第101話 沈黙を割る方法
今回少しダーク寄りです。
苦手な人はすいません
焚き火は、もうほとんど赤い炭になっていた。
谷の外れ。
倒されたブラッドベアから少し離れた場所に、
即席の野営地を作る。
盗賊たちは縛り上げ、木に括り付けた。
逃げる余地はない。
問題は――
魔獣使いだった。
黒いローブは引き裂かれ、
フードは外されている。
痩せた男。
顔色は悪く、唇は乾いているが、目だけはまだ強情だった。
「……俺は、ただ雇われただけだ」
震える声で、同じ言葉を繰り返す。
「名前も知らない。
依頼主も知らない。
熊は……制御できなかった」
嘘だ。
クレハは、少し離れたところでそれを見ている。
腕を組み、無言。
否定もしない。
――つまり、
もう会話では無理だという合図だった。
◇ ◇ ◇
「……やる、しかないよな」
アキトの声は、低かった。
誰かに同意を求める言い方じゃない。
自分に言い聞かせている声だ。
ユイは、しばらく黙っていた。
槍を地面に立て、
手袋を外し、
ゆっくりと指を握る。
「……はい」
短く、そう答えた。
「このまま解放すれば、
次は別の場所で、別の人が死にます」
感情は、そこにない。
事実だけ。
クレハが、ようやく口を開く。
「縄、もう一本いる」
差し出されたのは、
細く、しかし頑丈な麻縄だった。
「……やり方は?」
アキトが聞く。
「殺さない。
壊しすぎない。
でも、逃げ道は全部塞ぐ」
淡々とした説明。
「それ、拷問だよな」
「そう」
即答。
「忍びの里では、
“尋問”って呼ぶ」
ユイの肩が、わずかに揺れた。
◇ ◇ ◇
最初は、精神操作系の魔法だった。
ユイが、短い詠唱を口にする。
光は、ほとんど見えない。
ただ、空気が一瞬だけ、冷えた。
「……な、なんだ……」
魔獣使いの瞳が、焦点を失う。
「あなたは、
今から“思い出したくないこと”を思い出します」
ユイの声は、静かだった。
「それを止める方法は、
ひとつだけです」
「や、やめろ……!」
男が暴れるが、
縄はびくともしない。
クレハが、男の耳元で囁く。
「嘘ついたら、長くなる」
それだけ。
男の呼吸が荒くなる。
◇ ◇ ◇
次に、アキトが前に出た。
刀は、抜かない。
その代わり、
男の視界に、それを置く。
「……俺は、
こういうの得意じゃない」
声は、震えていない。
「でも、
分かったんだ」
男の目を見る。
「お前が黙ってる間に、
誰かが殺される」
それだけで、
理由としては十分だった。
ユイが、回復魔法を使う。
淡い光が、男を包む。
――痛みが、消える。
だが同時に、
恐怖だけが残る。
「……っ、は……?」
「回復しました」
ユイは言う。
「まだ続けられます」
男の顔が、歪んだ。
「……やめろ……」
「やめる条件は、簡単です」
ユイの声は、相変わらず静かだ。
「全部、話してください」
◇ ◇ ◇
時間の感覚が、曖昧になる。
何度も――
恐怖を与えて、
回復して、
また恐怖を与える。
具体的に何をしたかは、
誰も言葉にしない。
ただ、男の精神だけが、
少しずつ、確実に削れていった。
「……エルステッド……」
ついに、男が呟いた。
「……王都の、
エルステッド家だ……」
ユイの指が、わずかに止まる。
アキトの胸が、嫌な音を立てる。
「……レオンハルトか?」
「直接じゃない……!
でも、あの家の紋章を持つ使者だった……!」
「魔獣は?」
「実験だ……!
“魔族の儀式”に使えるかどうかの……!」
そこまで言ったところで、
クレハが手を上げた。
「もういい」
三人の視線が、クレハに向く。
「これ以上は、
壊れる」
ユイが、魔法を止める。
光が消え、
夜の冷気が戻る。
◇ ◇ ◇
魔獣使いは、
もはや抵抗もしなかった。
ただ、うつむいて、
呼吸を繰り返している。
「……終わった、か」
アキトが、そう呟く。
自分の手を見つめる。
震えてはいない。
でも、汚れた気がした。
ユイは、何も言わずに
手を洗いに行った。
クレハだけが、焚き火を見ている。
「二人とも」
ぽつりと、言う。
「向いてない」
「……分かってる」
「でも、やった」
それが、
一番危ないところだ。
クレハは、そう言わなかった。
ただ、
「……次は、
もっと早く決めたほうがいい」
そう言っただけだ。
◇ ◇ ◇
夜は、深い。
焚き火の赤だけが、
三人の顔を照らしている。
善良でいようと決めた。
それでも、
汚れる夜は来る。
それを知っただけでも、
この夜は、
確かに価値があった。
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