第12話 初依頼は薬草採取と、くしゃみみたいな魔法
鳥の声と、どこかの部屋から聞こえる床板のきしむ音で目が覚めた。
ラグナス二日目の朝。
窓から差し込む光は優しくて、布団の中はやたらと心地いい。
このまま二度寝したい誘惑がすごい。
(……いやいや)
自分にツッコミを入れながら、布団から這い出る。
「今日は、ちゃんと“冒険者としての一歩目”なんだからな」
軽く伸びをして、顔を洗って、装備を整える。
ショートソードの鞘を腰につけた瞬間、少しだけ背筋が伸びる気がした。
◇ ◇ ◇
一階に降りると、マリーとリナが朝食の準備真っ最中だった。
「おはよう」
「あ、秋人くん、おはよー!」
リナがフライパンを振っている。
「早いね。ユイ姉さんとクレハお姉さんは、もうちょっとで降りてくるよ」
「姉さん?」
「なんとなくそう呼びたくなる感じだったから!」
基準がざっくりしてる。
「秋人くんも、“秋人お兄ちゃん”って呼んだ方がいい?」
「いや、今まで通りで大丈夫」
「りょーかい!」
リナが明るく返事をして、皿にパンとスクランブルエッグを盛ってくれる。
マリーがスープを置いてくれて、テーブルの上は一気に“ちゃんとした朝ご飯”になった。
少し遅れて、ユイとクレハも降りてくる。
「おはよう、秋人くん」
「おはよう」
「おはよう、アキト」
クレハは、いつも通り眠そうな顔なのに、姿勢だけはシャキッとしている。
「今日、行くんだよね」
パンをちぎりながら、ユイが確認する。
「うん。薬草採取の依頼、受けに行こう」
「初依頼」
クレハが、コップの水を一口飲んでから言った。
「怪我しないように、でもちゃんと経験積む」
「そういう方向で」
マリーが、カウンターの奥から声を飛ばす。
「森に行くなら、日が高いうちに戻る計画で動きな。
お昼までには採り終えて、午後は戻って仕分けと報告。
そういうのが続けやすいペースだよ」
「プロっぽいアドバイスきた」
「冒険者の生活、何年見てると思ってるのさ」
マリーが笑う。
「ちゃんと帰ってきたら、夜ご飯また少し多めにしとくから」
「それ、死亡フラグじゃないよな……?」
「フラグって言葉、こっちの世界のじゃないね」
「うっ」
軽く刺された。反省。
◇ ◇ ◇
朝食を済ませて、青い灯火亭を出る。
「いってらっしゃーい!」
リナが手を振る。
マリーも、カウンターの奥から軽く手を上げた。
外の空気は、少しひんやりしていて気持ちいい。
「まずはギルドだね」
ユイがギルドの方向を指さす。
通りは、朝の仕込みや通勤で人が行き交っている。
パンの匂い、野菜の山、馬車の音。
昨日より、少しだけ見慣れてきた気がした。
◇ ◇ ◇
ギルドに入ると、受付前はすでにそこそこの賑わいだった。
依頼掲示板の前で人が行列を作り、カウンターには報告をする冒険者の姿。
「お、来たな」
掲示板の近くで、見覚えのある槍が手を振った。
「カイルさん」
「おはよう、アキト! 今日、依頼受けるんだろ?」
「薬草採取から始めようかと」
「いい選択だ」
セラも隣で頷く。
「あの森の安全ルート、覚えといた方がいいしね。
最初は、森の入り口近くから攻めるのがいいわ」
「依頼、決まってる?」
「昨日見てたやつだけど……たぶん、まだ残ってるはず」
掲示板のEランク欄を見ると──
【薬草採取:ヒーラーハーブ20束】
【対象地域:ラグナス東の森・浅部】
【備考:新人歓迎・推薦依頼】
みたいな紙が貼ってあった。
「あ、これですね」
ユイが指で示す。
「新人歓迎か……なんか、優しい」
「依頼主、教会になってる」
クレハが、紙の端を見て言った。
確かに、「依頼主:ラグナス教会・シスター・エルナ」と書いてある。
「昨日の……」
「これは受けるしかないね」
ユイが笑う。
「エルナさん、普通に仕事でも俺たちの首根っこ掴んでくるな」
いい意味で。
「じゃ、受けます」
紙を一枚剥がして、受付へ向かう。
◇ ◇ ◇
「薬草採取、ですね」
ミリアが、紙を受け取って内容を確認する。
「対象は“ヒーラーハーブ”。
ラグナス東の森の、比較的安全なエリアに群生しています。
