第10話 教会のシスターと落ちこぼれ魔法少年
「まずは──」
次の一歩を決めようとして、俺は二人の顔を見た。
「ギルドで依頼見る? それとも街を歩いて情報集め?」
「武器受け取りまでは時間あるしね」
ユイが指を折って整理する。
「いきなり依頼受けてボロボロになって、教会に運ばれて……ってコースはあんまりやりたくないなぁ」
「フラグ立てないで」
俺が即ツッコむ。
「教会、先に見に行く?」
ぽつりとクレハが言った。
「治してくれる人、どんな人か、先に会っておいた方が安心」
「あー……それは確かに」
ゲーム脳的にも、現実的にも正しい。
「回復ポイントの位置確認」は、命に直結する。
「じゃ、午後イチは教会見学。
そのあと武器受け取り行って、余裕があればギルドで依頼を“見るだけ”」
「見るだけ」
念押しするようにユイが繰り返す。
「今日はまだ様子見の日。ね?」
「はいはい」
自分でも、ちょっと無茶しそうなの自覚あるから、強くは言えない。
◇ ◇ ◇
ニナに教えてもらった方向に進むと、街の中心近くに出た。
広場。
真ん中には小さな噴水。
その一角に、白い壁の建物が見える。
高い尖塔。
鐘楼。
扉の上には、翼を広げた女神のレリーフ。
「あれが教会か」
「綺麗……」
ユイが小さく息を呑む。
石畳を渡って、ゆっくりと扉を押し開ける。
中は、ひんやりとしていた。
外より少し冷たい空気。
高い天井と、色付きガラスから差し込む柔らかな光。
簡素だけど、清潔で落ち着いた空間だ。
誰もいない、と思ったその時──
「いらっしゃい」
奥の祭壇の方から、静かな声がした。
白い修道服に水色の差し色。
肩までの金髪をまとめた、落ち着いた雰囲気の女性がこちらに歩いてくる。
「旅人さん……というより、冒険者さんですね?」
目が、一瞬でギルドカードを見つけていた。
「今日登録したばかりの新人です。アキトと──」
「ユイです」
「クレハ」
三人で順番に名乗る。
女性は、優しく微笑んで小さく会釈した。
「私はシスター・エルナ。このラグナス教会で、祈りと治癒を担当しています」
「あの、その……」
俺は少し言葉を選びながら、正直に聞くことにした。
「いきなり怪我して運び込まれるより、先に挨拶しておいた方がいいかなって思って」
エルナは、くすっと小さく笑った。
「いい心がけですね。大抵の新人さんは、“運ばれてから”顔を合わせるので」
「やっぱりそうなんですね……」
「“大丈夫だろう”と思って無茶するんです。若い方は特に」
穏やかな口調なのに、妙に刺さる。
「ちゃんと“自分が若い”って自覚してね?」
「ぐっ……はい」
反射的に返事が出る。
横で、ユイが満足そうにうなずいていた。
「もし怪我をしたら、ギルドか誰かから運ばれてくると思います。
回復魔法や薬草治療で、できる範囲のことはしますが──」
エルナは、少しだけ表情を引き締めた。
「“本当に無茶をしている人”には、説教が長くなるかもしれません」
「こわ……」
「秋人くん、いま素直に“怖い”って言いました?」
「言った」
クレハが即答する。
エルナは、そのやりとりを見て、ふわっと微笑んだ。
「でも、守りたい人がいるなら、無茶をするしかない場面もあるでしょう。
そのときに“せめて死なずに済むように”するのが、私たちの役目です」
そう言って、俺たちの目を順番に見た。
その視線は優しいけど、どこかで「覚悟を測っている」ようにも感じる。
「……何か、もう傷んでるところはありませんか?」
「今のところは」
「軽い疲れくらいですね」
「少しお腹が……」
「それはさっきお菓子食べたでしょ?」
ユイのツッコミが飛ぶ。
エルナがクスッと笑った。
「では、もしものときのために。
これを持っておいてください」
小さな布袋を三つ、カウンター代わりの机の上に置いた。
「簡単な止血用の薬草と、消毒用の薬です。
大怪我には役に立ちませんが、小さな傷なら自分たちで処置できますから」
「こんな、タダでいいんですか?」
「初めての挨拶に来てくれた方へのサービスです」
ウインクしてみせる。
「その代わり、無茶をしたくなったときは、ほんの少しだけ──
“教会に運ばれる私たちの手間”のことも思い出してくださいね?」
「……はい」
説教というより、“優しく釘を刺された”感じだった。
それが逆に効く。
