第110話 間に合った、その代償
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廃城の中は、冷え切っていた。
石の床。
崩れた天井。
人が使わなくなって久しいはずなのに――
空気だけが、異様に澱んでいる。
「……奥」
クレハが、短く告げた。
忍術で刻んだ追跡の印が、まだ生きている。
それがなければ、ここまで辿り着けなかっただろう。
「罠、多い」
「突破できる?」
「……やるしかない」
返事はそれだけ。
次の瞬間、影が跳ねた。
◇ ◇ ◇
結界。
使い魔。
魔族配下の下級存在。
数は多くない。
だが、一つ一つが重い。
「前に出ます!」
ユイが霊槍を振るう。
浄化の光が走り、魔物が消える。
「右!」
アキトの声に合わせ、クレハが死角へ滑り込む。
拘束忍術。
一瞬の隙。
アキトの刀が、正確に走った。
――倒せる。
だが、楽ではない。
(……消耗が早い)
アキトは、はっきりと自覚していた。
ここは、
C級の戦場じゃない。
◇ ◇ ◇
広間に辿り着いた瞬間、
三人は息を呑んだ。
魔法陣。
血と光が混じった、不快な紋様。
その中心に――
「……クラリス!」
淡い光に包まれ、少女は宙に浮いていた。
目は閉じられ、呼吸は浅い。
「間に合った、か」
低い声が響く。
影から現れたのは、ムル。
そして、その背後。
空気そのものが軋むような圧。
――魔人。
姿ははっきり見えない。
だが、“いる”。
「返してもらう」
アキトが言った。
声は震えていない。
「ほう」
ムルは興味深そうに目を細めた。
「随分と、踏み込んだな」
◇ ◇ ◇
戦いは、最初から噛み合わなかった。
ユイの支援魔法は弾かれ、
クレハの拘束は引き裂かれる。
アキトの刀は、
届かない。
「……っ!」
ユイが弾かれ、壁に叩きつけられる。
「ユイ!」
「だ、大丈夫……!」
だが、その声は強がりだった。
クラリスの魔力が、
目に見えて削られていく。
(このままじゃ――)
その瞬間。
アキトの内側で、
何かが――開いた。
◇ ◇ ◇
世界が、歪んだ。
音が遠のき、
血の流れがうるさくなる。
(……来るな)
そう思ったのに、止まらない。
正体不明の“何か”が、
仲間へと流れ込む。
「……っ!?」
ユイの霊槍が、
今までにない輝きを放つ。
クレハの動きが、
明らかに“速すぎる”。
アキト自身も、
体が軽い。
――限界が、消えた。
「これは……」
ムルの表情が、初めて変わった。
「神代……?」
その一瞬の動揺。
逃さない。
三人の攻撃が、重なる。
魔法陣が軋み、
儀式が乱れた。
◇ ◇ ◇
――だが、長くは続かない。
頭が割れるように痛い。
視界が揺れる。
(……もたない)
アキトがそう悟った瞬間。
天井が、吹き飛んだ。
「――遅れてごめんね」
夜空を背に、
一人の女が降り立つ。
リゼ。
その存在だけで、
空気が変わった。
「……ちっ」
影が、明確に後退する。
「今日はここまでだ」
ムルが、苛立ちを隠さず言う。
「儀式は――半分、成功した」
次の瞬間、
長距離転移の魔法陣が展開される。
「また会おう」
その言葉を残し、
魔族たちは消えた。
◇ ◇ ◇
静寂。
崩れた広間で、
アキトは膝をついた。
「……クラリス」
リゼが素早く彼女を抱き留める。
「生きてる。
でも……魔力を、かなり持っていかれてる」
ユイが駆け寄る。
「治せますか……?」
「今は、眠らせるしかない」
その声が、遠く聞こえた。
アキトの視界が、暗くなる。
(……助けた、よな)
そのまま、
意識が落ちた。
◇ ◇ ◇
勝ったはずだった。
クラリスは戻った。
魔族は撤退した。
それでも――
誰一人、
安堵の表情を浮かべる者はいなかった。
夜明け前の廃城に、
重い沈黙だけが残っていた。
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