第13話 服と防具と、甲冑オタクの本性バレかけた件
その日も、薬草採取とスライム退治でほどよく体を動かしてから、夕方には青い灯火亭へ戻ってきた。
夕飯を食べ終わって、共用スペースで一息ついていると──リナがじーっと俺を見てきた。
「ねえ、お兄さん」
「ん?」
「それさ」
リナの指が指したのは、俺の服。
……日本から持ってきた、すでに少しヨレてきたジャージとTシャツ。
「それで、ずっと森行ってるの?」
「まあ、うん」
「なんか、“森で遭難した人”みたいな格好なんだよね」
「言い方ァ!」
横に座っていたユイが、ふふっと笑う。
「でも実際、防具らしい防具って、まだないよね。
私も道場の稽古着そのままだし」
「里の服も、そこまで防御力ない」
クレハは自分の軽装を見下ろして、淡々と言った。
「動きやすいけど、斬られたら普通に痛い」
「いや、斬られたら“普通に”どころじゃないからね?」
ツッコみながらも、心の中では同意していた。
(そろそろ、ちゃんとした服と防具、欲しいよなぁ……)
木刀と稽古着でウルフ倒したあの日から、ずっと後回しにしていた問題だ。
金がないから、というもっともな理由と、
「まだ浅い森だし大丈夫だろ」という、あまりよろしくない油断。
「ね、秋人くん」
ユイが、真面目な顔になる。
「剣も魔法も鍛えるの大事だけど、それ以前に“装備”ちゃんとしない?」
「……そうだな」
認めるしかなかった。
「せめて、まともな上着と、軽い防具くらいは欲しい」
「おしゃれな服も」
クレハが、小さく挙手する。
「アキトたちと街歩きするとき、里の服だけだと浮く」
「そこですか?」
「大事」
目が本気だった。意外と気にしてたのか。
「ってことは、買い物か」
「うん。明日は依頼一回にして、午後は“装備更新デー”にしよ?」
ユイの提案に、俺も頷いた。
「防具屋と服屋、どこがいいか、誰かに聞いた方がいいな」
「ニナ」
クレハの即答。
「ニナ、そういうの詳しそう」
「分かる」
商人系ヒロインは、大抵こういうとき頼りになる。
◇ ◇ ◇
翌日。
午前中の軽めな薬草依頼を終え、ギルドで報酬をもらったあと。
「ニナの屋台、出てるかな」
通りの角を曲がると──
「さあさあ今日も見てっておくれー! 美味しい焼き菓子と、旅の便利グッズ!」
いつもの声。いた。
「ニナー」
クレハが小さく手を振ると、ニナが振り返ってニヤッと笑った。
「おっ、アキトパーティご一行様。今日もちゃんと生きてるね、よしよし」
「点呼されるの、門番と同じノリなんだよなぁ」
「生きてるの確認、大事だから。で、今日は何? またお菓子?」
「いや、今日は相談があって」
「相談?」
ニナが首をかしげる。
「……服と、防具が欲しい」
クレハが、ストレートに言った。
「今のままだと、ちょっと心もとない」
「おお、それはいい心がけ」
ニナが頷く。
「で、予算は?」
「……銅貨、全部で三十枚ちょっと」
「全員分の防具一式は厳しいね!」
テンポ良く即答された。
「分かってる。だから、とりあえず“最低限”から」
ユイが続ける。
「秋人くんは前衛寄りだし、優先的に防具欲しくて。
私とクレハちゃんも、せめて動きやすくて丈夫な服にしたい」
「ふむふむ」
ニナが腕を組んで、じっと俺を見た。
「アキトは、どんな防具が欲しいの?」
「えっと……」
本音を言えば、「日本で見てきた甲冑っぽい何か」が欲しい。
けど、いきなりそれは無理だ。
それでも──
「軽くて、動きやすくて、でも要所はちゃんと守れるやつがいい」
言いながら、自分の体を指で示す。
「ここら辺の胸と、肋骨と、腰のあたり。
あと、できれば肩と太ももの外側も、多少は」
「……細かい」
ニナが目を細めた。
「もしかしてさ、お兄さん」
ジトッとした視線が突き刺さる。
「鎧、詳しい?」
「ぎくっ」
変な声が出た。
「“ここが弱点だから”“ここが急所だから”って、妙にピンポイントで言ってくる人、だいたいそうなんだよねー」
「いやまあ、その、ちょっとだけ……」
