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第1話 忍びの転校生が隣に来た



第1話 忍びの転校生が隣に来た


 その日も、特に何も起きないはずだった。


 ……はずだったんだよ、本当に。


「えー、今日はね、新しい仲間が増えまーす」


 四時間目が終わったあと、二年B組の教室に担任の中村が入ってきて、いつものゆるい声でそう言った。


 教室の空気が、一瞬でざわっと色めき立つ。


「転校生? 今の時期に?」

「男かな女かな」

「美少女来い……」


 前の席の男子が勝手にガチャを回し始めている横で、俺はプリントの隅っこに魔法陣みたいな落書きをしていた。


(転校生ねえ……ラノベとかだと、ここで運命の出会いとか始まるんだよな)


 いやないない。ここ現実だし。

 俺の人生、今のところ勇者でも賢者でもなく、ただの「そこそこ真面目な高校生」である。


「じゃあ、入ってきていいぞー」


 中村の声と同時に、ガラガラ、と教室のドアが開いた。


 入ってきたのは、小さい女の子だった。


 ぱつんと切りそろえられたボブ。

 制服のブレザーがちょっと大きく見える、童顔。


 ……なのに。


(おい、重心おかしくない?)


 視線が勝手に胸元に行ってしまって、慌てて目をそらす。


 男子の何人かも同じことを考えたらしく、「おぉ……」とか「マジか……」とか小声が漏れていた。

 女子は女子で、ちらっと自分の胸元を見てから微妙な顔をしている。


「じゃあ、自己紹介お願いしまーす」


 中村に促されて、ボブの子は教壇の前に立った。


 背筋、ぴしっ。

 両足そろえて、両手はまっすぐ体の横。


 軍隊か。

 緊張してガチガチってレベルじゃなくて、普通に習慣でやってる動きに見えるのが怖い。


「……紅葉くれはです」


 短く、それだけ。


 教室に、数秒の沈黙が落ちた。


「え、名字は?」

「下の名前だけ? アーティスト?」


 前の方で女子がひそひそやり始める。


 ボブの子──紅葉は、ほんの一瞬だけ「しまった」という顔をした。


「……あ、山城。山城紅葉」


 今考えたろ、ってタイミングだった。


 でも中村は何も気にせず、黒板に「山城紅葉」と書く。


(山城……そんな名字、このクラスにいたっけ? いや今日からだわ)


「山城は山の方からこっち来たんだって。はい、みんな仲良くしてやれよー」


 中村が適当な説明をして、紅葉がぺこりと頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 声は意外とよく通った。

 けど、顔の筋肉はほとんど動いていない。無表情ってほどじゃないけど、感情が見えにくいタイプだ。


「席は……佐藤の隣が空いてるな。山城はあそこ」


「え」


 俺と、前の席の女子の声が重なった。


「先生、その席、予備プリント置き場じゃなかったっけ」

「プリントはどかせばいいから。ほら行って行って」


 中村はにこにこ笑って紅葉を手で促す。


 紅葉は「はい」と小さく返事をして、こちらに歩いてきた。


 ……で、すぐ隣に座る。


 距離、近い。

 横目に入るボブ。前を向いた横顔。

 なんか分からんけど、ちょっと緊張する。


(いや、別に。俺の人生にとってはたぶん関係ないはずだ。うん)


 自分に言い聞かせていると、視線を感じた。


 じーっと、刺さる感じのやつ。


 覚悟を決めて横を見ると、紅葉が真っ直ぐこっちを見ていた。


 黒目がちの目が、まばたきも少なめに俺を観察している。


(え、なに。俺、今なんか変なとこについてる? 寝癖? 顔面にご飯粒?)


