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第109話 晩餐会という名の檻



 領主館からの馬車は、静かだった。


 飾り気はないが、

 手入れは行き届いている。

 ――余計な主張をしない、という主張。


「……思ってたより、地味ですね」


 ユイが小さく言う。


「派手なのは、

 “見せたい時”だけ」


 アキトは窓の外を見ながら答えた。


 クレハは黙っている。

 だが、視線は常に動いていた。


◇ ◇ ◇


 会場は、旧領地に残る城館。


 石造りの外壁は年月を感じさせるが、

 内部はよく手が入っている。


 広間に足を踏み入れた瞬間、

 空気が変わった。


 視線。

 値踏み。

 無言の序列。


「……場の匂い、嫌い」


 クレハが、ぼそっと言う。


「同感です」


 ユイは微笑みを崩さない。


 アキトは、背筋を伸ばした。


 ――ここは、戦場だ。


◇ ◇ ◇


「ようこそ」


 領主エドガーが迎える。


「今日は、

 非公式の場だ。

 気楽にしてほしい」


 “非公式”。

 その言葉ほど信用ならないものはない。


「こちらは娘の、クラリスだ」


 淡い青のドレスに身を包んだ少女が、

 小さく頭を下げる。


「お久しぶりです」


 アキトは、すぐに思い出した。


 ――馬車事故の時の。


「……無事で何よりです」


「はい。

 あの時は、ありがとうございました」


 短い会話。

 だが、そのやり取りを――

 複数の視線が、確かに見ていた。


◇ ◇ ◇


 音楽が流れ、

 料理が運ばれる。


 見た目は華やかだが、

 香りは控えめ。


「……味は、

 見た目ほどじゃないですね」


 ユイが、声を落として言う。


「王都の料理は派手だが、

 ここも似た匂いがする」


 クレハが、警戒を解かない。


 会話は、あちこちで始まる。


 冒険者に声をかける貴族。

 功績を探る言葉。

 遠回しな探り。


「最近、

 若い冒険者が活躍していると聞く」


 男が、アキトに声をかける。


「運が良かっただけです」


 即答。


 謙遜でも、卑下でもない。


 男は、少しだけ興味を失った顔をした。


◇ ◇ ◇


 その隙に、

 クレハは自然に位置をずらす。


 クラリスの背後、

 柱の影。


 誰にも気づかれない動き。


 袖口が、

 わずかに揺れた。


 ――忍術。


 追跡用の印。


 本人すら気づかないほど、

 軽いもの。


「……完了」


 心の中で呟く。


◇ ◇ ◇


 ユイは、

 別方向から視線を感じていた。


 ――熱を帯びた視線。


 貴族の一人が、

 あからさまに距離を詰めてくる。


「君は、

 随分と美しい」


「ありがとうございます」


 微笑みは、完璧。


「実力もあるとか」


「護衛程度ですが」


「謙虚だ」


 ――違う。

 距離を詰めすぎだ。


 アキトが、

 一歩だけ位置を変える。


 自然に、

 割って入る形。


「失礼。

 同行者なので」


 男は、面白くなさそうに肩をすくめた。


◇ ◇ ◇


 その時。


 クレハの背筋が、

 わずかに粟立った。


(……来る)


 風が、変わる。


 音楽が、

 一瞬だけ途切れた。


 次の瞬間――

 空気が裂けた。


◇ ◇ ◇


 悲鳴。


 天井の影から、

 “それ”は現れた。


 角。

 黒い肌。

 歪んだ翼。


「魔族……!」


 騎士団が動くが、

 遅い。


 混乱は、一瞬だった。


 ――目的は、最初から一つ。


「クラリス!」


 アキトが叫ぶ。


 だが、

 魔族の手は、既に少女を掴んでいた。


「良い魔力だ」


 低く、嘲る声。


「触媒に、申し分ない」


 ユイが魔法を放つが、

 結界に弾かれる。


「――遅い」


 魔族は笑う。


 そのまま、

 影へと溶ける。


◇ ◇ ◇


 残されたのは、

 崩れた広間と、

 騒然とする人々。


 騎士団が指示を飛ばす。


 だが――

 クレハは、もう動いていた。


(……捕まえた)


 術式が、

 確かに“繋がっている”。


 アキトとユイが、

 すぐに気づく。


「追えるか?」


「はい」


 クレハは頷いた。


「まだ、近い」


 三人は、視線を交わす。


 言葉はいらない。


 ――行く。


 騎士団の制止を振り切り、

 三人は、夜の城館を飛び出した。


 晩餐会は、

 祝宴から――

 狩り場へと変わった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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