ごまかしながら白状する。
「昔から、甲冑とか戦国武将が好きで。
おじいちゃんの道場で、“甲冑兵法術”みたいなの習ってたんだ」
「カッチュウヘイホウ?」
ニナが首をかしげる。
ユイが補足する。
「甲冑を着た状態での動き方とか、武器の使い方を鍛える稽古。
鎧着ててもちゃんと動けるように、ってやつだよ」
「へー……そんなのあるんだ」
ニナが感心したように目を丸くした。
「じゃあ、重い鎧でも動ける感じ?」
「ある程度なら」
「お兄さん、たぶんこの街だと珍しいタイプだね」
ニナがニヤッと笑う。
「じゃ、こうしようか」
屋台の奥から、古びた紙を引っ張り出す。
「防具屋と仕立て屋、両方紹介してあげる。
“ニナの紹介”って言えば、ちょっとだけ値引きしてくれるはず」
「マジで?」
「商人はコネが命だからね!」
胸を張って言う。
「防具屋は、ギルド通りを抜けた先にある“グローム防具店”。
革鎧とか、簡単な金属プレート付きの防具とか扱ってるよ。
仕立て屋は、“ミレイユの仕立て工房”。冒険者向けの丈夫な服も作ってる」
「助かる」
本気で感謝が出た。
「その代わり」
ニナが指を一本立てる。
「今度、山道の護衛依頼出すときは、ちゃんと話聞きに来てね?」
「やっぱりそこは外さないんだな」
「仕事ですので!」
◇ ◇ ◇
まずは防具から、ということで“グローム防具店”へ向かう。
ギルドから少し外れた通りの一角。
店先には、革鎧やら胸当てやら、いかにもな装備がぶら下がっていた。
「いらっしゃい」
中に入ると、渋い声が飛んできた。
カウンターの向こうには、大柄で筋肉質なドワーフ──ではなく、がっしりした中年のオッサンが腕を組んで立っていた。
「なんだ、ドワーフ期待してたか?」
「ちょっとだけ」
期待してた。ごめんなさい。
「俺はグローム。見ての通り、防具屋だ」
挨拶の後、ニナから紹介を受けたことを伝える。
「ニナの紹介か。あのガキ、最近やたらと新人連れてくるな」
グロームが鼻を鳴らす。
「で、何が欲しい。全身鎧は無理だぞ、金額的に」
「そこまでは考えてないです」
俺は一歩前に出る。
「前衛で剣を使うんですけど、そこまで重くなくて、動きを邪魔しない範囲で守りのあるものが欲しくて」
「ふむ」
グロームの目が、じっと俺を観察する。
「予算は?」
「……銅貨三十枚ちょっと」
「三人分で?」
「はい」
「前衛はお前だけか?」
「基本はそうなります」
「なら、お前に一番かけた方がいいな」
グロームは棚からいくつかの防具を引きずり出してきた。
「この辺が、“新人用前衛セット”だな」
木のテーブルに並べられたのは──
厚手の革ベスト。
簡単な金属プレートが縫い込まれた肩当て。
硬めの革のアームガードとレッグガード。
「……おお」
想像してた「いかにも中世風」よりは軽装だけど、十分頼もしそうだ。
「この革ベストは、胸と脇腹にもう一枚革を重ねてある。
斬撃にはそこそこ耐えるし、刺突も浅くできる」
「動きやすさは?」
「着てみろ」
言われるままに、ジャージの上から革ベストを着て、ベルトを締める。
肩当てとアームガードもつけてみる。
……思ったより軽い。
(うわ、これ、甲冑稽古のときの胸当てより軽いかも)
肩を回し、腰をひねり、軽くその場で跳ねてみる。
「問題なさそう?」
ユイが訊く。
「うん。多少の重さはあるけど、可動域は邪魔されてない」
革が柔らかめなこともあって、想像以上に動きやすい。
グロームが、ふん、と鼻を鳴らした。
「甲冑慣れしてるな、お前」
「どうして分かるんですか」
「普通の新人は、その動き方しねえよ。
鎧着た状態での重心移動と、何も着てないときの動き方、ちゃんと分けてる」
じっと見られて、ちょっと照れた。
「そいつ一式で、銅貨二十五枚。
残りで、女の子たち用の簡単な防具か、衝撃を和らげるインナーくらいは用意できる」
「女の子たち用……?」
グロームが、ちらっとユイとクレハを見る。
「二人は、どういう戦い方をする?」
「私は、中衛寄りですね。槍で前衛サポートと、周囲の支援」