「あ、あのさ。山城……さん?」


 恐る恐る声をかける。


 紅葉は、こくりと小さく頷いた。


「秋人」


「……え?」


「佐藤秋人。合ってる?」


「あ、うん。そうだけど。なんで知って──」


「さっき先生が、出席取ってた。覚えた」


「そ、そっか。記憶力いいね」


「任務だから」


「任務?」


 聞き返したら、紅葉は一瞬だけ口をつぐむ。


 それから、ちょっとだけ考える顔をして──


「……こっちの話」


 濁された。


(なんだよ任務って。転校生って基本、人間関係とか勉強とか“自分のことでいっぱいいっぱい”だろ。何の任務だよ)


 俺が頭の中で全力ツッコミを入れていると、前の席から視線を感じた。


「……秋人?」


 振り向くと、藤原結衣が椅子をこっちに向けていた。


 腰までありそうな長い黒髪を、高い位置でポニーテールにしている。

 きりっとした目元、通った鼻筋。

 いわゆる“和風美人”ってやつだ。


 小さい頃から一緒にいる幼馴染。

 うちの祖母曰く「将来の嫁候補」。やめろ、そのワードを人前で言うのはやめてくれ。


「さっきから、楽しそうに話してるね」


 結衣はにこっと笑う。

 笑うんだけど、その目の奥にうすーく何か黒いものが見えた。気のせいだと信じたい。


「い、いや、別に。楽しいってほどでも」


「新しいお友達?」


「友達っていうか、同じクラスの──」


「藤原結衣」


 紅葉が、前の席の名札をちらっと見て、そのまま結衣の名前を口にした。


「……さっき、出席で呼ばれてた」


「そう。よく覚えてるね、山城さん」


 結衣の笑顔が、ほんの少しだけ濃くなる。


「秋人くんの名前より先に覚えた?」


「秋人のほうが先」


「……そう」


 教室の空気が、じわっと冷える。


 いや、冷えてるのは俺の背中だけかもしれない。


「さっき、“任務”って言ってたよね」


 結衣が、さらっと爆弾を投げた。


「秋人くんの名前を覚えるのが、山城さんの任務?」


「監視対象だから」


「はい?」


 俺と結衣の声がハモる。


 紅葉は、当たり前みたいな顔で続けた。


「佐藤秋人。観察、必要。素質、見る」


「素質?」


「剣とか、人柄とか」


 さらっと物騒なことを言うな。


 前の方の男子が「監視対象ww」「やべーやつ来たな」とか小声で盛り上がっている。

 先生はプリント配るのに忙しくて聞いていない。


「秋人くんの“監視”は、わりと私がしてるんだけどな」


 結衣が、笑顔のままとんでもないことを言った。


「テストの点数も、遅刻の回数も、道場に来た日も、だいたい把握してるし」


「なんでそんなに把握してんの!? 俺のプライバシーどこ行った!?」


「幼馴染だもん」


 全然フォローになってない。

 クラスの男子の「うわぁ……」って声が聞こえた気がした。


 紅葉は、そんな結衣をじっと見ていた。


「……ライバル?」


「え?」


「え?」


 今、何さらっととんでもない単語を出した?


「秋人のこと、ずっと見てる。そういう人」


「まあ、そうね」


 結衣は否定しないのかよ。


「だから、ライバル」


 紅葉は、こくりと頷いた。


「私は、任務」


「私は、情」


「…………」


 なんだその分類。


 俺は、数学の小テストより分からない状況に突入していた。


 チャイムが鳴り、中村が「はい静かにー」と言いながら授業を始める。


 そのあいだも、隣からの視線と、前からの視線が交互に刺さってきて、

 黒板の数式は全然頭に入らなかった。


(……今日、たぶん何かのフラグが立った気がする)


 そんな予感だけが、やたらとはっきりしていた。


◇ ◇ ◇


 放課後。


 教室を出て、いつものように裏門から家までの道を歩く。


 カバンは片手。もう片方の手は、家の鍵とスマホ。

 友達数人から「ゲーセン寄ってく?」と誘われたけど、今日は断った。


(じいちゃんに「たまには真面目に稽古しろ」って言われてたしな)


 俺の家は、普通の一軒家じゃない。


 「佐藤古流剣術道場」。


 看板まで出してるガチの道場だ。

 俺はそこで生まれて、そこで育った。


 剣術歴=年齢、みたいなもんだ。


 だからといって、将来の夢が「剣術師範です!」とかでもない。

 できれば普通に就職して、普通に暮らしたい。ゲーム代と本代に困らない程度に。


(剣は嫌いじゃないんだけどな……道場継げって言われるのは、なんか違うんだよな)