場所の説明と、簡単な見分け方をお教えしますね」
カウンターの下から、簡単な地図と、薬草の絵が描かれた紙を取り出す。
「このギザギザした三つ葉が特徴です。似たような葉をした毒草もあるので、匂いも確認してください」
「匂い?」
「ヒーラーハーブは、切ると甘い香りがします。
似た毒草は、鼻にツンとくる匂いがしますから」
ミリアの説明は、淡々としているけど分かりやすい。
「周りに出る魔物は?」
「小型の魔物なら、ウルフやイノウサギ、スライムあたりが出ますが……
新人さんには“森の浅いところから出ないこと”を条件にしているので、
そこまで危険な魔物には遭遇しないはずです」
「“はず”」
大事な単語がさらっと出た。
「もちろん、絶対はありません」
ミリアは苦笑しながら言う。
「何があるか分からないから、冒険者ですからね。
でも、ルールを守っていれば、死ぬ確率はかなり下がります」
昨日タツミに言われたことと、同じ方向の話だ。
「分かりました。気をつけます」
「はい。では──」
ミリアが、椅子から少し身を乗り出す。
「もう一組、新人さんで薬草依頼を狙っていた子がいるんですけど、一緒に行ってもらえますか?」
「一緒に?」
「はい。森の浅いところとはいえ、魔法使いの子が一人だと不安なので」
なんとなく、誰のことか予想がついた。
「……ノアくん?」
ミリアが嬉しそうに笑った。
「話が早くて助かります」
◇ ◇ ◇
ギルドの片隅。
いつもの杖を抱えて、ノアがそわそわ座っていた。
話しかける前から、こっちに気づいた。
「あ、アキトさん!」
勢いよく立ち上がる。
「今日、薬草採り、行くの?」
「うん。ミリアさんから、一緒にって言われた」
「い、一緒に、いいの?」
「むしろ、一緒に行った方が安心だよ」
俺だけじゃなく、ユイもクレハも頷く。
「護衛は任せて。ノアくんには、魔法の練習もしながら採集頑張ってもらおう」
「魔法の練習……」
ノアの顔に、不安と期待が入り混じった表情が浮かぶ。
「くしゃみみたいな風、見てみたい」
クレハが真顔で言った。
「やめて、その名前で定着しそうだから」
「くしゃみ風」
「やめろってば!」
ノアが真っ赤になって抗議する。
ちょっと面白い。
そんなやりとりをしていると、後ろからカイルの声。
「お、ノアも行くのか。いいじゃんいいじゃん。ちゃんと先輩の言うこと聞けよー?」
「先輩?」
「アキトだよ」
「え、もう先輩になったの俺……?」
「昨日“魔法教えてください”って言ったでしょ」
ノアが、もじもじしながら言う。
「……分かった。じゃあ、今日は“先輩らしく”頑張るよ」
軽く肩を叩いてやると、ノアが少しだけ緊張を解いた顔をした。
◇ ◇ ◇
準備を整えて、ラグナスの門へ向かう。
「お、また出るのか」
門のところで、グレンが手を振った。
「今日は正式な依頼です」
「薬草採り?」
「です」
「なら、森の浅いところから先には絶対行くなよ。
東の森は、奥に行くほど空気が変わる。そうなったら引き返すこと」
「空気?」
ノアが首をかしげる。
「森の匂いが急に薄くなって、妙に静かになって、背筋が冷たくなる感じがしたら危険だ。
慣れるまでは、“なんとなく嫌だ”と思ったら戻れ」
「覚えときます」
リオも、横で真面目な顔で頷いている。
「帰りが遅くなりそうなら、門番室に一声かけてください。
場合によってはギルドに連絡します」
「そこまで……」
「新人の生存率を上げるのも、僕たちの仕事ですから」
まだ堅い表情のリオだけど、言っていることは真っ当だ。
「じゃ、行ってきます」
「行ってきます!」
ノアも、杖を握りしめて頭を下げた。
◇ ◇ ◇
ラグナス東の森は、昨日戦ったエリアから少し離れた場所にあった。
入り口には、小さな目印の石柱。
そこから先は、背の低い木々と草が広がっている。
「地図だと、この辺りにヒーラーハーブの群生地があるって」
ユイが、ミリアからもらった地図を確認する。
「まずは、道沿いに少し入っていって、森の雰囲気に慣れよう」
「了解」
俺はショートソードを抜かず、いつでも抜けるように左手を柄に添えた。
クレハは、一歩前を静かに進む。