「私は前に出たり下がったり。忍びの動き」
あまりにもざっくりした自己紹介。
グロームは一瞬黙ってから、棚の奥から別の防具を取り出した。
「じゃあ、お前らには“着込む防具”だな」
テーブルに置かれたのは、厚手の布と薄い革を重ねたインナーベストのようなものだった。
「鎧下みたいなものだ。
服の下に着ても目立たねえし、打撃のダメージを減らせる」
「女性用、なんですね」
ユイが手に取って、表情を少し変える。
胸元や脇の形が、明らかに女性の体を想定して作られていた。
「普通の革鎧だと、身体のラインに合わなくて動きにくくなる。
その点、こういう“中に着るタイプ”なら、服は好きに選べる」
「なるほど……」
ユイが納得したように頷く。
クレハも、防具をつまんで生地を確かめていた。
「軽い」
「軽いけど、中に薄い衝撃吸収材が入ってる。
刃は止められねえが、殴られたときや転んだときのダメージはかなり減る」
「いい」
クレハの評価が短くて分かりやすい。
「二人分で、銅貨十枚。全部で三十五枚だが、ニナの紹介ってことに免じて──」
グロームが少し考えてから、ニヤッと笑った。
「全部合わせて三十枚でいい」
「え、いいんですか?」
「新人のうちから防具に金かけるやつは、生き残る確率が高い。
生き残ったら、またここに防具買いに来るだろ」
商売としても正しい判断だ。
「ありがとうございます」
深く頭を下げて、銅貨三十枚をテーブルに並べる。
財布がほぼ空になった代わりに──
身体の方は、さっきよりずっと“守られてる”感覚が増えた。
◇ ◇ ◇
青い灯火亭に戻って、各自部屋で新しい防具を試着する。
俺はジャージの上から革ベストと肩当て、アームガードを装着。
鏡代わりの窓ガラスに映る自分を見て、少し照れる。
(なんか、“それっぽい”な)
前より、明らかに“冒険者の前衛”っぽい。
ドアがコンコンとノックされた。
「アキト」
「どうぞ」
クレハが入ってくる。
いつもの軽装の下に、新しいインナーベストを着ているらしく、ほんの少しだけ胸元と肩回りのシルエットが変わっていた。
「どう?」
「似合う。っていうか、普通に強そうになったな」
「アキトも。前より、“守れる人”って感じ」
クレハは、じっと俺の胸の辺りを見て言った。
「ここ、斬られても死なない」
「いや、斬られない前提で動くけどな?」
「でも、死ににくくなったのは、いいこと」
それはその通りだ。
そこへ、少し遅れてユイも顔を出した。
「お邪魔しまーす……って、うわ」
俺を見るなり、目を丸くする。
「秋人くん、なんか一気に“主人公の前衛感”増したね」
「その例えやめよ?」
「でも、前より頼もしく見えるのは本当だよ」
ユイは、自分のインナーベストの上から道着を羽織っていた。
見た目はそこまで変わらないけど、所々に補強が入っていて、動きはむしろ軽そうだ。
「これなら、転がされても骨折まではいかなさそう」
「転ぶ前提で話さないでほしいんだけど」
「保険だよ、保険」
三人で笑う。
◇ ◇ ◇
その夜。
ベッドに入る前に、革ベストを椅子に掛けながら、ふと思った。
(甲冑兵法、ここで役に立つとはな……)
日本では、ほとんど趣味の世界だった。
重たい防具を着て、古臭い動きを習うなんて、
一部のマニアか歴史オタクくらいしかやらない。
でも、この世界だとそれが“普通に命を守る技術”になりうる。
(おじいちゃん、見たら喜ぶかな)
そんなことを思って、少し笑った。
剣と魔法と、ちゃんとした防具。
少しずつ、形だけじゃなく中身も“冒険者らしく”なっていく自分が、
少しだけ誇らしく感じられた。
──そして、その分だけ。
守らなきゃいけないものも、やっぱり増えていくんだろう。
ユイと、クレハと。
ラグナスの街で出会った人たちと。
(だったら、やっぱり甲冑でもなんでも、全部使えるもんは使ってやる)
そんな風に、少しだけ強気なことを考えながら。
俺は、革ベスト越しに感じる“重さ”に、
ゆっくりと慣れていこうとしていた。
つづく