 そんなことをぼんやり考えていたら、後ろから小走りの足音が聞こえた。


「秋人」


 名前を呼ばれて振り返る。


 ボブ。

 低い目線。

 無表情寄りの顔。


「……山城?」


「ついてったら、家分かると思って」


「ストーカーの自白ムーブやめない?」


「監視」


「余計悪化してるからな!?」


 ツッコミを入れても、紅葉は全く悪びれない。


 ジャージに着替えていて、肩にスポーツバッグをぶら下げている。

 やたら歩幅が小さいくせに、歩くペースは速い。

 気付いたら横にいる感じだ。


「道場、ここ?」


 しばらく歩くと、紅葉が指をさした。


 木造二階建ての建物。

 でかい看板に「佐藤古流剣術道場」と書いてある、我が家だ。


「そうだけど……」


「知ってる」


「なんで知ってんの?」


「調査済み」


「だからその職業病みたいな言い方やめろって」


 玄関を開けると、すぐに畳の匂いが鼻に入ってくる。

 靴を脱ごうとしたところで、奥から声が飛んだ。


「あら、秋人。お帰り」


「ただいま」


「──まあまあ。可愛いお嬢さんねぇ」


 祖母の声色が一オクターブ上がった。


「違うよおばあちゃん。俺まだ何も説明してないからね」


「初めまして。山城紅葉です」


 紅葉はきちんと正座して、ぺこりと頭を下げた。

 さっきまで無口だったくせに、こういうところの礼儀は完璧だ。


「お邪魔してます。秋人に……」


 ちょっと考えてから、


「お世話、してます」


「してねえよな!? そこは逆だよな!?」


 祖母は目を細めて笑う。


「あらまあ、礼儀正しい子ねえ。秋人とは大違い」


「そこまで差つける必要ある?」


 奥から祖父も顔を出した。


 白髪を後ろで結んで、ジャージの上に道着を羽織ったいつもの姿。


「ほう……」


 祖父が、じっと紅葉を見る。


 その目は、相手の体のつくりや立ち方を見る「武道家の目」だ。


「ちっこいが、ええ足腰しとる」


「初対面の女の子に言うセリフじゃないからそれ」


「武道やっとるか?」


「……少しだけ」


 紅葉は視線を落として答えた。

 その“少し”は絶対少しじゃない。


 と、玄関の戸がもう一度開いた。


「秋人くん、来てる?」


 聞き慣れた声。


 振り向くと、ポニーテールの和風美人が立っていた。


「結衣」


「やっほ。今日も稽古、付き合ってあげるね」


 当たり前みたいに靴を脱いで上がってくるその姿は、もう家族みたいなものだ。


 ……そこに、紅葉がいることに気付いた。


「……あら」


 結衣の笑顔が、一瞬だけぴしっと固まる。


「山城さんも、来てたんだ」


「うん」


「偶然?」


「必然」


 即答だった。


(必然って言い切るなよ)


「秋人の家。任務上、把握必要」


「“任務”ってさっきから言ってるけど」


 結衣が、にこにこ顔のままじりっと詰め寄る。


「その任務って、どこから誰に頼まれてるの?」


「……里」


「さと?」


 聞き慣れない単語。


 俺が上ずった声を出した瞬間、紅葉はこくりと頷いた。


「山の、隠れ里。昔から、佐藤──神代家に、仕えてる」


 横で祖父が「ほう」とうなる。


「やはりそうか。お主、あの里の──」


「じいちゃん、知ってんの!?」


「話はあとじゃ」


 おいていかれる俺。


 結衣は、紅葉から祖父に、祖父から俺に、視線を行ったり来たりさせていた。


「……秋人くん」


「なに」


「“神代家”って言葉、今初めて聞いた?」


「初めてだな。佐藤家なら物心ついたときからだ」


「そっか」


 結衣の笑顔が、ほんの少しだけ薄くなる。


「やっぱり、秋人くんは何も聞いてないんだね」


「なんか俺だけ置いてかれてる感すごいんだけど」


 祖母がパン、と手を叩いた。


「はいはい、難しい話はあとあと。先に稽古しちゃいなさい」


 そう言って、にこにこと笑う。


「秋人、着替えてきなさい。結衣ちゃんも山城さんも、体動かしたくてうずうずしてる顔よ」


「いや、どんな顔だよそれ」


 でも、確かに二人とも、どこか戦闘モードの気配が漂っていた。


 紅葉は無表情に見えるけど、足がちょっと前に出てるし、

 結衣はポニーテールを結び直している。


(……嫌な予感しかしない)