ノアは、その少し後ろで周囲をきょろきょろ見回している。
(薬草……薬草……)
地面と草むらを目で追いながら進んでいくと──
「あ」
ユイが小さく声を上げた。
「たぶん、あれ」
指さした先には、三枚のギザギザした葉をつけた草がまとまって生えていた。
絵の通りだ。
「匂い、確認してみる」
クレハが、一本をそっと摘んで、茎の部分を軽く爪で傷つける。
ふわっと、甘い香りが漂った。
「ヒーラーハーブ、間違いない」
「よし、周りにも群生してるね。ここを一つの採集ポイントにしよう」
ユイが、腰から布袋を取り出す。
「根っこごと抜きすぎないようにね。また生えてもらわないと困るから」
「分かってる」
根元から少し上を切り取るようにして、どんどん袋に詰めていく。
ノアも、ぎこちない手つきながら、丁寧に作業していた。
「何か……こういうの、落ち着くね」
俺が言うと、ユイが笑う。
「戦ってばっかりより、こういう“地味だけど大事な仕事”の方が私は好きだな」
「分かる」
クレハも、小さく頷く。
「里でも、野草を集めたり、落ち葉をかき集めたりした。
そういう作業、嫌いじゃない」
「……意外」
「どういう意味」
じとっとした視線が刺さる。冗談です。
◇ ◇ ◇
しばらく、黙々と採集を続ける。
袋の中のヒーラーハーブが増えてきた頃。
「ちょっと休憩しようか」
ユイが声をかけた。
ちょうど、木陰の開けた場所に出ていた。
そこに腰を下ろして、水筒の水を飲む。
ノアが、膝の上で杖を撫でながら、ぽつりと呟いた。
「……僕、ちゃんと役に立ててるかな」
「なんで急に不安になった」
「だって、摘んでるだけだし……」
「今は、それで十分だよ」
俺は素直に答える。
「薬草採取の依頼なんだから、薬草をちゃんと集めるのが仕事だろ?」
「それは、そうだけど……」
ノアは、杖の先を地面にちょんちょんと突きながら言う。
「カイルさんたちみたいに、戦闘で役に立てるようにならないと、
いつまで経っても“足手まとい”のままなんじゃないかなって」
「……その気持ちは、分かる」
俺も前の世界で、そんなことを何度も思った。
剣術やってても、現実で役に立つわけじゃない、とか。
ゲームがうまくても、何になるんだ、とか。
「でもさ」
杖の先を見ているノアの視線を、俺は上から覗き込む。
「まず、“足手まといじゃない状態”になるために、できることからやるしかないじゃん」
「できること……」
「薬草ちゃんと集めるのもそうだし。
森の空気に慣れるのもそうだし。
安全なところで魔法の練習するのも、たぶんその一つ」
「魔法の練習……」
ノアが小さく呟く。
「せっかくだし、やってみる?」
「……今?」
「今。森の浅いところだし、周りに危ない気配もない。
俺たちも見てるから、暴発してもフォローできる」
「暴発前提なの?!」
「最悪の状況を想定しておくのは大事」
ユイが真顔で言った。
ノアは、しばらく悩むように唇を噛んでいたが──
やがて、決意した顔で頷いた。
「……やってみる」
◇ ◇ ◇
少し開けた場所に移動する。
「じゃあ、まずはいつもの“風魔法”見せて」
「分かった」
ノアは深呼吸をして、杖を構えた。
「《ウィンド》……!」
短い詠唱とともに、杖の先から「ふっ」と生ぬるい風が吹いた。
俺の前髪が、ちょっとだけ揺れる程度。
「……くしゃみ風」
クレハが小声で言った。
「クレハさん……!」
ノアが抗議する。けど、否定はできなさそうな顔してる。
「詠唱のとき、何考えてる?」
俺は真剣に訊いた。
「え?」
「風をどう動かしたいか、とか」
「えっと……風が出ろー、風が出ろー、って」
「それ、かなり漠然としてるな」
ユイも苦笑する。
「たとえば、“目の前の落ち葉をふわっと浮かせたい”とか、“相手の顔に向かって砂を飛ばしたい”とか。
もっと具体的イメージした方が、魔法って使いやすくなると思う」
「アキト、実体験」
クレハが、ぽつりと援護射撃する。
「火の玉、ちゃんと形と軌道をイメージしてた」
「そうそう」
ノアは、真剣に聞いている。
「風魔法、どんな風になってほしい?」
「えっと……」
