第105話 忠告は、刃よりも重く
夜明け前。
村の宿の裏手で、
アキトは気配に気づいて目を覚ました。
――静かすぎる。
窓の外に、人影はない。
それなのに、
“誰かが来ている”感覚だけが、確かにあった。
「……起きてる?」
小さな声。
クレハだ。
「今、外に」
「分かった」
◇ ◇ ◇
宿の裏、納屋の陰。
月明かりの下に立っていたのは――
見慣れた獣人の男だった。
「久しぶりだな」
低く、落ち着いた声。
「……ドルガンさん」
アキトが名を呼ぶ。
元A級冒険者。
今は引退し、
ギルドの教官として若手を育てる男。
「追跡してたのは、あなたですか」
ユイが問いかける。
「半分はな」
ドルガンは苦笑した。
「もう半分は、
“俺以外の連中”だ」
その言葉で、
場の空気が一段、冷える。
◇ ◇ ◇
「昨日の件、聞いた」
ドルガンは腕を組む。
「魔獣使い。
ブラッドベア。
エルステッド家の名」
「……どこまで?」
アキトが問う。
「必要なところまで」
短い答え。
「で、本題だ」
ドルガンの目が、
三人を順に捉える。
「お前ら、
やり方を間違えなかった」
一瞬、意外そうな沈黙。
「ただし」
声が低くなる。
「この先は、
間違えたら死ぬ」
◇ ◇ ◇
「貴族が裏で魔物を使うのは、
珍しい話じゃない」
ドルガンは淡々と言う。
「だがな、
“実験段階”なんて言葉が出るのは別だ」
「……どういう意味ですか?」
ユイが聞く。
「もっと危ない存在が、
背景にいる可能性が高い」
魔族、とは言わない。
だが、
それ以上の重さがあった。
「お前らは、
強くなった」
視線が、アキトに向く。
「だが、
“勝てる敵”と
“関わっちゃいけない敵”は別だ」
◇ ◇ ◇
ドルガンは、地面に小枝で円を描く。
「ここが、お前ら」
次に、少し離して印をつける。
「ここが、
貴族とその裏」
さらに外側に、大きな円。
「ここが、
“世界の闇”だ」
小枝を折る。
「今のお前らは、
真ん中と外側の境目に足を踏み入れた」
「……戻れますか?」
アキトの問いは、真っ直ぐだった。
「戻れる」
即答。
「逃げるならな」
ユイとクレハが、視線を交わす。
◇ ◇ ◇
「覚えとけ」
ドルガンは、指を立てる。
「第一は、
自分たちの安全だ」
二本目。
「根っからの悪人、
自分たちに明確な害が及ぶ相手――
その時は、
殺すか、完全に戦闘不能にしろ」
クレハは、静かに頷いた。
「だが」
三本目の指は立てない。
「実力差がある相手を、
嬲り殺すな」
「それは、
お前らを壊す」
その言葉は、
拷問の夜を思い起こさせた。
◇ ◇ ◇
「……俺たち、
まだ甘いですか?」
アキトが聞く。
「甘いな」
ドルガンは、迷いなく言う。
「だが、
その甘さを自覚してる分、
まだマシだ」
ふっと、口元が緩む。
「強くなりすぎるな。
賢くなれ」
「逃げるのも、戦いだ」
ユイが、小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
「しばらく、
俺は姿を見せない」
ドルガンは踵を返す。
「だが、
災害級の匂いがしたら――
出る」
「……ありがとうございます」
アキトの言葉に、
ドルガンは振り返らなかった。
「礼はいらん」
「生き残れ」
それだけ言って、
闇に溶ける。
◇ ◇ ◇
静寂が戻る。
村は、まだ眠っている。
「……重たいですね」
ユイが、ぽつりと言った。
「うん」
アキトは息を吐く。
「でも、
言ってもらえてよかった」
クレハが、夜空を見る。
「逃げ道が、
はっきりした」
三人は、何も言わずに宿へ戻った。
朝になれば、
また旅が始まる。
敵は見えない。
味方も、いつまでいるか分からない。
それでも――
進む基準だけは、
確かに手に入れた。
それは、
剣よりも、
魔法よりも、
ずっと重い忠告だった。
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