(この人にため息つかせるような死にかけ方は、できるだけしたくないな……)
そんなことを、ぼんやり考えていた。
◇ ◇ ◇
教会を出ると、外の光が少し眩しく感じた。
「いい人だったね」
ユイがぽつりと言う。
「優しいけど、怒ると怖そう」
クレハの評価は的確すぎる。
「でも、先に顔合わせできて良かったよな。なんか、守備範囲が一個増えた感じ」
「回復の拠点、把握できたね」
薬草の袋を大事に腰のポーチにしまいながら、俺たちはまた通りに出た。
「で、このあとどうする?」
「いったんギルド寄って、依頼だけ見る?」
ユイの提案に頷く。
「“見るだけ”なら、たぶんセーフ」
「たぶん、って言った」
クレハが小声でつぶやいた。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻ると、昼時で食堂スペースが賑わっていた。
さっきよりも人が多い。
鎧姿の集団、ローブの魔法使い、背中に大剣を背負ったやつまでいる。
「依頼掲示板は……あれだね」
ユイが指さす方向。
壁一面に、紙がびっしり貼られている。
「見に行こう」
三人でそっちに向かおうとしたとき──
「お、さっきの新人じゃん」
後ろから声が飛んできた。
振り返ると、槍を肩に担いだ青年が立っていた。
明るい茶髪。
人懐っこそうな笑顔。
「ガルドさんと一緒に入ってきたやつだろ? えーと……アキト!」
名前をちゃんと覚えていて、少し驚いた。
「俺はカイル。同じEランクだけど、ちょっとだけ先輩かな」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
握手を交わす。
後ろには、双剣を腰に下げた女冒険者が腕を組んで立っていた。
「……あんた、初対面で距離詰めすぎ」
「いいじゃん、別に」
彼女は、少し呆れたようにため息をついた。
「私はセラ。こいつと同じパーティ」
「よろしくお願いします」
ユイとクレハも軽く頭を下げる。
「で、依頼見に来たわけ?」
「今日は“見るだけ”ですけど」
自分で言っておいて、ちょっと情けなく聞こえたが──
「それでいいよ」
セラがあっさり言った。
「最初の一日二日は、街の空気とギルドの雰囲気に慣れる方が大事。
初日からボロボロで帰ってきて、エルナさんに怒られる新人、何人見てきたことか」
「ですよね……」
「ちなみに、どんな依頼があるのかだけ、教えてあげよっか?」
カイルが掲示板の方を顎で指す。
「Eランクだと、定番は薬草採取、雑用、簡単な魔物討伐。
この辺だと、森のスライムとか、畑を荒らすイノウサギとかかな」
「イノウサギ?」
「耳の長い猪みたいなやつ」
説明だけで嫌な予感しかしない。
「でもまあ、いきなり討伐より、薬草採りから始めるのがおすすめ。
森の安全なルート覚えられるし、怪我もしにくい」
「確かに」
ユイが頷く。
(薬草採取……現実的ではあるな)
魔法の練習もできそうだし、クレハの索敵やユイの護衛の練習にもなる。
そんな風に考えていたとき──
「……あの」
おずおずとした声が横からした。
振り向くと、大きめの杖を抱えた少年が立っていた。
年齢は、俺たちより少し下くらいに見える。
髪は少しぼさっとしていて、ローブもところどころほつれている。
「カイルさん、セラさん、昨日お願いしてた魔導書……」
「あー、ノア!」
カイルが片手を上げる。
「悪い、忘れてた」
「えぇ……」
ノアと呼ばれた少年が肩を落とす。
「ノア?」
名前を繰り返すと、ノアがこちらを見た。
「あ、えっと……新しい人?」
「アキト。今日登録したばっかり」
「ユイです」
「クレハ」
「ぼ、僕はノア。魔法使い……の、たまご、です」
途中でちょっと自信なくなってた。
カイルが苦笑する。
「こいつ、一応魔力はそこそこあるんだけどさ。
詠唱も制御も下手で、なかなか一人前になれないっていう」
「カイルさん、それ本人の前で言うことじゃ……」
セラのツッコミが飛ぶ。
ノアは、情けない笑顔を浮かべた。
「事実だから、あんまり反論できない……」
「でも、魔法が好きで勉強してるんだろ?」
なんとなく気になって口を挟む。
ノアは、少し驚いたように目を瞬かせてから、小さく頷いた。
「うん。うまくできないけど……魔法、かっこいいから」
その一言が、妙に刺さった。