 その予感は、見事に当たった。


◇ ◇ ◇


 数分後。道場。


 俺は道着に着替えて、木刀を握っていた。

 目の前には、ジャージ姿の紅葉。足は裸足。

 少し離れたところに、薙刀を持った結衣。


 どうしてこうなった。


「じゃあまずは、山城さんと秋人くんで軽く手合わせしてもらおうかの」


 祖父が言う。


「軽く、ねぇ……」


 結衣が、どこか含みのある声を出した。


「山城さん、秋人くんに怪我させたら、後でお話あるからね?」


「怪我、させない」


 紅葉は、すっと腰を落として構えを取った。


 構えの名前は分からない。

 でも、隙がないのは分かる。


(いや、待て待て。俺、今日普通に数学の小テスト受けて普通に帰ってくる予定だったのに。

 なんで転校初日の子とガチ手合わせする流れになってんの?)


 そんな俺の心の叫びは、誰にも届かない。


「始め!」


 祖父の声と同時に、紅葉が動いた。


 一歩──


 床がきしむ音とともに、紅葉の姿が視界から「すべる」ように消える。


「っ!?」


 気付いた時には、懐にいた。


 木刀を構える暇もなく、反射で体を捻る。

 頬の横を、風がかすめていった。


 紅葉の手刀が、さっきまで俺の首があった位置を通り過ぎる。


(今の、本気で打ってたら気絶してたよな……?)


 ぞわっと背中に鳥肌が立つ。


 でも、同時に理解もする。


(わざと外してる)


 紅葉の動きは速い。速いけど、急所はかすめるだけで絶対に当ててこない。

 俺が回避できるぎりぎりのラインを、正確に狙っている。


「反応、悪くない」


 紅葉がぽつりと言う。


「やっぱり、素質、ある」


「褒めてる? それ褒めてるやつ?」


 受け身を取りつつ、なんとか距離を取る。

 木刀を構えて、慎重に間合いを詰める。


 祖父の声が飛ぶ。


「秋人、いつもの型にこだわるな。相手の間合いを感じろ」


「分かってる!」


 呼吸を合わせる。

 紅葉の重心。視線。肩の力の入り方。


 見慣れた剣術の相手とは全然違う。

 だが、分からないわけじゃない。


(ゲームのボスなら、“パターン覚えたら勝てる”やつだ)


 木刀を一歩分だけ前に出す。


 紅葉の足が、わずかに止まった。


 その一瞬に踏み込んで、木刀を振るう。


 紅葉はそれを紙一重でかわして、俺の腕を取る。


「っ、おわっ──」


 視界がひっくり返る。


 畳が目の前に迫ってきたところで、背中に柔らかい衝撃が走った。


 ……あれ? 思ったほど痛くない。


 紅葉の腕が、俺の頭の下に入っていた。


「……受け身、間に合わないと思った」


「助かったけどさ。だったら投げないでくれてもよかったんだよ?」


「投げるのは、任務」


「任務万能すぎるだろ」


 笑ってる場合じゃないけど、口からツッコミが漏れる。


 祖父が笑った。


「そこまで!」


 紅葉は俺からするりと離れて立ち上がる。


 息ひとつ乱れていない。

 俺はというと、ちょっとゼェゼェしていた。情けない。


「次、結衣ちゃん」


「はい」


 結衣が一歩前に出る。


 薙刀を構えるその姿は、いつも見慣れているはずなのに、今日はやけに怖く見えた。


「秋人くん」


「な、なに」


「さっき、山城さんの腕の中に気持ちよさそうに転がり込んでたよね」


「表現がおかしいよね!? 今のは事故というか、物理法則というか──」


「……ふーん」


 薙刀の穂先が、わずかに上下する。


 あ、これたぶん怒ってるやつだ。


 祖父が、楽しそうに手を挙げた。


「二本目、結衣対秋人。始め!」


 その後のことは、あんまり詳しく思い出したくない。

 とりあえず、薙刀は怖い。マジで怖い。


 何度も言うけど、俺は別に勇者じゃない。

 ただの高校二年生だ。


 ──この日の夜。


 道場の奥の神社で、御神刀に手を伸ばしてしまうまでは。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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