ノアはしばらく考えてから、落ち葉が溜まっているところを見た。
「ああいうのを……ふわっと舞い上がらせたい」
「いいね。じゃ、それイメージしてもう一回」
「う、うん」
深呼吸。
杖を構える。
視線は落ち葉の山。
「《ウィンド》!」
さっきより、少し長めに詠唱した。
杖の先から吹き出た風が、落ち葉に当たる。
バサッ、と。
さっきよりも、はっきりと落ち葉が舞い上がった。
「お」
「さっきより、強い」
ユイとクレハが同時に言う。
ノア本人は、目を丸くしていた。
「や、やれた……?」
「うん。今の、さっきの二倍はあった」
俺が素直に評価すると、ノアの顔がぱっと明るくなった。
「イメージ大事だな、やっぱり」
「“風、出ろー”から、“落ち葉舞えー”に変わっただけでこれだからね」
ユイが笑う。
「……もう一回やる」
ノアは自分からそう言って、何度か練習を繰り返した。
最初はぎこちなかったが、回数を重ねるごとに、落ち葉の舞い上がり方が少しずつ安定してくる。
最後の一回は、落ち葉がきれいな弧を描いて舞った。
「……すご」
思わず感嘆の声が出た。
「ノアくん、ちゃんと“風使い”っぽいよ」
「ぽい」
クレハも、短く言う。
ノアは、顔を赤くしながらも、目を輝かせていた。
「ありがとう……! なんか、初めて“魔法使ってる”って感じがした!」
「それなら良かった」
俺も、胸のあたりがほんの少し温かくなった。
(人に説明しようとすると、自分の頭の中も整理されるって、こういうことか)
俺自身も、魔法のイメージの重要性を改めて実感する。
◇ ◇ ◇
そのときだった。
クレハの耳が、ぴくりと動く。
「……足音」
短く言って、すっと前に出る。
森の奥。
低い草を踏みしめる音。
鼻をくすぐる、獣の匂い。
「ウルフ?」
「違う。もっと小さい」
クレハが、腰の小太刀に手を添える。
茂みの影が揺れて──
ぴょん、と飛び出してきた。
耳の長い、丸っこい体。
でも、目つきは鋭くて、鼻先は豚みたいに尖っている。
「……これが、イノウサギ?」
思ったよりウサギじゃない。
「一匹だけ」
クレハが周囲を確認する。
「でも、油断しないで」
ノアが、わずかに震える手で杖を構えた。
「ぼ、僕もやる……!」
「じゃあ、サポートに回ろう」
俺はショートソードを抜き、ユイは槍を構える。
「ノアくん、さっきの風で、イノウサギの目の前の葉っぱを舞い上がらせてみて。
視界を少しだけ奪うように」
「で、秋人くんが斬る?」
「斬れる位置なら斬るし、無理ならユイに任せる」
「了解」
ユイが、少し横に回り込む。
イノウサギは、低い姿勢でこちらを睨んでいた。
その視線に、ノアがごくり、と喉を鳴らす。
「……大丈夫」
小さく言って、杖を前に出した。
「《ウィンド》……!」
さっきより、短く詠唱。
イノウサギの足元の落ち葉が、ふわっと舞い上がる。
ちょうど、奴の目の前で。
「今!」
駆け出す。
ショートソードを横薙ぎに振る。
金属と骨がぶつかる感触。
イノウサギが、短い悲鳴を上げて地面に転がった。
一撃で仕留めた。
息を整えながら振り返ると──
「や、やった……?」
ノアが、まだ半信半疑の顔で立っていた。
「やったよ。今の、完全にノアくんのおかげ」
本気でそう言ってやる。
「風がズレてたら、こっちが危なかったかも」
「そ、そんなこと……」
「あるある」
ユイが槍を肩に担いで笑う。
「視界奪うって、地味だけどすごく大事だからね。
今のは、“ちゃんと戦闘で役に立った魔法”だよ」
クレハも、短く頷いた。
「ノア、やる」
「……」
ノアの目に、じわっと涙が浮かんだ。
「泣くほどのことじゃないって」
「だって……ずっと、“魔法使いに向いてない”って言われてきたから……」
鼻をすすりながら、笑う。
「初めて、“ちゃんと魔法で役に立てた”気がした……!」
「じゃあそれ、今日の収穫その1だな」
俺も笑う。
「その2は、ヒーラーハーブ。
その3は、イノウサギの肉。焼いたらうまそう」
「それ大事」
クレハの評価基準がブレない。
◇ ◇ ◇
その後もしばらく薬草採集を続けたが、大きなトラブルはなかった。
