第111話 目覚めない代償
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最初に戻ってきたのは、音だった。
布が擦れる音。
低く抑えた足音。
薬草の、微かな匂い。
「……」
アキトは、目を開けられなかった。
体が重い。
指先が、自分のものじゃないみたいだった。
「まだ、起きないで」
近くで、ユイの声がした。
その声を聞いた瞬間、
自分が倒れたのだと、ようやく理解する。
◇ ◇ ◇
ここは、ラグナスの教会だった。
白い天井。
静かな祈りの空気。
ベッドの脇には、
ユイとクレハがいる。
クレハは壁にもたれ、
腕を組んだまま目を閉じていた。
眠ってはいない。
「……どれくらい?」
アキトの声は、掠れていた。
「三日です」
ユイが、はっきり答える。
「あなた、丸二日、
一度も意識が戻らなかった」
胸が、少しだけ締め付けられる。
「クラリスは……」
その名前を出した瞬間、
ユイの表情が揺れた。
◇ ◇ ◇
「……助かりました」
それでも、
ユイは嘘をつかなかった。
「命は」
クレハが、短く補足する。
「でも、魔力が――」
「かなり、削られています」
ユイが続けた。
「今は、
深い眠りの中です」
「……後遺症は」
「分かりません」
はっきりした言葉だった。
「エルナさんと、
王都から来た治癒師が診ています」
それを聞いて、
アキトは天井を見上げた。
(……間に合った、はずなのに)
◇ ◇ ◇
エルナが、部屋に入ってくる。
いつもと変わらない表情。
だが、その目は少し疲れていた。
「目が覚めましたか」
「……はい」
「無理に動かないでください」
そう言って、
椅子に腰を下ろす。
「正直に言います」
前置きはなかった。
「今回の儀式は、
失敗ではありません」
その一言に、
空気が張り詰める。
「半分、成功しています」
ユイが息を呑んだ。
「門は、完全には閉じていない」
「魔力は、
この世界に流れ込みました」
「だから――」
エルナは、言葉を選ぶ。
「これから、
各地で異変が起きます」
◇ ◇ ◇
「魔族は、撤退しました」
クレハが言う。
「一時的に」
エルナは、静かに頷いた。
「彼らは、
“試した”のです」
「世界が、
どれだけ耐えられるかを」
アキトの胸の奥が、
嫌な音を立てた。
「……俺の力は」
その問いに、
エルナは一瞬だけ黙る。
「あなたの中にあるものは、
非常に危うい」
「強力で、
正しいかどうかも分からない」
そして、
こう続けた。
「ですが――
確実に“反応”しました」
クレハが、ゆっくり目を開く。
「魔王、関連?」
「ええ」
エルナは否定しなかった。
◇ ◇ ◇
「今は、
無理をしないでください」
「あなたが倒れた理由は、
力が足りなかったからではない」
エルナは、はっきり言う。
「制御が、追いついていなかった」
その言葉は、
救いでもあり、重荷でもあった。
「クラリスの件は、
王都にも報告されています」
「貴族社会は、
動き始めるでしょう」
――レオンハルトの顔が、
アキトの脳裏をよぎる。
◇ ◇ ◇
夜。
教会の窓から、
星が見えた。
「……次は」
アキトが、ぽつりと言う。
「もっと、
ひどい事になる」
ユイは、静かに頷く。
「だからこそ、
選ばないといけません」
「逃げる場所と、
立ち向かう場所」
クレハが、短く締めた。
「全部は、無理」
三人の間に、
沈黙が落ちる。
それは恐怖ではなく、
理解だった。
世界は、
もう静かではいられない。
そして――
彼らも、
以前の場所には戻れなかった。
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