった。
つづく