森の浅いところだけを移動して、ヒーラーハーブの群生地をいくつか回る。
時々スライムが出てきたが、ノアの風魔法とユイの槍で追い払うことができた。
袋がずっしりと重くなってきた頃、ユイが腕時計代わりに空の位置を見上げる。
「そろそろ戻ろうか」
「帰り道、分かる?」
「もちろん」
森に入るときに目印にしていた大きな木や石を辿って、入口まで戻る。
ラグナスの城壁が見えてきたとき、ノアがほっと息を吐いた。
「すごい……ちゃんと“帰ってこれた”って感じがする」
「そこまで疑ってたの?」
「森の奥に迷い込んで、魔物に囲まれて死ぬって話、よく聞くから……」
現実味のある話だ。
「でも、今日はちゃんと“ルール守って浅いところだけ”だったし」
ユイが笑う。
「このペースなら、明日も明後日も、ちゃんと続けられるよ」
「……うん!」
ノアの返事は、さっきよりずっと力強かった。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻って、ヒーラーハーブを提出する。
「20束、きっちりですね」
ミリアが数を確認して、柔らかく笑った。
「状態もいい。しっかり根元で切っているので、群生地もすぐに再生するでしょう」
「良かった」
俺も一安心だ。
「報酬は、パーティ全体で銅貨20枚になります。
ノアさんの分も含めて、4等分でいいですか?」
「はい、それで」
俺たち三人とノアで、銅貨5枚ずつ。
手の中のコインが、昨日とは違う重みを持って感じられた。
(ちゃんと“仕事した”感あるな……)
初めての正式な依頼。
小さな薬草採集。でも、確かにそれで金をもらっている。
「お疲れさまでした」
ミリアが、少しだけいたずらっぽく言う。
「エルナさんからも、“新人さんたちの様子を見たいから、
時間があるときに教会にも顔を出してほしい”と伝言を預かっています」
「……見張られてる?」
「見守られてる、と思ってください」
言い方が綺麗だ。
ノアも、少し照れながら笑った。
「アキトさんたちと一緒に行けて、ほんとに良かった……!」
「俺も、ノアくんがいてくれて助かったよ」
「また、一緒に行っても……いい?」
「もちろん」
即答した。
「次はもう少し、魔法のバリエーション増やしていこうな」
「うん!」
◇ ◇ ◇
ギルドを出て、青い灯火亭に戻る途中。
通りの角で、見慣れた屋台の声が聞こえた。
「さあさあ見てっておくれー! 今日も特製焼き菓子、ちょっとだけ値下げしてるよー!」
「ニナ」
クレハが、小さく指さす。
「行こっか」
ユイが笑う。
屋台に近づくと、ニナがすぐにこっちを見つけた。
「おー、アキトパーティじゃん!」
にやにやしながら、こちらに手を振る。
「今日は泥だらけじゃないんだね。
……ってことは、“ちゃんと成功した”ってことでいい?」
「とりあえず、生きて帰ってきたよ」
俺が答えると、ニナがにやっと笑った。
「はい、お祝いの半額サービス!」
「また来た、謎の値引き」
「将来の利益を見越してるんだってば」
軽口を叩き合いながら、焼き菓子をいくつか買う。
財布の中には、さっき増えたばかりの銅貨。
それでも今日は、少し余裕を持って使える気がした。
(ちゃんと稼いで、ちゃんと生きて、ちゃんと食べて──)
そんな当たり前のことが、やたらと尊く感じられる。
「明日も、行く?」
宿に向かう途中で、ユイが聞いてきた。
「うん。薬草採りでもいいし、もう少し慣れたら、小型魔物の討伐依頼もいいかもな」
「少しずつ、ね」
ユイが笑う。
「無茶しそうになったら、また止めるから」
「俺も止める」
クレハも淡々と言う。
「ノアも、きっと一緒に来たがる」
「そのときは、ちゃんと先輩ぶらないとな」
そんな話をしながら、青い灯火亭の扉を開けた。
「おかえり!」
リナの声と、
カウンター越しのマリーの笑顔と、
どこかで漂う夕飯のいい匂い。
──ラグナスの生活は、ゆっくりと、でも確実に、“日常”になりつつあった。
その日常の中で、
少しずつ強くなっていくこと。
それがきっと、“冒険者”として生きるってことなのだろう。
つづく




