第104話 再出発と、背後にあるもの
朝は、静かに来た。
焚き火の跡はきれいに消し、
地面に残った足跡も、最低限だけ整える。
誰かに教えられたわけじゃない。
自然と、そうしていた。
「……行こ」
アキトの一言で、三人は立ち上がる。
昨日までと同じ装備。
同じ隊列。
でも、空気は少しだけ違っていた。
◇ ◇ ◇
街道は、昨日よりも静かだった。
森のざわめきはある。
鳥の声も聞こえる。
けれど――
人の気配が、妙に薄い。
「警戒、続けよう」
ユイが低い声で言う。
「昨日の件で、
向こうもこちらを“把握”したはずです」
「同意」
クレハは、少し前方の高所を移動しながら応じる。
「見られてる可能性、高い」
「盗賊ギルド?」
「それだけじゃない気がする」
その言葉が、
妙に引っかかった。
◇ ◇ ◇
数時間進んでも、
魔物も盗賊も現れない。
静かすぎる。
(嵐の前、ってやつか)
アキトがそう思った時――
クレハが、ぴたりと止まった。
枝の上から、手で合図。
――“後ろ”。
アキトとユイが、自然に歩調を落とす。
振り返らない。
気づいていない“ふり”をする。
「……いる?」
「うん」
クレハの声は、ほとんど風に紛れる。
「距離、遠い。
数は一。
動き、盗賊じゃない」
「……追跡?」
「観察」
短い言葉が、
状況をはっきりさせた。
◇ ◇ ◇
「どうする?」
小休憩を装って、
アキトが低く聞く。
「放っておく」
即答は、ユイだった。
「こちらに敵意があれば、
とっくに仕掛けてきています」
「様子見か……」
「ええ。
そして多分、“報告役”」
誰に、とは言わなかった。
言う必要もなかった。
◇ ◇ ◇
クレハが、少しだけ進路を変える。
街道から、ほんのわずかに外れる。
遠回りでも、
見通しのいい場所を選ぶ。
「逃げ道、確保」
「了解」
言葉にしなくても、
三人の動きは揃っていた。
――昨日、決めたからだ。
無理はしない。
深入りしない。
危険なら、逃げる。
◇ ◇ ◇
夕方、
小さな村が見えてきた。
ラグナスまでは、あと一日。
「今日は、ここで泊まろう」
ユイが言う。
「夜営より、
人のいる場所のほうが安全です」
「賛成」
アキトも頷く。
村に入る直前、
クレハが一瞬だけ振り返った。
森の奥。
何かが、
“距離を保ったまま”止まっている。
「……まだ、いる」
「追ってきてる?」
「ううん」
クレハは首を振る。
「ついてきてる」
その違いが、
不気味だった。
◇ ◇ ◇
村の宿で部屋を取る。
食事は素朴だが、温かい。
久しぶりに、人の生活の匂いを感じる。
「……こういうの、忘れそうになるな」
アキトが呟く。
「普通の夜」
「忘れちゃだめです」
ユイが、静かに言う。
「私たちが守ろうとしているのは、
こういうものなんですから」
クレハは、黙って頷いた。
◇ ◇ ◇
その夜。
アキトは、なかなか眠れずにいた。
窓の外は静か。
星も見える。
(ついてきてる“誰か”……)
盗賊でもない。
魔物でもない。
――もっと、
厄介なもの。
目を閉じる直前、
ふと思う。
昨日まで、
俺たちは“襲われる側”だった。
でも今は、
観察される側だ。
強くなった証拠かもしれない。
同時に、
面倒な世界に足を踏み入れた証でもある。
(……それでも、進む)
決めたから。
帰るために。
善良でいるために。
そして、生き残るために。
夜は、まだ終わらない。