(“うまくできないけど好き”って、なんか分かる)
俺も、前の世界じゃ「剣も魔法もゲームの中だけ」で終わるはずだった。
今はたまたま全属性適性なんてものをもらったけど、
それでも「使いこなせてる」とはとても言えない。
「ノアくんの魔法、どんな感じなんですか?」
ユイが穏やかに尋ねる。
「えっと……火の玉は出せるんだけど、すごく小さくて。
風魔法は、くしゃみくらいの風しか出せないし……」
「くしゃみ風はちょっと面白そう」
思わず笑ってしまった。
「アキト」
クレハの小声のツッコミが飛んでくる。
「ごめん」
「でも、魔法って、最初からうまくできる人の方が少ないと思うよ」
ユイがフォローする。
「そう、なんですか?」
「身近に“初めてでファイアボールぶっ放したやつ”がいるから、あんまり説得力ないけど」
「誰のことかな」
とぼけてみる。
カイルとノアが同時にこっちを見た。
「初めてでファイアボール撃ったの?」
「いや、その、たまたま」
「“たまたま”で魔法撃てる人、あんまりいないと思う」
ノアの目が、純粋な尊敬と羨望でキラキラし始めた。
「教えてほしいなぁ……どうやって撃ったのか……」
「俺もよく分かってないんだよなぁ……」
頭をかきながら正直に言う。
「ただ、イメージはした。ゲームで見た火の玉そのままの形で、“こう飛んで、ここに当たってほしい”って、具体的に」
「イメージ……」
ノアが小さく復唱する。
「あと、撃つ前に、『今使わないとやばい』って思ってた」
「それは大事」
セラが口を挟んだ。
「魔法の詠唱って、“頭と心を魔法に向ける”ための手順みたいなもんだからね。
切羽詰まった状況だと、逆に集中できることもある」
「なるほど……」
ノアは真剣に頷いている。
「ねえ、アキト」
ユイが、少しだけ小声で言った。
「いつか、ノアくんと一緒に魔法の練習する時間、作ってみない?」
「……いいな、それ」
自然と賛成の言葉が出た。
「俺も、自分の魔法よく分かってないし、人に説明しようとした方が整理できそうだしな」
ノアがぱっと顔を上げる。
「ほんとに?」
「タイミング合えば、だけどな。
まずは俺たちも、この街でちゃんと立ってから」
「うん、それでも……! ありがとう!」
ノアが両手で杖をぎゅっと握りしめた。
その顔を見て、なんとなく「後輩ができた」みたいな感じがしてくる。
◇ ◇ ◇
カイルたちと別れて、掲示板の前に立つ。
Eランクの依頼欄には、やはり薬草採取や小動物の駆除、荷物運びなどの紙が並んでいた。
「……どうする?」
ユイが俺を見る。
「今日、もう一件動く?」
「いや」
少しだけ迷ってから、首を振った。
「今日はやめとこう。
武器が戻ってきてから、ちゃんと準備して、明日改めて受けに来よう」
「賛成」
ユイが即答する。
「クレハも?」
「アキトがそう決めたなら、いい」
どこまでも信頼されてる感じがして、ちょっと背筋が伸びる。
(中途半端に動いて怪我するのが、一番ダサいしな)
いい意味で、エルナさんの顔も頭をよぎった。
「じゃ、武器屋に戻ろうか。そろそろ仕上がってる頃でしょ」
「うん」
ギルドを出て、再びタツミ鍛冶屋へ向かう。
◇ ◇ ◇
タツミ鍛冶屋に入ると、炉の火は少し落ち着いていて、店内の空気も朝よりマシになっていた。
「来たか」
タツミが、無駄な前置きもなく声をかけてくる。
「ショートソードと槍、できてる」
カウンター代わりの作業台の上には、見覚えのある武器が二つ並んでいた。
ショートソードの刃は、朝よりもわずかに輝きを増している。
槍の穂先は新しいものに交換され、全体のバランスも良さそうだ。
「……おお」
手に取った瞬間、違いが分かった。
重さは変わらないのに、振ったときの“スッ”と通る感覚が全然違う。
「どうだ」
「全然違います。なんか、勝手に軌道が整う感じで」
「研ぎと調整をしただけだ。元の出来が悪くなかった」
タツミがぼそっと言う。
ユイも槍を軽く構えてみて、感心したように目を細めた。
「すごい……。さっきまで“壊れないように”って意識しながら振ってたけど、
これなら“守るために”ちゃんと振れそう」
「そういう意識で使え。
武器は、壊さないようにビクビクしながら使うもんじゃない」
「はい」
自然と返事に力が入った。
クレハは黙ってやりとりを見ていたが、小さく呟いた。
