表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/112

第103話 焚き火の前で、決めたこと


 火は、小さくぱちぱちと音を立てていた。


 宿場町を出て、街道から少し外れた林の縁。

 夜営にちょうどいい場所を見つけて、

 三人は焚き火を囲んで座っている。


 星はよく見えた。

 空気は澄んでいて、

 昼間の血と埃の匂いは、もうほとんど残っていない。


 ――それでも。


(消えないな)


 アキトは、炎を見つめながら思う。

 手の感触。

 声。

 沈黙。


 全部、頭の奥に沈んだままだ。


「……最初さ」


 ぽつりと、アキトが口を開いた。


 誰に向けたわけでもない。

 ただ、言葉にしないと、前に進めない気がした。


「俺、冒険者になった理由って、

 正直すごく単純だった」


 ユイとクレハが、黙って耳を傾ける。


「生きていくため。

 食う場所と、寝る場所を確保するため」


 焚き火が、ぱちんと弾けた。


「英雄になりたいとか、

 この世界をどうこうしたいとか、

 そんな立派なこと、考えてなかった」


「……うん」


 ユイが、静かに頷く。


「それでいいと思います」


 否定はなかった。

 慰めでもない。


「生きるために選んだ道です。

 それ以上でも、それ以下でもない」


「クレハは?」


 アキトが視線を向ける。


 クレハは、少し考えてから答えた。


「里では、

 生きる=命令を果たす、だった」


 淡々とした声。


「疑問、持たなかった。

 それが普通だったから」


 焚き火に薪を一本くべる。


「でも、

 ここは違う」


 短い一言。

 それだけで、十分だった。


◇ ◇ ◇


「……でもさ」


 アキトは、膝の上で指を組む。


「最近、少し変わってきた気がする」


「何がですか?」


 ユイが問い返す。


「理由」


 一拍置いて、続ける。


「もし――

 この世界に来た理由があって、

 帰れる方法があるなら」


 喉が、少しだけ詰まる。


「俺は、

 それを探したい」


 焚き火の音だけが、返事をした。


 やがて、ユイが口を開く。


「……私もです」


 迷いはない。


「帰れる可能性があるなら、

 知らないまま諦めるのは嫌です」


「クレハは?」


「里には、

 異界とか、神域の話があった」


 クレハは、焚き火の向こうを見る。


「全部、眉唾だけど。

 でも、“ゼロじゃない”」


 それで十分だった。


◇ ◇ ◇


「じゃあ、決めよう」


 アキトは、深く息を吸う。


「俺たちの目的」


 指を一本立てる。


「元の世界に戻る方法を探す」


 次に、二本目。


「そのために、

 高位冒険者を目指す」


「理由は?」


 ユイが確認するように聞く。


「情報が集まる。

 国を越えられる。

 王族や神殿、

 普通じゃ会えない相手とも接点ができる」


「旅費と実績も必要ですね」


「そう」


 アキトは頷く。


「金と信用がないと、

 移動すらできない」


「実力も」


 クレハが補足する。


「弱いと、

 選択肢が減る」


「その通りだ」


◇ ◇ ◇


 ユイが、少しだけ姿勢を正した。


「……もう一つ、決めておきたいことがあります」


「何?」


「出来る限り、

 善良でいましょう」


 はっきりとした声。


「誰かを助けられるなら助ける。

 理不尽に踏みにじられる側には、

 出来る範囲で手を差し伸べる」


 少しだけ、間を置く。


「でも、

 自分たちが壊れるほどの無理はしない」


 アキトが、静かに頷く。


「善人でいるために、

 死ぬ必要はない」


「はい」


 ユイは微笑んだ。


「胸を張って、

 帰れる自分たちでいたいだけです」


 その言葉は、

 拷問の夜の重さを、ほんの少しだけ和らげた。


◇ ◇ ◇


「貴族絡みは?」


 クレハが、唐突に聞く。


 焚き火が、音を立てる。


「……逃げよう」


 アキトは即答した。


「おかしい匂いがしたら、深入りしない」


「正義感で突っ込まない」


 ユイが続ける。


「私たちは、

 英雄じゃありません」


「忍び的にも、正解」


 クレハが頷く。


「生き残るのが最優先」


 三人の意見は、

 不思議なくらい噛み合った。


◇ ◇ ◇


 焚き火が、少し小さくなる。


 アキトは、炎を見つめながら思う。


 生きるために始めた冒険者稼業は、

 いつの間にか――

 帰るための旅に変わっていた。


 そのために、強くなる。

 そのために、善良でいようとする。

 そのために、逃げることも選ぶ。


「……決まりだな」


 アキトが言う。


「うん」


「了解」


 三人の声が、重なる。


 夜は深い。

 闇は、まだそこにある。


 でも、

 進む方向だけは、

 はっきりと見えていた。


 ――これが、

 《フロンティア・ライン》のやり方だ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