第108話 静かな呼び声と、逃げ道の位置
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焼き菓子の袋が空になった頃、
ラグナスの通りは昼の賑わいに包まれていた。
それでも――
三人の足取りは、自然と慎重になっている。
「一通り、回りましたね」
ユイが、静かに言う。
「ギルド、宿屋、鍛冶屋、露店……」
「全部、同じ匂い」
クレハが短くまとめる。
「人絡み。
騎士団。
貴族」
アキトは、頷いた。
「……じゃあ次は、
向こうから来る番だな」
◇ ◇ ◇
その予感は、外れなかった。
冒険者ギルドに戻ると、
ミリアがすぐに気づいて小さく手招きした。
「三人とも……
ちょっと、奥へ」
「何かありましたか?」
「“非公式”です」
その一言で、十分だった。
◇ ◇ ◇
応接室には、
ボルグが一人、腕を組んで立っていた。
「座れ」
短い指示。
三人が腰を下ろすと、
ボルグは扉を閉め、声を落とす。
「正式な依頼じゃない」
前置き。
「だが、
領主館から打診が来ている」
ユイの背筋が、わずかに伸びる。
「内容は?」
「“社交の場”だ」
その言葉に、クレハの眉が微かに動いた。
「他領の貴族が主催する晩餐会に、
エドガー様も出席される」
「……護衛、ですか」
「それもあるが」
ボルグは、ゆっくり続ける。
「主目的は、
“場の空気を読める冒険者”が欲しいらしい」
アキトは、即答しなかった。
代わりに、聞く。
「俺たち以外は?」
「候補はいる」
ボルグは正直だった。
「だが、
年齢と実績、
そして“最近の動き”を考えると――
お前たちの名前が挙がった」
理由は、はっきりしている。
目立ち始めた。
派手すぎず、だが無視できない。
◇ ◇ ◇
「即答はしなくていい」
ボルグは言う。
「これは、
断っても問題ない話だ」
その言葉に、
アキトは内心で少し安堵した。
「考えさせてください」
「当然だ」
ボルグは頷く。
「ただし――」
一拍置く。
「動き始めている貴族は、
エルステッドだけじゃない」
室内の空気が、重くなる。
◇ ◇ ◇
ギルドを出た三人は、
しばらく無言で歩いた。
「どうする?」
最初に口を開いたのは、クレハだった。
「逃げるなら、今」
「……うん」
アキトは、ゆっくり答える。
「でも、
全部避けてたら、
帰るための情報には辿り着けない」
ユイが、静かに言葉を重ねる。
「条件付き、ですね」
「深入りしない」
「危険なら即撤退」
「貴族絡みは、
距離を取る」
三人の言葉が、自然に噛み合う。
◇ ◇ ◇
その夜。
教会に立ち寄ると、
エルナが灯りの下で待っていた。
「……噂、聞きました」
前置きはない。
「社交の場に、
呼ばれ始めていますね」
「断るつもりです」
アキトが言うと、
エルナは首を横に振った。
「逃げること自体は、
悪くありません」
だが、と続ける。
「“選んで逃げる”ことが、
一番難しいのです」
ユイとクレハが、黙って聞いている。
「力は、
使うために集まってくる」
「でも、
使い方を誤ると――
引き返せなくなる」
それ以上は言わなかった。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
宿へ戻る道すがら、
アキトは夜空を見上げる。
星は、変わらずそこにある。
(……逃げ道は、まだある)
だが同時に、
一歩踏み出せば、
戻れない場所もあると分かっていた。
「決めよう」
アキトが言う。
「条件付きで、話を聞く」
「賛成です」
「了解」
三人の答えは、迷いがなかった。
甘いお土産を配って歩いた一日は、
いつの間にか――
次の扉の前まで、
彼らを連れてきていた。
静かに。
確実に。
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