「アキト、ちゃんと似合ってきた」
「気がするだけじゃない?」
「気のせいじゃないと思う」
ユイにまでそう言われると、ちょっとだけ自信が出てくる。
「明日から、外に出るのか」
タツミが、作業台の道具を片づけながら訊いた。
「はい。とりあえずは、薬草採取から始めようかと」
「悪くない選択だ」
珍しく、即座に肯定が返ってきた。
「森のルートを覚えろ。逃げ道を知っておけ。
それだけで、生き延びる確率はかなり変わる」
「……肝に銘じます」
言葉の重みが違った。
この人も、きっと何度も“死にかけてきた側”なんだろう。
◇ ◇ ◇
青い灯火亭に戻る頃には、空が少し赤くなり始めていた。
「おかえり」
カウンターの向こうで、マリーが手を振る。
「今日はもう上がるかい? それとも、まだ出かける?」
「夜、ちょっとだけ街の外で訓練してきます」
ユイが素直に答えた。
マリーが、ふっと目を細める。
「……日が落ちきる前には戻りな。
それと、あんまり街から離れないこと。約束できる?」
三人で、顔を見合わせる。
「できる範囲で無茶しない、なら」
俺が代表して答えると、マリーはクスッと笑った。
「上等だよ。気をつけて行ってきな」
リナも、カウンターの端からひょこっと顔を出す。
「行ってらっしゃい! 無事に帰ってきたら、今日の夕ご飯ちょっと大盛りにしてあげる!」
「それは頑張らないと」
そんな約束まで増えた。
◇ ◇ ◇
街の門を出てすぐの、見通しのいい草原。
夕焼けに染まった空の下で、俺たちは剣と魔法の練習を始めた。
「まずは素振りから」
ユイが槍を構える。
「秋人くん、魔法撃つ前に、ちゃんと身体温めて」
「はい先生」
ショートソードを構えて、ゆっくりと振り始める。
クレハは、その周囲を影のように動き回りながら、動きを観察していた。
「もっと、腰」
「はい」
「肩の力、抜いて」
「はい」
気づけば、二人にみっちりフォーム矯正されていた。
ある程度身体が温まってきたところで、俺はショートソードを一度収める。
「じゃあ、魔法も試すか」
手を前に出して、森で撃ったときの感覚を思い出す。
火。
丸い玉。
飛ぶ軌道。
当たる場所。
(──ファイアボール)
心の中でそうつぶやいた瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
今度は、意識してそれを「小さめに」「制御できる範囲で」と絞る。
指先に、ぽっと火の玉が生まれた。
さっきより、一回り小さい。
「おお……」
ユイとクレハが同時に声を漏らす。
「ちゃんと狙って、あの石に撃ってみて」
ユイが少し離れた岩を指さす。
狙いを定めて、意識を前へ押し出す。
火の玉は、ゆっくりとした速度で真っすぐ飛んでいって、岩に当たって弾けた。
石の表面が、うっすら焦げる。
「……やっぱり、便利だな」
実感がじわじわくる。
剣だけじゃ届かない距離を、魔法ならカバーできる。
逆に、魔法が撃てない状況なら剣で戦える。
(ちゃんと両方使いこなせたら、“なんとかなる”場面、増やせるかもしれない)
そう思うと、身体の奥が少し熱くなった。
「ね」
ユイが、少し真面目な顔で俺を見る。
「秋人くん、一つ覚えておいて」
「なに?」
「“魔法があるから、大丈夫”って考え方は、危ないよ」
その目は、教会で会ったエルナさんの目と少し似ていた。
「魔法も剣も、“最後の一歩を守るため”に使って。
それ以上踏み込みたいときは、ちゃんと誰かのこと思い出して」
クレハも、隣で静かに頷いた。
「アキトが帰ってこなかったら、嫌だから」
「……うん」
胸のどこかに、小さな“錘”が乗った感じがした。
でも、それは決して悪い重さじゃなかった。
(この重さごと背負えるようにならないと、“刀を持つ”なんて言えないよな)
そう思いながら、俺はもう一度ショートソードを構えた。
「よし。もう少しだけ頑張って、夕飯食べに戻るか」
「大事なモチベーション」
「リナちゃん、大盛りって言ってたしね」
そんな他愛もない会話をしながら──
異世界一日目の夕暮れは、少し汗臭くて、でも妙に心地いい時間になった。
ちゃんと疲れて、ちゃんと腹を減らして。
そして、ちゃんと帰る場所がある。
そういう一日の終わりを、
俺は心の底から「悪くない」と思い始めていた。
つづく




